この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
20代で意図せず幕を開けた“CTO人生”──経営と開発の間で見つけた「ものづくり」の本質【DMM新CTO・渡辺繁幸】
2021年3月、DMM.com前CTOの松本勇気さんが退任した。重いバトンを受け取り新CTOに着任したのは、2020年9月に入社した渡辺繁幸さん。前職のアイスタイルを含めて20年以上にわたりCTOを務めてきた大ベテランだ。
意外にも、渡辺さんは自ら手を挙げてCTOになったことは一度もないという。今回の着任も然り。経営に抜擢されるのは、組織を束ねる才能を認められてのことだが、若き日の渡辺さんは「現場で開発に集中したい」という悩みも抱えていた。
「20代の頃は葛藤していたけれども、今は経営に携わる楽しさを伝えられる」と語る渡辺さんは、自分の役割をどのように受け入れ、新CTOとしてどのような景色を見ているのか。紆余曲折の半生を振り返ってもらった。
26歳から経営サイドへ。「アカウンタビリティー」が評価される時代
世界を動かすエンジニアになりたい──。
そんな熱い想いとともに、渡辺さんは技術者としてキャリアを歩み始めた。
1社目に選んだのは、人材系ベンチャー。不況に伴う就職難により、人材紹介サービスの需要が急激に高まっていた時代。「エンジニアはこの世で一番素晴らしいものではなく、ユーザーのためになるものをつくるべき」という教訓を、渡辺さんは20代のうちに学んだ。
技術に関することなら何でも吸収したかった。無論、ずっと開発現場にいるものだと思っていた。ところが会社の要請により、渡辺さんは26歳のときにCIO(当時の会社で現在のCTOに相当する立場)として経営に携わるようになる。
「このキャリアは全く想定していませんでした。もともと経営への憧れがあったわけではありませんから。その後の人生では、DMMを含めて4社経験しましたが、どこに行ってもCTOをやることになってしまう。サービスづくりができる場所を求めているにもかかわらず、です(笑)」
なぜか経営に抜擢されてしまう理由は、「アカウンタビリティー」のスキルにあるのだろうと、渡辺さんは自己分析している。
「アカウンタビリティーとは、自分の考えをちゃんと伝える力です。今はどの職種もボーダレス化が進んでいて、職種の垣根なく同じスタートラインに立ってプロジェクトを進めていかなくてはなりません。そこではエンジニアは非エンジニアともきちんと対話できる必要があります。
エンジニアだけに通じる言葉で話すのは楽ですよね。一つの言葉で10ステップぐらい一気に伝えられますから。でも本当にいいものをつくろうと思ったら、その言葉だけ使っていたらうまくいかない。自分は昔から、相手が理解できるように話すのが得意だったんだと思います」
言葉を巧みに使い分けながら、組織を一つの方向に導いてきた。そんな渡辺さんは、子どもの頃からリーダーを任されやすいタイプだったようだ。
「思えばずっと学級委員をやってました。人の前に立ったり、人に何かをお願いしたりすることに気負いがなかった。学生の頃は目立たない方がいいと思って過ごす人は多いかもしれないけど、不思議とそうは思わなかった。昔からそういうタイプだったんでしょうね」
自分がCTOになる方が、早く未来を掴み取れると気付いた
CTOに推挙されるのは、それだけ高く評価されているからに他ならない。ところが本人は人知れず葛藤を抱えていた。
「エンジニアに限らず、上に行きたくない人はいますよね。『開発の時間が減るからマネージャーになるのは嫌です』と言う人。まさに、私自身がそうでした。」
渡辺さんは取材中、「エンジニアであることが自分の誇り」だと何度も繰り返した。アイデンティティーの拠り所は、明らかに開発者としての自分にある。しかし経営に携わる以上は、開発以外の業務に相応の時間を割かなくてはならない。当初の想定とは違った24時間の使い方をせざるを得ない日々に、渡辺さんはどのように折り合いをつけたのだろうか?
「経験を積む中で、ものを作る仕事を分解して考えられるようになったんだと思います。それこそ最初は、作りたいものを作る作業から楽しみを得ていました。このキーボードに例えるなら、大きさや素材、滑らかさや質感といったものを自分の手で形にするのが好きだった。それは技術者としてのプライドに直結しやすかったんです。
だけど、『ものを作る』仕事はそれだけじゃない。エンジニアが手を動かすまでの間に、作るもの自体や作り方を考えるプロセスが存在するわけですよね。自分はそこに携わっている。つまり、経営という形でものづくりに参加しているんだと気が付きました」
人が1時間で100個作れるものを、自分は同じ時間で120個作れるようになれば、確かにエンジニアとして自信は持てる。でも、組織全体のパフォーマンスを上げて、全員が105個作れるようなれば、一人が120個作るよりもずっと早く未来をつかみ取れる──。
自分が果たすべき役割は、これなのではないか。20代後半だった渡辺さんは、自身の使命を静かに悟った。
それからは、さまざまな規模の組織であらゆるフェーズのCTOを経験していく。リードエンジニアを兼ねて開発も率いるステージ、組織の育成を担うステージ、社内のコミュニケーションを円滑にする体制を作るステージ、社内だけではなく社外にも影響力を発揮するステージ……。
その経験は地層のように積み重なり、いつしかどんな状況の組織にも対応できる知見を持つ希少な存在となった。
しかし、開発に関わりたい気持ちを完全に捨てたわけではない。多忙な日々を送る今も、プライベートではアプリケーションやサーバーを開発しているという。開発以外の趣味を聞くと、「マジック(手品)」という意外な答えが返ってきた。
「CTOはいろんなことができないといけないので」と笑う渡辺さん。どうやら彼の守備範囲は、私たちの想像をはるかに超えているようだ。
見い出した自分の役割。まずは「組織の“普通”を疑う」ことから
渡辺さんがDMMに入社したのは2020年9月。現VPoE大久保さんとの採用面談で現開発組織の改善点の多さを打ち明けられると、それを「好物」だと感じ、わずか30分で入社の意思を固めたという。
前職のアイスタイルでは10年間CTOを務めてきたが、DMMではCTOの下で組織横断的に動けるポジションを希望した。入社後は思い描いた通りの立場で職務を遂行してきた。松本前CTOが2021年3月の退任を発表するまでは。
寝耳に水の知らせとともに、後任のCTOを打診されたときの心情を、渡辺さんが正直な言葉で語る。
「またか、と思いましたよ(笑)。CTOをやるつもりはなかったのに、頼まれてしまった……。でも、声を掛けてもらったのは、認めてもらっている証拠。ありがたいし、松本の後任は相当なタフネスを求められるでしょうから、自分がやる意味があると思って引き受けました。2カ月間渋りましたけどね」
笑いながらことの経緯を語る。そのはにかんだ表情には、求められ続けることへの喜びも垣間見えていた。
DMMの新CTOとして走り出した今は、メンバーから「予定を入れられない」とクレームが来るほどスケジュールがびっしり埋まっているという。会社を前進させるためには、現状理解を深める作業は避けて通れない。
「今自分が徹底して現場のメンバーに確認しているのは、社内のルールや判断基準、慣習などに対するソースです。最初は不思議だったものも、その環境で何年もやっていると当たり前の景色になってしまいますよね。私は『なぜそれを当たり前だと思っているのか』を聞いて回るようにしているんです。
普通だと思われているものに目を向ければ、変われるポイントが見つかります。そのときに、私が今まで経験してきたたくさんの成功や失敗が活かせるはず。このステージで私がCTOになった意味は、そこにあると理解しています」
そう会社の未来を語る渡辺さんの表情に、迷いはない。「自分が変わることで、たくさんの人の役に立てる未来がある」と彼は言った。葛藤を受け入れ、自分の役目を見い出した渡辺さんは、新CTOとしてDMMを新たなステージへ導くいてゆくのだ。
取材・文/一本麻衣 撮影/赤松洋太
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