特集:音楽とITと私
・AWA小野哲太郎氏が語る、音楽産業復興の打ち手~「出会いと再会を生むプレイリスト」の開発に込めた思い
・激変する音楽業界でスタートアップはどう生き残る?Beatrobo×nanaトップ対談
・音楽の危機を救うのはネットか?リアルか?業界の異端児3人が立ち上げた地方創生プロジェクト『ONE+NATION』
・「閉じたコンテンツ商売」に未来はない~猪子寿之氏が語る、デジタルと作り手のいい関係
特集:音楽とITと私
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「CDが売れない」時代。何が音楽産業を救う一手となるのか? という問いに対する解はいまだ出ていないが、相次いで誕生する定額配信ストリーミングは、そうした期待を背負っているものの一つだろう。
2015年5月27日にはサイバーエージェント(以下、CA)とエイベックスがタッグを組んだ『AWA』、6月11日には『LINE MUSIC』と、国内のビッグプレーヤーが続けざまに新サービスを発表。海外からは『Apple Music』もリリースされ、さらには全世界7500万人のユーザーを持つ『Spotify』が上陸するという話もある。
そんな中、『AWA』は7月29日に300万ダウンロードを突破。サービス内での累計再生回数は4億回を突破するなど、順調にユーザーからの支持を集めているようだ。
開発・運営する新会社AWAで取締役プロデューサーを務めるのは、サイバーエージェントの前・社長室長の小野哲太郎氏。このことからも、『AWA』がサイバーエージェント代表・藤田晋氏の肝入りの事業であることが推し量れる。
なぜ今、定額ストリーミングだったのか。乱立する他の類似サービスと『AWA』とでは、どこが違うのか。そして、音楽業界に対してどのような価値を発揮しようとしているのか。
その考えを聞くため、小野氏を訪ねた。
AWAはCAとエイベックスのジョイントベンチャーであり、旧知の間柄である藤田氏とエイベックス・グループ代表取締役社長CEOの松浦勝人氏が、魚釣りの最中にサービスを立ち上げることを決めたという逸話がある。
日本の音楽市場が2000年代をピークに右肩下がりを続けている中、もしこのタイミングで海外の定額制サービスが日本に持ち込まれれば、市場の全てを奪われてしまいかねない。『AWA』はそうした危機感に端を発して生まれたという。
こうして始動したプロジェクトだが、立ち上げ前から小野氏は海外のストリーミングサービスをいくつか使っていたそう。「良いファーストインプレッションを抱いた」にもかかわらず、数週間も経つと、ユーザーとしてはそのサービスに飽きてしまっていた。
ここに、『AWA』の方向性を決める大きなヒントが隠されていたと小野氏は言う。
「定額配信のメリットの一つは、膨大な楽曲にアクセスできることにあります。しかし実際には、ユーザーは目の前に数百万曲を提示されても、その膨大さゆえに、何を聞けばいいのか分からなくなってしまう。従来のDL型のサービスが採っていたような、ユーザーが自分から音楽を見つけ、取りに行くという発想では成立しないということが分かってきました」
ストリーミングサービスにおいては、何よりもまず、ユーザーが新しい楽曲と出会える仕組みを作らなければならない。そこでまず取り組んだのは、ユーザーの好みに合う楽曲のレコメンドアルゴリズムの設計・開発だ。
「ユーザーが楽曲を再生することでアーティストや楽曲のデータを取得し、音楽の波形や声質を解析することで、近い曲をマッチングするという仕組みを試しました」
今の時代、テクノロジー企業にふさわしい理に叶った仕組みに思えるが、「結果としてこれは十分に機能しなかった」と小野氏。
「そもそも人は、好きな曲と似ているからという理由で新しい曲に興味を持つわけではないということが分かってきました。例えば、久保田利伸さんの音楽を好きな人に、ただ単に『日本のR&Bシンガー』という共通点に基づいて曲を届けたとしても、強い関心を持ってもらえることは稀なんです」
好みに近い楽曲をユーザーに届けるだけでは不十分。では、どうすればユーザーの興味を引く音楽を提供できるのだろうか。試行錯誤を重ねた末に行き着いた結論は、データ的な音楽の関連性だけではなく、音楽に対する人の思いを介在させることにあったと小野氏は語る。
「例えば、自分が好きなアーティストが『ルーツ』と語りリスペクトしているアーティストの曲であれば響くということがあります。さきほどの久保田利伸好きの人の例で言えば、スティービー・ワンダーの曲がそれにあたるかもしれません。音楽には長い歴史があって、今がある。そうしたつながりや文脈と、それに対する人の思いが大切だということが分かってきたのです」
そこで生まれたのが、現在の『AWA』が採用している「共有プレイリスト」の仕組みである。
ユーザーがプレイリストを作れる機能自体は他の定額ストリーミングサービスにもあるが、『AWA』が独特なのは、自分の作ったプレイリストがサービス内でシェアできる点にある。ユーザー1人1人が持つ音楽の知識を活かし、ある文脈をもって作られたプレイリストであれば、別のユーザーの共感を生み、新たな楽曲との出会いを創出できるのではないかと考えた。
この狙いは的中した。リリースにあたって運営側が用意したプレイリストは約6000。この数字は約2カ月で140万まで急増した。ユーザーが作るプレイリストの種類にも、時を経るにつれて変化が見られたと小野氏は語る。
「リリース当初は『通勤用』、『ドライブ用』など、自分が使うことを目的にしたものが多かったのですが、今は人に聴いてもらうという軸でプレイリストを作る文化ができつつあります。『こんな時に聴いてください』という提案型のタイトルが増えたことにも、それは表れています」
考えてみれば、カセットテープの時代には、多くの人が「みんなに聴いてもらうために、曲をどの順番に並べようか」とそれぞれ工夫していた。テクノロジーの普及に伴いカタチこそ変化したが、誰かに聴いてもらいたいという動機は今も変わっていない。
音楽ストリーミングサービスについては、海外アーティストからは否定的な意見も出ている。小野氏はストリーミングサービスが音楽業界に与える影響について、どう感じているのか。
「僕たちとしては、アーティストやレーベルが収益の面でも納得できる音楽ストリーミングサービスを作っていきたいという思いがあります。そのためにも、ユーザーに『音楽はタダではない』という考え方を浸透させる必要があります」
小野氏は、海外の無料の違法アプリなどが普及することにより、「音楽はタダで聴くものである」という考えが広く蔓延している現状を問題視している。この流れを変え、「正当な対価を払って音楽を聴く」文化を広めるというのが、『AWA』というサービスが目指すゴールだ。
「音楽に関わる全ての人が満足のできる世界を作るために自分たちができることは、まず『AWA』をユーザーがお金を払ってでも使いたくなるプロダクトへと発展させることです。そして、圧倒的に楽曲の幅を広くするということ。この2つを満たすことで、音楽ストリーミングサービスがメインストリームになると考えます。違法アプリの存在よりも強い魅力を持つことで、ユーザーの音楽に対する考え方を塗り替えていきたいと思っています」
自分から藤田社長に直談判して『AWA』の創業にジョインした小野氏。もともと個人的にも、インターネットの力で音楽業界の盛り上げに貢献したいという気持ちを持っていた。
小野氏はピアニストの母親を持ち、実家でピアノ教室を営んでいたというルーツを持つ。景気が悪くなると、習い事としては学習塾などが優先され、ピアノ教室に通う子どもは減少する。
それでも、赤字の中、ピアノ教室に通う生徒のために街のコンサートホールを貸し切って発表会を定期的に開催し、子どもたちが音楽を楽しんでいる姿を、その家族や観客に見てもらうようにしていたという。
「音楽は世の中の景気と切っても切り離せない関係にある」
そういった思いを抱いた原体験は、後にアーティストが持続的に音楽活動を行えるための仕組みを作りたいという動機につながっていった。
「曲単位では決して出会うはずのなかったユーザーとアーティストも、確かな文脈に沿って作られたプレイリストの中にたまたま入っていたという形でなら、出会う可能性がある。そうやって音楽との新しい出会いを創出することで、音楽に関わる全ての人たちを支えていきたいと思っています」
こうした出会いがきっかけで、実際にライブに足を運ぶようなユーザーも出てくるだろう。アプリを飛び出したそうした現象まで結び付けられた時、『AWA』プロデューサーとしての小野氏の思いは成就したと言えるのかもしれない。
取材・文/川野優希(編集部) 撮影/竹井俊晴
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