この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
コインチェック・新CTO松岡剛志「失った時間は返ってこない。大波の気配を感じたら乗る」が強いキャリアをつくる鉄則
2022年8月、コインチェックの新CTOに元レクター代表取締役の松岡剛志さんが就任した。
松岡さんは2001年にヤフーに新卒第一期生のエンジニアとして入社し、『Yahoo! BB』などのプロダクトやセキュリティーに関わってきた。2007年にはミクシィに参画。複数のプロダクトを立ち上げたのち、同社の取締役CTO兼人事部長に就任している。
その後Viibarの最高技術責任者を経て、2016年にレクターを創業した。2019年には一般社団法人 日本CTO協会を設立するなど、CTO同士のコミュニティー活性化にも熱心に取り組んできた。
そんな松岡さんが今回、コインチェックへの入社を決めた最大の理由は「波」だという。これまでインターネット業界で数々の波を乗り越えてきた松岡さんは、次はどんな波に挑戦するのだろうか。
大波の予感がするWeb3。乗らずして刺激も成長もない
アプリダウンロード数国内No.1、520万DL以上を有する暗号資産取引サービス『Coincheck』を提供するコインチェックは、国内最大手の暗号資産取引所だ。
暗号資産の基盤であるブロックチェーン技術の活用と発展に注力しており、近年は、「インターネット上での価値交換が、地理的、時間的、コスト的制約から解放され、多くの人が日常的なシーンで利用する“新しい価値交換を、もっと身近に”」をミッションに掲げ、多角的に事業展開している。
数多の選択肢がある中、なぜコインチェックを選んだのか。松岡さんの回答は極めて明快だった。
「これまでのキャリアの中で、自分はどういうときに興奮し、仕事を楽しんでいただろうと考えたんです。それは時代の『波』が来ている場所で働いていた時でした。
自分がヤフーにいた頃はインターネットポータルという波が、ミクシィにいた頃はソーシャルという波が来ていた。急拡大する組織の中でさまざまなリリースを仕掛けていった日々は、刺激に満ち溢れていました」
では、次に来る『波』とは何か。
「それはまさにWeb3です。次はこの波に乗ろうと思いました」
Web3の盛り上がりに伴い、世の中ではあらゆる価値交換が盛んになることが予測されている。例えば、今話題のNFTは好例だ。これまでは実現できなかったデジタル資産の取り引きにより、新しい価値や経済圏が生まれている。
Web3が盛り上がるほど、価値交換場とも言えるコインチェックの存在は増す。その意味で、コインチェックの立ち位置は、一つの魅力だった。
「それに加えて、利益を再投資して新しい事業をどんどん生み出しているコインチェックの姿勢は素晴らしいと感じました。
時代の荒波の中で、NFTマーケットプレイスなどの最先端の事業に率先してベットしている。そんな積極的なスタイルの会社なら、再びエキサイティングな経験ができるのではないかと考えました」
同社の新CTOに就任した今、解決するべき課題は明確に存在しているという。それは「アジリティと堅牢性の両立」だ。
「コインチェックが今後さまざまな新規事業を立ち上げていく上で、アジリティの維持・向上は重要な課題です。一発で解決しようとするのではなく、要素を分解して一つ一つ地道に改善していくことが大切だと考えています。
それと同時に、堅牢性も引き続き強化し続けていく必要があります。人間の力だけに頼るのではなく、システムや構造の力によってセキュリティーを保つ仕組みを作り、いかにスピードを確保していけるかが勝負になるでしょう」
言うまでもなく、アジリティと堅牢性は通常トレードオフの関係にある。両立を目指すのは、松岡さんにとっても新しい挑戦になるという。
「非常に難しいチャレンジにはなりますが、成功すれば競争優位性になる。これまでの経験を生かして、全力でコミットしていきたいと思います」
事件から4年半――“大人ワーク”ができるようになったコインチェックの「強さ」
コインチェックと言えば、2018年1月に起こった約580億円分の暗号資産NEM不正流出事件を思い出す人も多いだろう。
実はこの時、松岡さんは外部のメンバーでありながら、事態の収拾を指揮する立場にいたのだという。
「当時コインチェックに出資していたインキュベイトファンドの依頼を受けて、事件発覚から2、3日後に現場に入り、2週間ほど泊まり込みでインシデントハンドリングを行いました。
ブロックチェーンに詳しいエンジニアや、政府とのコミュニケーションが取れる人、シニアなSREさんなどを片っ端から呼び寄せて、対策チームを組成し、随時問題解決を進めていきました。個人としては、この一件で日本の暗号資産の命運が変わると感じており、昼夜なく事に当たりました。コインチェックには創業者の和田を始め本当に優秀なエンジニアが多く所属しており、難易度の高い超高密度短期プロジェクトでしたが皆さんの力でやりきることができました」
嵐のような日々から約4年半が経ち、今度はCTOの立場でコインチェックに戻ってきた。そこで松岡さんが目にしたのは、大きく刷新されたセキュリティー体制を含む、同社の想像以上の成長だった。
「『大人とコミュニケーションできる会社になったな』と思いました。関連省庁と会話をしながらサービス改善をしたり、同業者と足並みを揃えたりする“大人ワーク”ができるようになった。この4年半でコインチェックが身に付けた能力は、確かな強みになっていると思います」
その一方で、コインチェックの「変わらない良さ」にも気が付いた。
「何事もみんなで議論するオープンな雰囲気は、当時のままでした。マネックスの買収時、マネックスグループCEOの松本大さんがカルチャーを残す意思決定をしたことが背景にあるそうです。スタートアップらしい優れたカルチャーが維持されてきたことは、現在のコインチェックのアジリティに大きく貢献していると思います」
天狗の鼻をへし折られて、猛勉強。それでも残る悔い
常に日本のインターネット業界を最前線で走り続けてきた。そんな松岡さんでも、過去のキャリアを振り返ると、一つだけ後悔していることがあるという。
「自分がヤフーにいた25、6歳の頃、今思えば、少し天狗になっている時期がありました。そんな時、チームにすごく優秀な若手が入ってきたんです。『これはまずい、死ぬ気で勉強しないと1年以内に抜かれる』と思い、必死に勉強をするようになりました」
それから毎月2、3万円の技術書を買い、とにかく読み漁る日々を過ごした。往復1時間半の通勤時間で勉強したことを、帰宅後に試す。もちろん土日も使う。気付くと、床から天井まで届くほどの技術書の柱が何本もでき上がっていた。そんな生活を30歳くらいまで続けたという。
「結局、その若手には抜かれてしまいましたが、彼のおかげでこの時期に死ぬほど勉強できたのは良かったと思います。でも同時に『すごく遅かったな』という後悔の気持ちもありました。もし18歳の頃から勉強を始めていれば、今よりもっと強いエンジニアになれたのに、と」
失った時間は返ってはこない。だからこそ、自分がやるべきことに早くから気付ける環境に身を置くことが大切だと、松岡さんは後輩のエンジニアたちに伝えている。
「自分のファーストキャリアが当時のヤフーだったのは良かったと思います。それは事業が急成長中の、変化量の多い組織だったから。時代の『波』が来ている組織では、まるで『精神と時の部屋』のように時間の密度がキューッとなっているので、短時間で多くのことを学べます」
加えて、できるだけ社員が若くて、かつ一定の規模のある会社を選ぶことも大切だと語る。40、50代が上に詰まっている組織では、自分の意思決定が通るチャンスはどうしても少なくなってしまうからだ。
「じゃあ、小さい組織を選べばいいかというと、必ずしもそうではありません。会社の規模があまりに小さいと、今度はロールモデルが少なくなってしまう。一緒に働く人の数という、中長期的な資産も得にくくなります」
いずれにせよ、自分自身の成長の幅を広げるのは組織。特にキャリアの初期においては、しっかりと比較検討して冷静に判断することが大切だ。
「自分に合う組織を選んだら、そこから先は常に人から求められるスキルにアンテナを立てて、一歩先の技術を得続けるようにするといい。それをしている限り、仕事は生まれ続けるでしょう」
時代の波はいつも、新しい刺激と成長をもたらしてくれる。松岡さんはWeb3という大波をどんな風に泳いでいくのだろうか。新CTOの挑戦はまだ始まったばかりだ。
取材・文/一本麻衣、撮影/桑原美樹
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