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「DAOに危うさ感じる」シリコンバレー在住PM曽根原春樹さんがあえて“会社で働く”を選ぶ明白な理由

働き方

2022年5月、ZOZOの創業者で株式会社スタートトゥデイの前澤友作さんが、TwitterでDAO設立を呼び掛けMZDAO』を発足した。このプロジェクトはSNSでも注目を集め、日本国内でもDAOへの注目度がますます高まっている。

「株式会社ではできなかったようなこともできる」可能性を秘めるDAOだが、日本に先んじてDAOが浸透したシリコンバレーは今、どのような局面を迎えているのだろうか。

DAOブームに沸く日本のちょっと先の未来について、シリコンバレー在住16年目のプロダクトマネジャー(以下、PM)曽根原春樹さんに話を聞いた。

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曽根原 春樹さん (@Haruki_Sonehara)

シリコンバレー在住16年目。現地大企業・スタートアップのプロダクトマネジメントをB2B・B2Cの双方で経験。現在は世界最大のビジネスプロフェッショナルのためのSNS、LinkedIn社のSenior Product Manager。10000人以上が受講するUdemyでのプロダクトマネジメント講座の配信、『プロダクトマネジメントのすべて』(翔泳社)の著者の一人であり、『ラディカル・プロダクト・シンキング』(翔泳社)の監訳者としてPM啓蒙活動も展開。日本の大企業やスタートアップ企業で顧問も務める

「全員平等」に見せかけた危うさを持つDAO

──最近、日本でもWeb3やDAOに関する議論が活発です。シリコンバレーでは、Web3、DAOといったキーワードは現在どう受け止められていますか?

シリコンバレーでも、Web3やDAOは間違いなくホットなトレンドワードですね。

GAFAのようなWeb2企業からエンジニアがWeb3企業へ転職したという話題はよく聞きますし、さまざまなDAOが立ち上がっている様子も見て取れます。最近でも自分のよく知るPMがChainlink labというWeb3系企業に移っていきました。

シリコンバレーはフロンティア精神にあふれる人々の集まりなので、新たなトレンドが広まりやすいのでしょう。

── 今後、DAOは日本でも浸透すると思いますか?

シリコンバレーでの動きを見ていても、急にすべての組織がDAOに取って代わるような変化はないでしょうね。5年後にWeb2企業がなくなって、Web3企業やDAOだらけになる……ということもないと思います。

ただ、日本でもUSでもDAOはゆるやかには広がっていくと思います。なぜなら、DAOはエンジニアの世界に馴染む組織形態だからです。

太古からヒトは群れをなして生きてきました。その方が生存確率が上がるからです。これは今に続く人間の習性です。特に日本は「村社会」的なところがありますし、「群れ」をつくることも好きなので、DAOを通して同じ主義・志向を持つ人達でエコシステムが成り立つ「未来型の村社会」として機能するケースもあるかもしれないと見ています。

一方で、日本のエンジニアの多くが働くSIerをはじめ受託企業などでは、エンジニアが自律性を持ちにくかったり、主体的に働きづらい環境であることも多い。

そういう環境に慣らされてしまったエンジニアにとっては、DAOはハードな場所かもしれません。指示系統のない組織なので、自分でオポチュニティーを見つけて自律的に動くのが苦手な人には向きませんから。

曽根原さん

── シリコンバレーでのDAOブームを見ていて、曽根原さんが感じることは?

会社で働くことが窮屈な人にとっては良い環境だと思うのですが、一方でDAOは危うさのある組織だなとも思っています。

── 危うさ、ですか?

はい。まず、DAOの魅力にも見える「誰でも参加できる」という部分に不安を感じます

会社という組織と比較して考えてみましょう。会社の場合は、入社するために書類選考や面接を通過する必要がありますよね。一方DAOでは、参加する人のコンピテンシーをチェックしたり、ポートフォリオの確認もなければ、バックグラウンドチェックもないケースがほとんど。つまり、参加してきた人が、そのプロダクトを開発するに足るスキルがあるかどうかもよく分からないんです。

にも関わらず、DAOを礼讃する声をよく噛み砕くと、「このDAOが手掛けるプロダクトに共感して集まってくる人は、きっとみんないい人だ」という暗黙の前提を置いているように見えます。これは完全にバイアスのかかった見方です。でも、選考もなくいろいろな人が集まってくる組織で、全員が善人で誰とでも気が合う、なんてことはなかなかないですよね。

それに、そのDAOとて永遠に続く保証はどこにもない。DAOのトークンがどこかで丸ごとハックされて、資産が突然失われる可能性だってありえますから。2021年にDeFi企業でハックされた暗号通貨の年間の被害総額は1750億円に及びますが、2022年は半年も経たずに2000億円を超えました。

── では、曽根原さんご自身はDAOで働くことにあまり興味はない、と。

はい。個人的には今はまだ冷静に状況を見極めているというのが正直なところです。DAO自体はまだまだ発展途上であり、運営の知見がもう少し溜まってくれば、今の自分の見方も変わってくるでしょう。

例えば、僕は今LinkedInというWeb2企業に分類される「会社」で働いています。

なぜなら、この会社のミッションやビジョンに共感しているので、PMとして世界中のビジネスプロフェッショナル達に貢献することにやりがいを感じるから。僕と同じような動機でLinkedInで働くことを選んでいるエンジニアやPMは、周囲に大勢います。

また、シリコンバレー企業の中でも特に厳しい採用プロセスを経ているので、個々人が非常に高いレベルにある。そこで行われる議論に日々参加していると思考の刺激も多く、アウトプットの質もハイレベルなものが求められる。こんな生産的な議論を続けてたら、そりゃプロダクトは強くなるわけだ、と思う場面が多々あるわけです。

曽根原さん

一方、DAOは持っているトークンが全体を左右する組織です。トークンを持つ人であれば誰でもPropose(提案)できますし、意思決定のための投票もできる。

DAOでは、その提案がビジョンやミッションに沿っているのか、プロダクトやユーザーにとって有益か充分に検討されないまま、投票数の多かった提案が実装されるのです。

PMとして働く身としては、このDAOの意思決定方法は良いプロダクトを継続的に作る方向に資するだろうかという点で疑問があります。なぜなら提案する人が一様にプロダクトのビジョンを深く理解しているわけではなく、ビジョン実現のための提案としてどこまで深堀りできているか、その質がバラバラだからです。単に「こうなると便利だよね」でとどまり、なぜそれが求められるのかを考えないレベルの浅い議論もあります。

多数決が「いいプロダクト」生むとは限らない

── シリコンバレーでは日本に比べてDAOで働くエンジニアやPMも多いと思いますが、自律分散型の組織でPMの役割はどうなっているのでしょうか?

複数の人と何らかのプロダクトを一緒につくるという意味では、DAOも会社も変わりません。なので、PMのポジションはないですが、近しい役割を持って働く人はいるようですね。

ただ、Web2企業で長く働いてきたPMにとって、現在のDAOはとてももどかしい組織だと感じています。

── というと?

プロダクトの仕様や実装する機能を検討するとして、会社であれば、各所の意見を聞きつつも、最終的にジャッジするのはPMであることが基本です。プロダクトやユーザーのことを考えた上で、PMが意思決定を行います。

ですがDAOの場合、先にも説明した通り、あらゆる意思決定を投票で行うことになります。一つ一つの意思決定に時間がかかるし、投票権を持つ全員がプロダクトマネジメントの視点やユーザーエクスペリエンスを磨きこむ経験を持っているわけではありません。

つまり、DAOによっては参加している人々の観点が偏り、良いプロダクト開発のためにバランス良く集まっているとは言い切れない場合があります。その場合、開発の妥当性が有識者によって深く・多角的に検討される機会が減ることが予想されます。そうすると「なんとなくあったら便利そうだから」という理由で投票された、上位の機能が実装される状態に陥ってしまいかねない。

それだと、プロダクトのありたい姿や、社会やユーザーにどう貢献したいかといった方向性があやふやなまま、中途半端な機能が増えていく恐れがあります。

また、DAOはスマートコントラクトに基づいて参加者の貢献の対価が払われる仕組みです。本来ならここには組織運営や人事的な観点で高いレベルのものが求められます。そのインセンティブ設計がそもそも歪んでいたり不平等感があると、良いプロダクトを作るどころではなくなります。

DAOの特徴である「自律分散型」とはいっても、「自律」を支える部分がそもそも間違っていると「分散」は機能不全に陥ります。仮に間違っていた場合、また参加者から提案が提出されて投票によって解決策が決められるのでしょうが、こうした議論は自分の収入に直結するのでまとめるのが大変そうですよね。

PMとしては、この状態はちょっとカオスすぎます(笑)

── なるほど。多数決の結果がいいプロダクトづくりにつながるかというと、そうとは限らないと。

そう思います。仮にPMの経験を持つ人がDAOに入っていくとしたら、コミュニティーマネジャーのような役割を狙っていくことが増えていくと思います。

DAOである以上トップダウンにはならないものの、議論が発散しすぎないよう、また効果的に収束するよう、ある程度はコミュニティーのメンバーをグリップすることが必要だと考えています。

曽根原さん

会社でもDAOでも求められる「良質な問い」を立てられる人

── DAOを初め、今後もさまざまな働き方が生まれていくと思います。そんな中で、今後プロダクトづくりに携わるエンジニアやPMにとってより大切になるスキルは何だと思いますか?

先程お伝えしたコミュニティーマネジメントのスキルが一つ。あとは、働き方はどうあれ、プロダクトづくりにおいて「問題を見つけ出す力」と「そこにある価値を見極める力」に長けていることは、エンジニアにもPMにとっても大切なことですね。

会社であっても、DAOのような組織であっても、プロダクトについて深く考察できる人の価値は高いと思います。

── どうすればそのような人になれるのでしょうか?

訓練あるのみですね。まずは、思考のトレーニングから始めて、 良質な「問い」を立てるクセをつけると良いと思います。

Google Mapというプロダクトを使って考えてみましょう。

例えば、現在のGoogle Mapを日本の3割を占めるシニアにもっと使ってもらうにはどうすればいいのか? と考えてみる。そして、そのために必要な機能や、プロダクトの改善点を本気で出してみるんです。

僕自身も実践しているトレーニングで、おすすめです。ある程度経験を積んだPMにありがちな「プロダクトはこうあるべきだ」という固定観念を崩すことにもつながると思います。

曽根原さん

── 固定観念ですか?

はい。PMはプロダクトをつくるプロなので、慣れてくると「この場合はこう」という経験則や暗黙の前提で仕事を進めてしまうケースも多い。ただ、その暗黙の前提が、3年後も通用するかというとそんなことはありません。今は技術もユーザーニーズも移り変わりが激しいですからね。

自分の仕事の本質は見失わず、その上で柔軟であることも大事だと思います。”Strongly Believe, Weakly Held”という姿勢です。

取材・文/石川 香苗子 編集/秋元 祐香里(編集部)

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