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エネルギー×AI活用が地球を救う? SDGs時代にエンジニアに求められる能力とは【石角友愛】

ITニュース

コロナ禍、災害、ウクライナ危機などの影響を受け、深刻化する日本のエネルギー不足や物価高騰。まさに“激動の時”を迎えるエネルギーテック業界の動向や、日本のエネルギー危機に立ち向かうエンジニア・研究者たちの仕事魂を紹介する

近年、エネルギー業界でAI技術の活用が進んでいる。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛さんによると、「エネルギー分野とAIは親和性が高い」のだという。

そこで石角さんに、アメリカや日本における「エネルギー×AI」の最新事例とともに、これからエネルギー業界で求められるエンジニア像について聞いた。

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パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナー
石角友愛(いしずみ・ともえ)さん

2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI・DX戦略提案からAI開発・導入まで一貫したAI・DX支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com

DeepMindが「エネルギー分野専門チーム」を発足

――今、エネルギー分野でAIはどのように活用されていますか?

大きく二つあります。一つは、電力の需要予測。電力を供給する側が、効率的に必要なところにエネルギーを届けるためにAIが利用されています。

もう一つは、節電をはじめとした効率的な電力活用の場面です。工場や店舗、データセンターなど大規模施設を中心に、AIを用いて余剰エネルギーの消費を削減しています。

――エネルギー分野でのAI活用は進んでいるのでしょうか?

そうですね。消費者にとってあまり身近ではないので目立ちにくいテーマではありますが、例えばGoogle傘下のDeepMindは専門のエネルギー事業部を立ち上げる(※)など、2018年ごろからエネルギー分野でのAI活用に力を入れるようになりました。

そもそもエネルギー分野とAIは、親和性が高いんです。BtoCサービスでは消費者の行動を予測する難しさがありますが、エネルギー分野ではそれがない。デジタルツインを作りやすく、モニタリングがしやすいのです。

さらに最近ではロシアとウクライナの情勢の影響でサプライチェーンの問題が生じ、エネルギー価格は高騰。エネルギーに対する意識が非常に高まっていますよね。そういった市場のニーズの高まりもあり、これからより注目されると思います。

(※)現在は独立した部署ではなくGoogleのAI応用部門と連携

サーバー

―― 一方で、AIの消費電力の大きさを指摘する声もあります。エネルギー問題を解決するAIが、エネルギーを大量に使ってしまう矛盾も感じますが、それについてはどうお考えでしょう?

大きなサーバーが必要で、電力を含めたエネルギー消費コストが高いのは事実です。例えばブロックチェーンの分野では、マイニングにかかる電力が環境に悪いということで、国によっては規制する動きもあります。AIも同じで、開発にかかる電力は意識しなければいけません。

ただ、最近ではプロセッサーの機能がものすごく上がっている。エッジコンピューティングでできることが増え、AI開発者側も作業効率と消費電力の削減に取り組んでいます。開発環境の作り方は多様になりつつあるので、電力消費の削減も期待できるはずです。

また、クラウドを提供するデータセンター自体がエネルギー効率化を進める動きもあります。電力消費に貢献しているサービスを利用することで、省エネにつながる面もあるので、そういった点も考慮しながら全体で考える必要がありますね。

――では、実際にエネルギー分野でAIはどのように活用されていますか?

エネルギー×AI活用事例1.:データセンター

先ほど少しお話ししましたが、エンジニアの皆さんに大きく関わるものとして、DeepMindが行ったデータセンターの節電の事例があります。

このプロジェクトの目的は、データセンター内のエネルギー効率向上です。ご存知の通り、データセンターには膨大なサーバーラックがあり、稼働中はものすごい熱さになります。これまでは冷却装置を常に稼働させていましたが、それだと無駄も多く、電気代も掛かる。

そこでDeepMindはアンサンブルディープニューラルネットワーク(※)の結果を組み合わせ、データセンター内に何千ものセンサーを設置し、そこから温度や湿度、気圧など必要なデータを取得。1時間後のデータセンターの温度と気圧の予測を試みました。

※複数のAIの学習結果を組み合わせて、より確からしい結果を導き出す深層学習の手法

それによって、予測された1時間後の温度や気圧に合わせた空調設定や冷却装置の稼働が可能になります。「どのサーバラックが最も熱くなるか」という予測と室温予測を掛け合わせ、冷却装置を起動する仕組み作りができるようになったのです。

その結果、最大で40%もの電力削減に成功しています。

エネルギー×AI活用事例2.:米国大手スーパーマーケット

アメリカの大手スーパーマーケット『ウォルマート』の事例です。
ウォルマートではデマンドレスポンスシステム(※)を活用したエネルギー消費の削減に成功した結果、顧客サービス向上にも取り組んでいます。

※電力の需給バランスを調整するシステム

ウォルマートでは、コロナ禍で営業時間や顧客の行動が変わる中、店舗内の空調設備や冷蔵庫の温度を適切にコントロールし、効率的に対処する必要がありました。

そこで、店舗内にIoTの仕組みを整備。例えば、コントローラーと呼ばれるデバイスに接続されたセンサーを冷蔵庫に設置することで、店舗担当者はコントローラーを通じて利用状況を把握できるようになりました。

アイスクリームの冷蔵棚についているセンサーから情報を吸い上げ、品質が低下しないように温度調節ができるというわけです。

また、AIを通じて本社が店舗の温度調整を行う仕組みを整備したことで、複数店舗の機器のスケジューリングが同時に行えるようになりました。

それによって、電力消費の削減と同時に、スタッフの作業時間を生み出すことにも成功しています。その余剰時間をサービス向上施策にあて、店員の接客の質を改善したり、顧客のショッピング体験向上に取り組んだりもしています。

エネルギー×AI活用事例3.:リンガーハット

私が経営するパロアルトインサイトが手掛けた、日本のリンガーハットの事例です。

サーバー

リンガーハットではコロナ以前より店舗ごとに需要予測モデルを活用していましたが、コロナ禍で店舗の営業時間や消費者の動向が変わったことで、通常時の売上に基づく需要予測モデルが機能しなくなっていました。

そこで、コロナ禍のようなパンデミックや災害に対応できる需要予測モデルを作ることになり、当社と共同開発を行いました。

肝となったのは、需要予測の基になるデータの期間です。従来は過去3年間分の売上データをAIに学習させていましたが、パンデミック対応型のAIでは、直近数日分の売上データを基に需要予測ができるようチューニングを加える必要がありました。

テスト結果では、通常モデルと比べ、80%以上高い精度で需要予測ができており、今年6月から店舗展開が始まっています。

このケースでは最初にAIモデルを作り、検証を行い、さらに店舗ごとの数分単位での発注量予測を元にしたシフト管理アプリもゼロから作ったので、非常に大きなプロジェクトとなりました。

窓口となるデータサイエンティスト2人が中心となってAIモデルの開発を数ヶ月〜半年かけて行った後、それを搭載したシフト管理アプリ作成に1年弱かかりましたね。

リンガーハットさんの事例で注目すべきは、正しい需要予測が与える影響の範囲です。店舗での最適な人員配置ができるだけでなく、サプライチェーン全体のエネルギー最適化にもつながります。

サプライチェーンでは、上流の企業が発注をし、それに基づきサプライヤーがモノを生産し、物流に載せて納品しますよね。この全工程で電力はもちろん、梱包などに使うプラスチックも含めたCO2が発生しています。生産し過ぎれば、食品ロスや廃棄の問題も生じる。

つまり、意思決定のピラミットのトップにいる大企業が、データに基づいて需要予測をし、最適な発注ができれば、サプライチェーン全体を通したさまざまな無駄の削減につながるのです。

エンジニアは「地球の一員としてどうあるべきか」を考えて

サーバー

――エネルギー分野でのAI活用プロジェクトにエンジニアとして入りたい場合、エネルギー分野やAIの知見が必要でしょうか?

必ずしも必要ではありません。ウェブエンジニアが引く手数多なのは、エネルギー分野も同じですから。

そもそもエネルギー分野の仕事といっても、いわゆるガスや電力会社の話にはとどまりません。「エネルギーの無駄をなくす」という観点で見れば、全ての会社が関係します。

エネルギーを受け取る側が「どうやって効率的に使うか」は全事業者に関係する話であり、マーケット的にもこちらの方が圧倒的に大きい。

世の中の潮流を見ても、例えばアメリカでは上場企業を対象に、CO2排出量の開示義務が始まります。それに伴い、最近では工場設計などの知見がある建築関連会社のコンサルタントがCO2の計測を行い、レポーティングをするビジネスが流行っています。

とはいえ、トラックの運搬やオフィスの稼働時間など、CO2はあらゆる場面で排出されます。より精緻な計測が求められますし、同時にCO2排出量の削減も必要です。

そういう意味では、これから「エネルギー×AI」のマーケットニーズが増すのは間違いありません。そこにエンジニアとして携わり、経験を積むのはキャリアにとってもプラスになると思います。

――ウォルマートやリンガーハットのような事例はこれから増えそうですね。

おっしゃる通りです。そしてトップに位置する大企業だからこそ、産業全体を改善できるダイナミックさもあります。

ご紹介したリンガーハットの事例では、結果的にサプライチェーンも含めたエネルギー消費削減やSDGsにつながっている。このように産業の構造を踏まえた上で、ピラミッドのトップにいる企業がサプライチェーン全体を考慮する動きは、SDGsやESG投資の流れからも一層注目されると思います。

また、ウォルマートのような多数の店舗を出店している企業の場合も、人の意思決定を極力排除し、中央集権型でデータを見て、本社が店舗のエネルギー効率をコントロールする仕組みづくりが重要です。

そして、それを横断的に展開できるのは、上のレイヤーにいる運営会社だからこそ。川上の企業が着手することで一気に進むのが、インフラ分野の醍醐味です。

仕組みづくりにはどうしても時間がかかりますし、一朝一夕でウォルマートやリンガーハットのレベルになれないのは事実ですが、始めるのに遅すぎることはない。SDGsやESGの流れを考えると、こういった取り組みに予算を割く企業は増えると思いますね。

――エネルギー効率化の経験自体は、業界や産業が変わっても応用が効きそうです。

そう思います。特に技術的な視点で見ると、医療など特殊な業界を除外すれば、産業に特化した技術は少数です。

今回のテーマであるエネルギー問題も、「その課題に関する開発経験がどれだけあるか」が重要になるでしょう。「エネルギー問題」という課題自体にフォーカスし、業界問わず関連するプロジェクトに入って経験を積むことが重要です。

――エネルギー業界で働きたいエンジニアに、特別求められるスキルやマインドはありますか?

技術だけでなく、マクロな動きへの理解が非常に重要な領域です。SDGsやESGなど、マクロなビジネスの動きを理解し、会社が今後シフトしていくであろう方向性や予算配分を意識する必要があります。

少なくとも「その会社にとってエネルギー消費が何を意味するのか」を理解する必要はあるでしょうね。単に開示義務があるからやっているのか、リンガーハットのようにサプライチェーン全体の底上げをしたいのか。

会社がAIを使ってエネルギー消費や無駄を減らそうとする背景を、マクロに理解するマインドセットは大事だと思います。

――日本のみならず、世界の動きを踏まえた上で、開発に向き合う姿勢が必要だと。

そうです。今後、エネルギー分野をはじめとしたESG、SDGsのテーマは、全てのビジネスパーソンがビジネスを行う中で意識し、日々の行動を変える意思決定をしていかなければなりません。もはや「ESG関連事業部」「SDGs担当者」といった次元の話ではなくなるでしょう。

つまり、一人一人がエネルギー消費に関して、SDGsについて、興味を持って行動に移すことがとても大切になります。そして今回ご紹介した通り、この分野にAIを掛け合わせることで、良い結果が出るケースも増えています。

「売上が上がった」「〇%のコストカットにつながった」というシンプルなことだけでなく、「地球の一員として企業はどうあるべきか」に、AIが活用できる。そういう事例は今後増えていくでしょうから、エンジニアの皆さんにもぜひ関心を持ってほしいなと思います。

文・取材/天野夏海

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