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好奇心駆動で深海1000mへ。水中ドローンベンチャーCEOの終わりなき旅

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    エンジニアのキャリアって何だ?

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    小型水中ドローンの開発・販売を行う株式会社 FullDepthは、筑波大学発のベンチャーとして、今最も注目を集める企業の一つだ。

    同社の開発する水中ドローンは、海洋調査などに使われる従来の無人潜水探査機と比べて、かなり小型で軽量。水深300mまで潜航でき、搭載したカメラの映像を見ながらゲーム感覚で操縦できる。主にダムや洋上風力などのインフラ点検で、人間の代わりに水中に潜って「目」の役割を果たす。

    製品化に先駆けて行われた試作機によるデモでは、水深1000m到達にも成功。未知の深海生物の研究や、海底資源開発などへの貢献も期待されている。

    代表取締役社長CEOの伊藤昌平さんは、大学でロボット工学を学んだ後のち、エンジニアとしてキャリアをスタート。2014年に同社の前身となる空間知能化研究所を創業するが、当初はロボットの受託開発会社だった。その間、水中ドローンは個人的な趣味として開発を継続。16年に現在の事業内容にピボットした。

    文字通り「趣味を仕事に」したことは、伊藤さんの人生にどんな変化をもたらしたのだろうか。34歳のエンジニア社長に聞いた。

    伊藤昌平さんプロフィール画像

    株式会社 FullDepth 代表取締役社長 CEO
    伊藤昌平さん

    筑波大学第三学群工学システム学類卒。2014年に空間知能化研究所を設立、代表取締役に就任。18年には同社社名を「FullDepth(フルデプス)」に変更。日本初の水中ドローン専業メーカーとして事業を開始。20年11月より国土交通省「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」委員。リアルテックベンチャー・オブ・ザ・イヤー2020「グロース部門」受賞。MITテクノロジーレビューによる国内初開催のグローバル・アワード『Innovators Under 35 Japan 2020』を受賞

    趣味の資金を稼ぐために始めた受託開発会社

    ――「自分の作ったロボットで深海魚を見る」のが夢だったそうですね。

    子どもの頃から将来はロボットを開発するエンジニアや研究者、発明家になりたいと思っていました。祖父が工業系の仕事をしていたので、その頃の遊びと言えば、もっぱらが木工細工。父は公務員ですが趣味が電子工作で、自分もそうしたものに触れる機会がありました。今思うと祖父や父に相当刷り込まれていたのだと思います。

    一方、まったくの別軸で好きだったのが深海魚です。図鑑で見る深海魚は特別に変な形をしていて、普通の魚の概念からすると、だいぶズレている。そこが魅力として映りました。同じ地球に住んでいながら、人間がまだまだ知らない生物がいるということが、すごく興味深かったです。

    二つの興味関心が交差したのは、大学在学時。子どもの頃に図鑑で見た深海魚「ナガヅエエソ」が、テレビ番組に映ったのをたまたま見たんです。聞くと、撮影にはロボットが使われているとのこと。そこから、自分で作ったロボットでナガヅエエソを撮影することが夢になりました。

    その後は、海洋に関する基盤的研究などを行うJAMSTEC(海洋研究開発機構)さんにインターンで行かせてもらったり。個人的な趣味に過ぎないのに、随分と応援していただきました。そこでつながったネットワークには、今日に至るまでいろいろと助けていただいています。

    ナガヅエエソ画像

    夢の始まりは奇妙な深海魚だった

    ――最初は仕事ではなく、趣味としての水中ロボット開発だったんですね。

    そうなんです。でも、やっていく中で分かったのが、水中ロボットを作るのには結構なお金がかかるということ。それで、働いて開発資金を貯めるために動き始めました。

    大学1年時からつくばのベンチャー企業で研究機関向けのロボット開発のアルバイトをしていたので、卒業後はそのまま就職しました。それだけでは必要な資金が貯まらないため、兼業で個人としてロボット開発を請け負うようにもなりました。

    続けているうちに徐々に案件が増えていき、「いっそ法人化してくれ」と言われて立ち上げたのが、FullDepthの前身にあたる空間知能化研究所です。ですから、当初やっていたのは受託開発で、現在のように水中ロボットの自社開発会社だったわけではありません。

    ――起業もまた、趣味の資金を稼ぐためのものだったと。

    しかし、それでも思ったようにお金は貯まりませんでした。それもそのはず。当時の私はビジネスのことが全然分からなかった。頼まれたものをひたすらに作っていたのですが、正しい値段設定一つとってもよく分からない。「これくらいかな」と自分が設定した金額で請け負い、親切なお客さんからは逆に「安過ぎるからもっと出すよ」と言われるくらいでした。

    そうなると、今度は「ビジネスとはどうやっていくべきものなのか」が自然と知りたくなって。筑波大学の起業家育成講座の外部聴講に参加したり、大学の同級生で当時ベンチャーキャピタルから独立し個人事業を立ち上げていた吉賀(智司さん。その後FullDepthにジョインし、現在は代表取締役COO)に相談したりしました。

    その時点ではちゃんとした事業計画さえなかったので、自分としては、そういうものを作れるようになりさえすればいいのかと思っていました。ですが、そこで尋ねられたのは「そもそも何がやりたいの?」という意外な質問で。

    それに対して正直に「ナガヅエエソを見るために深海に潜るロボットを作りたい」と答えるわけですが、そうすると今度は「だったらそれが仕事にならないの?」と返されてしまったんです。

    「趣味のために稼ぐ」から「趣味を仕事に」

    伊藤さんインタビューカット
    ――誰でも一度は「趣味を仕事にできないものか」と考えそうなものですけれど。

    まったく考えてもみなかったですね。言われてなお「そんなことができるわけ?」という疑念があったくらいで。

    ですが、もしもそれができるのであれば、確かにそれ以上のことはない。子どもの頃から「好きこそ物の上手なれ」と言われてきて、今でも大事にしている考え方なのですが、人が一番高いパフォーマンスを出せるのは、自分の気持ちがちゃんと乗っている時だと思います。その、自分が一番パフォーマンス高くやれることで人の役に立てるのであれば、それがベストなのでは?と思い至りました。

    そこでようやく、事業転換に向けて本格的に調べ始めました。水族館や深海調査をやっている会社などを回って、ニーズをヒアリングしていると、ダムや港湾の管理といった分野で、「人が潜って作業するのがとにかく大変だ」という悩みを聞きました。

    機械化したいとは思うものの、今あるロボットはどれもかなり大掛かりだし、思うように扱えないところがある。それを解決できるものであればぜひ欲しいと言われたんです。

    水中の深いところまで行きたくても手軽に行けない悩みを持つ人がいるというのが当初の仮説でしたが、実際には深海と言わず、浅いところでさえ潜れなくて困っている人がいた。であれば、水中作業の機械化自体が仕事になるのではないかと考えて、現在の方向性へと事業を転換していくことになりました。

    ――ご自身で想定していた以上にニーズがあることが分かったわけですね。ところで、趣味のため、お金を貯めるために働いていた時期は、働くこと自体をどう思っていたのでしょうか。仕事を楽しめていましたか?

    もちろんです。今でこそ経営者になっていますが、当時はただモノを作れていれば幸せだったように思います。

    困っていることがない人に対して、突っ込んで潜在的な悩みを引き出すことまではしていませんでした。でも、「こういうことがしたい」という人に対して、「じゃあこれはどうですか?」というものを考えて提案し、実際に作ってお見せし、喜んでいただく。そこに素直にやりがいを感じていました。

    ――まさにエンジニアですね。

    純粋にエンジニアでした。

    ――その後、一番やりたいことを仕事にして、それ以前と何か変わりましたか?

    自分は飽きっぽい性格だからなのか、以前は仕事でエンジニアリングをしている時にも、熱が入る仕事と淡々とやる仕事がありました。当然ですが、熱が入る状態で仕事をしている時間が好きです。

    淡々とやっている時というのは、要は飽きている時。概して作るところが目的になってしまっているのだと思います。

    今この仕事になってからは、そう感じることがほぼないですね。たどり着きたい世界があり、「そこにつながっているから今これをやっている」という納得感を持っている。必死になっていろいろなことをやっていますが、必死でやっていられること自体が何より尊い。「頑張ってやらなくては!」と思ったことさえないです。そうでなかったら、とっくの昔に折れていると思います。

    ――実際にやっている作業としてはもしかしたら同じでも、目指す未来とつながっている実感があれば、受け止め方はまったく変わってくると。

    だと思います。これは開発もそうですし、営業や経営でも同じだと思います。

    ただシンプルに「仕事」がしたかった

    伊藤さんインタビューカット_2
    ――目指す未来に向かうためには、営業や経営などやるべきことが増えたと思います。その分、大好きだった「ひたすらロボットを作る」時間が減ってしまったのではないですか?

    当然減りましたし、それに関して思うことも一時期はありました。

    ですが、それも結局は優先順位の話だと思っていて。エンジニアとして楽しくものづくりをしていたい気持ちと、例えばナガヅエエソを見たいとか、水中の機械化で世の中の役に立つ、そういう世界観をつくっていくこととを比べたら、後者の方が重いと考えたのだと思います。何かこれというきっかけがあったわけではなく、ずっと続ける中で。

    「そもそもなんのために働いているんだっけ?」みたいな話ですよね。今の自分にとっては、技術は道具。最初は技術が目的だったけれども、今はもうそうではない。「世界を変える」と言うと大げさですが、本気でそこに取り組もうと思っているので。

    それこそ今度は逆に、かつては目的だった技術の方が趣味になってもいいわけで。それだけのことかなと思います。

    ――技術自体が目的という状態は、それはそれでアリだと思いますか?

    もちろんです。正直、自分もそれだけだと思っていましたし。最後までひたすら技術を突き詰めていけばいいと思っていました。

    ……いや、本当はもともとそうは思っていなかったのかもしれないですね。振り返ってみれば、その当時の自分がうれしいと感じていたのは、結局は自分が作ったものでお客さんに喜んでもらえた瞬間でした。当然ですが、そこでは技術の新しさは問題ではない。その時一番いい組み合わせと思ったものを使ってやるわけです。

    ということから考えると、自分はシンプルに仕事がしたかったんだと思います。

    ――仕事がしたかった?

    仕事って、何かしらの形で人の役に立ち、その対価に何かをいただくことですよね。私はもともと、技術を手段にして「仕事がしたい」と思っていたのだと今では思います。

    一方で、技術だけを突き詰めていく世界もあってしかるべきと思います。研究職なんてのはまさにそう。私自身、そっちに憧れていた時期もありましたし、それがあってこその事業でもあります。

    今の我々は事業家なので、明日ないし数年後には形にしなければならない立場ですが、100年後の世界を見た時には、技術をとことん突き詰める取り組みも当然必要です。

    ――何に喜びを感じるかは人によって違うものですし、人生のどのフェーズにいるかによっても変わっていきそうですよね。

    そう思います。とはいえ、これ(水中ドローン)の開発は技術的にめちゃくちゃ面白いと今でも思っていますけどね。 結局技術は好き。そこは変わらないので。

    水中の環境では、使える道具などにものすごく制約があります。ゲームで言えば「縛りプレイ」。使える道具がかなり限られている中、使えそうな道具をうまく組み合わせて目的を達成することが求められる。

    例えば、空を飛ぶドローンのようにゲームパッドと無線で操作できればいいのですが、水中は電波が届かないから、有線でつながないといけません。でも、有線でつなぐと、今度はケーブルが邪魔をして思うように動けない……などと、どんどん付随して問題が出てきます。技術的な障壁だらけの世界なんです。

    それに対してどうすればできるのかを考え、実際に作ってみて、「ほらできた!」とやるのは、エンジニアであればすごくうれしい瞬間ではないでしょうか。海はそういうものが山ほど詰まっている場所。新しい可能性がたくさんある世界なんですよ。

    知れば知るほど、知りたいことは増えていく

    DiveUnit300画像

    FullDepthが開発した産業用水中ドローン『DiveUnit300』。約28kgという軽さながら、300mの深海まで潜行可能

    ――最終的なゴールは「海を情報化すること」とありますが、どういうことでしょうか?

    結局、深海は分からないから面白い。深海魚もそうですが、深海という世界には他にもいろいろと分からないものが詰まっています。それを知りたい、全部知りたいというのが私の根源的な欲求です。

    全部知るには、例えば全世界の海中を網羅したGoogle ストリートビューのようなものがあればいいのでは? ナガヅエエソのような面白い魚が他にもいるかもしれないし、黄金郷だってあるかもしれない。

    「分からないから面白い」と言いましたが、一方で「分からないからこその危険」もあります。例えばダムに人が潜っていく時。水が濁っていて見えない中、作業員が急に穴に吸い込まれて亡くなる事故が実際に起きています。でも、事前に「ここに吸い込まれる穴がある」と分かっていれば、こうした事故は防ぐことができますよね?

    もっと大局的な話で言えば、現在進められている洋上風力発電や鉱物資源開発が海に与える影響も、実際のところはよく分かっていません。こうした影響が分からないまま開発を進めて、果たして必要なケアができていると言えるのか。盛んに騒がれるマイクロプラスチックの話だって、結局どれくらいの量が撒かれているのか、どれくらいの害があるのかは、まだ誰も分かっていない。地表の7割は海に覆われていますが、人類は海のことをほとんど何も知らないままに暮らしているんです。

    海が持っているエネルギーの流れ、分かりやすく言うと温度の分布が、地球の気候変動と連動しているのではないか、という話があります。ということは、海のエネルギーのことがもっと分かれば、究極的には食糧問題の解決につながる可能性もある。こうした領域は、仮にわれわれがやらなかったとしても、いずれ誰かが解明しようとするはず。だったら自分たちでやりたいというのが、われわれの思いです。

    fulldepthユーチューブキャプチャ

    「ナガヅエエソチャレンジ」と題した深海探査の様子は youtube動画で見ることができる

    ――「海のストリートビュー」を作るところまで見据えているとなると、伊藤さんのチャレンジには当分、終わりはやってこなそうですね。

    以前は自分でも「実際に深海にたどり着いたら、どんな心境の変化があるだろうか?」と思っていたところがありました。ですが、2019年8月に水深1000mに到達した時も、気持ちにはまったく変化がなかった。残ったのは「たどり着いた」という事実だけであって、何かが分かったという感じはしませんでした。

    ナガヅエエソは映っていませんでしたが、仮に映っていたとしても、結局「映ったが、よく分からない」で終わると思うんです。その時には絶対に「もっと見たい、もっと知りたい」と思うはず。見つけただけでは絶対に終わらないと今は確信しています。むしろ一度たどり着いたことで、「死ぬまでにどこまで行けるのか?」という気持ちになっています。

    ――知れば知るほど、新たに知りたいことが出てきてしまう。

    好奇心の強さって、まったく知らないとゼロだし、完全に分かってしまってもゼロ。ちょっと知っているところ、中途半端に知っているところで好奇心は一番強くなる。やればやるほど、新しい「ちょっと分かった」が出てくるから終わりがない。これは海もエンジニアリングも、ビジネスも一緒かもしれないですね。

    取材・文/鈴木陸夫 撮影/竹井俊晴

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