メルカリ、ソウゾウなどでCTOを歴任し、日本CTO協会の理事としても技術的な知見を発信してきた名村卓さんが、2022年6月に法人支出管理(BSM)サービス『バクラク』などを提供するLayerXに入社した。
今後は、同社のイネーブルメント担当として、テクノロジーを活用した全社の生産性向上に務めるという。
この移籍の背景について、「メルカリの居心地の良さに危機感を抱いている自分がいた」と明かす名村さん。
自らの手で築き上げた“いい環境”を、今あえて離れることにしたのはなぜだったのだろうか。エンジニアの成長に欠かせない「転機の見極め時」について聞いた。
株式会社LayerX 執行役員(イネーブルメント担当)名村 卓さん
1980年生まれ。小学生の頃からプログラミングを始め、大学はコンピュータ・サイエンスを専門とする会津大学へ進学。コンピュータ理工学部へ進み、在学中からSIerでシステム開発を行う。2004年、大学を中退した後はSIerに就職、その後サイバーエージェントに入社。リードエンジニアとして『アメーバピグ』『AbemaTV』など主要サービスの開発に携わる。16年メルカリに入社。US版メルカリの開発などを担当。17年4月に執行役員CTOに就任。21年1月よりメルカリグループの株式会社ソウゾウ取締役CTOを務め、22年6月、株式会社LayerXに入社
居心地の良すぎる環境に「危機感」があった
――今回、このタイミングでメルカリを出る決断をした理由は?
前職に何か不満があったわけではなくて、むしろその逆。メルカリはすごくいい会社で、やりたいことをやらせてもらえたし、技術的なチャレンジもたくさんできました。
そして、自分たちの力でエンジニアが働きやすいカルチャーをつくってきた実感もあって、居心地がとても良かったんです。
でも、入社から5年がたって、その「居心地が良すぎる環境」の中で、危機感を覚える自分もいました。
――危機感ですか?
はい。危機感というと表現が強いかもしれないですが、居心地の良い環境に居続けることで、「甘えている」ような感覚を抱くようになってきたんです。
自分自身の価値観として、いろいろな価値観に触れ続けるのが大事だと思っていて。可能な限り、自分に変化を与える。知らない環境や知らない文化に触れる。
自分自身に多様性を意識的に与えていかないと、「今の会社の価値観」にとらわれた状態になってしまう感覚がありました。
そういう意味で、このタイミングで自分がもう一度“新人”になれる場所に移ってみるのもいいかなと思ったんです。
立場は執行役員で迎えていただいていますが、LayerXの中では新参者だし、初めて取り組むことも多いので、社内のメンバーともフラットに議論ができるようになるかなという期待もありました。
――これまで、数々の企業からオファーを受けてきたと思います。その中からLayerXにジョインすることを決めた理由は何だったのでしょうか?
変化を起こす「転機」が来たなと思っていた時期に、LayerXの方からちょうどお声掛けいただいて。
LayerXがこれから伸びる会社だということは以前から感じていましたが、CTOの松本(勇気)さんともお話しさせていただく中で、事業を通して実現したいビジョンや、「これから日本のエンジニアってどうしていくべきなんだっけ?」という話まで、僕個人の考えと方向性が一致していると感じました。
あとは、「技術の力で世の中の課題を解決して人々を幸せにしていきたい」という思いが、会社のビジョンとしてただ掲げられているだけじゃなくて、LayerXで働くみんなの“根っこの部分”にしっかり根付いていることも分かって。
そういう人たちが集まる場所で、技術的にも組織的にも新しいチャレンジをしていくことができたら、純粋に面白いだろうなと思いました。
――今後、LayerXの中で特にやっていきたいことは?
ざっくり言うと、組織の生産性を上げて、イノベーションを起こしやすい環境をつくることですね。
そのために、エンジニア一人一人が「会社としてやるべきこと」と「自分がやりたいと思っていること」の両方にバランスよく取り組めている状態をつくりたいし、「自分がやりたいと思っていること」の方により多くの時間を投資できる余裕を組織の中に生み出していきたい。
まずはLayerXの社内から、働く人たちが創意工夫を重ねながら仕事を楽しいと思える時間を増やしていくことに挑戦したいと思っています。
――名村さんはこれまでto Cサービスの開発を主にされてきていますが、今後LayerXでto Bサービスの開発に携わっていくことについて、どのように考えていますか?
以前から、to Bの領域って、なんでこんなにもレガシーなんだろう? って感じていたんですよ。技術的にも、サービスのUI/UX的な意味でも。
例えば、経費精算一つとってもすごく面倒くさいことが多かったり、申請のワークフローが複雑で使い方がよく分からなかったり。
僕は短気なので、なんでこんなことになっているんだ! ってユーザーとして憤ったりしていたんですよね(笑)
でも逆に、そこに対して自分が何か解決策を示していけたら、日本どころか、世界中のエンジニアがもっとハッピーになるんじゃない? と思って。
もちろん、エンジニアに限らず、他の職種の人もそうです。経費精算に1時間かけていたのを、5分でできるようにしてあげれば、日本人の生産性が一気に向上するし、労働時間に余裕ができる分イノベーションも生まれやすくなる。
そうやって考えると、to B領域のサービス開発って、目の前のカスタマーの数はto Cサービスを開発しているときよりも小さく見えるかもしれないけれど、影響を与える範囲はすごく広がるなと思うんですよね。そこに大きな可能性を感じます。
今の場所ではかなわない「やってみたい」が生まれたときが、環境の変え時
――転職動機について「居心地がいい環境をあえて離れた」とおっしゃっていました。新しいことに挑戦したり、新しい環境に移るタイミングをエンジニアはどのように考えるとよいと思いますか?
転職に関して言えば、「やりたいこと」や「かなえたいこと」が自分の中で明確になっていて、それが今の会社でかなえられないと思ったときに、それができる環境に移るのがベストです。
ちなみに、僕がサイバーエージェントからメルカリに移った時は、シリコンバレーに行ってグローバルな開発現場を見てみたい、という希望が一番大きかった。
それまでドメスティックな開発に力を注いできたので、そうじゃない世界を見てみたくなったんです。
でも、理屈というよりは、ほぼ直感ですね。ふわっと「こんなことやってみたいな」「やらなきゃな」みたいな思いがあっただけでした。
その時の自分の気持ちに従って行動を起こした結果が今につながっているので、いい判断だったんじゃないかなと思います。
――ただ、現職への不満や仕事に対するネガティブな気持ちが高まったときに転職活動を始めるエンジニアも実際は多いと思います。
確かにそうですね。採用面接をしていても、そう感じます。
ただ、個人的には、ネガティブな気持ちを持ったまま新しい職場を探すのはあまりおすすめできません。そういうときはどうしても、新しい環境に対して過度な期待を抱いてしまうものなので。
でも、すべて完璧な職場なんてこの世に存在しませんし、運よく内定が得られたとしても、しばらく経つとイヤな部分が見えてきて、「裏切られた」と感じることでしょう。
すると、せっかく環境を変えたにもかかわらず、すぐにモチベーションが下がってしまうと思います。
――名村さんの今回の転職も、「直感」だったのでしょうか?
今回の転職もそうですね。
前職でCTOとして組織を見てきた経験から、「イネーブルする」という行為の価値を強く感じるようになっていって、それをもっと会社ぐるみで試せる環境があるといいなと思っていたんですよ。
そんな時に、LayerXにイネーブルメント担当という立場で入らせていただけることになったので、これからがすごく楽しみですね。
――名村さんが、イネーブルメントに強く関心を抱くようになったのはなぜなのでしょうか?
メルカリ時代に、数百人規模の開発組織で、プロダクト開発に取り組んだ経験が大きいですね。サイバーエージェントにいた頃は、人格的にも尖っていて、己の技術を磨いて自ら率先して新しいサービスを立ち上げて作っていくことにやりがいを感じていました。
でも、メルカリの仕事を通して学んだのは、チームの力を最大化すれば一人のエンジニアでは絶対に成し得ない、その何百倍、何千倍ものインパクトが出せるようなイノベーティブなプロダクトを生み出し、成長させることができるという事実。
何か新しいサービスを立ち上げる時は、優秀なエンジニアが一人~数人でプロダクトを作ったり、開発環境をつくり上げたりする方が絶対的にスピードが速いし成功する可能性も高いです。
ただ、サービスが成長してチームも大きくなると、スピードが遅くなるなど負の側面が出始めます。
――それはなぜでしょうか?
チームの要となるスターエンジニアに属人化していた問題がさまざまなところで表面化し、チーム全体としての生産性が低下するからです。
仮に、スターエンジニアが長く組織にとどまり続けたとしても、その人に技術的にも精神的にも頼り切ってしまう環境だと、チームメンバーが成長しなくなるのでおのずと限界が生まれます。
そして、誰か一人に頼りきっている組織では、あっと驚くような化学反応も起きません。それは変化の激しい現代社会において、致命的な欠陥とも言えます。
だから、今の僕が目指すのは、チームメンバーが楽しく自走し、カリスマ的なリーダーがいなくても、一人一人が自発的に創造的な仕事ができる環境をつくること。
これを実現するのは相当難しいと思いますが、LayerXの面々からは本気でそういう組織をつくりたいという思いを感じています。彼らの期待に、可能な限り応えていきたいですね。
取材・文/夏野かおる 編集/栗原千明(編集部)