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ベトナムで勝負を仕掛けたIT起業家が、技術者にビジネス感覚を求める理由「エンジニアが“職人”の時代は終わった」

働き方

    転職、副業、フリーで独立……キャリアの選択肢は広がっているけれど、起業という選択肢にハードルの高さはまだ残る。では、DX全盛時代に起業のカタチはどう変わる? エンジニアが会社を興すことで得られるものは? エンジニア社長への取材を通して“起業研究”してみよう。

    企業のDX推進やサービス開発を担い、ベトナムを中心にアジア6都市に約1500人のエンジニア・プラットフォームを持つSun Asterisk。2020年7月に東証マザーズに新規株式公開(IPO)した、今話題のテックカンパニーだ。

    同社の代表・小林泰平さんは、高校を中退した後、バンド活動やクラブ勤務をしていたという経歴の持ち主。ITエンジニアとしてソフトウエア開発会社に就職した後、連続起業家の平井誠人さんと共に同社を創業した。

    エンジニアとして働き始めてからは、みるみるうちに技術の世界にのめり込んでいった小林さん。自他ともに認める“技術好き”だというが、ベトナムに事業責任者として移住したことをきっかけに、経営者になることを決意した。

    小林さんが自身のエンジニアとしての経験、そしてベトナムの技術者たちと働いて気付いた、「エンジニアがビジネスを知らないこと」への違和感とは? 詳しく話を聞いた。

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん

    早稲田実業高校を中退後、バンド活動を経て、新宿のクラブに勤務。その後、ソフトウエア開発会社にエンジニアとして就職。ソーシャルアプリの開発プロジェクトにて中国、ベトナムのエンジニアとのグローバル開発を経験。アジアの若い才能が未来を創っていくと確信し、2012年よりFramgia(現Sun Asterisk)の立ち上げのため、ベトナムに移住。17年12月より同社代表取締役に就任

    「ここから、未来のイーロンマスクが生まれるぞ」

    ――高校中退後、紆余曲折を経てエンジニアとして働かれていたそうですが、なぜそこから起業家に?

    僕は別に、元々「起業しよう」と思っていたわけではないんですよ。会社員としてソーシャルゲームの開発・運用に携わっていた頃に、「ただコードを書くだけじゃなくて、事業をスケールさせる、サービスを開発できるエンジニアリングチームを率いる会社をつくらないか」と後にSun Asteriskの共同創業者となる平井に誘われたんです。

    その頃僕は、エンジニアとビジネスサイド、デザインチームがまさに「ワンチーム」でビジネスをスケールするような、とてもエキサイティングな現場で働いていました。

    そんなチームが増えたら、世の中によりインパクトのある価値を提供できる。それってすごく面白そうだなって。

    それで誘われた次の日には会社を辞めて、すぐベトナムに移住したんです。

    ――ベトナムに?

    はい。会社員時代にベトナム人のエンジニアたちと働いていたのですが、そのすごさに圧倒された経験があったので、良いエンジニアリングチームを作るならここしかないと思ったんです。

    土地勘もなかったんですけど、「楽しそうだから、まぁいいか」って(笑)

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん

    「面白そうだから動いただけ。その頃、自分のキャリアとかは深く考えていませんでした」

    ――相対的に見て、ベトナムのエンジニアは、日本のエンジニアと何が違うと感じますか?

    あくまでも僕が出会ってきた人の事例にはなりますが、仕事に対する熱量が圧倒的に違いますね。

    日本のエンジニアは、てきぱき仕事をこなせるし技術力も経験値も高いんですけど、不平不満を言いながら、ただ忙しさに追われている人も多い。

    一方で、ベトナムのエンジニアは、あまり技術力が高くない人であっても開発に対して前のめりで、「次に何をするか」「何ができるか」と常に目を輝かせていました。

    また、夢中になって技術のことを学んでいる人も多かったですね。

    それを見て「きっとここから、未来のイーロン・マスクやビル・ゲイツが生まれるぞ」って確信したんです。そんな彼らと一緒に仕事ができれば、何かインパクトの大きいことができるんじゃないかってワクワクしました。

    しかし、その頃のベトナムのIT業界は、外国企業の基幹システムの開発・運用の受託が中心で、エンジニアには徹底的にコストを削減して納期通りにミスなく納品することが求められていました。

    なので、エンジニアに熱意があっても、それを生かし切れる土壌がないという課題もあったわけです。

    ――そうした背景も、ご自身がベトナムで事業を行う理由の一つというわけですね。

    はい。僕は、自分が会社員時代にやっていたような、ビジネス・デザイン・エンジニアリングが一丸となって、いいサービスをどんどん作っていくスタートアップのようなチームをここでつくろうと改めて決意しました。

    そこで、ベトナムなど諸外国のエンジニアとクライアント企業が、一つの開発チームとなって、小さなスタートアップとして働けるような会社をつくったというわけです。

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん
    ――設立当初は、「代表取締役」ではなかったそうですが、 それはなぜ?

    始めは共同創業者である平井を法人の代表をおいて、各地の代表は事業責任者的な役職にしていたからです。僕はベトナム現地の責任者をしていました。

    その後、会社がスケールして日本、ベトナム、フィリピン、バングラデシュと拠点も広がっていって。僕が責任者をしていたベトナムの拠点が一番大きかったので、日本に戻って会社全体を取りまとめる立場になろうと、CEOに就任したという経緯です。

    経営視点を身に付けたら「未来をつくるクリエーター」になれる

    ――ご自身が代表になってみて、「エンジニア出身の経営者」にはどんな意義があると思いますか?

    一つ言えることは、方法は起業でも何でもいいですけれど、エンジニアがビジネス視点を持てば、視野が広がってよりクリエーティブな仕事ができるようになるのは間違いありません。

    エンジニアが「作業をする人」ではなく「未来をつくるクリエーター」になれるイメージです。少なくとも僕は、経営に携わってその思いはさらに強くなりました。

    ――具体的に、どういうことでしょうか?

    エンジニアって、何か一つのことにこだわり抜ける反面、視野が狭くなってしまっている人も多い気がするんですよ。

    効率よくコードを書くことにこだわる割に、DevOpsみたいな開発環境の基盤構築にはまったく興味がないとか。「興味がないことには関わりません」というスタンスの人も多い。良くも悪くも、職人的なんです。

    でも、それでは日本特有の多重下請け構造のIT業界の中で、歯車として誰かに使われるだけで終わってしまうと思いませんか? 特定の技術しか武器を持っていなかったら、いち作業者のままで一生過ごすことになるばかりか、世の中のトレンドが変われば仕事を失う可能性だってあります。

    ――作業者でいる限りは、機械であれ、人であれ、常に何かに代替されやすいわけですよね。

    ただ、これは決して日本のエンジニアを否定しているわけではなくて、多重下請け構造の中で、がんじがらめになっているような会社が多いことが原因です。

    全ての会社がダメだとは言わないけれど、狭い特定の業界知識と、その現場でしか使えない独特のフレームワークばかり磨いて、キャリアの先行きが見えないまま閉じ込められていていいの? なぜそこから抜け出さなくていいの? とは思いますね。

    ――なるほど。

    日本って、テクノロジーを効率化に使おうとするじゃないですか。でも、それだとコストは抑えられるけど、ビジネスそのものは伸びないし、エンジニアもクリエーティブな仕事ができません。

    効率化して、NetflixやSpotifyみたいに浮いたコストをクリエーティブなコンテンツ制作に継続的に投資して、サービスの環境改善や収益構造を変えることに使う、とかならいいと思いますけどね。

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん
    ――ベトナムだと、エンジニアの意識や組織構造は違うのでしょうか?

    一般的に今のベトナムでは、エンジニアって花形の職業なんです。そもそも国の経済発展フェーズの違いでもありますが、ベトナムではITがこれからの国を発展させるインフラと位置付けられていて、エンジニアは「これからの国の未来をつくるクリエーター」だと尊敬されている。

    もちろん待遇も給与もいいですから、そこに誇りを持っている人も多い。だから彼らには、自分の仕事は業務を効率化するための下請けだとか、作業者だという意識はないように思いますね。

    技術だけではもう、食べてはいけない

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん
    ――日本においても、エンジニアを“未来をつくるクリエーター”として位置付けていくべきだと?

    そうですね。少なくとも、「エンジニアは職人である」という時代は終わりを迎えて、エンジニア一人一人がビジネスのことを学んでいかないといけないと世の中になっていると思います。

    もちろん卓越した技術を持つ、職人タイプのエンジニアのこともリスペクトしています。僕自身の技術を追及するのは今でも大好きですしね。でもやっぱりこの先、技術だけで食っていくのは難しいんじゃないか、というのが僕の考え。

    だから自分の興味がある技術ばかり掘り下げるんじゃなくて、もっと視野を広げてビジネスをスケールさせられるサービスを開発できれば、自分たちの生きていく未来を、自分たちでつくっていくことができます。

    エンジニアって本来、そういうクリエーティブな仕事ができるはずなんですよ。当社でいろんなエンジニアたちを見てきたからこそ、その事実は全世界共通だと感じています。

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん
    ――起業という選択肢は、エンジニアが「クリエーティブに働く未来」を手にするための近道だと感じますか?

    僕個人の経験ではそうですね。ただ、「テクノロジーを使って新しい事業をやりたい」と思う人であればいいけれど、目的に起業すること自体を目的にしてしまうくらいなら、しなくていいとと思います。

    クリエーティブに働くことも、ビジネス、経営視点を身に付けることも、何も経営者にならなければできないわけではありませんから。

    それに、今後は日本においても、エンジニアは「ビジネス、デザイン、エンジニアリングの全ての要素が必要になった世界における、テクノロジー寄りの人」という立ち位置になるはず。

    だから特定の技術とか業界、業種に絞ったりせず、どれだけ変化に対応できるか。そのスキルを身に付ける手段は起業でも転職でも、何でもいいんですけど、そこをブラさないことが大事なんだと思います。

    ――起業はあくまで手段ということですね。

    ええ。ただ、ビジネス目線を持つエンジニアが経営層に立つ企業が増えれば、日本のIT業界自体が変わるとは思いますよ。

    メルカリやヤフーみたいに、テクノロジーが事業を引っ張っている会社は、エンジニアに莫大な投資をして、それと共に事業も大きくなっていますよね。テクノロジーによる事業が大きくなれば、エンジニアの待遇も良くなってきますから。そうすれば、例えば僕が一緒に働いてきたベトナム人エンジニアのように、自分の仕事に誇りを持って働ける人も増えてくるのではと思っています。

    株式会社Sun Asterisk 代表取締役 小林泰平さん

    取材・文/石川香苗子 撮影/桑原美樹 編集/大室倫子

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