仕事にとことん没頭する人生もいいけれど、職場の外にも「夢中」がある人生は、もっといい。「偏愛」がエンジニアの仕事や人生に与えてくれるメリットについて、実践者たちに聞いてみた!
『ほぼ週刊キーボードニュース』配信者・ぺかそ&びあっこの偏愛「自作キーボードは小さなエンジニアリング体験」
パーツを選び、自身で組み立てながら自分好みのキーボードを作る「自作キーボード」。光らせたり、色を変えたりといった見た目の楽しさはもちろん、キーの位置や数を使いやすいように調整するなど機能面の充実も図れることから、今、クリエーティブ業界で働く人を中心に「自作キーボード熱」が高まっている。
今回お話を伺ったのは、自作キーボード作者のぺかそさん(回路設計エンジニア)、びあっこさん(プログラマー)。本業の傍ら、自作キーボードの設計に励みながら毎週日曜日にYouTubeチャンネルにて『ほぼ週刊キーボードニュース』を配信しているお二人に、自作キーボードへの愛を聞いた。
回路設計エンジニア
ぺかそさん(@Pekaso)
重くて(物理的に)強そうなキーボードが好き。本業は回路設計エンジニア。びあっこさんと2人で毎週日曜日、YouTubeチャンネル『ほぼ週刊キーボードニュース』でキーボード情報を発信している
プログラマー
びあっこさん(@Biacco42)
小さいキーボードが好きだけれど実用主義と心配性が祟ってなかなか50%以下のキーボードを作れずにいる。本業はプログラマー。ぺかそさんと2人でITmediaにて、『ハロー、自作キーボードワールド』を連載中
仕事の時間が、キーボード一つで“特別”に変わる
ぺかそさんは現在、電気設計やハードウエアのエンジニアとして働いている。同じエンジニアである父親の背を見て育ち、憧れを抱いたそうだ。自作キーボードとの出会いは、そんな夢へ向かっている途中、大学院生の頃だった。
「大学院に通っていたとき、『Happy Hacking Keyboard』というコンパクトキーボードを使っていたんです。おおむね不満はなかったのですが、一般的なキーボードだと左上にあるチルダキー(~)が右上にあることを唯一不満に感じていて……。
いろいろなキーボードを調べていたら、海外の掲示板でキーボードを自作した人の書き込みを発見したんです。それをきっかけに、作り方を調べたり、パーツを集めたりして自分が満足するキー配列のキーボードを組み立てたのが始まりでした」(ぺかそさん)
今でこそ、さまざまなパーツをそろえたり、作り方を調べたりすることが容易になった自作キーボード。しかし、当時はまだ国内で文化が成熟しておらず、パーツも情報も海外から集める必要があったという。
必要なパーツを輸入し、ケースを業者に発注するだけで約半年。組み立ての際は英語を翻訳しながらだったため、完成までさらに1カ月ほどを要したそうだ。そうして初めての自作キーボードを作り上げ、その世界にのめり込んでいった。
一方で、完成品から自作キーボードの良さを知ったびあっこさん。『ErgoDox EZ』という左右分離型のキーボードが製品化されるクラウドファンディングをきっかけに、自作キーボードの存在を知ったという。
「初めて見たとき、『こんな形のキーボードがあるのか』と強く興味を惹かれたんです。それでまずは完成品を使ってみたのですが、『これはいけるぞ!』と(笑)
ちょうどその頃にぺかそが出した自作キーボードの同人誌と出会って、自分でも作るようになり、その面白さにハマっていきました」(びあっこさん)
自作キーボードを使うと作業効率が上がるのだろうか。ふと疑問に思い聞いてみると、「人間の手の動きには限界があるため、キーボードを変えたからといってタイピングの速さが劇的に変わることはないんですよ」とびあっこさんは笑った。
「ただやっぱり、『キーボードを叩く』という行為が無味無臭ではなく、彩りが増す“体験”に変わるのが心地良いな、と思います」
びあっこさんは自作キーボードの魅力を人に伝えるとき、よく万年筆に例えて説明するのだそう。
「文字が書けるペンはいくらでもあるけれど、あえて高価な万年筆を使うと『書く』という行為が特別になるじゃないですか。それと同じで、買っているのは“物”じゃなく、触り心地や楽しさなどの発見を含めた“体験”なんじゃないかと思うんです」(びあっこさん)
その“体験”を、自分好みにカスタマイズできる点も自作キーボードの大きな魅力だ。
「キーボードは最初からパソコンに付属していたり、お店で売っていたりもするけれど、自作すると見た目から感触までこだわれる。指先で感じているパーツも一人一人違うと思うと、わくわくしますよね。そうやって、とことん自分の“色”を出せるのが自作キーボードの魅力だと思っています」(ぺかそさん)
さらにびあっこさんは、自作キーボード作りには「エンジニアリング」的な面白さもあると語る。
「キーボードは、エンジニアにとって商売道具。それを自分で作って、使って、問題に気付いて、それを修正して……と、手元で回せるのは、エンジニアにはたまらない体験ですよね。
問題点を修正し、実際に現場で使い、改善点をまた発見する。小さなサイクルでプリミティブなエンジニアリングの体験ができるのも、自作キーボードの魅力だと思います。PDCAサイクルを体験として学べる、というか」(びあっこさん)
この体験は、仕事にも生かされている。既存の製品が何を目的に、どうやって作られているのかを考えるきっかけにもなった。
さらに、「世界にあふれる製品に対する目の向け方も変わった」とびあっこさん。趣味と仕事が接続した瞬間を、自作キーボードを設計する中で味わえるのだろう。
「コミュニティーを広げたい」一心で、ほぼ毎週、キーボードのニュースを生配信
2人は毎週日曜22時から、YouTubeチャンネル『ほぼ週刊キーボードニュース』でキーボードにまつわるニュースを配信している。
BGM以外の素材のほとんど全てを自分たちで手掛けているというから驚きだ。
仕事をしながら毎週配信を継続するのは容易ではないはず。どういったモチベーションで続けているのだろう。
「自作キーボードのコミュニティーを広げたい一心です。これまでは同人誌を執筆して、イベントで販売していたのですが、もっと多くの人に知ってもらいたいなと考え始めて。
YouTubeでの動画配信が当時注目されつつあったので、全くの未経験でしたが挑戦することにしました」(ぺかそさん)
意識しているのは「マニアック向けにし過ぎないこと」。新しい人にも見てもらおうと、新コーナーを追加し、新鮮味を失わないようにしている。平日は仕事の合間を縫いながら互いにネタを集め、週末に整理。日曜日になると20時半くらいから準備を始め、配信している。
「自作キーボードを軸に、普段なら出会えないような人たちと一つのことについて語れるのは他にない体験だと思っていて。
自作キーボード好きな人同士をつなげるコミュニティーでもありたいという気持ちがモチベーションにつながっていますね」(ぺかそさん)
新型コロナウィルスの影響であらゆるイベントが中止となった。もちろん自作キーボードのコミュニティーも同様だ。
以前であれば、リアルイベントを通して人の作ったキーボードを見て、さまざまな刺激を受けることもできたが、今はSNSの投稿でしか見られない。そこで最近は読者投稿型のコーナーを始めたそうだ。
「自作キーボードは、今が過渡期だと思っていて。最近知った人とそうでない人との乖離もあると感じているので、知識がない人でも楽しめるように試行錯誤しています。
まずは存在を知ってもらい『やってみようかな』と思ってもらえるように意識しています」(びあっこさん)
自分の“こだわり”を尽くせる自作キーボードの世界
2人にこだわりの自作キーボードを聞いてみたところ、ぺかそさんは『Fortitude60』を、びあっこさんは『Ergo42』を挙げてくれた。
「私は『Fortitude60』ですね。販売しているキットも存在し、そちらは左右分離型ですが、自分で使うものはくっつけたオリジナルのものを使っています。
キーの位置を変えられるのが自作キーボードのいいところなので、普通のキーボードではほぼ使うことのない親指でも打てるように設計してみました。人差し指でトラックボードを触れるのもポイントです」(ぺかそさん)
「私は『Ergo42』です。自作キーボードはぺかその『Fortitude60』のように、キー配列が指の長さに合わせてカーブしているものが多いのですが、私はまっすぐな並びの方が打ちやすいので、そうしています」(びあっこさん)
「これは持論ですが、ギターやベースなどの楽器をやっていた人は、まっすぐな方が馴染みやすいのではと思うんですよね。これまで育った環境だったり、手の形だったりで合うキーボードは変わるんですよ」(びあっこさん)
二人の自作キーボードのキットは、東京・末広町にある「遊舎工房」に並べられている。ぺかそさんの『Fortitude60』も、びあっこさんの『Ergo42』も、1万円程度と思ったよりも手軽な価格設定だ。
最後に二人の今後の目標を伺うと「自作キーボードの人口を増やすために、YouTubeは続けていきたい」とぺかそさん。びあっこさんもうなずく。
「あと、個人的には金型を作りたいと思っています。既製品のように、プラスチックのケースを使ったかっこいいキーボードを作りたいんですよね」(ぺかそさん)
自作キーボードの場合、ケース部分はアクリル板や金属をレーザーカットして作るのが主流だ。プラスチックのケースを作る場合は金型が必要になるが、金型を作るのには数十万~数百万円のコストがかかるという。
「コスト面の問題でなかなか難しく、今は3Dプリンターでケースを作っています。でも、最近は金型を安く作れそうな雰囲気が少しずつ漂い始めてきたので、いつか自分だけの金型が作れたらいいですね」(ぺかそさん)
「私は新しい配列のキーボードを作りたいですね。結構、コミュニティーの中でも配列って話題になるんですよ。自分だけの配列、自分だけの形状を簡単に作れるような仕組みができたら、もっと楽しみの幅が広がると思います」(びあっこさん)
キーボードはエンジニアの商売道具。日ごろ無意識に使っているキーボードだが、見た目や叩き心地が変われば仕事の一瞬一瞬が特別なものになるかもしれない。
仕事の時間に彩りを加えたいエンジニアは、自作キーボードの世界に一度足を踏み入れてみてはいかがだろうか?
取材・文/高城つかさ 編集/河西ことみ(編集部) 写真/本人提供
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