株式会社シナモン 代表取締役社長CEO 平野未来さん
東京大学大学院修了後、 レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。 2005年、06年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。 在学中にネイキッドテクノロジーを創業。16年に株式会社シナモンを設立。21年より内閣府経済財政諮問会議専門委員、経済産業省新経済産業政策部会委員、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員に就任。東京大学工学部アドバイザリーボード。三児の母
エンジニアとして経験を重ねると、次第にいくつかの「キャリアの選択肢」が目の前に現れる。
技術を極めてスペシャリストになる、マネジメントスキルを身に付ける、起業する……いずれも魅力的な選択肢だ。しかし、女性の場合、いまだ日本には「キャリアの壁」を感じる人も少なくない。
では、その壁を乗り越えるにはどのようなスキルやマインドセットを持つことが望ましいのだろうか?
2022年6月21日(火)~25日(土)の5日間にわたり、エンジニアtypeが主催したオンラインカンテックファレンス『ENGINEERキャリアデザインウィーク2022』(ECDW2022)の3日目には、今話題のAIベンチャー、シナモンAI創業者の平野未来さん、日本アイ・ビー・エムでカスタマーサクセス部長を務める傍ら社内外で女性エンジニアのエンパワメントに奔走する戸倉彩さん、タレント兼エンジニアとして活躍する池澤あやかさんが登壇。
「女性エンジニアが熱く、長く働き続けるには」をテーマとしたトークセッションでは、ジェンダーバイアスやライフイベントに左右されない方法など、自分らしく働くヒントが飛び交った。
株式会社シナモン 代表取締役社長CEO 平野未来さん
東京大学大学院修了後、 レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。 2005年、06年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。 在学中にネイキッドテクノロジーを創業。16年に株式会社シナモンを設立。21年より内閣府経済財政諮問会議専門委員、経済産業省新経済産業政策部会委員、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員に就任。東京大学工学部アドバイザリーボード。三児の母
日本アイ・ビー・エム株式会社 カスタマーサクセス部長 戸倉 彩さん
2011年11月より日本マイクロソフトにてテクニカルエバンジェリストとしてマイクロソフトの公認キャラクター『クラウディア・窓辺』の「中の人」を担う。18年に日本IBMに入社、21年7月より日本IBM テクノロジー事業本部 第二カスタマーサクセス部長 兼 IBM Federated Developer Advocateを務める。「DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C」(翔泳社)共著他
タレント、ソフトウエアエンジニア 池澤 あやかさん
慶應義塾大学SFC環境情報学部卒業。 2006年、第6回東宝シンデレラで審査員特別賞を受賞し、芸能活動を開始。情報番組やバラエティ番組への出演やさまざまなメディア媒体への寄稿を行うほか、フリーランスのソフトウエアエンジニアとしてアプリケーションの開発に携わっている。 著書に『小学生から楽しむ Rubyプログラミング』(日経BP社)、『アイデアを実現させる最高のツール プログラミングをはじめよう』(大和書房)がある
——お三方は起業、会社員、フリーランスを経ての会社員と、異なるキャリアを選択をされていますね。それぞれ働き方や働く場所をどう選択してきたのでしょうか?
平野:私は自分の情熱に突き動かされるままに生きてきたので、これといったキャリアプランを持って選択してきたわけではないんです。
ただ、15年間経営者を続けてきた経験から言うと、「伸びるマーケットを選ぶ」ことがすごく重要だと感じます。
例えば近年は、AIやDXという言葉が毎日のようにメディアで取り上げられていますよね。これらはまさに「潮流が来ている」状態です。
潮流を掴まないと、せっかくの努力が水の泡になりかねません。事実、約15年前に私がAI企業を起業した頃は社会はAIに興味を持っておらず、潮流に乗れなかったため、その事業は失敗してしまいました。
でも逆に、潮流が来ているときには、自分が頑張ったことが何倍にもなって返ってきます。だからこそ世間の流れを読み、勢いがあるところにコミットしていくのが一つの勝ち筋だと考えています。
——戸倉さんは会社員として働き続けていますが、その選択の理由とは?
戸倉:一言で言えば、「社会に与えられるインパクトを重視しよう」と思ったためです。
かつては、フリーランスで活動していた時期もありました。ゼロイチの経験をしたり、自分の可能性を広げたりと、大変実りある時間だったとも思います。
ただ、テクノロジーの力で社会をポジティブに変えていくためには、ダイナミックなことを成し遂げる必要がある。となると、企業に所属した方がより大きなことができるのではないかと考えたんです。
——池澤さんも最近企業へ就職されましたが、これまではずっとフリーランスでしたよね。なぜこのタイミングで就職したのでしょうか?
池澤:大学を卒業してからずっとフリーランスだったので、「このままだと一生フリーランスだろうな」と思って。果たしてやっていけるのだろうか、という不安もあって、会社の一員として「チームで働く経験」をしてみたいと考えたんです。
私は今年30歳になるので、少しでも早く経験を積めたら、と思って就職を決めました。
フリーランスの魅力は「自由さ」だと思っていたのですが、最近は会社の働き方も変わってきていますよね。フレックスタイムやリモート勤務、副業が自由な会社も多い。となると、フリーランスにこだわる理由もないかな、とも思いました。
——最近では女性エンジニアを積極的に採用する企業が増え、少しずつジェンダーバイアスは解消されてきているようにも思いますが、長く業界で活躍してきたみなさんはどう感じていますか?
池澤:最近入社した会社は、全社を見渡すと女性の管理職がとても多いんです。ところが、私が配属されたエンジニアリングの部署になると、メンバーが40人ほどいる中で女性は私だけ。まだまだ女性のエンジニアは少ないんだな、と実感しました。
また、これは友人の話ですが、「『女性なのに』優秀ですごいね」と言われた経験があると聞いたことも。「女性は技術力が低い」という先入観の根強さを感じますね。
——平野さんの経営するシナモンAIは、海外にも拠点がありますよね? こういったジェンダーバイアスは、海外と比較するとどうでしょうか。
平野:シナモンAIでは、台湾とベトナムに拠点を持っています。どちらもカントリーマネジャーは女性ですし、マネジメント層に性別は関係ありません。
日本でも、より積極的に女性マネジャーを増やしていく動きが必要になると思います。
女性が責任あるポジションに就くことで、経済的にもポジティブに働く傾向にある。実際、北欧で女性の首相が誕生した際には、大きな経済インパクトがあったと聞きますから。
ただ私自身、数年前まで「女性エンジニア」や「女性起業家」と性別でラベリングされることがあまり好きではありませんでした。男女に能力差はないはずですし、女性は理数系が苦手と言われるのは、単に文化的バイアスがかかっているだけだろうと。
——その考えが変わったのはなぜでしょう。
平野:歴史を紐解くと、女性解放運動家の平塚雷鳥さんをはじめ、数多くの女性たちの努力や、男女雇用機会均等法といった社会的な蓄積があってこそ、私が今こういう場にいられるんだということが分かります。そう思うと、「女性」という部分を打ち出す動きも一定は必要なのだと考えるようになったのです。
今後は、若い女性たちを応援する立場になっていきたい。ですから最近は、イベントや大事なミーティングに参加する際には女性を連れていくようにしたり、先方の企業にも女性参加を促すように働きかけたりと、なるべく多くの機会をつくるようにしています。
こうした動きに協調してくれる会社が増えると、大きな動きが生まれていくのではと考えています。
——戸倉さんは、最近のジェンダーバイアスについてどう感じていますか?
戸倉:女性エンジニアを取り巻く課題について、私は二つのキーワードで説明できると考えています。
一つ目は「アンコンシャスバイアス」、つまり、無意識の思い込み・偏見です。IT業界は男性が多い環境が続いていますから、女性自身にもアンコンシャスバイアスが根付いている可能性があります。
思い込みを完全に取り除くのは難しいですが、減らしていく方法はさまざまな場で議論されていますよ。
そして二つ目は「カバーリング」という考え方です。これは、社会的スティグマ(何らかの属性に起因する偏見)を周りに知られないよう、当事者自身が隠そうとすることを指します。
例えば、私はシングルマザーなのですが、シングルマザーは社会的スティグマになりやすい属性です。そのため私自身も、かつてはシングルマザーであることを周りに隠していました。「一人で子育て中のママに、〇〇は無理じゃないか」と思われて、チャンスを失うのが怖かったからです。
このように、当事者がスティグマをカバーリングしてしまうと、問題があること自体に気付かれにくくなります。ですから、女性エンジニアを応援している人たちには、たとえ問題がないように見えても、実際には当事者が問題をカバーリングしているケースがあることを理解してもらうことが大切になります。
——ここからは参加者からの質問にもお答えいただきたいと思います。まずは、「ライフステージが変わる前に身に付けておくと良いスキルは?」との質問が届いています。
戸倉:テクニカルスキルを身に付けておくことは大事ですが、それよりも大切になるのは、変化を楽しめるスキルかなと思います。
IT業界は移り変わりが早く、企業がエンジニアに求めるスキルも刻一刻と変化していきます。若い時に身に付けた技術が一生使えるかというと、そうではないことも少なくありません。
それでも、変化を楽しむマインドセットがあれば、すぐに心の準備ができて順応できる。余裕を持って立ち向かえるようになる気がします。
平野:同感です。若手の方を見ていると、割と皆さん、「勉強しなきゃいけない!」とインプットを重視しがちなんですよね。でも、個人的には、むしろアウトプット重視の方が良いのではないかと考えています。
例えばブログを書いてみるとか、イベントを企画してみるとか。イベントに参加するだけでなく、自分自身もパネリストとして話す機会が出てくるなどアウトプットを増やすことで、必然的にインプットも増えますよ。
ただ、始めからインプット重視では殻に閉じこもってしまいがちです。ぜひアウトプット重視で視野を広げてみてください。
——他にもライフステージの変化に際するお悩みが届いています。「産休・育休を取得しても、子どもがいる状態で学び続けられるのか、本当に復職できるのか……と不安が拭えません」とのことですが、いかがでしょう?
平野:復職に不安な気持ちがあるのはおそらく誰しも同じです。三回出産してみて、私の場合は育休で現場を長く離れるよりも、3カ月くらいで復帰するのがちょうどいいと思っています。長く現場を離れていると、肌感というか、最前線で働く感覚がどうしても失われてしまうんです。
もちろん、自分が働ける範囲の時短勤務での復帰でいいと思いますよ。
戸倉:一方で、テクノロジーの変化の速さをメリットとして捉えることもできます。私自身、出産後に復帰してみると、クラウドの世界ががらっと変わっていることを体感しました。
でも、変化が速いということは、誰もが初心者から学ぶ必要があるということ。実際に、私が休んでいる間もずっと働いていた人ですら、新たなクラウド技術に関しては同じスタートラインからの出発でした。
「自分の成長は、経験や努力によって向上できる」という考え方・ものの見方を「グロースマインドセット」といいます。質問者さんにはぜひグロースマインドセットを身に付けていただき、「〇〇を実現したい。そのためにはどうすればいい?」という方向にエネルギーを向けていただければと思います。
——続いての質問です。「先々からの逆算でキャリアプラン・ライフプランを立てることができません」とのことですが、いかがでしょうか?
戸倉:とても共感できる質問ですね。私もよく、「あなたは5年後、10年後にどうなっていたいですか?」と聞かれるんですが、「そんなの分かりません!」というのが率直な答えです(笑)
とはいえ、まずは自分が5年後、10年後に「何のプロになりたいか?」「どんな姿でありたいのか?」を妄想することから始めてみてはいかがでしょうか? 妄想が強くなればなるほど、自分の中で「こうなりたい!」という意思が固まっていくんですよね。
例えば私には「世の中にインパクトを残す」という目標があります。その目標を実現するにはこういうスキルがあった方がいい、そのためにはこれを学ぶべきだから、そうした実績の積める会社に転職しよう……というふうに妄想したことで、逆算ができたんです。
それに、キャリアプランやライフプランは1回立てたら変えちゃいけない、なんてことはありません。ライフステージの変化に合わせて、アジャイルでどんどん更新していけばいい。
柔軟に対応するうちに、最終的には自分ならではのキャリアができあがっているんじゃないかと思います。
——最後に、女性エンジニアが全くいない職場で働く女性からの質問です。「気軽にキャリアを相談できる人が身近におらず困っているのですが、転職した方がいいのでしょうか?」とのことですが、最近企業に就職された池澤さん、いかがでしょう?
池澤:職場にロールモデルとなる女性がいないと、キャリアプランに迷いますよね。そんな場合には、社外にもつながりを作ると心強いのではないでしょうか。
今は会社の枠を超えた女性エンジニアのコミュニティーも増えているので、そういった場に参加するのも一つの手です。
私も大学時代には、女性エンジニアばかりのインターンに参加したことがあります。当時の友達とは今でも連絡を取り合っていて、キャリアについて相談したり、情報交換をしたりしていますよ。
——最後に、みなさんが「熱く・長く働き続ける」ために大切にしている心掛けを伺えますか?
池澤:私は、20代の間は「迷ったら面白い方を選ぼう」という軸を持って意思決定してきました。そのおかげで仕事=面白い、と刷り込みができて、熱く働き続けてこられたのかなと思います。
これから30代、40代と年を重ねていくと、ライフイベントが増え、より長期的なプランを考えていく必要も出てくるでしょう。例えば、フリーランスが出産すると育休も各種手当もない。仮に企業に就職したとしても、育休がとれるのは1年間働いた後です。長期的なプランを立てるためには、こういった下調べも大切です。
20代とはまた違った意思決定をしなくてはと考えているので、新たな軸を模索していきたいですね。
平野:私は常に、「役に立つことをしたいか、意味があることをしたいか」を意識しています。これは経営コンサルタントであり、作家でもある山口周さんがおっしゃっている言葉です。
「役に立つことをしたい」というのは、人に承認されたい、感謝されたい気持ちです。つまり、外発的動機付けになっている、いわゆる「べき論」ですね。
べき論で働いていると、「自分は子育てをする『べき』だから、仕事をするのがしんどい」といったように、「今すべきこと」にしかエネルギーが沸きません。
そうではなく、「意味のあること」、つまり、自分は誰のためにどういう世界をつくりたくて仕事をしているのか、という内発的動機を重視することが大切。内発的動機があれば、たとえ育児が忙しくても、仕事へのエネルギーは湧いてきます。
みなさんもぜひ、自身の中で「意味があること」を探していただきたいなと思います。
戸倉:「今できること」だけに目を向けるのではなく、「意味があること」を探す大切さ、すごく共感します。
「今できること」だけを重視すると、組織に与えるインパクトがどうしても小さくなるんですよね。「エンジニアの肩書きが外れたら、自分には何もない」といった状況にも陥りやすい。
自分にとって「意味がある」と信じられるもの、心を燃やせるものに出会えれば、エンジニアとして長く活動し続けられます。おのずと、人生も豊かになってくるはずです。
毎日仕事をしていると、どうしても日々のタスクで心に余裕がなくなってきます。それでも、このイベントでディスカッションしたように、ぜひ改めて「意味のあること・自分にとってやりたいこと」は何だろう? と思いを巡らせてみてください。
それがきっと皆さんのキャリアを拓くカギになると思いますし、自分らしく生きることにもつながると思います。私たちの話が、みなさんが志を見つけるきっかけの一つになれば嬉しいです。
文/小澤志穂
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