この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
グリー藤本真樹が1社で15年CTOを続ける理由「転職するのが普通の時代、1社で長く働くことを糧にする“戦い方”がある」
他業界に比べて人材流動の激しいIT業界。そこで働く多くのエンジニアたちは、「転職」を重ねることによってスキルアップやキャリアアップを図る考えを持っている。
それは経営層においても同じで、CTOやVPoEの地位に就いていても、短いスパンでスタートアップやベンチャーを渡り歩く人も多いようだ。
一方で、一つの会社で15年に渡りCTOを務め続けている人もいる。それが、グリー株式会社の藤本真樹さんだ。
彼は20代半ばで創業間もない同社に参画し、CTOに就任。以来、会社の成長を技術面から支え続けている。
彼がこうしたキャリアを歩んでいる背景には、「自分の市場価値を常に考え続けていた」ことが関係しているという。
「自分は極めて受け身」任された仕事は基本的に断らない
藤本さんがグリーのCTOに就任したのは、同社が設立されたばかりの2005年。ソフトウエア会社のエンジニアを経て、さまざまな企業に対する技術コンサルティングを手掛けていた頃に創業者の田中良和さんと知り合い、誘われるままグリーにジョインした。
「僕、極めて受け身なんですよ。自分の中にあれをしたい、これをしたいという欲求があまりないので、来た仕事や役割は基本的に断らない。『いろんな機会があって、それが自分にできることであれば、全部やってみればいいんじゃないの』と思っています」
のんびりとした口調で、自分のキャリアについて語り始めた藤本さん。ただ受け身とはいえ、「10年後に自分がどうなっていたいか」のイメージは常に持つようにしてきたという。
「何か声が掛かった時は、10年後のビジョンに向けて、やるべきか、やらないべきかは考えます。もしビジョンと合致しないならノーと言えばいいし、別にやってみても『マイナスにはならないだろう』と思えばやればいい。そんな感じでやっていれば、10年後にはどこにでも辿り着けるんじゃないですかね」
この15年でグリーは急成長し、SNSから始まった事業内容も、ゲームやライブエンターテインメント、メディア運営などへと拡大した。
ただし一貫して右肩上がりを続けたわけではなく、一時は業績が落ち込むなど紆余曲折も経験した。だからこそ藤本さんは、同時期に誕生した数あるITベンチャーの中でグリーが成功できた要因を冷静に分析する。
「この会社が伸びた大きな要因は、『運が良かったから』だと思うんです。もちろん社内には優秀な人がたくさんいるし、みんなめちゃくちゃ頑張っているので、そこを否定するわけではありません。
とはいえ、僕らと同じくらい頑張っている人や会社は他にもたくさん存在していたはず。その中で、なぜグリーが成長できたのかといえば、やっぱり運の良さは間違いなくあると思います」
だからこそ藤本さんは今、どうしても成し遂げたいことがある。それは「次はもっと狙って成長したい」ということだ。
中期的なビジョンを描き、それに基づく成長戦略を実行し、意図して成長を遂げる。「CTOとして、今もまだ挑戦をしているところです」と藤本さんは言う。
一つの会社でCTOを15年続けても、まだまだチャレンジすべきことはある。藤本さんの言葉からは、そんな思いが伝わってくる。最近は特に「CTOを長く続けてきた自分の価値はどこにあるのか」を考えるようになったという。
「若者より経験が長ければ価値があるかというと、そうではない。今はIT業界も成熟して、さまざまな経験を持つ優れたCTOがたくさんいる。だから今25歳の人がCTOになったら、先輩CTOからいろいろな話を聞き、学ぶことで早く成長できるはずだし、僕はすぐ追い付かれるかもしれない。そうしたら、15年分の経験の価値はなくなるわけです」
では、自分の価値はどこにあるのか。藤本さんが出した答えは、「時間をかけなければできない仕事ができること」だった。
「3年や5年の中期的なスパンで目標を設定し、実際にやってみて、検証してまた次につなげるということは、同じ仕事を長く続けている人間にしかできない。今までの経験を無駄にしないために、その価値を意識するようにしています」
一つの場所に長くいることを糧にする戦い方もある
その一方で、短期的に環境を変えるメリットがあることも理解している。本人も、「同じ場所で長く働くことが唯一の正解ではない」と話す。
「僕が今とは全く異なる環境に移り、問題解決をすることで得られるものも間違いなくあると思う。だから単純に戦い方の違いなんです。短期間で環境を変えることを武器に戦う人もいれば、一つの場所に長くいることを自分の糧にする戦い方もある。ただ、今のところ日本のCTOでいえば人数が少ないのは後者なので、同じ環境に居続けることの価値は、まぁあるんじゃないかと」
そう言ってから、「これからは70歳まで働く時代だから、僕はあと30年、クビにならず働き続けなきゃいけないってことです」と笑う藤本さん。だから50代や60代になってもビジネスパーソンとして価値のある人材でいられるかをいつも気にしているという。
グリーほどの成長企業でCTOの実績を積んだ人なら、自分の市場価値についてそこまで危機感を持たなくてもいいのではないかと思うが、本人は「いやいや」と首を振る。
「そもそも、自分の未来に対して危機感があるのは普通じゃないですか? 技術領域は広いし、テクノロジーは日々アップデートされるので、知らないこととかやっていないことは常に目の前にたくさんある。『自分が今できていることは、3年後には価値がなくなるんじゃないか、あれも知っておかないとまずいんじゃないか』といった不安は20代の頃からいつもありました」
そして「だからこそ僕は会社に100%依存するっていうのも違うと思っています」と藤本さんは話す。終身雇用の時代ではなくなり、自分の一生は自分で面倒を見るしかない。それが藤本さんの基本的なキャリア観だ。
「会社のメンバーにもよく、『自分の市場価値は知っておいてほしい』と伝えています。会社に寄りかかるのではなく自分の足で立って働き、自身が望めば他の会社に転職もできる。そんな状態でいた方が、会社と個人がフェアな関係でいられるし、お互いハッピーに働けるんじゃないかなと思います」
となると、ますます気になるのは、常に自分の市場価値を意識して自立した働き方を大事にしてきた藤本さんが、なぜ転職せずに15年間一つの会社で続けてきたのかだ。
藤本さんほどのキャリアを持つ人なら、これまでにヘッドハントや引き抜きの話もたくさんあったはず。それでもグリーを辞めなかった理由を率直にこう話してくれた。
「僕がもし一従業員だったら、転職していた可能性も十分あると思います。でも僕は取締役なので、もし会社や仕事に不満があるなら、その問題を解決するのも自分の役割になるじゃないですか。『毎日刺激がない』というなら、『そんな会社にしているのはお前だろ』って話なので。だから転職するのではなく、ここで問題を解決するという選択になった、というのは大きな理由かな」
加えて今は、先ほども話に出た「もう一度この会社を成長させる」という挑戦の真っ最中だ。「それを成し遂げる前に辞めるのもつまらないかな」と藤本さんはひょうひょうと話す。
「こういう機会は、CTOとしてそう得られるものではない。このチャレンジをやり遂げることができたらすごくうれしいし、メンバーのみんなにももっと成長した会社の景色を見てもらいたいなーと思っています」
転職しなくても、自分の市場価値を高める方法はいくらでもある
藤本さんは「いつでも転職できるように自分の市場価値を意識しろ」とは言っているが、これは「どんどん転職しろ」という意味ではない。「そこは若い人たちに勘違いしてほしくないです」と藤本さんもくぎを刺す。
「僕が言っているのは、その会社でしか働けない人間にはならないでね、という意味。そのことと、実際に転職するかどうかは別問題です。長く働くことが唯一の正解ではないと話しましたが、かといってむやみに転職を繰り返すのがどんなときも正解であるとも思わない。転職すれば必ず成長できるわけではないですから」
自分の市場価値を意識するというのは、要するに「自分の能力は社外と比較してどれくらいか」という視点を持つこと。そもそもエンジニアが自分のスキルを社内とだけ比較しても、あまり意味がないと藤本さんは指摘する。
「特に僕が管轄しているセクションはインフラやセキュリティーなどの共通開発系の機能を扱っているので、どの会社にも同じ仕事をしているエンジニアがいるし、アウトソースで請け負っている会社もあって、常に社内と社外を比較される。
だから僕らのチームは、外部よりも高い価値を提供できるように頑張らなければいけないし、他社のやり方や成果も常に気にしなければいけない。その意識を持てば、転職しなくても今の会社で成長していくことはできるはずです」
一つの会社で長く働いていても、社外と比較する視点を持てば、自分の強みや弱みが分かる。もし他のエンジニアと比べて不足しているスキルや経験があれば、転職しなくても能力を伸ばしていく方法はいくらでもあるだろう。
「今はネット上のコミュニティーもオープンソースのソフトウエアもいっぱいあるので、その気があればいくらでも学べる。勉強会にも出ればいいし、本も読めばいい。自分の市場価値を高めることなら、どんどんやるべきです。
ただしそれだけになって、会社の仕事がおろそかになるのはちょっと違うと思っていて、一緒に働く身近な人たちから、『あいつ仕事できるな、あいつと働きたいな』と思ってもらえるように頑張ることはとっても大切です」
そして若手エンジニアたちには、こうメッセージを送る。
「一般論ではありますが、若いうちの方が自分のために使える時間が多い。より多くの時間を自由に使えて、自分を成長させることにフォーカスして打ち込めるのはもしかすると今だけかもしれないわけです。つまり何を言いたいかというと、僕なんかの記事を読んでないで、コードを書いてる方がいいんじゃないですかね(笑)」
一つの会社で長く働き続けても、社外に目を向けて自分の市場価値を常に意識すれば、自分を大きく成長させることができる。しかも転職する人が多いエンジニアの世界だからこそ、中長期的なスパンで仕事をやり遂げた経験が貴重な価値となる。藤本さんのように、自分なりの“戦い方”、エンジニアとしての武器を見つけていきたい。
取材・文/塚田有香 撮影/赤松洋太 編集/川松敬規
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