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【オリエント工業】東京藝術大院卒の造形師が、究極の機能美を追究した先に見た「ラブドール×Tech」の未来

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    「リアルな皮膚素材や造形について言えば、オリエント工業さんは間違いなくトップレベル

    そう語っていたのは、先日取材をしたアンドロイドメーカー・エーラボの島谷直志氏だ。

    女性型アンドロイド『ASUNA』によって人類の未来に新たな1ページを開こうとしているこの先進集団が、最上級の敬意を払うオリエント工業とは、何の会社なのか? 知っている人は少なくないはずだ。ラブドールのトップメーカーであり、その精巧さ、リアルさでしばしばメディアで取り上げられている会社だ。

    擬似性交に用いられる人形は「ダッチワイフ」と呼ばれてきたが、中でもシリコンなど高価な材料で作られたものは「ラブドール」と呼ばれている。オリエント工業は、このラブドールを1977年から製作してきた老舗メーカーである。

    「ラブドールは使われる用途が用途だけに、例えばやわらかさ、動きなどなど、多様な要素を網羅した“機能美”が必要なんです」

    こう語るのは、東京藝術大学の大学院まで進み、彫刻を学んできた経歴を持つ、同社のボディ原型担当の「造形師」大澤瑞紀氏だ。

    ラブドールの造型に魅せられた彼と、同じく頭部の原型を担当している靏久暢行氏にモノづくりへのこだわりを聞くと、思いもよらない未来の話になった。

    オリエント工業の造形師、靏久暢行氏と大澤瑞紀氏

    (写真左から)オリエント工業の造形師、靏久暢行氏と大澤瑞紀氏

    ラブドールだからこそ求められる機能美のハードルが、作り手の糧となる

    「お客さまの要望や期待に応えてモノ作りをしていく、という点は、他のジャンルの製造業と同じです。ただし、我々が提供しているものは、お客さまと非常に密接な関係を持つ存在です。当然のことながら要望の水準も高くなります」(靏久氏)

    長年オリエント工業のラブドール製作の中心人物を務めてきた靏久氏は、ラブドール製造独特の難しさをこう話す。大澤氏も同様だ。

    ボディ原型担当の大澤氏。大学の学生課でたまたま見つけたアルバイト募集が彼の人生を変えた

    ボディ原型担当の大澤氏。大学の学生課でたまたま見つけたアルバイト募集が彼の人生を変えた

    「求められるのは美しさやリアルさだけではありません。肌に触れるものですから、安全性のレベルも高くなければいけない。また、耐久性やメンテナンス可能な特性も必要で、これらは今後も改良し続ける課題でもあります」(大澤氏)

    大澤氏がオリエント工業に入社したのは、学生時代、同社のアルバイトでたまたまラブドール開発に携わったのがきっかけとのこと。

    以来、上記のように要求水準の高い仕事であることに魅力を感じ、気が付けば17年間に渡ってラブドール造型師の仕事を続けてきた。

    「彫刻科出身者のように立体造形に魅せられた人間って、実はなかなか自分にピッタリなキャリアを見つけられないんですよ。アーティストの道を選ぶか、マネキン人形などの業界から稀に出てくる採用話に応募するか、畑違いは覚悟の上で平面デザイン関連の仕事に就くかしかない。でも、ラブドールは発展途上の領域ですから、どんどん新しいことにチャレンジできる。それに、1日中造型に携わっていられる仕事は稀有ですからね」(大澤氏)

    靏久氏によると、美しさだけを追いかければいい芸術品や人形とは違うラブドール特有の難しさが、作り手にとってはやりがいになるのだという。

    「1つはお客さまに価格を超えるだけの満足度を得てもらえる『商品』でなければいけないという厳しさ。もう1つは、商品とはいえ愛情を交わす対象としての完成度。この2つをクリアしなければ、ビジネスとしても成立しません。だから、これまでも挑戦~失敗~改良のサイクルの繰り返しでした。造形師としてみれば、その試行錯誤が実に面白い」(靏久氏)

    現行商品群の多くは、金属でできた骨格をウレタンで覆い、9種の人体の型に入れ、シリコンを充填した後、窯で焼いて成形。そうして出来上がったものに、塗装や植毛などを加えていくのが主な工程となっている。

    オリエント工業のラブドールが数十万円の価格でも売れていく理由は、ディテール部分へのこだわりにある。例えば手指の1本1本にも骨にあたる芯がある。触ってみれば、やわらかさの内側にコリっとした感触があり、まるで本当の人間の指のようなのだ。

    人間にはこのような赤みの表情は無いがシリコンドールとして人間のリアルさを表現するために現在の形に至っている

    人間にはこのような赤みの表情は無いがシリコンドールとして人間のリアルさを表現するために現在の形に至っている

    また、工場内にある顔専門のルームに行くと、オリエント工業のヒットシリーズの顔がいくつも並んでいるが、よく見れば1つ1つが微妙に異なる。

    「睫毛や唇など、すべてのパーツを手作業で着色・加工していますから、違いは出ます。その違いがあるから、お客さまも商品を吟味して選びます。また、長年のトライ&エラーで到達したものの一つに、目線の方向というのもあるんです」(靏久氏)

    靏久氏によると、「ラブドールとお客さまの距離」を考えれば当然のこととして、近くを見ている顔がベストとのこと。

    ほんの数ミリ、左右の目が寄っているような状態にするだけで、ドールが利用者を愛情を持って見つめているようになるのだという。

    ドールは感情移入するためのスクリーン

    なぜ、そんなにもディテールにこだわったデザインをするのか? そしてなぜ、価格が倍以上にもなってしまうシリコンを使用するのか? という素朴な疑問に、2人の造形師はこう考える。

    「お客さまは、それくらいリアルさを求めているから。現在の価格帯になってもなお、すぐに完売となるくらい評価してくれているから」だというのだ。「作り手のエゴで必要以上のリアルさの追求をしている」わけではないと2人は続ける。

    「そもそもマネキンなどを製作していた当社が、70年代にラブドールに携わり出したのは、お客さま側の不満の高さを知ったからでした。世の中には容易に性的な喜びを手に入れられない方が大勢います。そういう方にとって、ラブドールは単なる欲望のはけ口ではなく、愛情を注ぐ対象。だからこそ要求レベルも細かくて奥深くなるのですが、それに応えていくことで貢献したい、と考えたことが発端だったんです」(靏久氏)

    現在の同社のラインナップはユーザーが求めるニーズによって淘汰されてきたものだと靏久氏は回想する

    現在の同社のラインナップはユーザーが求めるニーズによって淘汰されてきたものだと靏久氏は回想する

    例えば心身に何かしらの障がいを抱える人は、人間がサービスを提供する性産業では満足できないケースもある。相手が目を合わせてくれなければ、他意はなくても「蔑視されている」と受け止めるかもしれないし、逆にじろじろ見られても強迫観念に襲われたりするからだ。

    その点、ドールならば安心できる。性の面だけでなく、癒しを日々感じる対象ともなる。実際、そういった顧客の声が同社には届くそうだ。

    そのような期待に応えるラブドールを目指したからこそ、オリエント工業のこだわりは他を圧倒し、市場での評価もまた圧倒的なのだろう。

    「あまりにもリアルですし、お客さまが日々愛情を注いだ対象ですから、何かの事情で当社のラブドールを手放すことになった場合は、引き取らせていただく『里帰り制度』を実施しています。そんな時、感謝の言葉が書かれた手紙が同封されていることも少なくありません。戻ってきたドールはお祓いをしてもらい、きちんと供養をしているんです」(大澤氏)

    リアルなドールだけに、安直に遺棄すれば本物の人間と間違われ、騒ぎに発展しかねない危険性もあってのこと。だが、それ以上に生み出した側のオリエント工業と、愛情を注いできた持ち主とが、本当の生命体と同じように接していることが伝わる話だ。

    一方で、究極の機能美を体現したラブドールは、意外な層からの支持も高めている。

    個展に訪れる4000人もの女性客

    オリエント工業が2014年8月に開催した個展『人造乙女博覧会Ⅳ』

    オリエント工業は上野と大阪、福岡でショールームを運営し、実際のドールを見てもらう場を設けている。また、こことは別に過去4回ほど銀座のギャラリーからの依頼で個展を開いているのだという。

    「商品であるラブドールとはいえ、昨今その魅力を多くの方に認めていただいたこともあって、広く多くの方に見ていただこう、という趣旨で個展を開催しています。直近では1開催あたり6000人を集めるような人気ぶりとなっています。驚くことに、この個展にいらっしゃる方の3分の2以上は女性なんです」(靏久氏)

    世の中の性に対する捉え方がオープンになり、ラブドールがとことん人間の見た目に近づいたことにより、「市民権を得た」と見ることもできるかもしれない。

    しかし、2人の造形師はそれだけではない、と考えている。

    「いらっしゃる女性の多くは、性の対象云々とは関わりなく、もっとストレートに人形として評価してくださっています。実際、大昔の大人のオモチャ然としたものとは全然違い、私たちが生み出しているラブドールは、とても自然な雰囲気を持つ姿形になっています。その上で、肌の質感や、表情のリアルさを支持してくださっているので、造形師としても非常に嬉しく思っています」(大澤氏)

    エーラボへの取材で島谷氏が話した「不気味の谷」に近い課題は、オリエント工業にも存在したという。リアルさを追求し過ぎれば、むしろ生身の人間はそれを気味悪く思う。しかし、ツルツルの人形然としたままでは、ユーザーは愛情を注ぎたくならない。

    多様な局面とパーツにおいて、リアルと非リアルのバランスを巧みにとっていった結果、到達したのが現在のオリエント工業のラブドール、その完成度なのだ。

    協業の枠組みで真価を発揮するラブドール製造のノウハウ

    自ら動いたり、リアルな発声をしたり、センサーで何かを感知したり……。造形物である人形が、SF漫画に登場してきたリアルなロボットやアンドロイドとして、人々の生活のさまざまな面を支えていく。そんな未来が、もうすぐそこまで来ていることは、前回のエーラボの取材でも、今回のオリエント工業の取材でも感じ取れる。

    だが、その実現は容易ではない、とオリエント工業の2人は口をそろえる。

    自分たちの技術が日本のモノづくりに貢献できるのであれば協力は惜しまない、と語る2人

    自分たちの技術が日本のモノづくりに貢献できるのであれば協力は惜しまない、と語る2人

    「多様な領域の専門家が一同に集って、共同開発に挑んでいかなければ、未来を実現することは難しい。今何よりも必要なのは、皆が協業できる枠組み。それを指揮してくれるような存在」なのだと。

    『GAGADOLL』のように、リアルドール×Techの分野は日本が世界に誇れるコンテンツ。日本を代表する輸出産業にするためなら、異業種へもどんどんリソースを提供したいと思っています。

    私たちはこれまで失敗を重ね、その度に進化してきました。同じノウハウを得るために失敗を繰り返すのは、無駄な時間だと思うんです。日本のモノづくりのレベルを上げるためならば出し惜しみはしないという姿勢でいたいと思っています」(大澤氏)

    「例えば、日本政府が掛け声をかけてくれれば、私たちだけでなく『喜んで協力する』というところはたくさんあると思います。それが日本の未来だけでなくて、人類の未来のためになるのならば、こんなに嬉しいことはないですよ」(靏久氏)

    取材・文/森川直樹 撮影/柴田ひろあき

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