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AI×データ活用で「読まれる記事」の量産に挑戦。講談社のエンジニアが挑む、出版社に眠る“宝のデータ”活用プロジェクトの舞台裏

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DX推進で遅れをとる日本の出版業界ーー。各出版社のコンテンツ制作の現場では、今なお膨大なアナログ作業があり、活用されないまま眠っているデータが山積している状態だ。

そんな中、会社をあげてDX推進に取り組み、出版社のビジネスをアップデートすることに取り組んでいるのが講談社だ。

例えば、同社が運営するビジネスパーソン向けメディア『現代ビジネス』では、蓄積されたデータを用いて「読まれる記事のタイトル」をAIが予測。データと新技術の活用で、コンテンツ制作の現場の“当たり前”を塗り変えた。

このAIによる記事PV予測のシステムを開発したのが、同社IT戦略企画室 デジタルソリューション部・副部長の小笠原傑さんと、IT戦略企画室 One to Oneマーケティング部でAIエンジニアとして働く塙一晃さん。

「出版社には、手つかずのまま眠っているデータが山ほどあるし、それはエンジニアにとって“宝の山”だと思う」と語る二人に、データ×AI活用プロジェクトをどのように推進したのか、今後テクノロジーによって講談社はどんな進化を遂げていくのか、詳しくお話を聞いた。

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株式会社講談社
IT戦略企画室 デジタルソリューション部 副部長
小笠原 傑さん

ITコンサル、ビジネス系出版社を経て、2021年に講談社入社。前職ではサブスクリプションメディアのデータ分析を手掛けており、講談社ではウェブメディアやコミックアプリの分析、出資案件などを担当している

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株式会社講談社
IT戦略企画室 One to Oneマーケティング部
塙 一晃さん

博士(情報科学)。理化学研究所を経て2022年11月に講談社入社。NLPの専門家としてウェブメディアや書籍、プロモーション等のデータ分析を担当。『現代ビジネス』の記事タイトルのスコアリングプロジェクトではAIエンジニアリングを担当している

小説のテキスト、漫画の画像、POSデータ…出版社は「データの宝の山」

ーーまずはじめに、講談社のデータ活用の現状についてお聞かせください。

小笠原:講談社には、作品別の売り上げや書店のPOSデータなど、書籍の販売活動から得られる豊富なデータがあります。加えて、小説のテキストや漫画の画像など、コンテンツそのものも立派なデータです。

さまざまなデータの用途が考えられますが、専門人材やシステムがそろっていなかったこともあり、活用しきれていなかったのです。

そこで私たちは、主に昨年からウェブメディアやコミックアプリのグロース、書籍販促などの業務でデータ活用を推進すべくさまざまなプロジェクトに着手しています。

データ活用の余地は無限にあるため、あらゆる可能性を検討しながら、ある種探索的にプロジェクトを進めている最中。

そのうちの一つが、Webメディア『現代ビジネス』の記事タイトルからPV数を予測するシステムの開発です。

講談社

ーーそのプロジェクトは、どのような背景から始まったのでしょうか?

小笠原:このプロジェクトは、私が以前からやりたいと思っていた取り組みの一つです。

私は前職が出版社だったこともあり、編集者がいかに記事タイトルの作成に苦労しているかを知っていました。

しかし「読まれるタイトル」に明確な基準があるわけではなく、編集者の経験値をベースに判断せざるを得ない状態です。そこで、何が良いタイトルなのかを数字でサジェストできる仕組みがあると編集部のサポートになるのではないかと思っていたんです。

とはいえ、編集者一人一人がこだわりを持ってコンテンツ制作に取り組んでいることもまた事実。タイトルという重要な要素に、エンジニアリングが介入するのは簡単なことではなく、当時の会社では実現することができませんでした。

その後、講談社に転職して数年。彗星の如く当社に入社してくれたのが、自然言語処理の博士である塙でした。

彼はなんとわずか1週間で、記事タイトルからPV数を予測するシステムを作ってくれたんです。それはもう一瞬でしたね(笑)

ーーたった1週間でシステムを完成させたのですか!?

塙:実は自然言語処理の専門家にとっては、それほど難しい技術は使っていません。

小笠原から話を聞いてすぐに簡単なシステムを作り、今年の1月末から編集現場で実際に使ってもらっています。

講談社

経験則が重視されていた編集現場に、データ活用が与えるインパクト

ーー記事タイトルの作成にITを活用することに対して、編集現場からの反発はありませんでしたか?

塙:少なからず難色を示されることはあるだろうと予想していたのですが、意外にも全くありませんでした。

導入前から「そういうシステムがあるならぜひ使ってみたい」という声が聞こえてきましたし、導入後の反応もポジティブなものばかりでしたね。

例えば「タイトルに含むキーワードを漢字・ひらがな・カタカナのどれで表示するか悩んだ時、このシステムを使えばどれが一番良いのか数値で表れるので便利」という声がありました。

ーー編集現場に快く受け入れてもらえたのはなぜだと思いますか?

小笠原:これは私の感覚ですが、講談社の編集者たちには「まずは読まれてなんぼ」という価値観があるように思います。そのため、読者にコンテンツを見てもらうために必要なものは貪欲に取り入れるマインドがあるのかもしれません。

デジタル導入に対する柔軟性の高さは、講談社の特徴と言えそうですね。

塙:導入時のシステムの位置付けも、受け入れやすいものだったのだと思います。

今回のシステムはあくまで編集者の意志決定をサポートするものなので、システムの判定が信用できないと感じた場合は従わなければいいだけの話。つまり、システムの導入によるマイナスの影響がありません。

むしろ今までは、記事タイトルをつける際に明確な指針がなかったため、どこかで不安があったはずなんです。そんな不安を感じていた業務をサポートしてもらえる点でも、データ活用のメリットを感じてもらえているのではないでしょうか。

講談社

ーー編集現場と良い関係性が築かれているのですね。

小笠原:そうですね。Slackで改善案を聞くと、編集現場もどんどん反応してくれます。それを見ながらシステムのアップデートを進めている状態ですね。

塙:編集現場の声には「なるほど、そのやり方があったか」と気付かされることが多々あります。ですから、編集者からもらった意見はどんどんシステムに反映させるようにしていきたいです。

ーーこのプロジェクトの効果についても、ぜひ教えてください。

塙:まだ始まって数カ月のプロジェクトなので、数字で成果を示すにはもう少し長期的な検証が必要です。

ただ、感覚値としてはシステム導入前と比較して1割程度はPVが上がっている可能性が高いですね。

「タイトル付けの作業が楽になった」という声を編集現場からもらっているので、業務負担の軽減にも貢献できていると感じています。

ーー今後はこのシステムをどのように進化させていく予定ですか?

塙:将来的には、高いPVの見込める記事タイトルを自動生成できるようにしたいです。

編集者が今まで思いつかなかったような効果的なタイトルをAIが生み出せるようになれば、PV数の上昇にさらに貢献できるはず。編集現場からの強い要望でもあるので、ぜひ実現させたいですね。

小笠原:クリエーティブな編集業務を定量データで支援するという、かなり面白い取り組みだったのではと思います。

今後はこのプロジェクトだけでなく、講談社内の他の業務にもデータ活用を広げていきたいです。

講談社

コンテンツを愛する気持ちが、プロフェッショナル同士をゆるやかにつなぐ

ーー今後は講談社のどのような業務にデータ活用を導入できそうですか?

小笠原:さまざまな可能性が考えられますが、クリエーティブの現場への貢献にはぜひ挑戦したいです。

例えば、小説のテキストや漫画の画像を分析して「こういう作品を出すと読まれる可能性が高い」といった示唆を提供できたら面白いですよね。

塙:特に画像に関しては、当社がまだ手を付けられていない領域なので大きな期待が寄せられています。

例えば、もし漫画の中身をデータで分析できるようになれば、そこから売り上げを予測し、適切な初版の冊数を示すこともできるかもしれませんから。

それを実現させるためには技術的に乗り越えなければならない課題が多いですが、決して不可能ではないと考えています。

講談社

小笠原:講談社が力を入れているグローバル展開にも、データの観点から貢献できる面はあると思います。

「どの国でどんな作品が読まれる可能性が高いか」を示せるようになれば、国境を越えて作品を広げる支援ができそうです。

ーー将来のビジョンを実現するために、講談社ではどんなエンジニアの力が必要ですか?

小笠原:何らかの「強み」を持ったエンジニアと一緒に働きたいですね。

IT戦略企画室には今、自然言語の博士である塙に加え、統計学の博士が在籍しています。プロジェクトマネジメントに長けた人材やソフトウエアエンジニアなど、多様な分野のプロフェッショナルが集まっているんです。

とはいえ、新しいものを生み出すためには、複数の知識を掛け合わせることが大切。自分の専門分野に閉じるのではなく、隣接する分野や新しいテクノロジーにも常に興味を持てることが重要です。

塙:私のようなAIエンジニアに近いポジションで働く方に関しては、最新の情報を貪欲に吸収し続けるマインドが求められると思います。

AIに関する技術は本当に進化のスピードが速く、今日発表された論文が数カ月後には古いと言われる可能性すらある。つまり、新しい情報を常にキャッチアップする必要があるのです。

小笠原:あとはやっぱり、漫画や小説といったコンテンツが好きな気持ちも大切ですね。

IT戦略企画室のメンバーはスキルもバックグラウンドもバラバラですが、この共通点によって話が盛り上がり、ゆるやかにつながっているという側面があります。

私自身も文学部出身なので、昔から本はよく読みますしね。

塙:私は漫画を年間1000冊は読みます(笑)

ーー年間1000冊はすごいですね! 自分の好きなものを扱っている会社で働くと、仕事に対する意欲は高まりますよね。

塙:それは本当にそうですね。自分の大好きなものに少しでも関われると思えると、モチベーションが高まるのは間違いありません。

データを扱うエンジニアという立場から見ても、講談社はとても魅力的な会社です。質の高いデータを大量に有していて、自由に扱うことができますから。

出版業界はAIの導入があまり進んでいないからこそ、成功したときのインパクトは非常に大きなものとなります。AI技術の進歩の波に出版社としてしっかり乗っていくことで、これまでにない成果を生み出していきたいですね。

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講談社

取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹

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