「すべてプレスリリースから考えよ」アマゾンジャパンのPMに学ぶ仕事の流儀とキャリア展望【及川卓也のプロダクトマネジャー探訪】
【注力業務】カスタマーにとっての利点を記した約1Pの企画書「プレスリリース」で組織を動かす
及川 カスタマーありきの姿勢は、どんなビジネスをしていく上でも大切なことですが、それを組織全体で徹底していくのは非常に大変ですよね? アマゾンでは、どうやってそのマインドを伝承しているのですか?
柳田 アマゾンには全社員が大切にすべき「Our Leadership Principles(OLP)」という14項目の行動指針があって、その一番初めに書いてあるのがCustomer Obsessionなんです。
全員がこのOLPに沿って話をする点が、アマゾンの強みの一つだと思っています。
ですから、先ほど古屋が話したように、たとえどれだけ売り上げが見込まれるキャンペーンやフィーチャーであろうと、中長期的にカスタマーのためにならないと判断されれば却下されてしまいます。
古屋 OLPにあるということは、PMもこの考え方に則って事業をドライブしていく必要があるということ。加えて、アマゾンではどんな企画をやる時も、最初に「その企画はカスタマーにとってどのような利点があるのか」を記したカスタマー目線の企画書「プレスリリース」を作成します。
これがマインド伝承の欠かせないツールになっているかもしれません。
及川 カスタマーにとっての利点にフォーカスした企画書を作るんですか?
古屋 はい。何かを企画する際は、プロダクトアウトではなくカスタマー目線になった上で、「誰が何に困っていて」、「企画を形にすると、どのようなベネフィット(利点)があるか?」をストーリー立てて語れるようになっていなければならない、という考え方です。
それが欠けている企画は、そもそも議論の俎上に上がらない。
逆にプレスリリースを通じてちゃんとカスタマーへのベネフィットを共有できれば、どのポジションの人間であっても自分の考えた企画を通せるのがアマゾンの文化です。もちろん、実際のところ一番多くのプレスリリースを書くことになるのはPMになるわけですが。
柳田 この仕組みがアマゾンにはよく合っています。というのも、先述したように、PMはロケーションもマーケットへの理解度も違う他国のTPMたちを動かさなければならない立場にあります。その中で誤解なく意思疎通をしようとなると、やはり「カスタマーにとっての利点は何なのか」を明確にするのが最も分かりやすい、ということになる。
そして、作ったプレスリリースが他のPMやシニアバイスプレジデントなどにも閲覧され、揉まれていくプロセスを通じて、「どの企画を先に取り組むべきか?」という会社全体での優先順位付けも進んでいく。
つまり、プレスリリースが社内の調整ツールとしても使われているんです。
及川 アジャイル開発でよく使われるインセプションデッキでは、最初に「セールスピッチ」を書きますが、アマゾンさんの「カスタマーにとってどのような利点があるのか」から考えるという仕事習慣はそれに近いですね。具体的に、プレスリリースはどの程度の原稿量で作成しているんですか?
古屋 だいたい「A4用紙1枚以内でまとめるように」と言われています。
及川 少ないですね、まとめるのが大変そうだ(笑)。
古屋 しかも、「自分の親が読んでも分かるように書く」ことも求められます。ビジネス上のステークホルダー全員が読んですぐ理解できる内容にしなければダメということです。
柳田 当然、PMはそれぞれの企画を考案した理由や数字的な根拠、実現までの計画、その他社内から飛んできそうな質問への想定解答などについても事前に考えなければなりませんから、1枚程度のプレスリリースの“裏側”では大量の資料を用意していなければなりません。
及川 それでも、社内や当該チーム内でレビューをする時は、プレスリリースのみで行うわけですよね?
柳田 はい。ですから優秀なPMかどうかは、プレスリリースの精度はもちろん、レビューの際に寄せられる質問に対してどの程度明確に答えられるか? で判断することができるんです。
及川 なるほど、面白い判断基準ですね。
古屋 こうやって完成するプレスリリースは、他国のPMやシニアバイスプレジデントはもちろん、フルフィルメントセンター(アマゾン独自に有する在庫管理&物流センターのこと)で働く人なども、「この企画によって自分の仕事がどう変わるのか?」という視点で読むものになります。ですから、シンプルかつ平易な言葉で書かなければなりません。
【PM経験後のキャリア】「カスタマー最優先」が一貫しているからこそ、必要なことはPMをやれば身に付く
及川 そろそろ冒頭で話した「PM後のキャリア」について話を進めてもいいですか? 古屋さんは現在、『Audible』の事業部長をやられているわけですが、PM以後のキャリアという意味では古屋さんのように事業部長へ進む人が多い?
柳田 シニアなPMは事業責任者になる場合が多いですね。これまで話してきた通り、PMをやるにはすべてのチームの動きを知っている必要があるので、そこを突き詰めると自然と事業トップへ進むことになる。
及川 Googleもそうでしたし、それが自然な流れだと私も思います。でも、PMと事業部長では役割が違うわけですよね? 事業部長になることで、新たに求められるものは何だと感じていますか?
古屋 例えば私が今やっていることで言えば、ブランディングや広告戦略をどうするかなど、カスタマーのトラフィックをいかに獲得するかという役割がPM時代よりも強くなっています。それに、当然ながら事業部長はPLにも責任を持たなければなりません。
及川 でも、それらは古屋さんがPMをしていたころも見ていらしたわけですよね?
古屋 そうですね(笑)。書籍販売のPM時代も確かにやっていました。
ただ、完全に責任を持つということに違いがあるのかな、と思います。当時は「この後の仕事はマーケティングマネジャーがやってくれるから」と割り切っていた部分にも、今は責任を持たなければなりませんから。
及川 そうやって事業責任を負うと、どこかのタイミングでCustomer Obsessionと売り上げのトレードオフというジレンマに陥ることもあり得ると思うのですが?
古屋 原則としてレベニューとのトレードオフは発生しないという考え方なんですよ。カスタマーの体感をよくすれば、即効性はなくても長期的に見ればビジネスは成長するはずというのが、アマゾンの基本的な考え方なので。
及川 とはいえ、その「長期的な」という部分がすごく難しい。アマゾンさんでいう長期的というのは、具体的にどれくらいの期間を指すのでしょう?
柳田 少なくとも3~5年先は見ているかと思います。確かに新しいフィーチャーにはデータがないので、最終的にはプレスリリースでいかに次の世界観をインパクトがあるように語れるかということだと思います。
及川 インターネットの世界で5年といったら、永遠のようなもので。それが許されるというのは、確かにかなりCustomer Obsessionを重視しているということなんでしょうね。
柳田 アマゾンのIPOレターの冒頭には「ロングターム」という言葉が記されていますが、これは創業した1997年から全く変わっていません。
アマゾンのベースは小売りです。すべての人は何かを買って、生活のために何かをしている。その人たちが「やらなければならなかったもの」を減らして、それ以上に自分のライフスタイルを楽しいものにするのに時間を使えるように、ということを提供していけば、カスタマーが我々を選ばないはずがない、というのがアマゾンの考え方です。
及川 なるほど。そこが一貫しているからこそ、その先のキャリアで必要なことはPMをやっていれば自然と身に付くということでもあるわけですね。勉強になりました。今日は貴重なお話をありがとうございました!
>> アマゾンジャパンにおけるプロダクトマネジャーのジョブディスクリプション(キャリア採用ページ)はこちら
>> 及川氏が作成した、Incrementsにおけるプロダクトマネジャーのジョブディスクリプション(GitHubページ)はこちら
取材・文/鈴木陸夫 撮影/伊藤健吾
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