今夏、あるエンジニアがZennに載せた「視力2.0を保つ秘訣」が大きな話題になった。
【話題のブログ】エンジニアを10年以上やって視力2.0を保つ秘訣
https://zenn.dev/sutefu23/articles/a975c7eeead980
ブログの筆者、エンジニア歴14年の平川知秀さんは、四六時中パソコンを見るエンジニア業をしているにも関わらず、自ら編み出した視力トレーニング法で「40歳を過ぎて未だに裸眼で右が1.5、左が2.0の視力」だという。
平川さんは中学生時代に目の構造を独学で学び、「毛様体と呼ばれる筋肉を鍛えれば近視にならないのではないか」と考えたそう。以来、毛様体の筋トレを実践し、驚異的な視力を保っているとのこと。
平川さんいわく「自分の親族・家族はみんな眼が悪い」ので、視力の良さは遺伝ではない。さらには、平川さんのパートナーも「このトレーニング方法で片目が0.9 → 1.2になった」そうだ。
とすると、この視力トレーニング法は本当に視力を回復させるのではないか?
平川さん考案の「視力2.0を保つ秘訣」は正しいのか否かについて、医学博士・窪田 良先生に、真偽のほどを聞いた。
【お話を聞いた人】
医師、医学博士
窪田製薬ホールディングス創業者
代表取締役会長・社長 兼 CEO
窪田 良さん(@ryokubota )
1991年慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学大学院で博士号を取得。研究過程で緑内障の原因遺伝子であるミオシリンを発見し「須田賞」を受賞。その後、虎の門病院などに勤務し、眼科専門医として緑内障や白内障などの執刀経験を持つ。2000年より眼科シニアフェロー、助教授として米国ワシントン大学に勤務。02年シアトルの自宅地下室で起業し、14年2月米国企業として初めて東証マザーズに単独上場。11年に『日経ビジネス』誌が選ぶ「次代を創る100人」に選出、13年にはウォール・ストリート・ジャーナルで「世界を変える日本人」として紹介される。ワシントン州日米協会理事、全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) 理事、G1ベンチャー アドバイザリー・ボード、慶應義塾大学医学部客員教授、NASA Human Research Project研究代表者などを歴任。著書に『極めるひとほどあきっぽい』(日経BP社)、最新刊『近視は病気です』(東洋経済新報社)がある
【ブログ主】
エンジニア
株式会社en-gine代表
平川知秀さん(@t_hirakawa )
早稲田大学卒業後、2007年より選挙のWebサイト制作などに携わる。09年より実家の製造業の業務改善の必要性からシステム構築を独学。15年よりシステム開発やWebサイト制作を事業として個人で開始し、17年に法人化。「システム設計をいかに現場の改善に活かすか」と「長期的に見て価値の高いプログラムをどう書いていくか」が現在の主な関心事。クリーンアーキテクチャとAI駆動の設計アプローチを採用し、迅速で柔軟かつ保守性の高いシステム開発を行っている
結論、その視力トレーニングはエビデンスなし
編集部
まず、平川さんが実践している視力トレーニング法を改めて教えてもらってもよいでしょうか?
平川さん
はい、中学生のころ学んだ知識で「水晶体の周りにある毛様体と呼ばれる筋肉によって、水晶体を押し曲げたりしてピントを調整している」というのがあって。ならば、「その毛様体を鍛えればいいのでは?」と考えたんです。
出典:イラストAC
作図:平川さん
編集部
窪田先生、このトレーニング方法で視力アップは可能なのでしょうか?
編集部
し、しかしですね、平川さんは遺伝ではないのに、驚異の視力2.0を保っています。ご夫人なんて実際に、視力が0.9 → 1.2に回復したそうですが。
窪田先生
厳密に言うと「エビデンスがない」とするのが正確かなと思います。確かに、近視の方は立体視が弱くなることはよく知られていますが、だからといって立体視のトレーニングで近視が良くなるとは、残念ながら言えません。
平川さん
僕は中学生の頃から壮大な勘違いをしたまま、数十年を生きていたんですね…….。
窪田先生
無理もないことだと思います。日本の「近視教育」は進んでいないので、根拠のない話が信じられていますから。
「メガネを掛ければいい」じゃ済まない、近視の恐ろしさ
窪田先生
そもそも近視とはどういう状態のことか、何か具体的なイメージってありますか?
窪田先生
実は、近視は2種類あるんです。
一つは、子どもの頃に発症する一過性の「仮性近視」などを含む「屈折性近視」と呼ばれるもの。そしてそれ以外の近視が、一般的に知られている「軸性近視」で、目の形が変わってしまう病気なんです。
しかし、日本では「近視は病気だ」という認識がありませんよね。
窪田先生
実はつい先日(2024年9月17日)、アメリカの科学技術発展を支える最高峰の学術機関・NASEM(全米科学・工学・医学アカデミー)にて、「近視を病気とすべきだ」との提言が出されました。
物理や数学、生物科学、工学、応用科学、生物医学、行動科学、社会科学など幅広い領域を対象にする権威ある機関が、一つの病気に対してわざわざ提言を出すことはかなり異例なことです。
それほど、近視が与える社会的損失や危機が切迫した状況になりつつある ことを意味しています。
「近視は将来的に白内障や緑内障、網膜剥離といった病気を引き起こす可能性があり、今や全世界で急拡大している大変な課題なんです」(窪田先生)
窪田先生
そうですよね。ちなみに、老眼や白内障、緑内障は、歳を取ったらなるものだから仕方ないと思っていませんか? 実は近視がなければ、歳を取ってもこれらの病気にはなりにくいんです。
逆に近視を放置すると、失明リスクのある疾患になる可能性が非常に高くなります。その近視が、ここ数十年で急増していることが問題なんです。
窪田先生
ここ3、40年の間に、世界中で急激に増えています。日本でも、小学生の60%、高校生になると80~90%以上が近視になっているとニュースで報じられ、大きな話題になりましたね。
2023年秋、小中高生の裸眼視力が過去最低を更新したというショッキングなニュースが報じられた。
参照「令和4年度学校保健統計(学校保健統計調査の結果)確定値 」
窪田先生
よく「親が近視だと子どもも近視になる」といいますが、それは誤り です。
わずか50年程度でこれほどまで増えているのは、単なる遺伝的変化では説明がつきません。これはもう、圧倒的に環境要因によるものであると考えざるを得ません。
今では小学生になる前から眼鏡を掛けている人もいますし、大人になってから発症する方もいる。明らかに環境が悪化していることから、近視が発症しやすくなっているのです。
編集部
でも、体の成長が止まれば、近視の進行も止まると聞いたことがあります。確か35歳で視力低下も止まるっていわれているような......?
窪田先生
確かにかつては「成長期の病気」だと考えられていました。生まれたばかりのころは顔も小さく、眼球も小さい。それが成長によって眼球もどんどん育っていきます。そのときに、角膜と水晶体と網膜の距離がきちんとした比率で育っていくから、ピントが合い続けるんです。
近視でも遠視でもない状態、これを、“emmetropization(正視化)”といいます。本来は、そういうメカニズムが体には備わっているのです。
窪田先生
ところが、現代の生活の中で屋内にいることや近見作業が多くなったため、そのメカニズムが破壊されて近視になることが分かっています。
具体的には、眼軸(目の表面にある角膜から最も奥にある網膜までの長さ)が伸びてしまうことによる近視です。眼の奥行が後ろに伸びるといってもいいでしょう。眼軸が長いほど、近視が強いとされます。
「人間の目というのは、成長期に“外でものを見ること”を前提に進化しており、室内で近くを見続けて育つという状況は想定されていないんです」(窪田先生)
窪田先生
日本では「近視は眼鏡を掛けたりコンタクトをしたりすればいい」と、放置されがちです。しかし、近視を放置すると将来の失明疾患リスクが上がる。
だからこそ、病気として予防に取り組んだり治療すべきだというのが、今回の全米科学アカデミーの提言なんです。
近視の予防は外で遠くを見ること、そして「クボタグラス」
窪田先生
近視が増えたのは環境要素が大きいので、やはり環境を変えれば防げると、私たちは発信しています。中でも、子どものころに外で遠くを見る経験が非常に重要です。
平川さんも、もしかしたら外で遠くを見るような環境で育ったのではないですか?
平川さん
確かに、田舎育ちなので、毎日家から山を見ていましたね。そうすると、とにかく成長期に目を悪くしない環境にいることが一番大事なんですね。
窪田先生
10代の頃にいかに健康な体を作っておくかが、老化のスピードを決めるのだと私は思っています。
骨密度を高くしておく、筋肉量を多くしておく。それと同じように目の形を良いものにしておく。ピークである20代の状況をいかに長引かせられるかが大事 なんです。
あとは、目を守るために「20-20-20ルール」を推奨 します。「20分間に一度、20秒間、20フィート(約6m)以上遠くを見ましょう」といった、アメリカ眼科学会が推奨しているルールです。それをやるだけで、目の疲れもだいぶ楽になるでしょう。
編集部
一度近視になってしまったら、回復させるのは難しいのでしょうか?
窪田先生
その課題解消に取り組んでいるのが、私たちが今開発している『クボタグラス 』です。
おもむろにクボタグラスを掛ける窪田先生
窪田先生
現在の定説では、一度伸びてしまった眼軸を短くすることはできないといわれています。しかし、生物学的に眼軸が短くなることがあると、われわれの研究により分かってきました。
私たちは、一度伸びてしまった眼軸をテクノロジーによって縮めることができる時代 を目指して、研究を続けています。
編集部
クボタグラスというのは、どういうツールなのですか?
窪田先生
目の形を強制的に変える、メガネ型のトレーニングデバイス です。一日1~2時間かけて生活することで、「目の外遊び」 をしているのと同じ環境を実現できます。
「ピンぼけ」には、網膜の後ろで焦点が合っている状態と、網膜の手前で焦点が合っている状態があります。近くばかりを見ていると網膜の後ろで焦点が結ばれる状況が続くので、ボケを解消しようとして眼軸が伸び、目が成長し続けてしまうんですね。
これを逆手にとって、ARデバイスで網膜の手前に焦点が合う環境を作ったのが、クボタグラスです。
編集部
クボタグラスを使えば、大人でも近視を治せるのでしょうか?
窪田先生
30代ぐらいまでは一定の実証実験のデータが揃い、「効果がある」と言える状態ですが、目の成長スピードには個人差があるので一概には言えません。ただ、子どもほど反応しやすく、大人になるほど反応しにくくなるのは事実ですね。
「ありっこない」ことをやり続けた先に、イノベーションは起こる
編集部
窪田先生は、医者でありながら世の中にインパクトを与えるプロダクトを生み出す起業家でもありますよね。先生のようにイノベーションを起こしたいと考えているエンジニアに対し、なにかアドバイスをお願いします。
窪田先生
起業家としてのアドバイスは、「世界は広いので、違った環境に自分を置いてリフレーミングする機会を設けよう」です。旅行でもいいし、留学でもいい。そうすることで思考の幅が広がると、私自身感じています。
「眼球が小さくなる」なんて話も当初は色々な方面から「そんなことありっこない」「何を馬鹿なこと言っているんだ」と言われたものです。それでも私たちは「そんなことないかもしれない」と思う気持ちがあったから、眼球が変形するという事実を発見できたわけです。
イノベーションを起こしたいのなら、人に「バカだな」と思われることであってもやり続けることが大切 です。
窪田先生
とはいえ、99.9%はやはり「バカなこと」で終わってしまうと思います。目の前には、失敗の山が積み重なるでしょう。しかし、残りの0.01%を目指し続けると、そこに場外ホームランが出ることがある。そこにある大発見とか、ブレイクスルーに興味がある人は、恐れずそれをやり続けるといいんじゃないでしょうか。
僕自身、皆が右に行くというと左に行って、皆が左と右に行くという日本人的ではない生き方をずっとしてきて、新しい発見をし続けてきたので、新しいものを開発するエンジニアリングも近いのかなと思います。
イノベーションは、ありっこないことをやり続けた中にしか起きませんから。
窪田良さん著書『近視は病気です』ご紹介
もし、あなたが「近視はメガネを掛ければいいので気にしなくていい」と思っているとしたら、それは間違いです。近視は、将来的に失明につながりかねない病気を引き起こすリスクを増やすことがわかっています。一方で、毎日数時間、外で遠くを見ているだけで近視が予防できるといったことも明らかになってきています。
日本では目薬や、目のサプリがたくさん売られている一方で、「視力が回復するメソッド」といった怪しげな話も出回っています。目に関するリテラシーを上げることが、今まさに必要です。
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取材協力/平川知秀
文/宮﨑まきこ
取材・編集/玉城智子(編集部)