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リクルートからMITへ。ビッグデータ分析により人間の意思決定メカニズム解析に挑む数原良彦氏

転職

    米MITメディアラボとスタンフォード大学客員研究員の数原良彦氏

    リクルートホールディングスは2015年4月1日、新規事業開発機関「Recruit Institute of Technology」を人工知能の研究所として再編したと発表した。一方では米MITメディアラボとスタンフォード大学に客員研究員を派遣するなど、R&D拡張の動きが活発だ。

    弊誌では今回、昨年12月よりMITに出向し、ビッグデータ分析の世界的権威であるアレックス(サンディ)・ペントランド教授とともに研究を進めている客員研究員の数原良彦氏に話を聞くことができた。

    数原氏は、2008年に慶應義塾大学大学院の修士課程を修了し、同年NTT研究所に入社。以来6年間、情報検索と機械学習に関わる研究開発に携わった後、昨年9月にリクルートに加わった。

    数原氏はどのような思いを持ち、どのような研究をしているのか。そのミッションと構想を語ってもらった。

    人工知能は意思決定をどこまでサポートできるのか?

    数原氏のリクルートにおけるミッションは、大きく2つに分けることができるという。

    「一つ目は、まだ技術に多く触れていない領域における人工知能技術の応用を通じて、スピード感をもって新しい価値を生み出すというミッションです」

    これはビッグデータ分析が世の中でも広く知られるようになった現在では、容易に想像できる話だろう。それがリクルートほどの大企業によるものなら、生み出される価値が巨大になることも期待される。

    注目すべきは二つ目のミッションである。

    「二つ目は、既存ビジネスを破壊するような、将来的な新規事業を生み出すためのテクノロジー創出というミッションです」

    これが、リクルートが数原氏を招聘した理由であり、数原氏が世界最高峰の研究機関に身を置きながら研究に従事する理由でもある。

    このテクノロジー創出のポイントは「意思決定の壁」にあると数原氏は語る。これは現在の推薦技術の限界を考えると分かりやすい。

    「ECサイトやニュースキュレーションなどのサービスで、多くの人がコンテンツ推薦の技術を利用しています。例えばECサイトであれば、過去の購入履歴をもとに他の商品がアルゴリズムに基づいて自動的に推薦され、利用者はその中から気に入った商品を購入することがあります。しかし、仮にサービスが結婚相手の提案だったらどうでしょうか? その結果を受け入れて結婚することはないでしょう」

    現在の推薦技術では、推薦結果を採用するかは人間が意思決定を行っている。ニュースキュレーションの場合でもユーザーは自分で読む記事を選択している。人工知能技術が発展し、推薦精度が十分に高まれば、ユーザーはサービスが推薦するアイテムを無条件に購入するようになるかもしれない。

    だが、就職や結婚など、人生に大きな影響を与える意思決定については、サービスの推薦結果をそのまま受け入れることは難しいだろう。後者には、人間の意思決定を超えられないという大きな壁がある。

    「人工知能は人間の意思決定をどこまでサポートすることができるのか、という問いに対して意思決定メカニズムの解明を通じて見極めたいと思っています」

    もちろん、今後どれだけ人工知能技術が発展したとしても、人間が自分の人生における意思決定すべてを機械に任せる世界が実現するとは考えられない。しかし、意思決定の仕組みを深く理解することができれば、意思決定の高度な予測が可能となり、新しいビジネス領域創出につながる。

    ビッグデータ分析により人々の意思決定メカニズムを解明する

    新たなテクノロジー創出のカギは「意思決定の壁」にあると数原氏

    新たなテクノロジー創出のカギは「意思決定の壁」にあると数原氏

    数原氏は人々の「意思決定の壁」について考えるための他の例として、世界中で研究開発が進められている自動車の自動運転技術の話題を持ち出した。

    「人は、信頼するパートナーの運転で事故に遭ったのならしょうがないと思うでしょう。しかし、コンピュータの自動運転による事故は納得がいかない気持ちが大きいのではないでしょうか。そのため、自動運転の安全性が示されたとしても、人々が自動運転を受け入れないという意思決定が起こり得ます」

    数原氏は、現状では完全には明らかになっていない人々の意思決定メカニズムの解明を通じて「意思決定の壁」を超えるブレークスルーを起こしたいと考えている。

    「個人に閉じた意思決定メカニズムの解明だけでは不十分です。例えば、あるカップルの意思決定において一方に絶対的な決定権がある場合には、もう一方の意思決定メカニズムはまったく寄与しません。場面によっても変わるでしょう。このように、会社組織、友人グループ、家族といった単位での意思決定メカニズムの解明が必要です」

    人々の意思決定メカニズムを解明することができれば、得られた知識をモデル化することを通じて、アルゴリズムという形でシステムに組み込むことができる。

    学生時代から機械学習や数理的手法を用いて実社会の問題をモデル化し、解決することに取り組んできた経験を活かし、MITではビッグデータ分析を通じて人々の意思決定メカニズム解明の研究に取り組む。

    人生をより良いものに導く技術を生み出したい

    人々の意思決定メカニズム解明は、リクルートに何をもたらすのか。その疑問に対する数原氏の答えは、氏がリクルート入社を決断した理由とも通じるものだ。

    「グルメ情報、旅行などの人々の日々の生活に関わるサービスだけでなく、リクルートは結婚、就職、住宅探しといった人々の人生とも深い関わりを持つサービスを数多く手掛けています。ライフイベントという単位で、お客さまの人生そのものと密接に接点を持っている企業であるということは、とても魅力的でした」

    ライフイベントを一つの人生として総体的に扱い、そこに意思決定のモデルを加えれば、まるで自分のことをよく知る長年のパートナーのように人生をサポートする革新的なサービスが実現できるのではないか、と数原氏は考えている。

    「リクルートは、主要事業の一つである総合人材サービス領域でグローバルNo.1になることを目標に掲げています。人材サービスは、就業という人生における重要な意思決定を対象とすること、そして人と長いスパンで付き合うという点で他領域とは違う難しさがあることを知りました」

    これは別の見方をすれば、リクルートはすでにユーザーの人生に寄り添ってサービスを提供していると考えることもできる。

    「人生には大きな決断を必要とするタイミングもあれば、安定を好む時期もあります。人生という長期的な視点での意思決定メカニズムを解明できれば、人々の人生をより良いものに導く技術を生み出すことができると考えています」

    ビッグデータ分析に基づくアプローチで人々の意思決定メカニズムを解析し、人生におけるさまざまな意思決定を支援する技術を生み出す——。それが、数原氏が見据える壮大なビジョンである。

    取材・文/伊藤健吾(編集部)

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