バズワードから紐解くエンジニアのキャリア
IT業界で注目される次世代技術は、常に“バズワード化”する。AI、ロボティクス、IoT、ブロックチェーン、FinTech、オムニチャネル……一過性の“Buzz”で終わらずに普及・定着していく次の注目技術は、エンジニアの働き方をどう変えるのか? この連載は、そんなバズワードの1つにフォーカスして現役SEをはじめとするエンジニアがめざすキャリアと将来展望について考察していく。
バズワードから紐解くエンジニアのキャリア
IT業界で注目される次世代技術は、常に“バズワード化”する。AI、ロボティクス、IoT、ブロックチェーン、FinTech、オムニチャネル……一過性の“Buzz”で終わらずに普及・定着していく次の注目技術は、エンジニアの働き方をどう変えるのか? この連載は、そんなバズワードの1つにフォーカスして現役SEをはじめとするエンジニアがめざすキャリアと将来展望について考察していく。
記念すべき第一回では、「VR技術」をピックアップ。2016年は、PlayStation® VRの発売により「VR元年」との呼び声が高まった。その期待感はエンタメ領域のみならず、ビジネスでの活用策を模索する動きにも発展。スマホに取って代わる近未来の情報デバイスとして、VRハードウェア開発にGoogleなども本腰を入れ始めている。
はたしてVRの現状はどうなのか? そして、VRが今後発展・浸透していった場合、エンジニアのキャリアにどのような影響が出るのか? “世界はVRが変える”という信念のもと、16年にVR事業をスタートさせたVRize CEOの正田英之氏とCTOの露木雅氏に話を聞いた。
VRize 代表取締役
正田英之(しょうだ・ひでゆき)氏
1986年生まれ。慶應義塾大学在学中に複数のベンチャー企業でインターンシップを経験後、2010年にWebサイト制作やマーケティング支援などを行うグローランス創業。13年7月、アメリカにてInstagramを活用したeコマースサービスを行う10sec創業。16年2月VRize創業。Incubate Camp5th入賞、サイバーエージェント主催スタートアップ版あした会議優勝
VRize 取締役兼CTO
露木雅 (つゆき・ひとし)氏
1987年生まれ。慶應義塾大学在学中からフリーランスのエンジニアとして活動。卒業後、新卒プロフェッショナル採用でグリーへ入社。『東京ゲームショウ』など数々の大規模プロジェクトを成功に導き、社内MVPを数度受賞。 2014年3月10sec入社。チーフエンジニアとしてアメリカ向けEコマースアプリのiPhone アプリ・Androidアプリ・サーバーサイド・インフラの運用開発を経験。 16年2月、VRize共同創業
VRizeを立ち上げた正田氏と露木氏は、VRのコンテンツやアプリが娯楽や生活に新たな面白味を加えるだけでなく、既存の行動や活動を一変させる可能性について語る。
「VRが本当に世界中の人に普及したら、ビジネスにも大きな変化が起きると考えています。例えば基本は好きな場所で仕事をして、会議がしたくなったら参加してほしい人に呼びかけて、HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)をつけてログインする。TV電話よりもリアルな臨場感がコミュニケーションの質を上げるでしょうし、資料の共有などの作業もVR上で手軽にできるようになるでしょう」(正田氏)
「VRは、僕らが今までスマホやPCなど画面で行っていたことを、空間という無限の3Dスペースで行えるようにする技術だと言えます。例えばHMDから覗く視界に自分の手を映しだして、広げた手のひらの上にメニュー画面が現れるなど、これまでは映画の中でしかできなかったようなことが、実現しようとしている」(露木氏)
また、VRの普及は、それを生み出すエンジニアたちにとっても大きな変化になると露木氏は続ける。
「実際にそういうものを作ろうとすれば、決して簡単ではないけれども、黎明期のプラットフォームにおいて、デファクトのUIを自分たちが生み出すチャンスでもあるわけです」(露木氏)
エンタメ業界を中心に大きな盛り上がりを見せる一方で、VRの発展について懐疑的に考えている人たちもいるという。そういった現状の中、VRizeはどのようなアプローチを仕掛けていこうと考えているのだろうか。
「昨年はPlayStation® VRなど家庭用VR機器の登場などにより盛り上がりましたが、最近になって『本当にVRの時代って来るのか?』というような疑念が語られるようになっている。その事実は否定しません。ただ、虚勢でも何でもなく、こういう動きは新しくて大きな変化が起こる中で当然のことだと私たちは捉えているんです」(正田氏)
これまで多くのバズワードがそういった疑念を拭えずに消えていったわけだが、正田氏によれば、VRはビジネス視点でのメリットや可能性を提示することで、エンタメ領域から脱却した発展が可能だという。
「当社が現状展開している事業は2つあります。1つは『VRize Ad』。VRコンテンツに広告を展開していくサービスです。TVCMと違い、VRコンテンツ上の広告はHMDを装着すれば必ず目に入ってくるものになります。しかもTVやWebと違いユーザーの視線を感知してデータ化し、分析に活用できるといった利点もあるので、VRの浸透に合わせて画期的な広告市場として成長させていくことができます。もう1つの事業は『VRize Video』。VRアプリの制作ノウハウがない企業でも手軽に360度閲覧可能なVR動画アプリが制作できるCMSを提供しています」(正田氏)
マネタイズが容易なプラットフォームとしてVRが普及していけば、何らかの形で参入する企業も増え、VR視聴者もまた若者やゲーマーなど特定の層に限らず広がりを持っていくはずだと正田氏は考える。
「欧米ではVR技術も用いたスマホが売られているのに、日本では販売されていなかったり、PlayStation® 4も欧米のほうが日本よりも売れていたり、というような事実があります。つまり欧米ではVRに親しめる環境が進みつつあるのに、日本では今ひとつ。それもあってVR熱が冷めかけているかのような印象を、日本人は特に感じているのかもしれません」(正田氏)
日本においてのVR事情をそのように分析する正田氏。しかし、これから形勢が一気に変わることもありえると、その可能性を示す。
「今囁かれている情報では、とうとうAppleが次のiPhoneあたりでVRもしくはARベースの機能を搭載するのではないかと言われています。もし日本で絶対的な支持を集めるiPhoneにVR機能が盛り込まれれば、非常に多くの人がその面白さや利便性を実体験することになるはず。それでVRが一気に普及してくれだろうと期待しています」(正田氏)
では、2人が確信するVRの浸透が実現した場合、現役エンジニアたちにはどんな影響が出るのだろうか? 露木氏は、今以上にエンジニア自身のデザイン感覚が問われるようになる、と推測する。
「アプリやwebなど2Dの開発でも、最近はUI/UXの重要性を皆が理解し、デザインという要素もエンジニアに必要な資質として認識され始めています。それでも実態を見ると、エンジニアとデザイナーがチームを組んで相互に補完しながら仕事を進めているケースが多いはず。でもそれは平面だからこそ可能だったんです。3D空間内でのUI/UX構築では、デザイナーとエンジニアが紙の上で打合せをするだけでは、きちんと共通理解を得にくくなります」(露木氏)
これまでの開発体制のような、役割を分担しながらの作業が難しくなると語る露木氏。それでは、そういった環境の中で中心となって活躍できるエンジニアとは一体どのような人材なのだろうか。
「理想的なのは、エンジニアが脳内でイメージしたデザインや機能を立体的な空間に再現していくこと。だから将来的にはデザインセンスの有無がエンジニアの評価に直接影響していくようになると、私は思っています」(露木氏)
露木氏自身は、3DコンテンツやVR技術のバックボーンを持たずにこの領域にチャレンジしたのだという。だからこそ、身をもってデザインセンスの重要性、平面との違いを痛感したのだ。
「VRの普及云々に限らず、今後も新しい変革は起きていきますし、そういうものにポジティブに関心を持ち、チャレンジしていく姿勢を持っているエンジニアだけがチャンスを手にしていくと思います。Webやモバイルでも、既存のプラットフォームや開発環境に執着していた人たちは、新しいプラットフォームに乗り遅れていた事実があります。私は今も3Dモデリングを勉強中ですが、面白くてしょうがないです」(露木氏)
これまでエンジニアに必要とされてこなかったスキルが必要になると語る一方、これまで培ってきたスキルを活かしてVR業界に携われるエンジニアもいると続ける露木氏。
「VRコンテンツの現在の主流であるゲームという分野では、以前からUnityが開発ツールとして用いられていました。そのため、Unity経験者ならすんなり入って行ける人も多いと思います。しかし未経験のエンジニアだったとしても未知の開発環境への進出を厭わない人ならば、十分活躍できるはずだと思っています」(露木氏)
最後に正田氏は、VR時代黎明期に参入するエンジニアだけのチャンスについてこう語った。
「VRの領域ではまだ何もデファクトになっていないし、スタンダードなハードやソフトも確定していません。それはつまり、これから誰かがデファクト技術を確立させるということ。原則としてチャンスは誰にでもあります。そんな大きなチャンスがやってきたのは、PCやモバイル端末が世の中に出てきた時以来です。キャリアを劇的に変えるだけの爆発力をVRは持っている。そして、VRの可能性に興味を持つエンジニアが次々に現れれば、VRが世界を変える。僕らはそう信じています」(正田氏)
取材・文/森川直樹 撮影/小林正
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