1度目の転職は「Rubyで開発がしたい」という理由でクックパッドを選んだ。2度目は「事業が継続できるか否か、常に“緊張感”のあるベンチャーで経験を積んでてみたい」と思い当時社長1人で運営していたLang-8へ飛び込んだ。そして、「1人の力には限界がある。チームで大きなインパクトを生み出す開発に携わってみたい」と3度目の転職を決意。
『ささたつ(@sasata299)』のアカウント名で知られる佐々木達也氏は、いつも“新たなチャレンジ”をするために選択してきた。「もともと飽きっぽいんですよ」と佐々木氏は照れ臭そうに話すが、転職動機を聞けばむしろ知的好奇心が旺盛で、行動力ある人物ということが分かる。
3度目の転職では教育領域のインキュベーション事業を手掛けるヒトメディアに入社した。ここで任されたのが、学校教育のICT活用を推進するジョイントベンチャー、Classi(クラッシー)の立ち上げだった。ヒトメディアからの出向という形でClassiの事業成長を牽引してきたが、3年目を迎えた2017年4月、CTOに就任。正式にClassiへジョインすることを決めた。
その決断の背景には、教育業界というレガシーな領域に変革をもたらすことへの強い使命感がある。人より旺盛な佐々木氏の知的好奇心をも満たし続ける、「教育×IT=EdTech」ビジネスの醍醐味とは何なのか? 佐々木氏のサービス開発に懸ける想いに、モノづくりキャリアの真髄を見た。
Classi株式会社 CTO 兼 プロダクト部 部長
佐々木 達也氏
1983年生まれ。筑波大学大学院を修了後、アドウェイズ入社。広告関連のシステム開発に携わった後、2009年にクックパッドへ転職し、Hadoopを用いた大規模データマイニングやRailsベースによる新規事業『やさい便』の立ち上げに携わった。その後、語学学習サービスを提供するベンチャー、Lang-8へ転職。双方向言語添削サービスの開発を経て2014年に主に教育領域のインキュベーション事業を手掛けるヒトメディアへ入社。学校教育のICT活用を推進するClassi立ち上げに加わり、17年4月、改めて同社へCTOとして正式入社。同社の授業・学習支援サービス開発を牽引している。著書に『NoSQLデータベースファーストガイド』『Hadoopファーストガイド』(秀和システム刊)、『Webエンジニアの教科書』(共著・シーアンドアール研究所刊)がある
教育業界のど真ん中にある“学校”を変革する面白さ
「今でも学校に足を運ぶと『何だか懐かしいなぁ』と感じるんです。これってつまり、僕らが子どもの頃と“変わっていない”からなんですよね。ノスタルジーを感じられるのは良いことだと思う半面、まだまだ改善の余地がたくさんあるってことの証明でもあります。このアナログが色濃く残るリアルな世界を変えていけること。それが一番の醍醐味じゃないでしょうか」
Classiが手掛ける授業・学習支援サービスについて、こう語る佐々木氏。2017年12月に開催された、レガシーな業界をITで変革する企業が集ったイベント『Real Tech Night』で登壇したパネルディスカッションでも、佐々木氏は「EdTech領域の中でも特に、Classiは教育業界のど真ん中にある“学校”をITの力でより良い場所へ変えようとしているところが面白い」と発言している。
EdTechは近年ずっと「いずれ大化けする領域」としてエンジニアの間でも話題になり続けている。確かに、学生や社会人向けの学習サポートに主眼を置いたe-Learningのような周辺サービスは続々と登場している。だが、Classiのように教育業界の本丸である学校を対象にサービスを提供している企業は、実は少ない。
「Classiのサービス内容は、Webテストや学習動画といった学習系機能、授業の出欠記録、先生・生徒・保護者間のコミュニケーションツールなど、多彩な機能をパッケージ化した教育クラウドプラットフォームです。これまで手作業や紙ベースで管理していたものを、スマホやタブレットに置き換えることで、先生の業務を効率化して負担を軽減し、その分、生徒と向き合う時間を持ってもらいたい。データがデジタルに蓄積されることで、生徒の見える化にもつながります。学校を“子どもたちがより成長できる場”に変えていくことが僕らのミッションです」
学校は、アナログが色濃く残るレガシーな業界。しかし、Classiが提供するサービスは、すでに2,000を超える高校で導入されているという。公立私立併せて国内4,907校(学校教育法に基づく高等学校の総数。2017年5月1日現在)のうち、実に40%以上が利用している計算だ。サービスリリースから約3年という短期間で、ここまで導入実績を伸ばすことができた背景には何があるのか?
「それはやはり、Classiがベネッセホールディングスとソフトバンクのジョイントベンチャーであることが大きいです。模擬試験の実施によって、ベネッセには長年にわたって学校と信頼関係を築いてきた実績がある。学校や先生のことは日本で一番よく知っていて、学校内の業務フローや、学習指導上の課題など、現場の実情報がどんどん入ってきますから、解決すべき問題の本質をとらえた上でサービス開発ができます。
いくら技術があっても、エンジニアだけでは良いサービスは作れない。ベネッセの知見があってこそ、支持されるサービスが創れているのだと思います」
“すごいシステム”を作れば一気に導入が進むという世界ではない
とはいえ、これまでIT化がなかなか進まず、教育業界がレガシーであり続けた裏にはそれなりの理由がある。支持されるサービスを生み出すには、目の前に山積された課題を泥臭く一つずつ潰していく必要があった。
「例えば、この資料は自治体のルールでデータではなく紙ベースで保管しなければならない、長年やってきた業務フローだからここの手順は変えられないなど、制約や課題は山ほどあります。技術的な課題ではなく、独特の文化・風土に根付く個々の課題を解決していくことが求められるので、これまでの3年弱の期間で最も多く時間を費やしたのも、とにかく学校へ足を運んでヒアリングして調整していくという地道な作業でした。
学校は、最先端の技術を使って、すごく便利なシステムを作ったからといって、一気に導入が進むような世界じゃないんですよね。現場にいる先生の事情や要望を、いかに理解してシステムに組み込んでいくかが大切なんです」
どこにどんな機能を持たせ、そのためにどんな技術を用いれば良いのかを判断し、適切な対応ができれば、課題は一つ一つ解決へと進んでいく。実際に現実問題と向き合うエンジニアたちは楽ではないが、成果を上げればその収穫は生徒や学校の未来につながっていく。営利目的のみのビジネスにはない喜びがそこにはある。
「今さらながら『これってたくさんの人の人生に関わる仕事じゃないか』ということに気付いて、最近は結構、大真面目に言っていますよ。『日本の未来を創る仕事だ』と。今だって最先端の技術は大好きだし、今後も積極的に吸収していきますが、エンジニアである自分が、こんな大げさなセリフを言いながら、誇りを持って働けている。それって素晴らしいよなぁ、と思うんです」
今現在、2歳と1歳になる子どものパパでもある佐々木氏は、個人的な夢として「2人が大きくなってClassiのいろいろな機能を当たり前のように使い、例えば三者面談の時には親として自分もこのプラットフォームを活用する」ような情景を思い浮かべるのだという。
「それで、『先生それ使い方違いますよ。こうやるんです』とか指摘して、不思議顔をする先生と子ども相手に、『いや、それ作ったの僕なんです』『えー!?』なんて展開があったら面白いなぁって(笑)。子どもを持ったことで、教育業界に携わるモチベーションがより大きくなったのは間違いないですね。やっぱり我が子により良い未来を創ってあげたいって思いますから」
一度は断ったCTOのオファー 「今までのキャリア選択で最も迷った」
「ヒトメディアに転職してインキュベーション事業に携わる中で、いろんな企業に技術顧問として関わるような働き方に憧れるようになりました。過去の転職はすべて、『この企業にいたらできない、やったことのない仕事をやりたい』という動機で動いてきましたから、1社にコミットするのではなく複数企業のビジネスに常に携わっているスタイルがいいなと。今でもその思いは変わらないのですが」
自身のキャリア観についてこう話しながらも、佐々木氏は今、ClassiのCTOを務めている。それはなぜか?
「実は1回目のオファーの時は断ったんですよ。今まで転職する時は、自分の中で選択肢は1つしかなくて迷うことなんて全くなかった。ですが、今回は本当に迷いました。理由は単純で、Classiでの仕事が純粋に面白かったからです。
CTOになることは、自分が思い描くキャリアビジョンからは外れてしまう。でも、ClassiにCTOとしてコミットするのは楽しいだろうな――こんなふうに選択肢が2つあった経験が今までなかったので(笑)。それでものすごく迷いました。でもいつか、将来、技術顧問の道を選ぶことになった時に、何か一つの事業を全うして成果を出す経験は絶対糧になるはずだ、と思いオファーを受けることにしました。
それに、教育業界に変革をもたらすには、まだまだ取り組むべき課題がいくつもある。開発チームを束ねるCTOという役割だって新しいミッションです。どれも全て、『やったことのない仕事』ばかりですから、転職の必要も当面なさそうです(笑)」
現在は主に高校を対象にサービス提供を行っているが、将来的には小中高大すべての教育機関で活用されることをClassiは目指している。そうなれば、1人の人間がどんな教育機関で何を得てきたか、どんな変化があったのか、というヒストリーがデータとして蓄積され、それこそ教育業界を根本から変えるようなインパクトをもたらすかもしれない。そんな壮大な目標もあるだけに、「EdTechは、長く腰を据えて挑戦を続けていける良いテーマです」と佐々木氏は言う。
「エンジニアは、技術の側面から効率や効果などを考慮して正解を導き出す世界で生きているじゃないですか。でも、人事評価に携わったり、経営判断として技術的な大きな決断をしなければならない時、そこには正解がありません。
相手がどう感じるかはコントロールできないので、まずは自分が納得できる考えを発信していくことが大切だなと感じています。判断に迷うことも多いですが、その判断が正しいかどうかって誰にも分からないので、決めたことが正しくなるように行動していくしかない。2017年はCTOとして試行錯誤する中で、いろいろ考え方が変わった年でした。
2018年は、Classiは新たなチャレンジをすることになります。1月から東京工業大学と共同で、自然言語処理を用いて問題を自動で作問する実証研究を開始するのですが、この実用化を目指し、データを活用したアダプティブ・ラーニングの推進に取り組んでいきます」
レガシー業界を変えるという難題に挑むからこそ味わえるモノづくりの醍醐味がある。佐々木氏の新たなる挑戦に期待したい。
取材・文/森川直樹、福井千尋(編集部) 撮影/吉永和久