ネットコマース株式会社 代表取締役
斎藤昌義氏
1982年、日本IBM入社、営業として一部上場の電気電子関連企業を担当。営業企画部門に在籍の後、同社を退職。1995年、ネットコマース設立。産学連携事業やベンチャー企業の立ち上げのプロデュース、大手ITソリューション・ベンダーの事業戦略の策定、人材育成などに従事。ユーザー企業の情報システムの企画・戦略の策定、IT企業とユーザー企業の新しい役割を模索する「ITACHIBA会議」を企画・運営
SIビジネスが直面している問題、ビジネスモデルの未来を危惧する声が聞かれるようになって久しいが、実際のところ、問題の本質をどう理解し、どのように解決への筋道を立てていけば良いのだろうか。
弊誌ではこのほど、くしくもほぼ同時期にこの問題と正面から向き合った本を上梓した斎藤昌義(『システムインテグレーション崩壊』)、倉貫義人(『「納品」をなくせばうまくいく』)の両氏を招き、『受託開発のこれからを考える』と題したイベントを開催した。その模様を2回にわたってレポートする。今回は、イベント前半で両氏が行った、従来型SIビジネスに対する問題提起のパートを詳報しよう。
ネットコマース株式会社 代表取締役
斎藤昌義氏
1982年、日本IBM入社、営業として一部上場の電気電子関連企業を担当。営業企画部門に在籍の後、同社を退職。1995年、ネットコマース設立。産学連携事業やベンチャー企業の立ち上げのプロデュース、大手ITソリューション・ベンダーの事業戦略の策定、人材育成などに従事。ユーザー企業の情報システムの企画・戦略の策定、IT企業とユーザー企業の新しい役割を模索する「ITACHIBA会議」を企画・運営
株式会社ソニックガーデン 代表取締役
倉貫義人氏
大学院を修了後、大手システム会社でエンジニアとしてキャリアを積みつつ、「アジャイル開発」を日本に広げる活動を続ける。自ら立ち上げた社内ベンチャーを、2011年にMBOし、株式会社ソニックガーデンを創業。月額定額&成果契約という「納品のない受託開発」を展開し、注目を集める。そのビジネスモデルをオープン化し、新しいフランチャイズの形「ソニックガーデンギルド」を展開している
イベントはまず、斎藤氏による問題提起から始まった。斎藤氏は、従来型のSIビジネスには「向き合うべき3つの課題」があると指摘する。
【1】構造的不幸:ゴールの不一致と相互不信
斎藤氏の言う「構造的不幸」とは、ユーザー企業とSIerとの間にある「ゴールの不一致」と「相互不信」を指す。
「受託開発の見積は基本的に『工数積算×単金』で算出されます。SIerから見ると、工数が増えれば増えるほど儲かる構造なので、『仕様通りにコードを書く』ことがゴールになりがち。本来、ユーザー企業のゴールは『ビジネス価値の向上』ですから、ここにゴールの不一致が生まれてしまいます」
金額があらかじめ決まっているので、コストを下げるためには必然的に「多重下請け構造」になる。ユーザー企業の情報システム部門には仕様を正当に評価する能力はないが、SIerは瑕疵担保責任を背負わされているために、何度でも改修を強いられる。ここに相互不信も生まれるというのが、斎藤氏の主張だ。
【2】生産年齢人口の減少
「日本の生産年齢人口は2020年までに341万人減少するというデータがあります。一方で、『化粧がのらない』、『結婚できない』を加えた『7K』を指摘されるように、IT業界は人気がありません」
そのため、需要はあっても人手不足がどんどん深刻化する事態が予想されるというのが、2番目の課題だ。
斎藤氏は「東京オリンピックによる特需自体はあるだろう」と見ている。だが、同時に「その時に求められるのは、IoT、人工知能、ビッグデータなどの新しいテクノロジーであって、従来の技術だけでは事足りない」と指摘する。
「それにもかかわらず、優秀なエンジニアは従来型の開発に費やされているのが現状です。このままでは、新しいスキルを獲得するチャンスのないまま、この後の数年を過ごすことになってしまうのです」
【3】意思決定権のユーザー部門へのシフト
ビジネスのあらゆるセグメントがデジタル化しており、意思決定権が情報システム部門からエンドユーザーへとシフトしてきていると指摘する斎藤氏。これまで情シス部門とSIerとの間で交わされていた「人月ベース」の会話は成り立たなくなり、本来あるべき「効果」が問われることになるという。
「ITの需要自体は増え続けているが、企業の予算はピーク時と比べ半減しています。こうした状況下でユーザー側は従来型のビジネスをやめて、SaaSのようなサービスを強く意識するようになってきていますが、一方でSIer側は、依然として受託開発の人数の確保を優先している。ここにユーザー企業とSIerとの間の意識の乖離が生まれてしまっているのも、大きな課題です」
斎藤氏はこうした課題を挙げつつ、「SIビジネスそのものがなくなるとは思っていない。『崩壊』するのはあくまで、従来型のビジネスモデル」と強調する。
「SIerの一番の資産は人の数ではなく、知識。もちろん、そうした知識をもってしてもテクノロジーのイノベーションを起こすのは難しいですが、ビジネスのイノベーションであれば起こせるはずです」
ここで斎藤氏が言及したのは、メガネメーカーJINSの例だ。
「JINS PCがターゲットにしたのは、従来であればメガネを必要としなかった目の悪くない人たち。その意味で市場そのものを変えたのです。こういった新しいチャレンジをしていかないと、SIビジネスの今後は難しいものとなるでしょう」
SIビジネスの新しい収益モデルとしては「サブスクリプション」、「レベニューシェア」、「成果報酬」の3例を挙げ、このうち最も可能性があるのは「サブスクリプション」であるとした。
斎藤氏が挙げたこの3例のうち、「サブスクリプション」モデルを実践しているのが、倉貫氏が代表取締役を務めるソニックガーデンだ。
倉貫氏は、業界を支える「一括請負」というビジネスモデルそのものに問題を見出し、その解決策として「納品のない受託開発」を提唱、実践している。どこかのタイミングで納品をして受託契約を完了させるのではなく、必要な機能を必要な順番で少しずつ、永続的に開発し続けるスタイルで、月額定額制を敷いている。
倉貫氏は、ソニックガーデンでの取り組みを例に、「納品のない受託開発」のポイントを以下のように説明した。
【1】大半のアジャイル開発はなぜ失敗するのか
「納品のない受託開発」を実現するには、「必要な機能を必要な順番で少しずつ開発する」アジャイル型の開発スタイルが不可欠となる。だが、世の中の大半のアジャイル開発は失敗するという言説もある。それはなぜか。
倉貫氏は「おなかがいっぱいになっても作り続けてしまうから」と明快に答える。
「ケーキを食べたいとなった時に、ホールから作らなければならないのがウオーターフォール型開発だとすれば、ピースから作って食べられるのがアジャイル型。そのメリットは、ショートケーキ、チョコレートケーキ…と、食べたいものを少しずつ作れること、おなかがいっぱいになったら作るのをやめられることにあります。ですが、世の中の多くの“アジャイル”は、おなかがいっぱいになっても作り続けてしまっているのです」
必要な機能から順に作っていき、途中で必要十分な機能を満たしたと判断できた時には、残りを作り続ける必要はない。
「100個の機能を作る場合、10個×10回に分けて作れば、100個を一気に作るよりコストがかさむのは当たり前。途中でやめられるからこそ、高い生産性を実現できる。それが本来のアジャイル開発です」
【2】要件定義をしない受託開発
しかし、現実にはSIerが途中で機能開発を止める判断をすることは不可能だろう。ソニックガーデンにそれが可能な理由、それは要件定義を行わないからだ。
本来、「ビジネス価値の向上」こそがユーザー企業の目的であるはずなのに、不確定なはずの将来に必要な機能をあらかじめ確定してしまい、あたかもソフトウエアの完成がゴールであるかのように錯覚させてしまう要件定義は不要とするのが、倉貫氏の立場。
「だからいつでも仕様変更は可能です。そもそも、仕様変更とは本来、ビジネスのあり方の正解が明らかになったということを意味するので、歓迎すべきことなんです」
ソニックガーデンでは、エンジニアがビジネスの話から設計、実装、運用まですべてにコミットするため、ユーザー企業との間で「ビジネス価値の向上」というゴールを共有することができるという。
「ですから、逆にソフトウエアの完成を目的とするようなユーザーの期待にはお応えできません。目的はあくまでビジネス価値の向上で、ITをそれを実現するためにある数ある方法の一つと認識しているユーザー企業に対して、新しい選択肢を提供するのが僕たちの試みです」
【3】市場の変化が「納品のない受託開発」を求めている
市場の流れが「納品のない受託開発」を求める方向に動いていると倉貫氏は言う。
「新規に事業を興すスタートアップ企業が増えていますが、こうした企業と受託開発との関係性を見てみると、従来のような社内の業務効率アップを目的としたシステムよりも、インターネットを介した売り上げアップのための事業システム構築のニーズが増えてきています」
そのため、受託側にはできるだけ早くリリースし、ユーザーからのフィードバックを受けてできるだけ早く改修するスピード感が求められる。また、急激な事業の成長にも後から対応できる、スケールアップのしやすさも重要になる。
「一定の金額で、要件定義をして、一括請負で…といった従来型のビジネスモデルでこれをやろうとしたら、絶対に儲かりません。こうした市場の要請を受けて生まれたのが、納品のない受託開発なのです」
両氏によるこうした問題提起、実践例の紹介を受けて、イベント後半は大手SIerや来場者も交えて、「これから」を考えるフェーズへと進んでいった。この模様は後日、別記事でレポートする予定だ。
文・写真/鈴木陸夫(編集部)
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