コロナ禍、災害、ウクライナ危機などの影響を受け、深刻化する日本のエネルギー不足や物価高騰。まさに“激動の時”を迎えるエネルギーテック業界の動向や、日本のエネルギー危機に立ち向かうエンジニア・研究者たちの仕事魂を紹介する
【専門家解説】「エネルギーテック」界隈で技術トレンド把握のためにおさえておきたい5つのキーワード
業界内で進むDXを背景に、今後ますますITエンジニアの活躍の場が広がるエネルギー業界。次々に新しいテクノロジーが生まれている中で、新技術を追いかけたいエンジニアとしておさえておくべきことは何なのか。
そこで今、ITエンジニアがおさえたい「エネルギーテック関連のキーワード」を、エネルギーアナリストの大場紀章さんに解説してもらった。
前半の記事:“節電テック”領域でITエンジニアのニーズが高騰。エネルギーの専門家が解説する脱ロシア依存で注目される新テクノロジー
大場紀章さん
合同会社ポスト石油戦略研究所代表
経済産業省「クリーンエネルギー戦略検討会」委員
株式会社JDSC(旧日本データサイエンス研究所)フェロー
2008年京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。ウプサラ大学大学院宇宙物理学科短期留学を経て、15年まで技術系シンクタンク・株式会社テクノバでエネルギーに関する調査研究に従事
VSC、ERP、VGI…エネルギー界隈用語のポイント
——「エネルギーテック」関連のキーワードはたくさんありますが、特に技術トレンドを把握したいITエンジニアがおさえておくべきものはありますか?
まずは前半の記事でお話したとおり、いま世界ではエネルギー分配の課題に対して、どのようなテクノロジーの力を使うかが常に議論されています。
その上でこれからエネルギー業界の動向をおさえておくために、ITエンジニアが知っておきたいキーワードは以下の5つ。それぞれ紹介していきます。
1.ボランタリークレジット(VSC)
政府が主導しているクレジット(温室効果ガスの削減量が信用できるものであることを認証し、一般的な商品のように売買できる形にしたもの)とは異なり、NGOや企業、団体、個人などの民間が管理し、企業間でクレジットを取引する仕組みを「ボランタリークレジット(VSC)」と言います。
政府が主導するクレジットは、国や地域の規制に基づいて施行されているため、どうしても規制が多くなってしまう。しかしVSCであれば、民間が自由にガス削減量を売買することができるため、近年人気が高まっている分野です。
日本ではまだ馴染みが薄いのですが、実はグローバルではかなり注目されているトピックス。最近では購入履歴をブロックチェーンで監視する動きも盛んになり、ボランタリークレジット市場はバブルの様相を呈しています。
取引には、ブロックチェーンやデータ解析などの技術が使われるため、ITエンジニアの活躍が期待されている分野ですね。
2.デジタル・フォレンジック/プレディクティブポリシング
「デジタル・フォレンジック」はデジタル機器のデータを解析し、不正を検知する犯罪捜査の手法のこと、「プレディクティブポリシング」はAIを用いてあらかじめ犯罪を予測するシステムのことです。
主に大規模組織内で使用される技術で、言語解析により重要な業務を担うスタッフのコミュニケーションを監視し、「社員がいつもとは違うワードを使っている」などの異常を検知し、知らせてくれる仕組みです。
昨今、社内の些細なトラブルでも大きなニュースとなり、企業のガバナンス評価を損ないかねないというリスクがあります。それはエネルギー業界でも同様。特にエネルギー系は大企業が多いですからね。
大企業では人力ではすみずみまで目が届かないことも多いため、デジタルの力を使って従業員が業務を適切に遂行しているか確認する、こうした取り組みが注目されています。
3.エンタープライズリソースプランニング(ERP)
これは企業の持つ経営資源を有効活用し、経営の効率化を進めることを指します。
石油や電力事業者は、歴史のある企業が多く、昔の慣習を引きずって非効率的な経営をしているところも多い。そこでデジタル技術を使い、適切な資本配分などを提案する動きがあります。
PayPal創業者のピーター・ティール氏が設立したパランティアというデータ解析企業はこの分野で事業を展開しており、今多くのエネルギー系の大企業と取引しています。
ERPの分野では、同社のように「スタートアップがエネルギー系の大企業と手を組む」ことも多くなってきているので、業界動向としてチェックしておきたいところです。
4.ヴィークルグリッドインテグレーション(VGI)
石油の消費量を減らすために電気自動車(EV)が注目されているのは、皆さんご存知だと思います。そこでおさえておきたいのは、ただ車を買い替えるという策に留まらない「ヴィークルグリッドインテグレーション(VGI)」という考え方。
「VGI」は、電気自動車を電力供給システムの一部として利用するという手法です。
電気自動車にはバッテリーが搭載されていますが、常に稼働しているわけではありません。そこで停車中の充電施設につながれた車を蓄電池と見なし、電力エネルギーを融通する仕組み。VGIは電力不足の解消につながると期待されています。
これは単純に単純な仕組みに見えるのですが、実現には壁があります。
まず、電気自動車ユーザーの行動の予測が難しい。いざ乗ろうとしたときに充電がなかったら困りますし、いつどのくらいの距離を走行したいかは不確実性が高いものです。
さらに、電力がいつどこで不足するかという予測も困難です。最適化するソリューションは未だ開発途上にあります。膨大なデータ解析などは、ITエンジニアの力が発揮できるかもしれませんね。
5.デマンドレスポンス
電力の需給バランスを安定させるため、需要側で消費量を調整する仕組みが「デマンドレスポンス」です。これはIoTなどの最新技術でエネルギーを制御し、電力の供給量に需要量を合わせて効率的なバランスを実現する仕組みです。
特に注目されるのが、「ヒートポンプ」という電力エネルギーのデマンドレスポンス。
ガスや石油暖房に比べると、ヒートポンプを使った暖房やエアコンは圧倒的にエネルギー消費量が少なく、産業用途の熱にも耐えられる特性があるため、今後は企業もヒートポンプに転換する動きが活発になっていくはずです。
ヒートポンプがより広く普及すれば、コントロールがより重要になるため、消費体制を管理するためにテクノロジーの力が欠かせません。
エネルギー業界ウオッチは、TwitterやYouTubeから始めてみる
——このようなエネルギー業界の動きをおさえるために、おすすめの方法はありますか?
業界の動きをおさえるには『電気新聞』のような専門紙が一番おすすめです。ただいきなり専門紙ではハードルが高いと感じる方には、SNSや動画から気軽に始めてみるといいでしょう。
私の個人アカウントでは日常の話も含めたエネルギー関連の話題を発信しているので、比較的親しみやすいかもしれません。それに、私が代表を務める「ポスト石油戦略研究所」のYouTubeチャンネルは、一般の方向けの情報発信に注力しています。7月からはポスト石油戦略研究所のオンラインサロンも始まります。
——まずは関係者をフォローするなどして、気軽に始めてみるのが良さそうですね。そのようにエネルギー業界に関心を持つことは、ITエンジニアの今後のキャリアにどのようなメリットがあると思いますか。
これまでの「エネルギーは社会の基盤である」という認識は、少し支配的だったと思います。しかしあらゆるものがデジタル化されたことで、エネルギー単体だけではなく、情報の力で社会が大きく動くようになりました。
日々情報分野で業務に励んでいるITエンジニアの方々がエネルギー分野に興味を持っていただくことは、社会の最重要部分により深く関わっていけるという意味で、大変意義のあること。これをきっかけに、社会を動かすような仕事やアイデアに繋がるかもしれませんよね。
ITエンジニアがエネルギー分野に興味を持つことで、社会により面白いことが起きるのではないかと、私も大変期待しています。
取材・文/まゆ
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