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伊藤直也「学ばないための言い訳探しは辞めた」無知を認めて挑んだ一休の開発組織改革

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この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!

ニフティ、はてな、グリーなど、日本のIT黎明期をけん引してきたベンチャー企業でサービス開発をリードし、エンジニアとして広くその名を知られた伊藤直也さん。

2016年には宿泊・レストラン予約サイトを運営する一休のCTOに就任し、大きな注目を集めた。

あれから6年。『一休.com』『一休.comレストラン』のUI/UXは飛躍的に向上。新型コロナウイルス感染症の影響で旅行・外食業界が苦戦する中でも業績は好調だ。

しかし、伊藤さんがCTOに就任した当時、同社はさまざまな技術的負債を抱えており、開発課題が山積みの状況だった。

伊藤さんはなぜ、一休にジョインすることを決めたのか。開発組織の変革のために取り組んだこととあわせて、伊藤さん自身が一人の技術者として成長を続けるために大切にしてきたことを聞いた。

プロフィール画像

株式会社 一休
執行役員 CTO
伊藤直也さん(@naoya_ito

新卒入社したニフティでブログサービス『ココログ』を立ち上げ、2004年にはてなに転職。CTOに就任し、『はてなブックマーク』などの開発を主導。10年、グリーに入社してSNS事業を統括。16年4月、一休のCTOに就任

「それは難しい」が口癖だった開発チームが激変

伊藤さんと一休の関わりは、入社前にさかのぼる。グリーを退職後、フリーランスとして複数の企業で技術顧問を務めていた伊藤さんのもとに、一休のメンバーが相談に訪れたのがきっかけだった。

創業から15年以上が経過していた同社のシステムには、古くなった技術が負債として蓄積。社内のエンジニアだけではどこから改善すればいいのか分からず、膠着した状態に陥っていた。そこで、伊藤さんにSOSが寄せられたというわけだ。

外部のアドバイザーとして携わった後、2016年にCTO就任。その際、代表取締役社長の榊淳さんから与えられたのが、「もっと強い開発組織にしてほしい」というミッションだった。

伊藤直也さん

「まず、僕なりに『強い開発組織って何だろう?』って考えてみたんです。その結果、『ビジネスの課題を投げたら、それを解決できる良いプロダクトが返ってくるチーム』だと定義しました。

開発のスピードも大事かもしれませんが、それ以上にどうすれば課題を解決できるかを考え、使い勝手や仕様を細かいところまでよく考え抜いたプロダクトを出せることが重要だろう、と」

当時の開発チームについて、伊藤さんは「任せれば良いものが返ってくるというよりは、周囲が一生懸命働き掛けてようやく仕上がる……といった感じだった」と振り返る。

実は、伊藤さんが技術顧問として関わる以前に、一休は外部に委託して大規模なシステムリニューアルを実施している。しかし、そのプロジェクトは目論見通りにいかず、スケジュールが遅れに遅れた上にリリース後も不具合が頻発する結果となり、社内のエンジニアは後処理に追われていた。

「僕がCTOになった当時はまだその爪痕が残っていて、開発チームが保守的になっていました。少し攻めた目標を掲げようとすると『それは難しいです』『もっと慎重に進めるべき』といった反応が返ってくるんです。

はてなやグリーにいた頃は、まずはやってみよう、作りながら考えようというマインドでどんどん進めるのが当たり前だった。だから一休のチームも、エンジニアの考え方ややり方を変えれば、もっと強い開発組織になるはずだと考えました」

ただし、組織改革は一朝一夕で成し遂げられるほど簡単ではない。伊藤さんも「その時々にできることを、時間をかけてコツコツと積み重ねた」と話す。

「少しずつでも足回りが改善すれば、これまで1週間に一度しかリリースできなかったものが毎日リリースできるようになり、さらには1日に3回、5回、10回とペースアップできますよね。

そうすれば、万が一不具合が起きたとしても、すぐに次のリリースで改善できるので、エンジニアもリスクを取りやすくなる

地道にシステムを作り直していくうちに、ディフェンシブだったメンバーのマインドも、オフェンシブへと変化していきました」

伊藤直也さん

加えて、伊藤さんは開発サイドとビジネスサイドの距離を縮めることにも力を注いだ。

システム改修だけでは、ビジネスの課題解決に貢献できない。エンジニアにはビジネスを、営業や企画にはエンジニアリングを理解してもらえるように働き掛け、両者がコミュニケーションしやすいような組織体制へと変えた。

すると、伊藤さんが思い描いたような「ビジネスの課題を投げたら、良いプロダクトが返ってくるチーム」に変化を遂げていったという。

「チームの変化を強く実感したのが、20年にGoToトラベルキャンペーンが実施された時でした。

コロナ禍によって落ち込んだ観光需要を喚起するための国を挙げた一大プロジェクトであり、宿泊予約サイトを運営する当社としては、なんとしてもこのチャンスをものにしたかった。

開発チームが一丸となり、どんなプロダクトを作ればGoToトラベルを利用するユーザーに『一休.com』を使ってもらえるか必死に考え、さまざまなアイデアを出し合って実装しました」

例えば、一般的な宿泊予約サイトでは予約の際にGoToトラベルのクーポンコードを入力しないと割引されないが、『一休.com』では対象施設を予約すると自動的に価格が割引になる機能を搭載。

また、すでにホテルや旅館を予約していた人がGoToトラベルを利用する場合は一度キャンセルして予約を取り直さねばならないという不便さを解消すべく、予約済みの内容にもGoToトラベルのクーポンを適応できる仕組みを作り上げた。

こうしたきめ細やかな作り込みにより、サイトのUIは競合と一線を画すハイレベルなものとなり、「『一休.com』は使いやすい」とユーザーの間で評判に。「僕たちもびっくりするくらい多くの人が利用してくれた」と伊藤さんは笑顔を見せる。

「GoToトラベルは制度が複雑な上、実施が決まってからキャンペーン開始まで時間がなかったので、これらの開発は非常に難易度の高い仕事でした。

かつてのチームなら、『いいアイデアだけど実現するのは大変そう』と尻込みしたかもしれない。でもこの時は、誰かがアイデアを出すと『大変そうだけど、やれるんじゃないですか』とすぐにチームが動き出した

人との接触が制限されて営業活動が思うようにできない中、ビジネスで高い成果を出せた一つの要因は開発チームが頑張ったからです。エンジニアたちにも自信がついたし、僕も強い開発組織へ進化したことを確信しました」

自分を必要としてくれる場所で「力試しがしたい」

ニフティではブログサービス『ココログ』を立ち上げ、はてなではCTOとして『はてなブックマーク』の開発を主導。グリーではSNS事業を統括した実績を持つ伊藤さん。一休に入社する前はフリーランスも経験している。

これまで何を軸に自身のキャリアを選択してきたのだろうか。

伊藤直也さん

「若い頃は結構こだわりがありました。『技術的に面白いことがやりたい』とか『とがった人たちと働きたい』とか。

でも自分の中に知識や経験が蓄積されてくると、この知見を世の中にフィードバックしたいという思いも芽生えてきた。

30歳過ぎになる頃には、良いプロダクトやサービスを作るための方法論を体系化し、開発で苦労している会社に自分のノウハウを提供すれば喜んでもらえるんじゃないかと考えるようになりました。

実際にいろいろな会社からアドバイスを求められ、フリーランスで技術顧問をするように。僕自身のこだわりで働く場所や環境を選ぶというよりは、『自分を必要としてくれる人たちがいるなら、そこで頑張ってみよう』という感じに変わったんです。

一休に入ったのも、僕を必要としてくれたから。正直、すごく押しが強かったんですよね。役員に囲まれて、『うちに来てほしいんだけど、どう?』って(笑)。でもこんなに期待を掛けてもらえるなら、やってみようと決断しました」

伊藤さんがCTOを務めるのははてなに続いて2社目だが、「同じCTOでも1社目とはかなり求められるものが違う」と明かす。

「はてなにいた頃は会社が創業から間もない時期で、僕もまだ経験が浅かったので、会社と自分が共に成長していきました。それに対し、一休はある程度の成熟を迎えた企業であり、その中で僕は変革を起こすことを期待されています。

もしかしたら1社目では、たまたま会社の拡大フェーズと重なったからCTOとしてうまくやれたのかもしれない。でも、一休でも会社を成長させることができたら、自分の知識や経験に再現性があるということ。その時こそ、自分の力は本物だと思えるはずです。

なので、一休への入社を決めたのは、『自分の力試し』という面もありました」

伊藤直也さん

その結果は、すでに紹介した通り。組織のあり方からエンジニアのマインドに至るまで変革を成し遂げ、見事に強い開発組織をつくり上げた。だが本人は「まだまだ道半ば」と語る。

「システムの改善が一通り終わって、変革は新たなフェーズに入ったばかりです。

他社から『一休と同じように改革してくれないか』と声を掛けられることもありますが、6年かけてやってきたことをまた繰り返すのも少し退屈だなと思うんです。CTOとしてはここから未知の世界なので、一休での仕事がもっと楽しくなると思っています」

無知な自分と向き合い続けなければ、エンジニアは成長できない

そんな伊藤さんに「長く活躍できるエンジニアになるために必要なことは?」と問い掛けると、「学習し続けること」というシンプルな答えが返って来た。

しかしその言葉には、強い自戒の念が込められているという。

「担当する組織が大きくなるとマネジメントで忙しくなり、コードを書く時間が取れなくなってしまうのはエンジニアにとってはよくある話。僕も20年のキャリアの中で、コードを書くのを諦めたことが何度もあります。

その度に、心の中で言い訳するんです。『手は動かさなくなったけど、こういう仕事もありだよね』と自分を肯定しようとする。でも時間ができて再びプログラムを書き始めた瞬間、『やっぱり自分は間違っていた』と猛烈に反省するんですよね。

僕は高い解像度で技術を理解し、それに基づいてリーダーシップをとっていきたいタイプのエンジニア。手を動かさずにいると解像度がどんどん落ちて、マネジメントにも影響してしまうんです。

『解像度高く技術を理解していれば、もっと現場が動きやすいように意志決定できたのに』と反省したことも一度や二度ではありません。だから、僕自身が一技術者として学び続けることの大切さを痛感しています」

伊藤直也さん

学習し続けることは「自分の無知と向き合うことでもある」とも伊藤さんは話す。

新しい技術を学ぶ度に、自分が何を知らなかったのかを思い知らされ、日頃手を動かし続けている周りのエンジニアに後れをとっていることを自覚する。だが、自分の無知を認めなければ学習は始められないし、自分を成長させていくこともできない。

「自分の無知を自覚するのは、ものすごくつらい。僕も今はプログラムをバリバリ書いていますが、一休に入ってからも1年ほど書かない時期があったんです。

それでいざ『最近のフロントエンドを学んでみよう』と思い立って勉強を始めたら、初歩的なことすら理解していなかったことに気付いてしまう。『俺はこんなことも知らないでCTOを名乗っていたのか』とショックを受けました。

最近はよくHaskellでプログラムを書いていますが、これは昔からある言語で、僕がはてなにいた頃も若い後輩たちがよく話題にしていました。

つまり15年前に当時20代前半だった周囲のエンジニアが使いこなしていた技術を、もうすぐ45歳になる自分が今になって『なるほど、勉強になるな』なんて言いながら学んでいるわけですよ。この現実と向き合うのは実は結構しんどいです。『15年もの間、自分は何をしてたんだろう』って。

でも、そのつらさから逃げずに学び続ければ、自分のスキルは劇的に上がる。

一番まずいのは、学習を止めてしまったにもかかわらず、過去のアナロジーで今の技術を分かった気になることです。『これは昔のあの技術と同じだね』 とか、自分で自分を欺くかのように、分かったふりをする。その慢心が日々の仕事で間違いを生み、間違った意志決定につながってしまう。

エンジニアとして長く活躍したいなら、無知な自分と常に向き合い続けるしかありません」

現場のエンジニアにとっても、自ら学習し続けるリーダーの存在は大きなモチベーションになる。つい最近もチームメンバーから「CTOになった今も技術を勉強する姿が、若手や中堅の刺激になっています」とフィードバックをもらったという。

「一休ではエンジニアの学びを充実させる環境づくりに力を入れていて、社内のエンジニア同士が知識を教え合うテックトークを開催したり、技術書の購入費を補助する制度をつくったりしてきました。最近は、有志が社内に競技プログラミング部を立ち上げていました。

何より一休では、『学習することは良いことだ』という価値観をエンジニアが共有し、皆が当たり前のように技術を日々キャッチアップしている。

腕を磨いて良いプロダクトを作れるエンジニアになりたいと考える人にとって、同じ価値観を持った人たちと働けるかどうかは、キャリアを選択する際の重要な判断材料になるんじゃないでしょうか」

伊藤直也さん

開発部門トップのCTOとなってもなお学び続け、自分をさらに成長させようと努力を重ねる。そんな伊藤さんのキャリアは、技術を追求したい若手エンジニアにとって、またとないロールモデルになりそうだ。

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取材・文/塚田有香 撮影/桑原美樹

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