キャリアのとまどいを解消!
トップアスリートの思考技術数々の困難を乗り越え、成功を収めた一流アスリートだからこそ秘める成功哲学や思考法がある。それらは、技術の世界に生きるエンジニアにも参考になるはず。本連載ではエンジニアが悩みがちな問題を、一流アスリートならどう思考し、成功へつなげていくのか。自身の経験談から突破口を提示してもらいます。
キャリアのとまどいを解消!
トップアスリートの思考技術数々の困難を乗り越え、成功を収めた一流アスリートだからこそ秘める成功哲学や思考法がある。それらは、技術の世界に生きるエンジニアにも参考になるはず。本連載ではエンジニアが悩みがちな問題を、一流アスリートならどう思考し、成功へつなげていくのか。自身の経験談から突破口を提示してもらいます。
スポーツの世界には「名選手、名監督にあらず」という言葉がある。これは、エンジニアの世界でも同じことが言えないだろうか。
仕事の「できるエンジニア」が、メンバーを「できるエンジニア」に育てることが上手いかといえば、必ずしもそうとは限らない。そんな中、プレーヤーとしても、マネジャーとしても一流の成果を残し続けた人物がいる。
元福岡ソフトバンクホークス監督、工藤公康さん。現役時代は球界屈指の左腕として通算224勝を挙げた名投手、現役引退後は福岡ソフトバンクホークスを率い、2015年からの7年間でチームを五度の日本一に導いた名将としても知られる。
工藤さんはなぜ、プレーヤーとしてもマネジャーとしても一流の成果を残し続けられたのだろうか。
「成果はあくまでも一時のものに過ぎない」と語る工藤さんに話を聞くと、名プレーヤーだった人がマネジャーになったときに見落としがちな「大切なこと」が見えてきた。
元プロ野球選手 元福岡ソフトバンクホークス監督
野球解説者・評論家
工藤公康さん
1963年愛知県生まれ。82年名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)を卒業後、西武ライオンズに入団。以降、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズなどに在籍し、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝き優勝請負人と呼ばれる。実働29年プロ野球選手としてマウンドに立ち続け、2011年正式に引退を表明。最優秀選手(MVP)2回、最優秀防御率4回、最高勝率4回など数多くのタイトルに輝き、通算224勝を挙げる。正力松太郎賞を歴代最多に並ぶ5回、16年には野球殿堂入りを果たす。15年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。21年退任までの7年間に5度の日本シリーズを制覇。20年監督在任中ながら筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻を修了。体育学修士取得。22年4月より同大学院博士課程に進学、スポーツ医学博士取得に向け研究や検診活動を行う。仕事の傍ら農作業、DIYに勤しみ、子供たちの未来を見つめ、手作り球場や遊びの場を作る活動も行っている
■公式HP ■公式Instagram
ーーテクノロジーの世界でも「プレーヤーとしては一流だったけど、マネジャーとしてはいまいち」というパターンは往々にしてあります。工藤さんからみて、名プレーヤーが上に立ったときに行き詰る一番の原因はどこにあると思いますか?
よく言われることかもしれませんが、プレーヤー時代に築いた「自分なりの正攻法」に固執してしまって空回りするケースは多いと感じています。プレーヤーとして成果を残してきた人ほど、自分なりの正解を多く持っているものですから、そうなってしまう気持ちも分かります。
それに、人間誰しも「きっとこれが正しいはずだ」と思ったことからなかなか抜け出せません。だからこそ「絶対このやり方が正しい」という気持ちから脱し、試したことのないやり方にも果敢に取り組めるリーダーは強いと思います。
ーーでは工藤さんは、監督として特定のやり方に縛られすぎることは少なかったと?
そうですね。というのも、私はプレーヤー時代に「改善を重ねる」ことの大切さを痛感しているので。
プロ野球の世界では、「去年上手くいっていたやり方が翌年には通用しない」ということは日常茶飯事です。そんな世界を生き抜くためには、成果を出すための改善点を日々検証し、再構築するサイクルを続けなくてはなりません。
……と、偉そうに言いましたが、そのような考えが染みついたのも手痛い失敗を経験したからなんです。
ーー手痛い失敗?
私がまだプロ4年目だった頃です。ピッチャーとしても、まだストレートとカーブしか球種を持っていなかった中で、運良くシーズン8勝、11勝、15勝と年々勝ち星を伸ばすことができました。
ただ、当時の先輩からは「真っ直ぐとカーブだけだと長くは通用しないぞ」と忠告されていたのに、「あと3年くらいは大丈夫だろう」と高をくくっていたんです。
そうしたら案の定、次の年から通じなくなった。自分の状態は、昨年と変わらないレベルをキープしていたのにも関わらず、です。
当然と言えば当然ですが、プロのバッターたちは「次はどうやったら打てるか」をみんな必死で考えて来る。相手は進化しているのに、自分のレベルは変わっていない。それはつまり「自分が後退している」のと同義なんです。
ーーその状況をどう切り抜けたんですか?
「なぜ勝てていないのか? 何がうまくいってなかったのか?」をひたすら自問自答して、勝てなくなった現状と向き合いました。
新しいトレーニング方法を取り入れてみたり、バッターの研究を徹底したり、新しい球種を増やしたりと、できることはとにかく実践して検証する中で、少しずつスランプ脱出の糸口が見えてきました。
ーー思い込みが成果の邪魔をしていたわけですね。
はい。人は一定の成果が出ると満足してしまい、また同じことをやれば、同じ結果が出ると思い込んでしまう。
ただ実際には、成果というのは一時的なものでしかないんです。一回の成果に満足して成長の歩みを止めてしまったら、成果を出し続けることはできません。
ーー「一度成功したやり方に固執しない」ことが重要だと分かりました。とはいえ、監督業でここまで成功を重ねてこられた理由はそれだけではない気がしています。ほかにも意識していたことはありますか?
そうですね。達成したい目標に対してどれだけ「準備の時間」を作れるかどうか、だと思います。
スポーツに限らず、ビジネスの世界でも同じことだと思いますが「今日も成果ギリギリだったけど、とりあえずご飯食べてお酒でも飲んで、明日になったらまたがんばろう」では、成果を出すことは難しい。
次の日に成果を出すためのシュミレーションをし尽くして、「よし、明日はこれをやればうまくいくだろう」と思えたら寝る。成果を出したいのなら、常に準備をし続ける覚悟を持たないといけないと思っています。
ーーとはいえ、いくら準備が完璧でも成果が伴うとは限りませんよね?
それはもちろんです。
ただそもそも、プロ野球の監督が一番大切に考えるべきこととは何だと思いますか?
ーーチームを勝利に導くこと、ですかね……?
一番は、「選手のためになにができるか」。「勝つこと」が一番じゃないと私は思い、取り組んでいました。
なぜなら監督というのは、選手が成長してレギュラーになったり、活躍したりすることで初めて、存在意義が出てくるものだと思っているからです。
なので監督がすべきことは、選手が理想とする姿に近づけるように、技術レベルを引き上げ、ブレないメンタルを育み、モチベーションを上げていくこと。選手一人一人に対して、その繰り返しを丁寧にやってようやく、勝てるチームになっていくんです。
勝つことばかりを優先してしまうと、チーム全体をどうにかしようとするから、一人の選手に向き合う時間が減っていく。すると結果として、勝てるチームからはどんどん遠ざかってしまうので要注意です。
ーーあくまでも主役は選手たちだ、と。
そうですね。ただこの考えは「選手ファースト」という言葉ともまた違う。選手たちのやりたいようにさせればいい、というわけでもないんです。
例えばプロ野球の世界では、一軍の選手を二軍に降格させなければならないこともあります。それはもう、変にごまかさずに伝えるしかない。
自分の調子が良くないなんて、選手自身が一番分かっていること。監督に呼び出されたら「ああ、二軍に行くんだろうな」と察します。
そんなときに「おべんちゃら」を使ったところで、選手は喜ばないですよね。だから私は選手に二軍落ちを伝える際に、その選手に課題を出すようにしていました。コーチと前もって話をして、「どうなればまた一軍に上がれるのか」を、選手へ明確に伝えるんです。
そうした背景を丁寧に共有すれば、たとえ降格してもモチベーションが大きくそがれることは少ないはずです。
ーーたしかに、チームの指針や監督の考えを明確に共有してもらえたら、選手たちは何を目指せば良いのか判断しやすそうです。
はい。とはいえ「答え」を教えれば良いというわけでもないんです。私は選手たちへアドバイスをする際は、「本人に考えさせる」ことを大事にしていました。
というのも、選手が悩んでいるときに「こうすれば良いよ」と明確な答えを与えてしまうと、選手はそこにしか目が行かなくなってしまう。ただ本質的には答えは一つだけじゃないし、常に変化していくものなので、臨機応変に対応しなければならない。
だけど人間というのは不思議なもので、「これが正しいんだ」と教わると、その思考から逃れられなくなる。後から違う意見を言われても、その内容が耳に入らなくなってしまう。
ですので私は「こうすれば良いよ」ではなく、「君はどうしたら良いと思う?」と聞いて、本人に考えさせるようなきっかけ作りを大切にしていました。ただ、考えがない人ほど答えを求める。考えている人は、答えは求めずにヒントを求めることが多いですね。
ーー教えすぎないのも大切なんですね。
長くプロの世界でやっているので、「経験上この方法が良いだろう」という、ある程度の道筋は見えます。でもその答えをぽんと教えてしまうのではなく、選手が自分で導き出せるようにしなければならない。
選手が失敗から学んで実践して、また失敗を繰り返してしまったとしても、その決断を否定してはいけません。
否定しない代わりに、選手が自分で「このままじゃまずい」「変わりたい」と思ったときにいつでもサポートできるよう、万全の準備をしておくことが大切です。
ーー監督としてチームを「勝てる集団」に育てるには、プレーヤー時代の成功体験を伝えることよりも大切なことがあるわけですね。
人を束ねる立場になると、どうしても自分の思いや気持ちが先行してしまう、もしくは部下に対して横柄になってしまう人もいるかもしれません。当然ですが、そのようなリーダーの下ではメンバーのモチベーションは下がってしまいます。私自身もそうでしたが、勘違いには注意しなければいけません。
世の中、失敗しない人なんていません。失敗しても、その失敗から学んで再チャレンジすればいいんです。そのトライアンドエラーを支えてあげるのが、リーダーの役割です。
ーー失敗を恐れて思い切ったチャレンジができない場合は、どうすればいいのでしょうか。
確かにビジネスの場では、「時間がない。暇がない。納期まであとこれだけしかないのに、こんなところで失敗されては困る」といわれてプレッシャーを強く感じることもあるでしょう。
でもそれは、前もって準備する時間を与えなかった上の人間の責任だと思います。そのことを認めず、上の人間が失敗の責任を取らないのは、違うんじゃないかな。
失敗を想定しておく、許容できる準備を組織のリーダーがしているかどうかがポイントではないかと思います。前もって準備する時間を与え、失敗が起こったとしても巻き返せる準備をしておく。大変かもしれませんが、部下の失敗に対する責任を取ることで、挑戦しやすい環境は作られていくと思います。
少なくとも私が監督を務めていた間は、失敗が前提であり、失敗が許容範囲でした。むしろ、どんどん失敗しろと思います。
失敗を失敗したままで終わらせてしまうから、「失敗」になる。できるまでやり続けていけば、いつか失敗じゃなくなる。それを人は「成功」と呼ぶんですから。
文/宮﨑まきこ 撮影/小山昭人 取材・編集/今中康達(編集部)
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