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スタートアップして3年でエンジニア40名、退職者ゼロ~脅威の定着率を誇るfreeeの組織運営術【特集:1を100にする開発戦略】

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    (写真左から)代表取締役の佐々木大輔氏、取締役の横路隆氏

    (写真左から)代表取締役の佐々木大輔氏、取締役の横路隆氏

    DropboxやAirbnbに出資したY Conbinatorの共同設立者であるポール・グラハム氏は、スタートアップの定義について「早く成長することを意図して作られた会社を意味する」と説いている。

    世の中にイノベーションを起こした後。つまり、スタートアップは、1→100を視野に入れサービスを発展させる段階にも、早い成長が求められるということだ。その必要な要素の1つに、作り手であるエンジニアチームの拡大があるのかもしれない。

    だが、草創期に集ったエンジニアが継続して組織に根付くとは限らない。組織拡大に伴う文化の変化に戸惑いや疑問を拭えず、組織を去るケースもあるためだ。

    スタートアップとしては、エンジニア採用と同時に、継続してバリューを発揮する組織文化を形成する必要があると言える。

    そんな開発チームの急成長を、1名も退職者を出すことなく成し遂げている企業がある。『クラウド会計ソフトfreee(フリー)』や、派生の『クラウド給与計算ソフト freee(フリー)』を展開しているfreeeだ。

    30万を超える事業所が利用する『クラウド会計ソフトfreee(フリー)』

    30万を超える事業所が利用する『クラウド会計ソフトfreee(フリー)

    2012年7月に設立した同社は、2014年より組織拡大に積極的に取り組み、約1年後の2015年5月時点で社員数70名、エンジニアの人数は40名を超えた。拡大した人数は共に、約5倍という実績だ。

    なぜ、freeeはエンジニアが増え続ける組織文化を作り出すことができたのか? その理由を聞いたところ、「『マジで価値ある?』(略称majikachi)に全てが込められてます」(代表取締役の佐々木大輔氏)という答えが返ってきた。

    若者言葉のようなセンテンスの裏に存在したのは、チーム全員が持つ絶対的なプロダクト思考。そして、エンジニアの課題解決欲求を満たし続けるという取り組みが存在した。

    エンジニアが根付く組織を作り上げる考え方について、佐々木氏と取締役の横路隆氏に聞いた。

    腹落ちしない仕事を発生させない

    『freee』はリリースから早々に中小企業やフリーランスを中心に注目を集め、2014年3月時点では6万事業所、2015年5月時点では、30万を超える事業所が利用するサービスとなった。急成長を続けるfreeeの価値基準について、横路氏はこう語る。

    「freeeにはユーザーにとって最も価値のあるプロダクトを作る、という価値基準があります。社内ではこれを通称『majikachi』と呼んでいますね。『それって、ユーザーにとってマジで価値ある?』という意味になります」(横路氏)

    続けて横路氏は、エンジニアチームのミッションについて語った。

    freeeが掲げる価値基準の1つである「majikachi」について語る横路氏

    freeeが掲げる価値基準の1つである「majikachi」について語る横路氏

    「本質的な価値をより多くのスモールビジネス(中小企業やフリーランス)に届けるために、顧客のビジネスデータを預かるプロダクトとしての品質を保ちながら、最速でリリースをする。この一連の流れを通じて、バックオフィスにイノベーションを起こす、というものを掲げています」(横路氏)

    多くのスタートアップがサービスのピポットを繰り返すことも珍しくない中、freeeは一貫して『freee』の新機能追加や改修を行い、価値を磨き続けている。

    また、freeeの特徴とも言えるのが、エンジニア、デザイナー、ビジネスディベロップメントで構成する開発チームの体制だろう。日本では一般的にディレクターを配置するが、freeeの場合はエンジニアが企画も担う。

    そんなfreeeの開発文化について、佐々木氏はこう考えている。

    「ユーザーにとって本質的に価値があると、信じることをする。これが重要だと思っています。自分の本音を言って納得した上で、作ったモノって信じられると思うんです。だから、社内でも皆で考えるプロセスを大切にしていますね。

    本人が信じてない仕事をしても、絶対に上手くいかないですし。これは、エンジニアでもセールスでも一緒ですね」(佐々木氏)

    社内ナレッジとアウトプット思考が技術と企画の融合を生む

    現在の体制にたどり着く前、「freeeは2014年に1度失敗をしている」と佐々木氏は振り返る。

    「ある機能のマネタイズに関するところを、ビジネスチームだけで企画したことがありました。今振り返ると当然なのですが、開発後、失敗に終わりました。エンジニアサイドから疑問の声が集まっていたためです。皆が納得していない、腹落ちしていない状態で作ってしまった。全員が面白いと思って作らないと、結果良いモノは生まれないんですね。これはよくなかったと、反省しています」(佐々木氏)

    こういった失敗を経験しながら、エンジニアがオーナーシップを取り、企画や改善をする方針になったという。ただ、開発者全員が「良い企画者」となるのは可能なのだろうか? その点についてfreeeでは2つ重要視していることがあるという。

    「1つは、社内にナレッジを残すということ。何かを作ると決まったら、仲間に自然に聞くことができる社内の体制づくりですね。次にアウトプット思考です。最初に考えたことの方向性が、間違えではないと信じて、アウトプットしてから考える。作った後に、ユーザーからフィードバックを受けて改めるということです」(佐々木氏)

    佐々木氏がGoogleで学んだ採用の本質

    エンジニア自身が納得したモノしか開発、リリースしない方針のfreee。では、そうした志向の人材をどのように採用しているのだろうか。

    佐々木氏は、freeeでの採用について、前職のGoogle時代に学んだことを実践しているという。

    「自分の仕事はここまでですと線を引く人はfreeeにはマッチしないと思っています。後は、Google時代の経験から、『この人と24時間空港に居られるか?』という考えは取り入れていますね。友だち付き合いができるのか? という点は考えています」(佐々木氏)

    同様に横路氏も、スキルよりも人間性が大切だと考えている。

    「私が採用時に注目しているのは、何かの物事を経て、掛けた時間に対し、どれだけその人が成長してきたのか? という点です。それは技術じゃなくてもいい。例えば音楽など。どういう課題をどう乗り越えたのか? その際に何を学んだのか? どれだけのめり込めたのか? ということをお聞きしています」(横路氏)

    顧客の指摘を鵜呑みにしないことで、課題解決欲求を満たす

    freeeの採用において重要視されているのは、高いスキルよりも人。2013年に弊誌でも記事にしたが、実際、社員第一号として入社したエンジニアはプログラミング未経験の31歳だった。

    佐々木氏はそうして集ったメンバーへ「アウトプットさえ出せば細かいことは言わない」という。だが、1つだけ徹底していることがあると話す。

    佐々木氏が顧客の要望を鵜呑みにしないよう伝えている理由とは

    佐々木氏が顧客の要望を鵜呑みにしないよう伝えている理由とは

    「お客さんの要望が大事なことは承知の上で、要望を鵜呑みにしないでほしいと伝えています。その要望は、数ある解決策の1つであるととらえることが大切。何が問題なのかを受け止めた上で、解決策は絶対に自分たちで考える。その思考は本当に徹底して伝えています」(佐々木氏)

    鵜呑みにするのではなく、エンジニア自身の頭で考え、紐解き、課題解決への道筋を考えることが重要だという。

    「例えば、iPhoneが登場した時って、「キーボードの方が使いやすいから、キーボードを設置して欲しい」という要望はすごくたくさんあったと思うんです。そもそも何でキーボードが必要なのか考えること。押した感覚がないからなのか? など、その要望の本質を理解した上で、意思決定を行うことが大切なんですね」(佐々木氏)

    この取り組みは、エンジニアが本質的に行うべき、技術で課題を解決するという点につながっている。

    「結果的にお客さまが言った要望にたどり着くかもしれません。ですが、スピード感のある開発を求められる中でも、そこに時間は掛けるべきだと思っています。つまり、『freee』の機能追加や改善を1つ取ってみても、常に課題解決が存在するわけですね。それが、エンジニアにとっての意義につながると思っています」(佐々木氏)

    「もちろんエンジニアの課題解決をビジネスにつなげるという考えもあります。最近は『トラッカビリティ大事』という文化を考えました。自分が作りたいモノを作って、お客さんが満足してるのか? を、メトリクスを取って数字で見せるようにする取り組みです。ユーザーの利用率やプロダクトがどれだけ世の中を良くしていることを把握し、改善につなげるためです」(横路氏)

    『freee』はB向けのサービスであるが、反響についてはC向けに近いフィードバックがある。Twitterのタイムラインを見ると、好意的な意見がツイートされることもあるという。

    こうした結果が、自身の仕事が役に立ったという実感につながるのだ。

    社員数が拡大したとしても組織情報の透明性を保つ

    「課題解決」というエンジニアにとっての欲を満たすことを念頭に置いたfreeeのプロダクト開発。だが、業務面だけで、エンジニアが根付く組織になり得るのだろうか。

    その点について、佐々木氏は情報の透明性を大切にしているという。

    「freeeでは、20~30人くらいの規模だったころからMTGは全て議事録を全メンバーに共有するようにしています。これは目に見える変化がありました。裏で何かが決まっている。まず、これがなくなりました」(佐々木氏)

    前途した失敗を通じ、社内での情報共有の重要さを学んだfreeeは、経営層のミーティング内容すら全社員に議事録で公開しているという。現在は、Qiita:TeamやHipChat、メール、Google ドライブなどいろいろな情報が流れているそうだ。

    情報の透明性は、組織としての情報に留まらない。「freeeでは、新しく入ってきたメンバーと既存のメンバーが生い立ちから話し合うという機会を設けています」と横路氏は言う。

    「お酒はなしで、ミーティングスペースで話をしています。お酒って必要以上に楽しい方向に持っていくじゃないですか? 実際、相手のことが理解できることって少ないと思うんです。酔っていない状態だと、知的に面白い話もできる。『この人こんな考え方なんだ』と相手のことを深く知ることで、知る前はイヤだったことも愛せるようになったりするわけですよ」(佐々木氏)

    Googleで働いた経験を持つ佐々木氏が代表を務める組織としては、非常にウェットな組織作りだ。だが、その背景には、3人でスタートした創業当時を忘れないという考えがある。

    freeeは夜に弁当を支給しているが、これも創業当初からの文化だという。

    「スタートアップの本当に最初のころなんて、1日20時間近く働くわけですよ(笑)。3食共に全員で飯を食うという状態ですよね。そんな時に、『夜ご飯くらいは経費で落とさないとモチベーション上がんないよ』みたいな声が出たんですね。それからずっとです、夜の弁当支給は」(佐々木氏)

    設立当初、みんなで弁当買いに行って、オフィスに戻ってみんなで食べる。そんなアットホーム感を70人規模になった今でも残すために、夜の弁当支給を継続させている。

    また、夜の弁当支給については、普段業務で関連がないメンバー同士で食べることやLT大会を見ながら食べるなど、組織のコミュニケーションに活用されているという。

    ワークライフインテグレーション型の組織づくり

    なぜ、freeeは急速に組織を拡大しても、退職者がゼロなのか

    なぜ、freeeは急速に組織を拡大しても、退職者がゼロなのか

    夜の弁当支給は円滑なコミュニケーションを生み出す。だが、一般論にはなるが、長期労働を誘導するではないか? という側面もある。

    その点について、佐々木氏は「ワークライフバランス」とは違った考え方があると語る。

    「freeeでは、ワークライフインテグレーションという考えを持っています。これは、仕事がプライベートと同じくらい楽しければそれでいいじゃん? っていう考え方です。仕事中もプライベートの要素を入れたっていいし、プライベートの中で仕事をちょこっとしたっていい。

    その境界がなくても、きちんと自分でコントロールして成果さえ出ればいい。すごく捗って仕事に没頭する日もあるだろうし、調子が乗らない日は早く切り上げてプライベートを充実させたり、調子が戻ったころにまた仕事始めるとか。楽しいがゆえに、成果が出やすいということもあります」(佐々木氏)

    「理系出身の身からすると、freeeの組織って研究室に近い感覚があります。研究室はいつ、何をやるということが決まっているわけではありません。ですが、締め切りがあって、その期日に向けて自分で仕事を組み立てていくんです。その過程で発生した非効率な点をHackするのが、楽しかったりしました。ツール作っちゃったよって(笑)。研究室の仲間とは、研究の内容に関係あることないことを含めて、議論したりもしていました。その時代って苦をあまり感じませんでした」(横路氏)

    エンジニアの課題解決欲求にコミットした業務内容を任せる。全員が団結している草創期の文化を、人数が増えたとしても変化させない。そして、ユーザーにとって最も価値のあるプロダクトを作るというビジョンを継続させることで、freeeのエンジニアが根付く文化は形成されている。

    急成長を要望されるスタートアップにとって、人数が増えた段階での文化づくりは後回しになるケースも往々としてある。freeeは創業期から文化形成を考えていたのだろうか。横路氏は「創業時はそんな余裕もありませんでしたよ。全てが自然発生です」と語った。

    「これやりたい、あれやりたい、という仲間がfreeeには多かった。バックオフィス部門がないため、全て自然発生的に制度が生まれています。例えば、社内でLT大会をやりたいと言えば、自然とみんなでやり始める。僕たち経営陣も、『やりたいならやれば?』というスタンスです」(佐々木氏)

    組織が拡大した際の文化はトップダウンではなく、新しい仲間も含めて全員で創り上げていく。そんな取り組みが、エンジニアが根付く組織づくりに通じるのかもしれない。

    取材・文/川野優希(編集部) 撮影/竹井俊晴

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