「スマホ革命」を設備保全の現場にも~『SmartGEMBA』開発のアイソルートに聞く、新しい業務アプリのカタチ
「LINEのスタンプを送る時のUX(ユーザーエクスペリエンス)がすごくイイね」
「なめこ栽培キットとかも、気持ちいいUIになってますよ」
「でも、こっちのアプリは、もっとここを変えた方が……」
仕事終わりの居酒屋で、スマートフォンを触りながらのアプリ談義。アイソルートの『SmartGEMBA』開発チームが集まると、いつもこんな話で盛り上がるという。
その場にいるほとんどは、B2B向け業務パッケージソフトやシステムの受託開発に取り組むエンジニアたちである。アイソルートは1999年に設立以後、主にビジネスコミュニケーション分野のソリューション提供を軸足に成長してきたSI企業で、近年はスマートデバイスの活用提案に力を入れてきた。
そんな同社が新規開発した業務アプリ『SmartGEMBA』は、「巡回点検」と記されたアイコンが示すとおり、各種工場や設備、建築・製造現場で必須となる保守・点検業務をスマホ/タブレットなどの最新のスマートデバイスでサポートするためのもの。
現場作業員でも使いやすいUIが大きな特長で、2011年5月にver.1.0をリリースして以来、十数社への導入実績がある。
製品化のきっかけは、ある公共インフラ関連施設を運営するクライアントから保全管理システムの開発を受託したことだった。が、『SmartGEMBA』の企画者で開発チームのリーダー阿南徳政氏は、2008年半ばに日本でiPhone 3Gが登場してから、ずっと「ある構想」を練っていたという。
スマホは「コンピュータに慣れていない人たち」にこそ使われるべき
「iPhoneはマニュアルがなくても直感的に操作できるし、誰もがすぐ扱いに慣れます。初めて触った時、これこそ業務系システムの入力端末に最適なデバイスだと感じました」(阿南氏)
それまでの保守・点検で現場の作業員たちは、PDAやハンディターミナルと呼ばれる小型のコンピュータデバイスで、小さな画面の新聞紙面並の小さな文字を、目を細めながらペンでつついて使っていた。「普段コンピュータを使わない人たち、特に年配の作業員の方などは正直使いづらい。『この”機械”でやることになってますから』と、渋々使っていた」(阿南氏)という。
ユーザビリティの格段に向上したスマホやタブレットを使えば、そんな保守・検査業務の現場にもイノベーションを起こせると直感していた阿南氏だが、実際に『SmartGEMBA』のような業務系ソリューションでビジネスを展開するには越えるべきハードルがいくつかあった。
その一つが、スマホやタブレット端末に対する、クライアント=検査・点検作業を行う事業者の認識だ。『SmartGEMBA』の開発以前から、さまざまな企業にスマートデバイスの活用を提案していた営業担当の齋藤勝美氏は、当時をこう振り返る。
「どのお客さまにご提案しても厳しい反応でした。言われたのは、『こんなオモチャは作業現場じゃ使えない』、『スマホなんてゲーム機みたいなものだ』など(笑)。コンシューマー向けに華々しく宣伝されているスマホやタブレットのイメージと、保守・点検の作業現場とが結び付かなかったのだと思います」(齋藤氏)
それが、先述の公共インフラ系クライアントとのプロジェクトを境に風向きが変わる。現場作業員が施設の点検結果を入力する端末をPDAからスマートデバイスに変える提案をし、アイデアに賛同してもらえたのだ。
その開発プロジェクトの過程で、『SmartGEMBA』の製品化に必要なポイントも見えてきたという。
「Web屋の発想」では出てこない画面遷移を実現
阿南氏をはじめ、開発チーム全体の合い言葉は「マニュアルがなくても、老若男女誰もが使えるようにすること」。数名で構成されたチームの一員だった大鐘剛太氏はこう話す。
「開発中は、普通に『一応使うことができる』ではなく『感動するくらい使いやすい』ものでなければならないと何度も何度も話し合いました。作業員の方々が『操作しやすい!』と驚くレベルのアプリにしなければ、“機械”を敬遠する方々の考えを変えることはできないからです」(大鐘氏)
そのこだわりの一つが画面遷移。スマートデバイスでアプリを使う場合、画面遷移はタテにスライドすることが多く、ユーザーに何かを選択してもらう際はプルダウン形式が採用されがちだ。
しかし、『SmartGEMBA』では現場の作業フローを熟慮した結果、横にスライドさせながら画面遷移する形式を採った。アプリの開発中、「ページ分岐をせずに点検作業を進めてもらうには、点検項目を選ぶ際のプルダウンを横フリックに置き換えてみてはどうか?」という提案が出てきたからだ。
「画面はタテに遷移する、選択はプルダウン形式がベターといった考え方は、サイトマップ的な考えがベースになっている“Web屋”の発想なんです。でも、例えば40~50代の作業現場の方々は、『Webの世界の常識』を常識とは思っていない。だからUI設計は何度もやり直しながら進めました」(阿南氏)
冒頭に紹介した居酒屋でのアプリ談義は、この使いやすさ、分かりやすさを研究するためだったのだ。
開発の途中、街中で自動販売機の点検をしている作業員に声を掛け、「どんな順番で点検作業をしているのか?」、「専用端末に点検結果を入力する時につまずく点はどこか?」などと質問攻めにするエンジニアもいたという。
こうした地道な努力を経て完成した『SmartGEMBA』は、2011年5月11日に行われた『スマートフォン&モバイルEXPO』で初披露。この時、ブースを訪れた施設管理者の一言が忘れられないと阿南氏は振り返る。
「実際に工場で設備点検をされている方が、デバイスを手にとってアプリを操作しながら、『ほぉ、 ついにここまできたか』と。その驚きの表情を見た時に、『これはイケる!』と確信しました」(阿南氏)
すべての人に、コンピューティングのパワーを届けたい
『SmartGEMBA』の徹底したユーザーファーストはアプリだけにとどまらない。現場から送信されたデータを管理・確認するシステムの仕様にも及んでいる。日々の検査データをチェックし、管理するのも作業員のリーダーだったりと、コンピュータの操作に慣れた人とは限らないからだ。
「例えば作業カレンダーをGoogleカレンダー風に一覧表示させ、作業者・作業時間の変更もドラッグ&ドロップだけで行えるようにするなど、複雑なPC作業をしなくても済むような設計にしています」(大鐘氏)
保守・検査という業務特性上、『SmartGEMBA』は入力されたデータを管理側ですぐに確認できるような仕様にするのが必須条件だった。そのための、管理者が作業しやすい直感的なインターフェースを実現するには、バックエンドの設計にも高度なノウハウがなければならない。
アイソルートが、受託案件を通じてさまざまな業務システム開発を経験してきたからこそ実現できたともいえる。
「製品に関するお問い合わせはたくさんいただくが、導入後に使い方が分からない、使いづらいなどのクレームやトラブルになったことは今まで1社もない」(齋藤氏)という事実からも、完成度の高さが窺える。
その自信を糧に、今後は保守・点検作業と似たような業務フローの仕事(例えばカスタマーサポートなど)へ横展開を図るための汎用化も検討しているそうだ。
「『SmartGEMBA』はまだまだ改善の余地があります。これはデバイス側の問題でもありますが、直射日光の下では画面が見づらかったり、作業員がグローブを付けた状態だとタップしずらいため叩くように操作する人もいたりして……。そういった細かな現場の状況を踏まえて、さらに操作性を高めるようなバージョンアップをしていきたいと思っています」(阿南氏)
阿南氏のコメントの根底には、アイソルートの開発にかかわるメンバーに共通する”思い”がある。
「怒濤の勢いで進歩するITのトレンドから、少し置いてけぼりを喰らっているような人たちがいます。そういった人たちにも、最先端のコンピューティングのパワーを届けたい。その橋渡しをするのがわたしたちの仕事です」(阿南氏)
「公共施設の老朽化や、設備保全のミスによる事故は毎年のようにニュースになります。それを見るたび、悔しく思うわけです。『SmartGEMBA』がもっと普及していれば、保全活動における人為的なミスや見逃しを減らすこともサポートでき、世の中の安心・安全を作り出すことができたかもしれない。だから、われわれは歩みを止めるわけにはいかないのです」(齋藤氏)
テクノロジーの発展は何をもたらすのか。技術者は、何のためにシステムを開発するのか。答えは十人十色だろうが、その一つが、『SmartGEMBA』のようなソリューションの普及で分かるかもしれない。
取材・文/浦野孝嗣 撮影/竹井俊晴
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