日本発「ネクストGAFAM」は生まれない? メルカリ・LINE・スマートニュース・Sansan技術責任者たちが徹底討論
Google、Amazon、Meta(旧Facebook)、Appple、そしてMicrosoft――「GAFAM」と呼ばれるビッグテックは、周知の通りすべてアメリカ企業だ。
この十数年の間に、日本からもユニコーンやネクストユニコーン企業と呼ばれる企業はいくつも生まれた。だが、GAFAMに並ぶ企業はまだない。今後もその状況は変わらないのか、そうだとしたらそれは一体なぜなのか。
2022年4月12日、13日にわたりエンジニアtypeとメルカリが共同開催したテックカンファレンス『Tech Update 2022』で行われたトークセッション「日本から『次のGAFAMは生まれない』は本当か?」では、メルカリ、LINE、スマートニュース、Sansanの技術責任者が集結し、自社の海外戦略について紹介。
日本発「ネクストGAFAM」企業誕生の可能性について議論を交わした。この記事ではその一部を紹介しよう。
日本発スタートアップ各社、グローバル展開の現状は?
Sansan藤倉:最初に、各社のグローバル展開の現状と、そこから見えてきた「ビッグテック」を目指す上での課題について伺っていきたいと思います。
まずは当社の話をすると、Sansanが海外展開に向けて動き始めたのは2015年頃。シンガポールやインドに営業拠点をつくりました。
その後、『Eight』という個人向けのプロダクトの海外展開も含め、2018年くらいからグローバルで採用活動を開始。その時点で海外事業が軌道に乗っていたわけではないのですが、先回りして採用を強化したのです。
今年は海外に開発拠点を設立するなど、グローバル展開を強化していこうと考え、チャレンジを進めているフェーズです。
メルカリ若狭:メルカリは「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」をミッションとして掲げていることもあり、サービスローンチ後、かなり早い段階からアメリカへ進出しました。
そこで学んだのは、CtoCのサービスは日本のものをそのまま海外に持っていったとしても、受け入れられるとは限らないということ。
例えば、『メルカリ』ではアプリのロゴデザインも各国で変えていますし、それぞれの市場のお客さまに合わせてプロダクトを作っています。その結果、海外事業は着実に伸びています。
それと並行して、人材の国際化も進めています。2017年頃からは、エンジニアの採用において「日本語が話せる」という要件をなくし、今ではエンジニアの半数以上が外国籍です。そして今後は、日本とUS以外にも開発拠点を増やしていきたいと考えています。
LINE池邉:LINEでも、「サービスをカルチャライズ」していくことが大切だと考えています。メッセンジャーのサービス自体は、ある意味単純に多言語化することはできる。しかし、それだけではそれぞれの国における事業としては成立しません。
ニュースなども各国で情報ソースや好みが異なるため、各国に合わせてカルチャライズをしながら事業として成立するかの試行錯誤を経て、現在は特に日本・台湾・タイの3市場を中心に多くの方にご利用いただいています。
例えば、LINE Payや銀行事業では、各国の法律などに対応する必要もあるので、それぞれの国に開発拠点を立ち上げて、メンバーも現地採用していますね。
スマニュー前田:スマートニュースは「Global 1 Team、1 Product(※全拠点のオフィスが協働して同一のプロダクトを開発)」という考え方のもと、日米に展開しています。
グローバルで一つのプロダクトというやり方には、メリット・デメリットの両方があります。スケールメリットを享受できる半面、ローカライズは難しくなる側面があります。
例えば、アメリカ人はユーザーもメディア側も自身の政治スタンスを明確に認識していることがあり、ニュースアプリにもそこに一つのニーズがあります。そういった国ごとの違いを出しづらいのはデメリットですが、ただ現時点では、スケールメリットも大きいと考えています。
グローバル化の過程で「英語の壁」をどう乗り越えるか
Sansan藤倉:企業がグローバル化を目指す過程で、コミュニケーションの問題、端的に言えば「英語の壁」というのは意識せざるを得ません。英語を公用語にする企業もありますが、皆さんの会社ではどのような状況ですか?
スマニュー前田:現時点では、複数の人が集まる開発関係のミーティングではほとんど英語ですね。ただ、マネジャーとの1on1や、広告営業チームなどとの打ち合わせは日本語や、通訳の方が入ることもあります。
メルカリ若狭:当社も同じような状況です。もちろん英語が苦手な人もいますが、そこは割り切ってやるしかありません。エンジニアの方なら複数のプログラミング言語を使えるのが当たり前だと思いますが、それと同じです。
ただ、英語が不得意だからといって、それだけでその人の評価が下がるということはありません。英語の能力の問題で伝えきれないことがあるなら、Slackやドキュメントなどで補足すればいいだけ。もちろん、英語力を上げるためのサポートは会社としてしますが、重要なのはマインドセットの方だと思います。
いずれにせよ、エンジニアが英語でも仕事ができるようになるということは、その人の市場価値にとってもプラスになります。そういう意味でモチベーションを持って取り組んでいる人が多いという印象ですね。
LINE池邉:LINEの場合は「英語が母国語」という人は少ないのですが、各国の間でコミュニケーションを取るのはやはり英語が多いです。また、社内の意思疎通の齟齬がないように、ドキュメンテーションは極力英語で残していくようにしています。実は、このことが副次的な効果を生みました。
というのも、私たちは母国語同士でも、お互いの意図が正確に伝わっていないことが結構あるんですよね。その意味で、多様な国籍やバックグラウンドを持つ人たちが集まることで、丁寧に説明したり、ドキュメントを残したりする必要が出てきたことは、結果的に社内のコミュニケーションの齟齬をなくすことに役立っていると感じています。
日本からGAFAMに匹敵する企業が生まれていない理由とは?
Sansan藤倉:いわゆる「ビッグテック」となるためには、グローバライズとローカライズという相反する要件を満たす必要があります。
先ほど池邉さんが「カルチャライズ」というキーワードを出されていましたが、やはりプロダクトのグローバル展開は、その国の人に合わせることが非常に重要になってくると思います。
そのやり方は、スマートニュースのように一つのプロダクトで乗り切るという方法もあるし、メルカリのように複数のソースコードに分割するという方法もある。そのあたりの判断は難しいと思うのですが、皆さんはどのように決断されてきたのですか?
スマニュー前田:「1プロダクト」と言っても、もちろん日本とアメリカではニーズが大きく違います。ですから、スマートニュースでも日米でアプリの作りを変えている部分があります。
各国でニュースに求める質も違いますし、細かいことを言えば、デザインや文字の詰め方も日本とアメリカでは異なります。
そうした中でグローバル展開をする際にしていることは、大きく二つ。一つは「ローカルマーケットのニーズをくみ取れるエンジニアリングチームを作る」ことです。
もう一つが、「プラットフォーム投資」。各国でのニーズの違いは前提として、それに対応するプロダクトを作れるような共通の基盤を作っておくということです。例えば、データ処理やマシンラーニングなど、必要なコンポーネントの基盤を整えておくことが大事ですね。
メルカリ若狭:グローバルテック企業になるためには、ユニバーサルなサービスやプロダクトを作る必要がありますが、重要なのは「どの段階でそれを目指すのか」ですよね。
まずはどこかの市場でプロダクトマーケットフィットを目指して、多くのお客さまに使われるようになったらグローバル展開を目指すことになる。ただその時、どうしてもローカライズの部分で変更しなければならないところが出てきます。
ではGAFAMをはじめとしたビッグテックと呼ばれる企業が何をしているかというと、前田さんも仰ったように、「基盤の部分への投資」を徹底的に行っているんですよね。
だからこそ、GoogleやAmazonが世界中でほとんど同じように使える、ユニバーサルなサービスを提供できているのだと思います。
また人材の面でも、特にアメリカやインド、中国ではコンピューターサイエンスの基礎ができている人が非常に多いと感じます。
これはエンジニアだけでなくビジネスサイドにおいても必要なことで、やはりプロダクトの土台になっている基礎的なことを理解した上でサービスを作る方が「質」は高くなりますよね。
そのあたりは、日本のIT・テクノロジー教育の弱さが出てしまっているのかもしれません。
LINE池邉:やはり、プロダクトがグローバルで使われるようになると、巨大なシステムを安定的に供給するだけでもかなり大変で、大規模な投資が必要になってきます。アプリケーションの構造としても統一できるところは統一したい。その意味で、システム設計におけるある種の「抽象化」が必要となるのは間違いありません。
とはいえ、新しいスタートアップが1周目でそれに気付くというのはかなり難しいですよね。
仮にそれが分かっていたとしても、最初からユニバーサルな作り込みをしている間に、その企業は潰れてしまうのではないでしょうか。やはり、最初はある国のマーケットに合わせて作って、スケールする段階で多少荒々しく変えていくしかないと思っています。
とはいえ、ある程度初期の段階から、グローバルを目指す意識を持っておくことは大切。グローバルに打って出る時に、事業を成立させながら、抽象化の過程を進めるという両輪をうまく回していくことが求められると思います。
Sansan藤倉:皆さんが仰るように、グローバルテックを目指す上で、抽象化やプラットフォーム化はすごく重要なキーワードですよね。
また、GAFAMと呼ばれるビッグテックはすべてアメリカ企業なのですが、もし彼らにアドバンテージがあるとすれば、「そもそも国全体で多様性を抱えている」ということなのではないかという気がします。
シリコンバレーのあるカリフォルニア州は多様な人種や国籍の人が混在していて、純粋にアメリカ人だけで構成されている会社の方が少ないわけです。そうした人種の多様性もありますし、アメリカでは州ごとに法律や風習が違うので、国内で広まっていく段階である種のユニバーサル化が必要になっていく。それがグローバル展開にとって利点となっているのではないでしょうか。
スマニュー前田:そうですね。さらにグローバル展開をするにあたっては、「最初に目指すマーケットの大きさ」もポイントになっているのではないかと思います。
日本というのは、良くも悪くも中途半端な市場規模なんですよね。国内で成功すればそれなりにやっていけてしまう半面、グローバルなマーケットに展開できるほどでもないという規模感。それが、日本からGAFAMがこれまで生まれなかった理由の一つになっている面もありそうです。
メルカリ若狭:音楽ストリーミングサービスの『Spotify』は、スウェーデン企業のサービスですよね。人口が少ない国なので、最初から海外マーケットでもシェアをとることを前提としてサービスをリリースしたのかな、と感じています。
とはいえ、GAFAMのようなビッグテックにも、グローバル化とローカライズのはざまで揺れていた段階はあったはず。そこで、事業の成長とプラットフォーム化のための基盤への投資のバランスをどう決めていくか。
その部分は経営の覚悟が求められるのであって、私たちの責任になってくるのかなと思っています。
Sansan藤倉:イベント視聴者からは「逆に、日本発のスタートアップならではの優位性ってないんですか?」と質問が来ています。いかがですか?
メルカリ若狭:正直なところ現時点では、欧米企業と比較すると組織としての優位性はまだ弱いかな、とも感じてはいて、その状況を改善していくことが私たちのチャレンジでもありミッションでもあると考えています。
日本のエンジニアの技術力は非常に高く、また日本のお客さまの要求水準も高いので、そもそもプロダクト開発を行う環境として魅力的だと言えます。
スマニュー前田:日本の組織は個々の人材を育てるという意味では非常に優秀だと思います。実際、日本の会社出身だけれど海外で活躍しているエンジニアも多くいますから。ただ、組織全体としてアウトプットを出すという意味では、現時点ではアメリカの企業の方が相対的に見て優れていますよね。
とはいえ、スマートニュースやメルカリなどは、日本で先に発達したビジネスドメイン。そういうところは海外に対する優位性にできると思います。
LINE池邉:技術的には、日本企業のエンジニアは海外のビッグテックと呼ばれる企業の人たちと何ら遜色ないと感じます。むしろ、グローバル化が避けられない状況の中で、われわれの立場からすれば日本からの人材流出の方が困ってしまう。
Sansan藤倉:本当にそうですね。リモートワークが広まって、日本にいながら海外の企業で働ける環境になってきている。ビザも必要ないですからね。
スマニュー前田:でも、優秀な日本人エンジニアがどんどん海外に出ていってしまった方が、むしろ日本のためになるかもしれません。
アメリカで成功したスタートアップの人は、また別のスタートアップを作って、かつてのノウハウをそのまま移植していきますよね。そうやって良い意味で情報が流出して、ノウハウが共有される。そんな社会の方が、長い目で見ればどんどん発達していくのではないでしょうか。
日本でも同様のことが起こるようになればいいと思います。
Sansan藤倉:今後、日本から世界のマーケットで戦えるテック企業が生まれてくるのが楽しみですね。皆さん、今日はありがとうございました。
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文/高田秀樹
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