元エンジニアのIT弁護士に学ぶ!
“自衛”のために知っておきたい法律知識SESの「準委任契約」、受託開発の際のNDA、GitHubに公開されるコードの使用……。エンジニアとして開発を担う中で、また自身が安心安全に働く中で備えておくべき「法律」の知識とは? プロの弁護士から学ぼう!
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前回に引き続き、『ITエンジニアのやさしい法律Q&A 著作権・開発契約・労働関係・契約書で揉めないための勘どころ』(技術評論社)より、「著作権」にまつわる箇所を一部転載してお届け。
今回は「前職で開発したプログラムを転職先でも使っていいのか」を題材に解説します。
※本記事は書籍より以下項を抜粋して転載
・Q1-12 前の会社で開発したプログラムをそのまま使いたいんだけれど……
弁護士法人モノリス法律事務所 代表弁護士 河瀬 季さん(@tokikawase)
元ITエンジニアの経歴を生かし、IT・インターネット・ビジネスに強みを持つモノリス法律事務所を設立、代表弁護士に就任。東証一部上場企業からシードステージのベンチャーまで、約120社の顧問弁護士等、イースター株式会社の代表取締役、株式会社KPIソリューションズの監査役、株式会社BearTailの最高法務責任者などを務める。東京大学大学院 法学政治学研究科 法曹養成専攻 卒業。JAPAN MENSA会員
以前勤めていた会社で開発したプログラムを、新しいプロジェクトでそのまま使いたい……。
プログラムを開発したのは自分だけど、これって著作権は自分にあると思って好きに使っても大丈夫?
プログラムの場合もその他の創作物と同じく、原則として創作者にいちばん最初に(原始的に)権利が帰属します。
しかし、会社の指示で社員が職務上作成したプログラムの場合には、職務著作という制度により、特別な定めがない限りは、創作者ではなく、その雇い主である会社に著作権が帰属します。そのため、会社で開発したプログラムを勝手に使うと著作権侵害になってしまいます。
プログラムの場合もその他の創作物と同様に、創作者に原始的に権利が帰属するのが原則です(※)。しかし、システム開発では受注者側も多数の作業員が分担しながらプロジェクトを進めていく場合が多いので、まずはプログラムの作成者が誰であるのかを特定することが必要となります。
この場合には、受注者側の作業スケジュールなどに記された担当者の欄に記載されている名前や、ソースコードに記されたコメント欄の作成者情報などが有力な手がかりとなることが考えられます。
※所有権の取得方法として原始取得と承継取得の2種類がありますが、原始取得は新しく作られた新築建物などに関する所有権の取得方法であり、承継取得はすでに存在しているものの所有権移転(売買や相続など)に伴う所有権の取得方法となります。
ただし、プログラムの作成者が自分だと特定することができたとしても、それが職務著作に該当する場合には、創作者ではなく、雇い主に著作権が帰属することに注意が必要です。
システム開発はたいていの場合には企業主導で進められるプロジェクトになるので、まずはこちらを原則として理解しておくとよいでしょう。著作権法第15条は、職務著作について次のように定めています。
著作権法第15条2項
法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
条文の内容を整理すると、職務著作は次の要件を満たしている場合に成立することになります。順番に確認していきましょう。
従業員個人が思いついたり、アイデアを出したりしただけでは「法人等の発意」とはならず、法人等の中で企画制作について決定する権限のある者の意思によって決定されていなければなりません。
使用者と作成者との間に雇用関係がある場合が当てはまります。ただし委任契約や請負契約に基づく場合であっても、雇用関係における指揮監督関係に匹敵する程度の、実質的な指揮監督関係が認められるならばこれに該当します。例えば、フリーライターが出版社の指揮監督下で他の従業員と同じ立場で雑誌記事の作成業務に関与している場合、当該フリーライターは、一般的に「法人等の業務に従事する者」といえるでしょう。
勤務時間内の職場での作成はもちろん該当しますが、これのみに限定されません。勤務時間外に自宅に持ち帰って作成したものであっても、それが職務に基づいて作成されたものであれば、「職務上作成する著作物」といえます。
著作物の著作者としての表示に、法人等の名称が表示されている、©マーク等によって、著作者表示がされていることなどが必要です。ただし、プログラムの著作物に関しては例外となっており、公表に関する要件がないことに注意が必要です。それは、プログラムの著作物の場合、公表を前提としないで開発されるものが少なくないため、こうした事情が考慮されたからです。
就業規則や雇用契約上、別段の定めがあれば、当該特約が優先するということです。例えば、「権利は従業員に帰属する」と定めた場合などは、会社は著作者にはなりません。
このように職務著作が成立するのであれば、コードを書いた人ではなく、その人の使用者(通常は受注者である企業)に原始的な権利が帰属するのが原則です。
職務著作については、開発者と、開発者が所属する企業との間に雇用関係があり、その指揮監督のもとで開発されているような場合には、比較的容易に認められる傾向にあります。
従業員が業務中に作成したプログラムであっても、必ず職務著作として会社側が権利を得るわけではありませんが、職務著作が成立するケースがほとんどであると考えてよいでしょう。
退職したエンジニアは、たとえ自分が開発したプログラムであっても、それが職務著作であるなら、著作権者である会社の許可なく使うことはできません。当然ですが、転職先の会社で使うこともできないわけです。
そして、著作権者の許可なくプログラムを使った場合には、著作権侵害となり、新しいプロジェクトの差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。そういったトラブルを避けるために、自分が作成したプログラムの著作権が誰に帰属するのかを正しく認識することが何よりも重要です。
コラム:営業秘密のアルゴリズムを持ち出すと罰せられることがある?
職務著作について解説した本節では、主にプログラム(ソースコード)の持ち出しを取りあげました。では、アルゴリズムの持ち出しはどうなのでしょうか? 抽象的なアルゴリズムは、原則的に著作権法の保護対象となりませんが(※)、ここではそのかわりに、不正競争防止法の営業秘密の持ち出しが問題になり得ます。 営業秘密とは、次の3条件を満たす情報です。こうした情報を会社の許可なく持ち出して利用することは、不正競争防止法違反となるのです。
A. 秘密管理性:秘密として管理されている
B. 有用性:生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報
C. 非公知性:公然と知られていないもの
アルゴリズムに関する情報も、上記の3条件を満たす限り「営業秘密」に該当することは、ほぼ争いがありません。実際の裁判例でも、アルゴリズムの流用が問題になる事案では、上記3条件が充足されているかが問題とされます。
例えば「接触角計算プログラム事件」では、原告は、表紙に「CONFIDENTIAL」と記載され、全頁の上部に「【社外秘】」と記載されたハンドブック内に記載されていたアルゴリズムが流用されたと主張しました(知財高裁 平成28年4月27日判決)。この事案では、裁判所は、当該ハンドブックは原告が営業担当者向けに携帯用として作成したものであることなどを理由に、「A. 秘密管理性」を否定しました。つまり、秘密管理性は、単純に『CONFIDENTIAL』と書かれてさえいれば認められる、というものではなく、実際の情報管理方法なども踏まえて判断される要素であるということです。
アルゴリズムの流用が違法となるかは、このようにかなり専門的な判断となります。ただ、例えば表紙に「CONFIDENTIAL」と記載されている資料内のアルゴリズムを持ち出して流用することは、やはり一般論としては危険といえるでしょう。
※以下「抽象的なアルゴリズムは原則的に著作権法の保護対象となりませんが」についての補足
著作権法には次のような規定があります。
著作権法第二条
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一.著作物
思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
つまり、著作権によって保護されるのは、あくまで「表現したもの」であり、その背後にあるアイデアやコンセプトそのものは保護されないのです。プログラミング言語そのものやアルゴリズムは「表現」というよりは抽象的な「アイデア」なので、これらに対しては著作権が及ばないことになります。
本書では元ITエンジニアの弁護士がトピックを厳選し、Q&A形式で最低限押さえておくべきポイントを解説。
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