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LLM活用はチャットボットだけではない? LayerX松本勇気が語るLLM活用のリアル

ITニュース

ChatGPTの登場以来、大規模言語モデル(LLM)への注目度が高まった。

いまやあらゆる企業や組織が、この革新的な技術を自社のビジネスや事業にどう活用すべきか模索を始めている。

そんな中、業界でもいち早くLLMの社内活用を進めてきたのが、「すべての経済活動を、デジタル化する。」をミッションに掲げるスタートアップLayerXだ。

今年4月には、この技術領域に特化した専門組織LayerX LLM Labsを開設。ChatGPTを始めとしたLLM関連技術の検証や実証を推進し、新規事業やプロダクト開発への活用を検討する取り組みが始まっている。

果たしてLLMはどんな可能性を秘めた技術であり、その進化はどのような変革につながるのか。そしてエンジニアの仕事やキャリアにどのような変化をもたらすのか。

LayerX代表取締役CTOであり、LayerX LLM Labsの初代所長に就任した松本勇気さんに、大規模言語モデルが生み出すインパクトと未来像について語ってもらった。

プロフィール画像

株式会社LayerX
代表取締役CTO
LayerX LLM Labs所長
松本勇気さん(@y_matsuwitter

東京大学在学時に株式会社Gunosy入社、CTOとして技術組織全体を統括。またLayerXの前身となるブロックチェーン研究開発チームを立ち上げる。2018年より合同会社DMM.com CTOに就任し技術組織改革を推進。大規模Webサービスの構築をはじめ、機械学習、Blockchain、マネジメント、人事、経営管理、事業改善、行政支援等を広く歴任。2019年日本CTO協会理事に就任。2021年3月よりLayerX 代表取締役CTO就任。開発や組織づくり、及びFintechとPrivacy Techの2事業の推進を担当。2023年、LayerX LLM Labsを立ち上げ所長に就任

まずはLLMの可能性を正しく見定めることが必要

ーーLayerX LLM Labsを設立した経緯を教えてください。

Layer X 松本勇気

松本:実はラボを設立する以前から、LayerXではLLMを積極的に活用していました。

特に、当社のエンジニア組織の中で最も規模が大きい機械学習チームでは、主要プロダクトである支出管理サービス『バクラク』にLLMをどう活用するかについていろいろなチャレンジを行なっています。

そして、ChatGPT登場以降は、機械学習エンジニア以外のメンバーも巻き込み、ChatGPTの活用法を模索するハッカソンを開催したり、デモを作成したりといった取り組みが、社内のあちこちで行われるようになりました。

こうしてさまざまなアプローチを進めるうちに、私も改めてLLMがもたらすインパクトの大きさを実感するように。

「人類が言葉で機械に意図を伝えられる」という新たなインターフェースの誕生は、インターネットやスマートフォンの登場と同じくらい大きな変化をもたらす技術革新である。大げさではなく、私はそう感じています。

だとすると、LLMを既存のサービスに組み込むことをメインとした今の取り組みだけでいいのか。今までにない、まったく新しいものが生まれてくる可能性は大いにあるはずです。

そこで既存のプロダクトに縛られず、新たな事業やサービスの開発も含めてLLMの活用に広く取り組む専門組織が必要だと考え、「LayerX LLM Labs」を立ち上げることにしました。

ーー設立されたばかりの組織ですが、まずは何から取り組もうとお考えですか。

松本:まずはLLMが持つ可能性をきちんと把握したいと考えています。新しい技術が登場した時に重要なのは、本当の意味で使える場所と使えない場所を見定めること

「LLMでなければできないことは何か」を明らかにすると同時に、「技術の限界がどこにあるのか」を知ることが必要です。

可能性の検証をしないまま、いきなり業務やプロダクトに活用しようとしても、正しく事業を営むことはできないし、お客さまにとって有益な製品やサービスを届けることもできません。

これまでもブロックチェーンやWeb3、メタバースなど、世の中を変えると言われた技術がいくつも登場しましたが、それらが持つ可能性について間違った捉え方をしたために、結局は活用の取り組みが無為な時間に終わってしまったケースを多々見てきました。

ですから私たちはLLMという技術に正面から向き合い、その可能性を正しく見定めたい。世の中に変革を起こすのは、その先の話だと思っています。

ーーChatGPTの衝撃が大きかったので、世間ではLLMが万能であるかのように捉えている人も多いようですが、この技術を使うのが適切な場合とそうでない場合があるわけですね。

松本:そういうことです。例えばChatGPTの活用というと、エンジニアの間でも真っ先にチャットボットの話になるのですが、私はそれほど便利なものとは思っていないんです。

なぜなら文字を打ち込むのが面倒だから。個人的には一般ユーザーに100文字以上のテキストを打たせるプロダクトはユーザビリティーで劣ると思っていて、LayerXのプロダクト開発でもなるべく少ない入力で求める機能に辿り着くことを重視しています。

ですから自由に文章を投げられることだけをChatGPTの価値と捉えてしまうと、無駄なチャットボットがどんどん増えてしまう。

すでにその現象は起こっていて、チャットボットを作ったものの、「これってWebページでもいいんじゃない?」というケースはよくあります。

わざわざChatGPTに聞かなくても、Googleで検索した方が早い場合もあるわけですから、チャットボットが本当に適切なUXを提供できるのかを検証する必要があるでしょう。

ーー新しい技術を使うことが目的化してしまうと、ユーザーが本当に求める価値を提供できない可能性がありますね。

松本:LLMにこだわることで、かえってUXが低下してしまうケースは他にも考えられます。レスポンスの速度についても、プロンプトによっては数秒、複雑な処理を必要とする作業になると分単位の時間がかかる可能性がある。

その場合は大規模言語モデルではなく、より小規模なBERTなどの自然言語処理モデルを使った方が、ユーザビリティーが向上することもあるはずです。

私たちが自社サービスへの活用を検証する際も、同様の議論を重ねています。

『バクラク』では請求書や領収書などの文書を読み込む際、機械学習によるAI-OCR(文字認識機能)を使っているので、ここにLLMを組み込む選択肢もありますが、実は弊社が独自開発したアルゴリズムの方が処理スピードは速く、精度も高い。よって現時点では既存モデルを使うという判断になりました。

LLMが革新的な技術であることは間違いありませんが、だからといって適切でないケースにまで無理やり使おうとするのは、刺身を作るのにチェーンソーを持ち出すようなもの。

技術は道具であり、正しく使わないとユーザーが求めるアウトカムを提供できません。だからこそ、まずはLLMでしかできないことと既存のアルゴリズムでもできることの線引きが必要だと感じています。

ーーChatGPTについては、必ずしも正しい回答が返ってくるわけではない点を不安視する声もあります。

松本:LLMをベースとした生成AIに特有の現象である、ハルシネーション(幻覚)ですね。

ChatGPTなどに使われているアルゴリズムは“〜っぽい回答”を返すだけのエンジンなので、もっともらしい嘘を平気でつきます。例えば「皇居周辺にあるラーメン二郎を教えて」と質問すると、存在しないはずの店舗を5個も6個も挙げるんですよ。

とはいえ、こちらはあまり大きな問題ではないと考えています。AIがつく嘘とは、すなわちエラーのこと。どんなに優れた技術でも、エラーがまったく起きないものはありません。

よってプロダクト開発でも、エラーを許容できるUXを設計できればこの課題をクリアできます。

私たちが『バクラク』で使っているAI-OCRのアルゴリズムも決して100%の精度ではない。それでもコンマ数%のエラーを補うだけのUXをうまく組み合わせて提供しているから、お客さまに使いやすいと言って頂ける。

同じようにLLMも、エラーが起きることを前提とした活用を考えていくのが現実的ではないでしょうか。

LLMが働きやすいようにお膳立てすることがエンジニアの仕事に

ーーではLLMを使うことでユーザーに価値を提供できる事例としては、どのようなものが考えられますか。

松本:先ほども紹介したように、LayerXでは以前からLLMを使ったさまざまな取り組みが行われており、すでにインパクトのあるユースケースがいくつも見出されています。

その一例が、営業プロセスを効率化する社内向けツールです。これは商談の音声や録画をアップロードすると、誰が何を話したかを自動的に文字に起こし、要約した文書にまとめてくれるもの。

営業担当者は煩雑な事務作業が減り、仕事の効率化や生産性向上につながります。

またチャットボットの有用性には疑問符がつくものの、簡単な質問で答えを引き出せるヘルプデスクなら活用の可能性があるのではないかという仮説のもと、社内向けにデモを作るといった試みもしています。

LayerX LLM Labsが現在取り組んでいる内容については、対クライアントの仕事になるため情報を明かせませんが、新しいビジネスや事業の開発に向けていくつものプロジェクトが動いているところです。

ーーこれからLLMの活用が進み、世の中のプロダクトやサービスに広く実装されると、どのような未来がやってくるとお考えですか。

松本:「機械の労働力が誰でも手に入る時代」が到来するイメージですね。LLMを活用すれば、人間に代わってAIが処理できる業務領域は格段に広がります。

なかでも現在は秘書やジュニアコンサルタントが担っているアシスタント的な仕事は、かなりの範囲をAIがカバーできるでしょう。

例えば「来週金曜に金沢へ出張する手配をして」と指示すると、新幹線を手配し、ホテルを予約して、出張の申請書を作って会社に提出してくれる。

まさに秘書がやっていた仕事をAIが代行してくれるわけです。秘書やアシスタントを雇えない会社や個人も、それと同等の労働力が手に入るわけですから、人々の仕事のやり方は大きく変わると思います。

ーーエンジニアの仕事も変化するでしょうか?

松本:ソフトウエア開発はかなり大きく変わるでしょうね。なぜならLLMによってUIの性質が変わるはずだから。

現在はユーザーに入力フォームを埋めてもらうことで動くプロダクトが大半ですが、将来的には人間が簡単な指示だけ出せば、あとはLLMが複雑な処理をしてタスクを実行するようになる。先ほどの出張手配の例がまさに象徴的です。

そうなるとエンジニアがやるのは、ユーザーのインプットを受け取る入り口とLLMの後ろで動く外部のツール群を連携させることだけで、複雑なUI設計は不要になります。

つまりLLMをうまく働かせるためのお膳立てをすることが、エンジニアの仕事になっていく可能性があるわけです。

ーー設計段階でいちからコーディングする必要もなくなるということですか。

松本:現段階でもすでにそうなりつつあります。私もコードを書くときは、いきなり手を動かすのではなく、まずはプロンプトを考えてChatGPTと連携したVSCodeにリクエストする。

するとコードが生成されるのでコピペして、細かいところだけ自分で調整する。こんな手順になっています。

つい先日も、簡単な指示だけでアプリケーションを作成できるデモが社内で上がってきました。基本的なルールや機能を指定するだけでアプリケーションを生成できれば、エンジニアがコードを書く場面はますます減る可能性が高い。

最終的にエンジニアの仕事は、仕様書を書くことになるのかもしれません。

生産性を最大化するには「LLM+開発の知識・経験」が必須

ーー開発現場におけるコーディングの比重が下がると、エンジニアはそれ以外のスキルや能力で評価されるようになるのでしょうか。

Layer X 松本勇気

松本:顧客やユーザーが求めるニーズを的確にすくい上げ、仕様に落とし込む力がより求められると思います。

煩雑なコーディング作業から解放される代わりに、新しい機能やデザインのアイデアを考えたり、課題を解決することにより、お客さまが期待するアウトカムを提供できるエンジニアが評価される。そんな未来がやってくるのではないかと想像しています。

ただし、コーディングを含めたエンジニアリングのスキルが不要になるかと言えば、そんなことはありません。少なくとも現時点では、開発の知識や経験がないと、AIが生成したコードが適切かどうか判断できないからです。

適切な回答を引き出すプロンプトの与え方も、知識がない人には難しい。特定のアルゴリズムを実装するように求めたり、どのライブラリを使うのかを指定したりと、制約を与えないと良いコードは生成されません。

その結果、エンジニア間の生産性の差は拡大しつつあります。知識や経験がある人はLLMを活用してより高いパフォーマンスが出せるようになり、知識や経験が少ない人は問題解決の速度や作業効率が下がってしまう。

今後もソフトウエアエンジニアとして高い成果を出したいなら、ChatGPTなどを使ってLLMへの理解を深めつつ、開発に必要な知識と経験を蓄えていくことが重要になるでしょう。

ーーこれからLLMや生成AIを学ぼうとしている若手エンジニアは、まず何から始めればいいでしょうか。

松本:とにかく触ってみることですね。ChatGPTやNotion AIは誰でも機械学習のアルゴリズムを使える便利なツールなので、デモを作ったり、さまざまなプロンプトを試してみるといいと思います。

私がお勧めする学び方は、ChatGPTを自分の家庭教師にすること。例えば私は機械学習を学んだ身ではありますが、Transformerはきちんと追いかけてこなかったので、その原理を理解するためにChatGPTを使いました。

まずは「Transformerとは何ですか?」と聞くと、主要な仕組みを解説してくれます。

その中にも分からない言葉が出てくるので、「○○とはどういう意味ですか?」と確認する。さらには「このアルゴリズムを実装するコードを書いてみて」と頼み、出てきたコードを実際に動かしてみる。

こうしてChatGPTに解説してもらいながら、Transformerへの理解を深めました。分からないことがあれば何でも聞ける自分専属の家庭教師がいるようなものなので、学習スピードは圧倒的に速くなるし、使ううちにChatGPTの性質も掴めてきます。

LLM、特にいま提供されているGPTモデルは、エンジニアが触る技術としては使うだけならそれほど難しくありません。

技術としてのクセや傾向さえ掴めば、これまで機械学習領域の経験がない人でもいろいろなツールや機能を作ることが可能です。

新しい技術だからといって必要以上に壁を感じず、ぜひ皆さんもどんどん触ってみてください。

取材・文/塚田有香 編集/玉城智子(編集部)

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