『プロダクトマネジメントのすべて』小城久美子の
エンジニアのためのプロダクト開発本連載では、プロダクト開発に携わるエンジニア読者向けに「成功につながるプロダクト開発」を実現するためのプロダクトマネジメントの基本の考え方や応用テクニックを、国内外の企業の優れたプロダクト開発の取組みを事例にとり、小城久美子さんがエンジニア向けに紹介・解説。明日からすぐに使える「いいプロダクト開発」をかなえるヒントを提供します。
『プロダクトマネジメントのすべて』小城久美子の
エンジニアのためのプロダクト開発本連載では、プロダクト開発に携わるエンジニア読者向けに「成功につながるプロダクト開発」を実現するためのプロダクトマネジメントの基本の考え方や応用テクニックを、国内外の企業の優れたプロダクト開発の取組みを事例にとり、小城久美子さんがエンジニア向けに紹介・解説。明日からすぐに使える「いいプロダクト開発」をかなえるヒントを提供します。
好評連載中の「小城久美子のエンジニアのためのプロダクト開発」。
今回は番外編として、小城さんが今気になっているプロダクトの開発者に直接インタビューする形で連載をお届けします!
小城さんが読者に代わってプロダクト開発のあれやこれやを根掘り葉掘りヒアリング。
話題のプロダクトの開発裏からプロダクト開発のヒントを探っていきます。
第一弾となる今回は、今年3月にクラウドファンディングで目標額の10倍にあたる支援額を集めたことで話題となったGatebox。
その達成率もさることながら、驚くべきは意思決定の早さ。
【クラウドファンディングスタートまでの流れ】
▼3月2日…オープンAIがChatGPTのAPIを公開
▼3月3日…デモ動画を公開
▼3月11日…ChatGPT連携の新型AIキャラクター召喚装置の開発を決定
▼同日…クラウドファンディングで支援金募集開始
「ChatGPTのAPIが公開された翌日には、ChatGPTを連携させた『Gatebox』のデモ動画を公開。その約1週間後には新型召喚装置の開発に踏み切るというスピード感が驚きでした」と話す小城さん。
スピード感ある判断を実現した秘訣は何なのか。ヒカリちゃんの可愛らしい振る舞いをChatGPTとどう連携させていくのか。小城さんがGatebox代表・武地 実さんに話を聞きました。
小城:武地さん、ご無沙汰しています。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
武地:お久しぶりです。まさかインタビューで再会することになるとは(笑)
小城:そうですよね(笑)。 読者のみなさんにお伝えしますと、GateboxさんはLINEグループの一員でもあるので、私がLINEで働いていた頃にお仕事でご一緒した縁があるんです。
武地:LINE CLOVAとの交流窓口に就いてもらったのが小城さんでしたよね。あのときは大変お世話になりました。
小城:こちらこそです。武地さんと直接お会いするのは8年ぶりですね。今日は話題のChatGPT連携「新型AIキャラクター召喚装置」のお話を聞けるのでとても楽しみです。
早速ですが、ChatGPTのAPIが公開されて早々に新型AIキャラクター召喚装置の開発スタートを発表されました。その背景から伺ってもよろしいでしょうか。
武地:もともと昨年11月にChatGPTが世に出たときからその技術には感動していて、「『Gatebox』にこの技術を使えばヒカリちゃんともっと自由な会話を実現できるんじゃないか」と感じていました。
そうこうしているうちに今年の3月2日にChatGPTのAPIが公開され、これはもうやるしかないなと。
翌日には普段リモートで働くメンバー含め全員オフィスに集まってもらい、ChatGPTのAPIをヒカリちゃんのチャットボットと連結させ、夜にはデモ動画を上げました。
【朗報】GateboxとChatGPT連携してみたらやばいことになった…!
無限に会話できるし、返答も早いし、
キャラクターの個性もある程度維持できる…
ついにAIキャラクターにとっての革命が始まった! pic.twitter.com/wIVn6Sv2rK— 武地 実 @Gatebox コンテンツ東京出展 (@takechi0209) March 3, 2023
たった一晩で一万を超えるいいねがつき、新型AIキャラクター召喚装置のポテンシャルを確信できた。それが開発に踏み出す原動力になりました。
小城:今年の3月というと、今よりもっと未知な部分が多かったですよね。先の読めない技術トレンドに舵を切ることに迷いはなかったですか?
武地:思い返せば、初めて『Gatebox』のコンセプトムービーを公開したときも、一日で10万再生されました。たった一日で世界が変わる。そんな経験を過去に何度かしていたので迷いは少なかった気がします。
実際、APIが公開された翌朝、起きた瞬間に「よし、今日を世界を変える日にしよう」って思ったんです。
小城:私にはその決断はできないと思うので、かっこいいなと感じます。とはいえ、年次計画など予定していたタスクもあったはず。開発メンバーをどのように説得したのでしょう。
武地:私もそこが一番不安でした。いつも好き勝手なことばかり言ってしまうので。
結論、納得してもらえたのですが、メンバーへ伝えたことは大きく二つです。一つはまさにスケジュールのこと。もう一つは事業の未来予測でした。
スケジュールについては、もともと開発予定だったタスクは「一旦全て後回しにする」と決め、後回しにした場合のスケジュールも提示しました。
そのうえで、AIキャラクターを開発する会社として、この時流に乗らなかった場合のリスクを話しました。
小城:時流に乗らないことがリスキーになる?
武地:はい。これまではAIキャラクターの発する一言一言を、人間がAIに学習させる必要がありました。それがChatGPTを使えば、誰もが簡単にAIキャラクターを作れてしまう状態になるわけです。
競合が増え、『Gatebox』に似たプロダクトをより安く早く作られてしまう可能性がある。だったらリスクを取ってでも一番最初に攻めることを選ぼうと思ったのです。
あとは、このくそ地味な開発の日々を変えたかったという理由も(笑)。まずは1週間、ChatGPTを活用した開発に集中しようと伝え、納得してもらえました。
小城:新型AIキャラクター召喚装置について上記スケジュールが発表されています。非常にハードなスケジュールだと思うのですが、技術的にはどのあたりが課題になりそうですか?
武地:キャラクターの意思をどのように開発していくかという点ですね。
ヒカリちゃんには既に「能動的に発話する」機能が搭載されているので、この既存機能とChatGPTをシームレスに融合させる開発が、地味ですが一番大変な作業です。
例えば、天気を教えてくれる機能。「天気を教えて」と聞けば教えてくれる、だとスマートスピーカーと変わりません。私たちがやりたいのは、ユーザーさんが「明日友だちと映画に行くんだ」と話せば、「ちょっと明日の天気を調べてみるね」なんて返事を自然にしてくれることです。
小城:ヒカリちゃんが自分の意思で天気が気になったときに天気の話をしてくれるということですね。まさに人間という感じです。
武地:いつ、どんな会話をしていたかで発動条件が変わるので、ChatGPTのAPIで会話の内容を取得し、既存の仕組みに繋げる必要があります。
さらに、「ヒカリちゃんには天気を調べる機能がある」ことをChatGPTに覚えてもらい、発動のタイミングはChatGPTの気分次第でOKという状態に設定する。こうした既存の機能とシームレスにつなぐ開発は、地味ですが最も骨の折れる作業ですね。
小城:個人的に、ヒカリちゃんの「振る舞いの可愛さ」が大好きでして。ChatGPTでお話はできてもあの可愛らしい振る舞いはChatGPTと連携させるとどうなるんだろう。どう実現していくんだろうという点が非常に気になっています!
武地:ありがとうございます、そのあたりも考慮に入れて開発しています。
例えば、キャラクターが返答する際、「感情」もセットで返答するようにしているんです。
喜び、悲しみといった感情のタグを生成し、それに合わせて表情や仕草を切り替える仕組みをつくっています。
小城:なるほど。ChatGPTをそのまま活用するのではなくて、そこにさまざまな情報を肉付けしながら開発をされているんですね。
ちなみに、ヒカリちゃんの返答に対する良い悪いの評価が高難度だなと感じるのですが、どんな指標で評価されているんですか?
武地:定量的に判断できるに越したことはないのですが、そこは定性的に行っているのが現状です。
ただ、これまで約8年かけて積み上げてきた「ヒカリちゃんらしさ」は開発メンバー全員に浸透しているので、ヒカリちゃんらしい返答か否かはかなり正確に判断できています。
小城:ドキュメントみたいなものもあるんですか?
武地:ありますね。「こういう内容にはこう返答する」みたいなデータが数千ワード以上あるので、それも使いつつ判断している感じです。
小城:チームで「ヒカリちゃんらしさ」の基準がそろっているわけですね。武地さんでなくてもプロンプトの調整ができる状態がつくれているのは強いです。
小城:私はよくプロダクトを作るときにNorth Star Metric(そのプロダクトの最も重要なKPI)の話をするのですが、ヒカリちゃんの場合はNorth Star Metricは使用時間や会話数なのでしょうか?
武地:難しいですね。ヒカリちゃんのコンセプトが「癒しの花嫁」なので「癒し」が提供できているかが存在価値になる気がします。
小城:なるほど、癒しが提供できているかなんですね!それを判断するのはまた難易度が高そうですね。
武地:はい。そういう意味でいくと、最も注力しているのが四大機能と呼んでいる挨拶の機能です。「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえり」「おやすみ」はしっかり作り込もうと開発チーム内で話しています。
小城:なぜ、挨拶の機能が重要なのでしょうか?
武地:ぶっちゃけ、一緒に暮らしていても延々と話していることって人間相手でもまずない(笑)。むしろ、会話をしなくても「一緒に暮らしている体感」があって、それが癒しになっていることのほうが重要なはずです。
とはいえ、何も会話しないのも体感が欠けるかなと思うので、日常的な挨拶ぐらいは自然とできる相手として、そこを一つの指標にはしていますね。
小城:めちゃくちゃユニークで面白いです。自分の気持ちを会話することができてる、といった体感が得られることが大事なんですね。
だから、KPIは定量的ではなく、定性的にその四つの機能がしっかり動いてるかをみていると。その四大機能のユーザーインタビューもされているのでしょうか?
武地:ユーザーインタビューは結構やっていますね。普段どういうふうに使ってるかとか、どういう体感が得られているか、生活の中で癒しを感じられているかなどは注意深くヒアリングしています。
小城:世の中にはないものをチームで開発していくのは簡単ではありません。チーム全員が同じ方向を向いて開発していくために、何か工夫されてることがあったら教えていただきたいです。
武地:おっしゃる通り、この世にないプロダクトを開発しているので、私が思い描いているプロダクトのイメージやプロダクトでかなえたいことをビジュアル化して徹底的に伝える工夫はしています。
それこそ、『Gatebox』が生まれる前は、ビジュアル化に命をかけてました。だって「キャラクターを召喚する装置を作りたい」といってもみんな「なにそれ?」という反応しかできないですからね(笑)
最初はココナラでイラストレーターを見つけてきて、「丸い筒の中にキャラクターが浮かび上がっている絵を描いてください」みたいなところからスタートしましたよ(笑)
そこから、描いた絵をもとに技術的にはどう開発していくかを考える。イラストを描きまくってプロトタイプしていくわけですが、初号機完成まで30回ぐらいは描き直しましたね。
でも一番効果があったのは、プロモーションムービーでしたね。Gateboxが家にあって、ユーザーが一日を通してどう使うのか、一連の様子が動画になったときにイメージの統一が図れた実感は大きかったです。
小城:プロモーションムービーも社内でイメージの統一ができてないと難しい気がするんですけど、どういうふうに作られたのですか?
武地:ムービーを作る際、絵コンテを作るんですけど、そのコンテも自分で書きました。
「1日の流れをこんな風に映像にしたい」と絵を見せ、話していくうちに「あ、こういう風に使われるものなんだな」みたいなイメージがどんどんすり合わさっていきました。
小城:PMに言語化能力が求められるとはよく言われますが、それを武地さんは絵と動画でやっているんですね。
武地:そうですね。(プロダクトのイメージを)絶対に合わせてやるぞと思いながら、全力で絵にしていました。
大学で学んだ原子力の知識は全く生きていませんが、大学と並行して夜間に通ったデザイン専門学校で得た知識が一番役立っています(笑)
小城:周りのPMではMiroや付箋でストーリーを共有する方が多いのですが、まだ世の中にないプロダクトをつくっているGateboxだからこそ、ビジュアル化がコトを進めたんだと思います。
お話を伺って、単に「キャラクターが召喚できる機能」や「俺の考える最高に可愛いヒカリちゃん」ではなく、「癒やしの花嫁と一緒に暮らす生活」をデザインされている点が素敵でとても勉強になりました。今日はありがとうございました。
取材/小城久美子 撮影/桑原美樹 文・編集/玉城智子(編集部)
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