「残された時間はあと6年」夏野剛氏が語る、世界と戦うためのBtoBイノベーション
スマートデバイスやクラウド技術の急速な発展によって、次々と新たなテクノロジービジネスが生まれている。BtoC市場では、コミュニケーションツール『LINE』やアイコン着せ替えアプリ『CocoPPa』などの国産サービスが海外進出に成功しているが、BtoB市場はどうだろう。
国内市場こそ、2016年に始まるマイナンバー制度やメガバンク各社のシステム更新需要、民間企業のデータ経営へのシフトなどに後押しされ、リーマン・ショック以降停滞していたIT投資が回復基調にあるが、国際市場で日本のシステムベンダーの存在感を感じる機会はほとんどない。
ではなぜ、SalesforceやAWSのような世界的なBtoBサービスは欧米で生まれ、日本からは生まれないのか。
先ごろ出版大手KADOKAWAとの経営統合を発表したドワンゴをはじめ、数々の有名企業で取締役を担う夏野剛氏に、エンタープライズ市場において日本のシステムベンダーが弱体化した背景と、未来に向けた処方箋を聞いた。
システム開発現場の「甘え」が日本の産業競争力を弱くする
そうですね。エンタープライズシステムには、わたしも言いたいことが山ほどあります。企業で働くビジネスパーソンの中で、「ウチの会社のシステムは超使いやすい」と思っている人ってどれくらいいるでしょう? おそらく、ほとんどいないと思うんです。
日々使っているスマホの中には、便利なアプリがたくさんあるのに、なぜか会社のシステムだけが使いづらい。もう何年も前から「企業のIT活用は必要不可欠だ」と言われてきたにもかかわらず、結局はこれが現実なのです。おかしなことだと思いませんか?
わたしはシステム開発の現場にはびこる「甘え」の構造が問題だと考えています。
本来、エンタープライズシステムは社員の生産性や組織全体のパフォーマンスを向上させるためのもの。しかし、発注側の情報システム部門も受注側のシステムベンダーも、この本質とは無関係な部分にばかり固執し、予算をつぎ込んできました。それによって、日本の産業競争力が弱くなってしまったと言っても過言ではありません。
なぜそんなことが起こるのか。それは、両者の利害が一致しているからです。
企業のパフォーマンスに対して責任を負うのは経営者の役割ですが、50代後半以降の日本の経営者は世界的に見てもITリテラシーが非常に低い。情報システム部門の人たちはそれをいいことに、パフォーマンス向上とは別の部分に力点を置きながら、システム開発を行ってきたという側面があります。
その一例が、情報漏洩対策や安定稼働対策などです。これらの対策が不要だとは言いませんが、システムベンダーはこういった「オジさん経営者にも理解でき、かつ予算が付きやすいシステム」を売り込むことに注力し過ぎているように思います。要は守りのシステム構築です。そこに、生産性の向上という本来の目的をないがしろにした、甘えの構造が生まれてしまった。
比較的景気の良かったリーマン・ショック前は、それでも互いに業績を伸ばせたでしょう。でも、今はそんな時代じゃありません。
過去20年間の日本のGDP成長率をご存知ですか? わずか2%です。その間、IT活用が急速に広がったアメリカは2倍以上に伸びているのです。
こうした数字からも、日本の特殊な状況が見えてくるでしょう。
そう思います。特に発注側には、構造的な問題がある。
欧米企業の場合、CIOや情報システム部門のトップにはベンダー経験がある人材を充てるのが一般的です。他方、日本の大企業では、社内の生え抜きが就くケースがほとんど。中にはコードを書けない、ベンダーの手の内も知らない人間が情報システム部門を率いていることもあります。
こうした現状に何の疑問を持たない経営者が多いことも、日本の特殊性を助長していると言えるでしょうね。
最近はエンタープライズシステムの世界にも、Google AppsやSalesforceのようなBtoC的なプラットフォームの波がアメリカから押し寄せています。これは破壊的な変化です。
こうした状況を敏感に察知し、危機感を持たなければ、情報システム部門によって潰される大企業が出てくる可能性だって否定できません。
“鉄砲”を使いこなして勝つより暴発防止にばかり気を取られている
日本企業が置かれている状況って、戦国時代の鉄砲伝来当時の状況とよく似ているんです。
織田信長と同じ時期に鉄砲を手にした武将はたくさんいましたが、彼ほど上手く使いこなせた武将はいませんでした。なぜ、信長は鉄砲の活用が上手かったのか。それは、ほかの武将のように鉄砲を「導入」しただけで満足することなく、戦のやり方を変え、人事体系を変え、歩兵たちのインセンティブ体系を変えたからです。
多くの日本企業は、信長以外の戦国武将と同様に、システムを入れることに満足してしまって、古くからのビジネス慣習そのものを刷新しようとはしていません。これでは、鉄砲を使いこなして勝つことより、暴発防止にばかり気を取られているようなものです。
経営者は、ITを特殊なものだとか、詳しい人間に任せればいいんだというような考えを本気で改め、IT戦略そのものを根本から考え直す必要があるでしょう。
日本の勝機は「UI」と「マルチデバイス活用」にあり
世界で存在感を示せそうな分野は2つあります。「ユーザーインターフェース(以下、UI)」と「マルチデバイス活用」です。
まずUIについてですが、日本はこれまで家電やゲーム機といった民生機器分野で、UIに関する多くのすばらしい知見を蓄えてきました。にもかかわらず、B2B向けシステムにはほとんど応用が進んでいません。特に社内向けのシステム開発では、「こういうものだから慣れてくれ」という作り手のわがままが、いまだに横行しています。
iPhone、iPadのような優れたUIを搭載したデバイスに触れたことのある人はお分かりでしょうが、UIは生産性の向上においてとても重要な要素です。これまでは情報漏洩対策や安定稼働対策ほど大規模な予算がつかないため顧みられませんでしたが、UIの重要性を認識し、過去の知見を持って真剣に取り組めば、日本のベンダーにも勝機があると思います。
日本人は、「ガラパゴス」と呼ばれた多機能なガラケーで、ほかの国に比べて10年以上も長いモバイル利用の歴史があります。確かにガラケーは、スマホに比べて洗練度や機能で見劣りしますが、ともにモバイルであるという共通項がある以上、基本的なビジネスアイデアは共通する部分も少なくありません。
世界に目を転じれば、通話とメッセージングしかできない携帯端末はまだまだ多い。今後さらにスマホが普及すれば、ガラケー時代から積み重ねたPCとモバイルの使い分けや、モバイル活用に関する日本人の知見が活きるはずです。
作り手側も使い手側も、これだけモバイル使用経験がある人々が存在する国はほかにありません。BYOD(私物デバイスの業務利用)ソリューションなど、日本がマルチデバイス活用に関する分野で世界的な地位を占めることも不可能なことではないでしょう。
「タイムリミットは6年」世界に打って出るために
もちろん。これからITリテラシーの低い団塊の世代が現役から退くこともあり、きっと状況は大きく変わるはずです。でも、われわれに残された時間はそれほど長くないというのも確か。あまり楽観はできません。
人口統計を見ると、日本が元気でいられるのは6年程度、2020年の東京オリンピックまでが限界と思わざるを得ません。それまでに企業も個人も変わることができなければ、生き残ることさえ難しい時代がやってきます。
日本の人口は、2008年に1億2800万人のピークを迎えました。では、5年後の2013年には何人減ったかご存じですか? 約80万人です。これは、どこかの県1つ分の人口と同じくらいの規模。2020年にはさらに300万人、2020年代の終わりまでには1000万人、つまり今の神奈川県民が丸ごといなくなる計算になっています。
日本では少子高齢化にともなう労働人口の減少を供給サイドの課題として捉える人が多いのですが、日本のGDPは内需によって支えられているので、むしろ需要の減少の方がはるかに深刻です。需要がなくなれば、供給力を高めても意味はありませんからね。
東京オリンピックの開催される2020年までに、日本企業が国際競争力を取り戻し、世界に打って出なければ取り返しがつかなくなるというのはそういう意味です。
もちろん、BtoB開発に携わるシステムベンダーだって例外ではありません。
エンジニアが一生同じ会社に勤めるなんて愚の骨頂
もちろんそうです。関心がある分野を徹底的に学ぶのでもいいし、経験のない技術領域を習得するのでも構わないので、とにかく主体性を持って自分のキャリアやスキルを選択する意識を持つことが大事です。
無論、一生同じ会社で勤めようという考えは愚の骨頂。物理的に、学ぶことのできる範囲が狭くなるわけですからね。組織への依存心は捨て去り、会社を利用してやるくらいの気持ちで仕事に臨むべきです。
エンジニアには、ほかの職業の人に比べて強みがあります。コーディングができることです。この武器を磨き続けていれば、世界のどこでも食べていける可能性があるので、悲観する必要はないでしょう。そうしたキャリアを実現するためにも、技術力の向上だけでなく、英語や中国語の修得を強くお勧めします。
BtoB開発に携わるエンジニアの皆さんも、今まで以上に世界に目を向けてほしいですね。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹
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