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【グロースするプロダクト開発の共通点】Notion開発責任者が語る「Product-Led Growth」な組織に必要なもの

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Zoom、Slack、Shopify……近年、瞬く間にメジャーになったサービスに共通するもの。それは、「プロダクト・レッド・グロウス(Product-Led Growth)」を実現していることだ。

「プロダクト・レッド・グロウス」とは、「プロダクトがプロダクトを売る」という概念。かつて企業は営業やマーケティングの力で製品を広めようとしたが、昨今のITサービス、特にシリコンバレーでは「プロダクトの品質こそが売上に直結する」という考えが強くなっている。

しかし、日本ではまだプロダクトの重要性が、充分に認識されていない。そんな問題意識から設立された日本CPO協会の主催で、海外の一流IT企業のプロダクトリーダーを招き、プロダクト・レッド・グロウスの考え方を学ぶ「PRODUCT LEADERS SALON」が2021年12月9日、10日に開催された。

プロダクト・レッド・グロウス

今回はその中から、情報管理ツール『Notion』のエンジニアリング責任者であるマイケル・マナパットさんのトークセッションをレポート。聞き手は日本CPO協会代表理事のケン・ワカマツさんが務めた。

『Notion』は「オールインワン・ワークスペース」を謳う、メモやドキュメント、各種Webツールの情報を一元管理できるサービス。コロナ禍でユーザーを増やし、評価額は100億ドル(約1兆1200億円)を超え、日本でも急速に利用者を伸ばしている。

その大躍進の背景にある「強いプロダクト作り」を担うマイケルさんに、エンジニアリングの体制やプロダクト開発における意思決定の手法など、「プロダクト・レッド・グロウス」に欠かせないポイントを聞いた。

NotionHead of Engineering Notion エンジニアリング責任者
Michael Manapat(マイケル・マナパット)さん

Notionにてエンジニアリングの責任者として、同社のエンジニアリングおよびデータサイエンス部門を統括Googleのソフトウェアエンジニア、ハーバード大学の研究員を務めた後、Stripe社で6年間にわたり応用機械学習の取り組みを指揮し、数々の新製品やビジネスラインを立ち上げた。2020年にNotionに参画

聞き手:一般社団法人日本CPO協会 代表理事
Ken Wakamatsu(ケン・ワカマツ)さん

マクロメディアやアドビ、シスコなどを経てセールスフォース・ドットコムに入社。プロダクトマネジメントチームを立ち上げた。2017年に交通費精算をAIで自動化するサービスを提供する株式会社metrolyを設立。日本のプロダクトづくりの課題解決、プロダクトマネージャーの知見向上を目指す一般社団法人日本CPO協会(CPOA)の設立と同時に、代表理事に就任

「現場を信じる」スリムなボトムアップ体制

ワカマツ:『Notion』は本当に素晴らしいプロダクトで、日本CPO協会でも利用しています。まずはじめに、Notionのプロダクト開発の体制について教えてください。

マイケル:Notionには現在、約100名のエンジニアが在籍しており、以下のような領域を担当する五つのグループに分かれています。

1.インフラ:
信頼性、ストレージ、アラートモニタリング、データパイプラインの構築
2.API・プラットフォーム:
開発者向けAPI、リンク展開・リンク層のPDUデータベースセグメントが可能な高次プラットフォームの開発
3.コアプロダクト:
Notionのコア機能(エディター、サイドバー、モバイルアプリ、ナビゲーション)の開発
4.グロース:
顧客のNotion採用に向けた開発
5.データサイエンス:
GTM(Go To Market)戦略、データ分析

その中で、プロダクトマネージャー(PdM)は現在1名で、コアプロジェクトに携わるデザイナーは2名。非常にスリムな組織体制を維持しています。

これはNotionが、プロダクト全般をエンジニアやデザイナーが担当する「ボトムアップ型の組織」であるためです。

ワカマツ:現場主体、というわけですね。具体的には、どのようにプロダクトの意思決定がなされているのでしょうか?

マイケル:プロダクトの意思決定については、いくつかのレベルに分けてお答えしましょう。

まず、長期的な戦略について。例えば、四半期・半年・1年というスパンで何を行うべきかについては、創業者のアイヴァンやサイモン、COO、CRO(Chief Revenue Officer)と私で、数カ月ごとに話し合って決定します。

一方で、プロダクトの詳細については、エンジニアリングチームで話し合って決めていきます。

例えば、彼らが今年の初めに目標として定めたのは「ドキュメントやWikiといえばNotionだと、誰もが考えるようになること」でした。

この目標をもとに「エディターの検索の関連性を高め、より高速、直感的にするためにどんな機能が必要か」などアイデアを出していくわけです。

こうしてボトムアップで出てきた決定を、私たちマネジメントが確認することはありますが、基本的には各チームの判断に任せています。

プロジェクトの実行についても、デザイナーとエンジニアがチームを組んでボトムアップで進めていきます。

仕様が決まって、モックアップの実行計画ができた段階で資料を作成してもらい、創業者や私が加わって話し合いますが、ほとんどの場合、資料に判を押すだけ。

私たちはそれくらい、チームの能力を信頼しているのです。

意思決定は「データ」をベースに

意思決定は「データ」をベースに

ワカマツ:そうした開発における意思決定の際には、何を判断材料として重視しているのでしょうか?

マイケル:非常に良い質問ですね。やはり、プロダクトの意思決定に必要なものはデータです。当社では、それらのデータを得るためのチャネルをたくさん持っています。

例えばユーザーからのフィードバックをまとめたデータ。「閲覧のアクセス権やデータベースのフィルター設定の権限が欲しい」という意見がサポート窓口にあれば、それをデータベースに記録して、タグ付けをして階層的に分類しておきます。

さらにはTwitterやCRMサービスでの意見なども同様にして記録し、データとして分析するのです。

もちろん、個人ユーザーに限らず、法人ユーザーからのフィードバックも重要です。

法人クライアントを担当するカスタマーサクセスチームやセールスチームはそうしたユーザーに関する情報を得たら、優先順位をつけた要望リストを出します。

ワカマツ:エンジニア、セールス、ユーザーなど、あらゆる立場の人の意見をまとめてバランスをとるのは難しいと思いますが、何からプロダクトの改善に反映していくのか、開発の優先順位はどのようにつけていますか?

マイケル:例えば、今年の7月に行った全社計画では、経営陣やマーケティングチームからエンジニアリングチームに対して、さまざまな要望が出されました。

それらは、機能面もあればビジネスのためのサポート、マーケット戦略の側面もあります。

それらについて、全体のロードマップを見据えて優先順位を検討するわけですが、これはかなり大変でした。

例えば、エンジニアリング全体で各グループにどの程度の割合を割くべきか。この場合は、グロース:10%、コアプロダクト:40%、社内ツール:10%、マーケティング:20%といったように決めていきます。

そこで具体的な配置については、各部門やチームのリーダーに委ねています。

ワカマツ:開発チームは、プロダクトマーケティングにどのように関わっていますか?

マイケル:エンジニアリングとマーケティングは密接に連携しています。Notionのエンジニアは、コードを書くだけが仕事ではありません。特に、PdMがいない場合は、機能についての全責任がエンジニアにあります。

例えば、新機能を発表する際にブログ記事を書くこと、ドキュメントの表示方法の調整、大企業向けのサポートなど、エンジニア自身がプロダクトマーケティングに多くの時間を割くことになります。

これによって、エンジニアも開発から一歩引いた視点を得ることができるでしょう。

現在、プロダクトマーケティングはいくつかのチームに分かれています。それぞれにマネージャーがおり、エンタープライズPMM、グロースPMM、コアプロダクトPMMがさまざまなかたちで開発プロセスに関わっています(※PMM:プロダクトマーケティングマネージャー)。

重要な役割の一つは、プロダクトチームのミーティングに同席して、プロダクトデザインの初期段階においてユーザーの意見を取り入れることです。

例えば、エンタープライズPMMは、監査ログ機能を開発中のチームに参加して、「この機能は小規模の企業にはいいが、大規模ユーザーは使いにくい」といった助言をしてくれます。

つまり、従来PMが行っていた仕事の多くを、現在はPMMが行っているということ。だからこそPMMとエンジニアリングマネージャー、そしてプロジェクトのリードエンジニアとの緊密な連携が求められます。

入社4カ月でプロダクトの追加機能を実装できる

入社4カ月でプロダクトの追加機能を実装できる

ワカマツ:Notion内にプロダクトマネージャーの数が多くないということは、その役割を担うエンジニアやプロダクトマーケターが必要になりますよね。すると、採用が非常に難しくなるのではないでしょうか?

マイケル:その通りです。Notionのエンジニアとして活躍するには、技術力の高さだけでは不十分です。私たちが求めるのは、優れた技術力に加えて、プロダクトデザインの洞察力や判断力を備え、自分の手で終始プロセスを実行できる人ですから。

これまでお話ししてきた通り、プロダクト開発においては数多くの部門間での協力がありますが、その全てがエンジニアの望むものだとは限りません。

技術力が高く、協調性があり、プロダクトのセンスもある人という条件は門戸を狭めることにもなりますが、そうした人を採用できれば驚くべき成果を出してくれます。

最近うれしいニュースがあったんです。先頃発表した重要な機能が二つあるのですが、それはどちらも今年の夏に入社した社員が担当したものです。Notionでは入社4か月でプロダクトの追加機能を世に送り出すこともできるのです。

Notionのエンジニア採用においては、専門的なソフトウエア設計やコーディング、JavaScriptを用いた問題解決力のテストがあります。しかし、面接のプロセスの多くは、協調性やコミュニケーション力、責任感などに重点を置いたものになっています。

そうした内面的要素について、面接で評価を行うのは難しいことです。でも、面接官とのやり取りを注意深く観察し、質問にはっきりと答えられるか、過去の仕事や関わった人への理解や意識の深さなどを見極めていきます。

プロダクト・レッド・グロースへの移行に必要なもの

ワカマツ: 最後に、プロダクト・レッド・グロースの実行について、アドバイスをお願いします。

マイケル:ポイントは二つあります。

一つ目は、データエンジニアリングやデータサイエンスへの早い段階での投資です。Notionは、初期の段階から成し遂げたいことの明確なビジョンがあり、幸運なことにプロダクトマーケットフィットできたことで成長を遂げました。

しかし、初期の頃はかなり直感に頼っており、データ主導の思考や分析の基盤が整っていませんでした。そこでグロースチームを立ち上げて、改めて時間をかけたのが「正しいデータの収集」です。

プロダクトで人々が行っていることは何か、ユーザーが去りがちな箇所はどこか、コンバージョンが高い、あるいは低い理由は何かといったことなど、初期はそれらの理由を分かっていませんでした。

そこで、今年に入って、データエンジニアリングやデータサイエンスに対する投資を強化したことで、かなり改善が見られるようになってきました。

ポイントの二つ目はプロダクトの成長を、企業の一部や単一チームに関するものだけで捉えようとしないことです。これは、よくある過ちですね。

例えば、通知や共有の機能について取り組んでいるチームがあったとして、ドキュメントを共同編集できるようになることは、エンタープライズの側面を持つと同時に、グロースの側面も持ちます。

ワークスペースに参加していない人をメールでメンションした際に、招待状も同時に届くように機能追加すれば、新たなユーザーの拡大につながりますからね。

ですから、エンジニアリングチームには、グロースの視点とエンタープライズの視点の両方を持つようなDNAの浸透を目指しています。

ソリューションの完成には、解決を目指すコアプロダクトのユースケースやユーザーストーリーに加えて、この二つの要素が不可欠だと考えています。

文/高田秀樹

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