「キャラクターに知能がないのが許せなかった」哲学するゲームAI開発者・三宅陽一郎が、“人間とは何か?”を探求する理由
ファイナルファンタジーやドラゴンクエストなど、数々の名ゲームを生み出してきたスクウェア・エニックス。2020年5月、新会社・株式会社スクウェア・エニックス・AI(エーアイ)&アーツ・アルケミーの発足を発表した。
同社は、ゲーム領域で培ってきたAIとアートの技術をエンタテインメント全般に活用し、ゲーム以外のより広い領域での事業創出・社会貢献を目指しているという。CTOを務めるのは、ゲームAI開発者として第一線で活躍してきた三宅陽一郎さんだ。
三宅さんは技術者でありながら、哲学の知見の深さでも知られている。そのルーツを聞くと、「子どもの頃から人間に対する違和感があった」と明かしてくれた。幼少期からの人間に対する探究心が、今のゲーム作りの姿勢にそのまま反映されているようだ。
そんな三宅さんが、新会社で成し遂げたいこととは何か? そして、これからのゲーム産業に携わるエンジニアに求められることとは?「ユーザーを驚かせる体験づくりは、人間への考察から生まれる」と語る三宅さんに、自身の経験を振り返りながら語ってもらった。
デジタル化された社会では、キャラクターがゲームの中に閉じ込められている方が不自然
スクウェア・エニックスに私が入社し、社内にAI専門チームが発足したのは2011年です。世界的に見ても、かなり早い段階から人工知能技術の育成に取り組んできました。
この円熟しつつある技術を用いて、新会社で取り組みたいこと。その一つが、ゲームの外側の世界における、キャラクターの活用です。
高度なAIと美しいアートが融合したキャラクターを、生活の隅々に浸透させたいと考えています。
例えば、子どもに物語を読み聞かせるとき。高齢者に「お薬飲んだ?」と声を掛けるとき。無人コンビニで買い物をするときも、キャラクターが話し掛けてくれた方が印象は良いですよね。いわゆる「ちょっとした声掛け」には、さまざまな社会需要があります。
人間同士の深いコミュニケーションには及ばなくても、相手の意図を読んだり感情を推定したりして、自分自身の言葉で返答するAIは、人の心をつかみます。キャラクターには、世の中を温かいコミュニケーションで満たす力があるのです。
このような構想が進んだ背景には、社会のデジタル化があります。
80年代には、ゲームキャラクターが生きられるデジタル空間は、コンピューターの中にしかありませんでした。それが今は、街全体に広がりつつある。それならば、今度はキャラクターがゲームの中に閉じこもっている方が不自然です。
本来キャラクターの持つ魅力は、ゲームをする人だけでなく、あらゆる人々に感じてもらえるはず。生き生きとしたキャラクターをデジタル空間に開放し、より広い世界にその魅力を届けるのは、僕の使命だと感じています。
世界とモンスターに「つながり」を与えるのが、ゲームAI開発者の仕事
子どもの頃ゲームをしていた僕は、キャラクターには知能があると思い込んでいました。実際は違うと知っても、どうしてもそれが許せなくて。
なぜ許せないと思ったのかは、自分でもよく分かりません。でも、キャラクターは知能を持っていないといけない気がする。仮想世界の中でちゃんと生きて、ユーザーと衝突したり、理解し合ったりしないといけない気がするんです。
そんなこだわりを大人になっても追求し続けているうちに、「ゲーム開発とは、人間研究である」と気付きました。
単に派手な演出をするだけでは、すぐに飽きられてしまいます。そうでない、より深いエンタテインメントを提供するには、開発者が「人間ってなんだろう?」と考え続け、それをゲームで表現する必要があるのです。
「人間とは何か?」
その問いの答えを見つけるのは、簡単ではありません。でも一つ、分かってきたことがあります。それは、人間は生まれてからいろんな経験を通じて、この世界と「つながり」をつくる存在だということ。
ある人はゲームをすることで。ある人は喋ることで。ある人は体を動かすことで。世界と築いた「つながり」をもとに、生きるリアルを感じています。
これを、モンスターづくりに当てはめるとどうなるか。
世界と何のつながりも持たない状態のモンスターは、動きません。ポツンと草原に立つだけ。そこでゲーム開発者は、人工知能によって世界とモンスターの「つながり」をつくります。
例えば、水の近くにいると気持ち良くなるので、すぐ水辺に行きたがるようにするとか。あるいは、プレイヤーへの憎しみを持たせて、さらにプレイヤーを倒したら報酬を与え、執着がより強化されるように強化学習を施すとか。
執着とは、仏教でいう「煩悩」です。ゲームAI開発者の仕事とは、モンスターに煩悩を与えることでもあるのです。
人工知能をつくることで、人間に対する違和感を埋めている
そもそもなぜ僕が、「人間とは何か?」という問いにこだわるのかというと、昔から人間がちょっと苦手なところがあって……。あまり、人間らしいことをちゃんとできない子どもだったんです。
例えば、幼稚園で、友達がみんな園長先生にわーっと抱きつくんですよ。でも僕はどうしてもできなくて、結局2年間抱きつけずに終わりました。大学でも、なんでみんなが良い車に乗りたがるのか、酒を飲むのか、ラーメン屋に並ぶのか、全然分からなかった。正直、今でも分かりません(笑)
人間がなぜそういう行動を取るのか分からない。だから、つくってみようと思ったんです。つくったら、分かるかもしれないから。人間を研究して、人工知能をつくることで、人間に対する違和感を埋めているのかもしれませんね。
ゲームAIの世界に入るまで僕は、大学で数学や物理、工学の研究をしてきました。そして、それらの学問の基礎として、哲学も独学で学んできました。
今思うのは、人工知能こそ哲学的な学問だということ。知能とは一体何なのか、その答えは誰も知りません。基礎の構築と技術の積み上げを同時に進めている、変な学問なんです。
だからこそ、開発者の知能の捉え方次第で、ゲームAIは大きく変わります。
「知能とはルールに基づいて運用されるものだ」と思う人が開発すれば、ルールベースのシンプルなAIができるでしょう。でも、「知能って体調や食欲が影響するものだ」と考える人は、そういう複雑なAIを開発します。ゲームAI開発者の中にある知能のイメージが、そのままユーザーに伝わってしまうのです。
僕がゲーム開発者として「人間とは何か」を哲学的に探求してきた理由は、ここにあります。豊かな知能の捉え方をしなければ、単純でつまらないゲームしか作れない。
ユーザーを驚かせる体験づくりは、人間への考察から生まれると信じています。
「プラットフォームの変わり目」は、次のゲーム産業を制するチャンス
これからゲームAI開発者を目指す人にお勧めしたいのは、「常に突き抜けた仕事をし、自らその成果を広める」ことです。
ゲーム産業の人材は非常に優秀なので、普通に仕事をしているだけでは埋没してしまいます。他の人のレベルが1なら、1.2や1.5でやればいいという話ではない。いっそ10のレベルでつくらなければ、技術のインパクトを社内にもゲーム産業全体にも与えることはできません。
世の中へのインパクトがあり、今の実力ならギリギリ手が届くんじゃないかというゴールを設定して、自分に負荷をかけて開発に臨む姿勢が大切です。
そして、たとえ10の仕事を成し遂げたとしても、発信しなければ意味がありません。僕がゲームAIを始めた2004年当時は、AIに注目している人はほとんどおらず、「そんなの意味ない」「できるわけない」と言われ続けていました。まさに逆風の中でのスタートです。
でも発表してみると、僕の仕事を認めてくれる人は現れました。たまたま近くにいる人が無理解であっても、遠くの最先端の人たちには届くかもしれません。
突き抜けた仕事をして、広める。これを繰り返していると、少しずつ仕事がしやすくなります。ぜひこの業界で活躍したいエンジニアの方は心掛けてみてください。
ゲーム産業は厳しい世界ですが、振り返ってみると、たくさんのチャンスがありました。
そのチャンスとは、プラットフォームが変わるタイミング。スマートフォンの台頭でゲームアプリが出た時、AR/VRが生まれた時。ゲーム産業には、常にこうした変わり目があります。
新しいプラットフォームではゲームの作り方が変わるので、今までのノウハウはリセットされ、新たなフロンティアを制した人が次のヒーローになります。若い人はそのチャンスを見逃さず、突き抜けた仕事を誰よりも早く積み上げればいいのです。
しかし、いずれ歳を取り、技術が蓄積されてくると、今度はそれを築いてきた自分がリセットされる側になります。ゲーム作りには職人気質も必要ですが、「あーあ、せっかくこのゲームではレベル99だったのにな」と落ち込むのではなく、「リセットされたからまた頑張ろう」くらいに、あっけらかんとしている方がいいかもしれませんね。
これまで構築されてきたゲームAI技術も、そう遠くないうちに機械学習によってリセットされ、再構築されるでしょう。今のゲームAIの技術が塗り替えられるタイミングは、いわばベテランを倒すチャンスです。そうやって新しい人の積み上げた技術も、またいずれはリセットされ再構築される。ゲーム産業って、そういうところなんですよ。
取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹 編集/河西ことみ(編集部)
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