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2つの「MBA」から考える、日本に優れたプロダクトマネジャーが少ない理由【連載:中島聡】

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    UIEvolutio Founder
    中島 聡

    Windows95/98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトを務めたエンジニア。NTTに就職した後、マイクロソフト日本法人(現・日本マイクロソフト)に移り、1989年、米マイクロソフトへ。2000年に退社後、UIEを設立。経営者兼開発者として『CloudReaders』や『neu.Notes+』、教育アプリ『neu.Tutor』といったiOSアプリを開発する。シアトル在住。個人ブログはコチラ

    先日、10日間ほど日本に帰国していたのですが、今回はその時にお会いした方との会話から、気付いたことをまとめようと思います。

    その方はかつて東芝で工業デザイナーをしていたそうで、会話の中でこんな話が出てきました。

    「東芝にはある時期、MBA神話のようなものがあった」
    「あれが、東芝のモノづくりをダメにしたんじゃないかと思っている」

    彼の言うMBAとは、経営管理学修士(Master of Business Administration)のこと。MBA神話とは、平たく言うと「経営大学院に通ってMBAを取得したビジネスパーソンは“事業経営のプロ”である」という思い込みを指します。この神話は、東芝のみならず、日米さまざまな企業で一時期もてはやされていました。

    ではなぜ、この「MBA神話」がモノづくりをダメにしたのか。その方は、ことさらクリエイティブな側面では、MBA的思考がもたらす負の側面が大きいというのです。実は私もMBAを取得しているので、言わんとすることは理解できます。

    あくまでも私の定義ですが、MBAとはすなわち「いろんな事象を数式化する」ための道具です。新製品企画で説明すると、マーケット規模はどのくらいで、製造コストはいくらかかるので、○○%のシェアを獲得できればウン千万円~ウン億円の粗利が出る、という試算を行う道具なのです。

    こういう緻密な計画が書いてある資料には説得力があるし、いろんなことを「見える化」できる人は事業を掌握しているようにも見えます。だから経営陣にしてみれば、「彼はMBAホルダーだから安心して事業を任せられる」となりやすかった。

    しかし結果論として、MBA的な思考で事業を推進するプロダクトマネジャーがもたらしたのはスペック競争であり、面白味のない製品開発でした。数字だけでマーケットを分析し、実現可能性から物事を考えるようになると、ユーザーが驚くようなイノベーティブな商品を発案しにくくなるのです。

    「日本的な組織」と「分析上手な人」は悪い意味で相性がいい

    From Maryland GovPics 「合議制」は企業経営の健全さを保つ一助となるが、イノベーションを阻害する場合も…

    From Maryland GovPics 「合議制」は企業経営の健全さを保つ一助となるが、イノベーションを阻害する場合も…

    こう書くと、「MBA取得は意味がない」、「MBAホルダーは使えない」と思う人もいるかもしれませんが、私がしたいのはそういう表面的な話ではありません。学びを活かすも殺すも、その人次第ですから。

    この話で重要なのは、MBA的な思考は、日本の大企業に根付く悪しき組織風土と非常に相性がよいため、2つが重なり合うことで不連続な変化を阻害するという点にあります。

    理由は前述のとおり。日本の大企業が大好きな合議制の中で、すべてを数値的に見える化しながら物事を進めていくと、実現可能性ばかりが取り沙汰されるようになってイノベーティブなギャンブルができなくなるからです。

    日本企業から世界的に有名なプロダクトマネジャーがほとんど輩出されない(正確には「ほとんど紹介されていない」のかもしれません)のも、この組織的な悪癖が原因と言えるでしょう。

    一方、アメリカ企業の多くは、責任の所在をはっきりさせて物事を任せる風土があります。Microsoftのように、IPOをして巨大組織になると保守的になってしまうケースもありますが、基本的にはプロダクトマネジャーに事業戦略の全権を託して挑戦させます。

    結局のところ、イノベーティブなモノづくりをし続けるには、有望なプロダクトマネジャーにすべてを任せ切る環境づくりをするしかないのだと思います。その好例が、近年のGoogleであり、Appleです。

    Appleを例に取ると、スティーブ・ジョブズは業績不振を理由に、役員たちの合議によって一度CEOを解任されました。ただ、それでもうまくいかず彼を呼び戻した後は、ジョブズ1人をプロダクトマネジャーとしたモノづくりによって、iPod、iPhone、iPadと世界を驚かせる製品づくりに成功した。

    今、エンジニアやクリエイターを中心に広く使われている「もう一つのMBA=MacBook Air」を生んだのも、ジョブズ時代のAppleでした。言葉遊びが過ぎる感はありますが、MacBook AirをはじめとするAppleの製品は、経営学の方のMBAホルダーが手放しで優遇されるような組織からは生まれなかったはずです。

    先日行われたAppleの新製品発表会でも、Apple WatchとApple Payには使ってみたいと思わせる驚きがありました。最近は創造性を失ったと揶揄されることの多いAppleに、まだイノベーションを生み出す文化が残っていると感じさせる内容だったと思います。

    イーロン・マスクと『アナ雪』に見る、優れたプロダクトマネジャーの条件

    From Steve Jurvetson 電気自動車の普及に向けて奔走するイーロン・マスクの思考法は、優れたプロダクトマネジャーの見本だ

    From Steve Jurvetson 電気自動車の普及に向けて奔走するイーロン・マスクの思考法は、優れたプロダクトマネジャーの見本だ

    ちなみに、優れたプロダクトマネジャーが持つ能力はさまざまで、一概に「こういう人が良いプロダクトマネジャーだ」と定義しづらい。ただ、一つだけ共通項を挙げるなら

    【Can/Can’tで物事を考えず、Want/Should beで行動する人】

    という条件があるように思います。

    Tesla MotorsのCEOでもあるイーロン・マスクを見れば分かりやすいでしょう。普通の自動車メーカーなら「今は××という制約や技術的課題があるから電気自動車は普及しない」と考えるところを、彼は

    「これからは電気自動車がスタンダートになるべきだ」→「でも、現時点で普及車にふさわしい価格性能比を持った電池はない」→「ならばリチウムイオン電池を自分たちで研究開発し、大量生産して値段を下げればいい」

    と考えて、世界の電池生産量を倍増させるようなギガファクトリーと呼ばれる巨大な工場を作ることにしてしまった。莫大な資金を投入することで、電気自動車が普及に向けて抱える課題を解消するという「大ばくち」を仕掛けてきたのです。

    これはMBA的な思考、つまり分析結果から実現可能性を探るやり方では絶対に出てこない手法です。

    また、Appleでの功績ばかりがフィーチャーされがちなジョブズにしても、個人的にはPixarを買収し、成功さたことの方が、彼のすごさを示していると思っています。

    もともとルーカスフィルム社でお荷物扱いされていたコンピュータアニメーション部門を1000万ドルで買い取り、それをはるかに上回る資金を投入して経営を支え、映画産業を根本から変えるほどのCG革命を起こさせたのは、まさに【Want/Should be】の面が【Can/Can’t】の判断軸を上回ったからなんだろうと。

    結果、それまでメジャー扱いされていなかったCGアニメーション映画は一躍ヒット映画の一員に加わり、全世界で莫大な利益を生むようになった。Pixarによる技術革新がなければ、そして、ディズニーがPixarを買収していなければ、2013年度のアカデミー長編アニメ映画賞を受賞したディズニー映画『アナと雪の女王』も生まれなかったのです。

    そう考えれば、Pixarを救ったジョブズは、やはりものすごい先見性を持ったプロダクトマネジャーだったんだと言えるでしょう。

    ギャンブルする時は、モノにではなく「人」に賭けるべきだと思う

    最後に、日本で有能なプロダクトマネジャーを生み出すにはどうすればいいかを考えてみましょう。

    まず、イノベーションをリードする飛び抜けた人材を育てるには、教育から変えなければなりません。学力以外に“一芸=突出した何か”を高く評価する欧米の教育と違い、日本はいまだに偏差値教育がベースとなっています。これでは、既存の常識を変えるようなパワーを持つ作り手を生めません。

    次に企業側に目を移すと、政府の方針しかり日本はまだまだ大企業保護の傾向が強い。シリコンバレーのようにメガベンチャーが生まれにくい環境だけに、本来は資金力のある大企業が「常識をくつがえすかもしれない作り手」を育てる方が手っ取り早いはずです。でも、すべてが合議制で決まる予定調和の組織体質が変わらない限りは難しいでしょう。

    教育改革、ベンチャー支援、組織改革と、人材育成と環境整備の両方でいろいろとやってみるしか道がないと思います。

    すでに社会に出ているエンジニアには、何かしら「これをやるべき」という情熱を持っているなら、組織的なしがらみに屈せず会社をぶち抜くくらいのことをやってみようと言いたい。本当に価値があると信じているなら、通常業務を止めてでも取り組んでみるべきだし、それをやらせてくれない会社なら辞めればいいだけの話です。

    さらに、経営者は「モノ」にではなく「人」に賭けるギャンブルをする勇気を持つことが大事でしょう。

    私自身、UIEvolutionという会社をやっていて思うのは、上長を飛び越して社長に「これをやるべきだ」と直訴してくるほどの情熱を持った人材はとても少ないもの。もし、直訴してくるような熱意とアイデアを持っている人がいたなら、その人に賭けるべきだと考えています。

    さまざまな数字を分析して、資料ばかり見て結局何も生み出さないより、そちらの方が生産的だし楽しいじゃないですか。

    新規事業とはそもそもギャンブル的な要素が強いものなので、優れたプロダクトマネジャーでも百発百中はあり得ません。その前提で“打席”に立ち続けられる環境を作るしか、イノベーションへの道は開けないのだと考えています。

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