株式会社コルク 取締役CTO
萬田大作氏
ナビタイムジャパンで経路検索&地図描画エンジンの研究開発、フューチャーアーキテクトでITコンサルタント、リクルートで複数の新規事業開発を担当。WEB系と基幹系のエンジニアリングからビジネス開発まで幅広く経験。2016年コルクにCTOとして参画し、『心に届ける』エンターテイメント作品をテクノロジーで支えるべくリードする
作家のエージェント業などを手掛けるコルクが新しいエンジニア採用を始めたことが話題になっている。書類選考の代わりに、人気漫画『宇宙兄弟』の主人公ムッタがLINE botで一次選考するという「ムッタbot選考」がそれだ。
スタートアップ企業にとって優秀なエンジニアを採用するのは何かと難しい。コルクも同じで、これまでなかなか採用に苦戦していた。しかしムッタbot選考の反響は上々で、2017年10月11日の公開からのわずかな期間でかなりの応募があるという。
コルクがムッタbot選考を始めた背景やエンジニア採用に対する考え方について、同社CTOの萬田大作氏に聞いた。
株式会社コルク 取締役CTO
萬田大作氏
ナビタイムジャパンで経路検索&地図描画エンジンの研究開発、フューチャーアーキテクトでITコンサルタント、リクルートで複数の新規事業開発を担当。WEB系と基幹系のエンジニアリングからビジネス開発まで幅広く経験。2016年コルクにCTOとして参画し、『心に届ける』エンターテイメント作品をテクノロジーで支えるべくリードする
「ムッタbot選考」は、漫画『宇宙兄弟』の主人公ムッタを起用し、LINE botを活用したエンジニア選考企画。ムッタbotのLINEアカウントを追加して、ムッタから出される10の質問に答えるだけで、コルクの選考を受けることができる。LINEでの一次選考に合格すると、すぐに萬田氏と代表取締役社長の佐渡島庸平氏による最終面接へと進むことになる。
「リリース直後から反響はかなりあり、開始から約2週間で30人以上のエンジニアから応募がありました。すでに最終面接を行った人もいて、この後にも別の面接の予定が入っています。おそらく近日中に内定が出せる人が出るのではないでしょうか」
質問は名前やGitHubアカウントなどの基本情報を聞くものから始まり、「今までで一番ワクワクしたプロジェクトについて」「あなたにとっての金ピカ(一番大切にしていること)は?」などの仕事観を聞くものや、「一般的にフレームワークを利用する理由は?」「インターフェースと抽象クラスをどんな基準で使い分けているか」など、エンジニアとしての基礎知識や価値観を尋ねる質問へと続く。
LINEという身近なツールを使っていること、質問に答えるだけという手軽さから応募数が集まりやすいというのは何となく想像できるが、気になるのは応募者の質だ。しかし、質問事項は萬田氏が普段の面接で聞くことをベースに練り上げられており、候補者の質という点でも上々の滑り出しという。
ムッタbotの開発にあたっては、LINE/Facebook bot作成サービスを提供しているREACT社の協力を仰いだ。萬田氏が飲みの席で同社の知り合いに「botを使って、コルクの強みを生かした採用ができないか」と相談を持ちかけたことがきっかけ。そこからリリースまでわずか1カ月というスピード感で開発は進んだという。
botの開発自体は既存のサービスを利用したものだから、どんな会社でも実施しようと思えばできる。だが、ムッタという強力なキャラクターをこのスピード感で起用できるのはコルクならでは。まさに強みを生かしたアイデアと言えるだろう。
ムッタbot選考を始めるまで、コルクはエンジニア採用で苦戦していた。年間を通して2、3人しか応募がなかったのだという。苦戦の理由はいろいろと考えられるが、一番はそもそものパイの少なさにあると萬田氏は考えている。
「IT人材白書に基づいたあるブログの試算によれば、国内のWebサービス企業でエンジニアとして働いている人の総数は約8万人。転職市場における採用ターゲットは4620人と、そもそものパイがかなり少ないんです。その中から各企業の取り合いになるわけですが、大手企業と比べて資金もブランド力もリソースもないスタートアップは、そもそも不利な戦いを強いられることになります」
では、資金もブランド力もリソースもないスタートアップはどのように戦えばいいのか。「ビジョンに共感してもらうしかないだろう」と萬田氏は言う。
コルクが扱う人気作品は、『宇宙兄弟』の他にも『働きマン』や『ドラゴン桜』などたくさんある。その中から今回『宇宙兄弟』のムッタを選んだのには、もちろん理由がある。それは、ムッタ自身が広い意味で言うところのエンジニアであり、この作品の描く世界観が、コルクのビジョンに近いからだ。
萬田氏が理想のエンジニアの資質として挙げるのは、「仲間と一緒に何かを成し遂げたいという志向」と「好奇心が旺盛であること」の2点である。
「エンジニアは極論すれば一人でも食べていける職業ですが、コルクがやろうとしているのはNetflixが映像業界で、Spotifyが音楽業界でやったような、出版業界のデジタル革命です。このような大きく新しいことを成し遂げたいのであれば、この2点は不可欠だと考えています。
『宇宙兄弟』という作品のテーマは『宇宙と絆』。ステーション内で危機的な状況に陥っても、力を合わせることでそれを乗り越えて、大きなことが成し遂げられていきます。これはコルクがやっていきたいこととすごく似ています」
つまり、ムッタというキャラクターはコルクのビジョンを体現するアイコンなのである。他ならぬ萬田氏自身も、こうした『宇宙兄弟』の世界観に共感してコルクの門を叩いた一人だという。
電話、ポケベル、携帯電話……人がコミュニケーションで用いるツールは時代とともに変わってきている。同時に、人が行うコミュニケーションの在り方自体も変わってきているのではないかと萬田氏は言う。
「現在、その中心はSNSとチャットにあります。SNSによって情報は双方向になり、なおかつ情報伝達のスピードと量が爆発的になりました。また、チャットによってPeer to Peerに会話ができるようになり、一人の人間がコミュニティーの数だけ別の人格を使い分けることが日常的に行われるようになりました。SNSのアカウントは1人につき4、5個持っているのが普通であるとされ、そのアカウントごとに別の人格を使い分けていると言われます」
こうした時代の変化を考えれば、採用の仕方も時代に合ったものになっていく必要があるはずである。言い方を変えるなら、どの採用ツールを使うかによって、そこで行われる会話や立ち上がる人格は変わってくるはずということだ。
なおかつ、エンジニアにはエンジニアに合ったコミュニケーションの仕方があるはずだと萬田氏は続ける。
「没頭している作業に集中し続けたいと考えるという点で、エンジニアと作家は似ているように感じます。だから採用するにあたっても、その没入感を演出するようなツールが合っているのではないか。こう考えて導き出したのがLINE botによる選考でした。だからこれには、対面で行う会話をただチャットに移行したのとは全く違う意味合いがあるんです」
現に、ムッタbot選考を始めた途端、それまで年間で2、3人しかいなかった応募者が、わずか2週間で30人を超えた。これは前述した通りだが、採用にはつながらないものの、中には現役の女子高生からの応募もあったという。
先ほど、採用できるエンジニアのパイは5000人に満たないという試算を紹介したが、こうした新しいやり方を用いれば、もしかしたらそれ以外の眠っていた層にリーチできる可能性があるということだ。
ただし、コルクのこの成功例を見てすぐに後追いするのは安直すぎると言えるだろう。なぜなら、ここでもやはり、ムッタというキャラクターがあって初めて成り立っている部分が大きいからだ。
「誰か全く分からない人と気軽にチャットするという人はそれほど多くないですよね。だからムッタの代わりに僕、じゃダメなんです。あらかじめ文脈が共有されたムッタというキャラクターが相手だからこそ、なされるコミュニケーションがあるのだと思います」
コルクがこれまでエンジニア採用に苦戦していたのには、もう一つ別の理由もあったと萬田氏は言う。
「エンジニアとして働くのなら、ぜひ自社プロダクトをと考える人は多い。しかしコルクには今までそれがなかったんです。佐渡島というカリスマ編集者の影響で編集サイドの応募者は多いんですけど、コルクでエンジニアとして働くことに魅力を感じたり、具体的にイメージできる人がそもそも多くなかったのだと思います」
だが、こうした状況は変わりつつある。実はコルクは今、来春のローンチを目指して自社プロダクトの開発を進めている。ムッタbot選考により精力的にエンジニアを募っているのには、その開発体制を強化する目的がある。
「現状は僕を含めてエンジニアが3人しかおらず、ベトナムのオフショア開発に頼る部分が大きいです。ベトナムのエンジニアは本当に優秀で、僕ら日本人がうかうかしていたら10年後はないんじゃないかという危機感を持つほどです。でも、コアの部分の開発はやはり自社で行いたいという思いがあります」
ところで、コルクが世に送る最初の自社プロダクトとはどんなものなのか。詳細はまだ明らかにできないようだが、「遅々として進まない出版業界のデジタル化を一気に進めるプラットフォームを構想している」と萬田氏はその一端を明かす。
コルクはもともと佐渡島氏が立ち上げた会社で、日本ではまだ珍しい、作家のエージェント事業を行っている。その大元にある構想は、「従来のような雑誌ベースではなく、作家ベース、さらには作品ベースの世界に移行することで、著作権をより流通させ、今以上に多くの良い作品を世の中に送り出すというものである」と萬田氏は説明する。
「現状は作家のエージェントというところに留まっていて、従来の編集プロダクションや出版社とどこが違うのかというのが分かりづらかったのではないでしょうか。でも、現在開発中のプロダクトができることで、そうした状況は一変するはずです。入社以来、佐渡島とそうした話をずっと続けてきましたが、ようやく今、実際に作るところまで来ています」
IT化が遅れてきた出版業界は、手付かずの白地の領域だと萬田氏は言う。萬田氏自身がそこに魅力を感じてコルクに入ったというように、大きく、新しいことをやりたいと考えるエンジニアにはうってつけと言えるだろう。
コルクの自社プロダクト開発はこの夏に始まったばかり。それがどんなものなのかは外から見ているだけではまだ、具体的にイメージするのは難しい。しかし、そうしたまだ見ぬ明日を作り出すのを面白いと思うエンジニアに仲間になってほしいというのが、萬田氏がムッタbotに込めた思いだ。
取材・文/鈴木陸夫 撮影/小林 正(スポック)
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