競争激しいアプリ市場で、プログラミング素人の女性が作ったアプリが世界40カ国で使われるシンプルな理由
「アプリマーケットは完全に飽和している」、「DL後も長く使ってもらうには、高度な開発スキルやUI設計、マーケティング力も必要だ」、「もう素人では太刀打ちできない」。
App StoreやGoogle Playが誕生してはや数年。当初はイチ技術者でも世界で勝負できる夢のプラットフォームだったアプリストアは、いまや熾烈なビジネス競争の舞台と化している。
それでも、突如として脚光を集める個人制作のアプリは生まれている。まるで、初期衝動で楽器をかき鳴らす無名のアーティストが、商業主義に染まるミュージックシーンに新星として現れるように。
後藤理華さんが1人で開発し、今年6月にリリースした食のライフログアプリ『meal』もそれに当たるだろう。
現在、面白法人カヤックでサーバサイドのエンジニアを務めている彼女は、「自分の両親でも使えるアプリ」を念頭に開発をはじめ、ローンチから約1カ月で1万DLを突破。Apple Storeからフィーチャーされるという幸運にも恵まれ、現在は約2万DL(※2015年9月時点)、世界40カ国以上でユーザーを獲得するに至っている。
後藤さんが本格的にプログラミングを始めたのは約1年前。エンジニアとして本格的に仕事をするようになったのも最近と、キャリアは短い。
そんな彼女が、就業時間前の午前8時出社を続け、週末なども使いながら勉強を重ね、約半年掛かりでアプリを開発したのはなぜだったのか。これまでの経緯とキャリアについて聞いてみた。
気が付いたらプログラマーへ
「私は飽き性なので、何かにハマってのめり込んでも、いったん飽きてしまったら『これまでの熱は何だったの?』と周りからも言われるぐらいに冷めてしまいます」
そう語る後藤さんは、大学を卒業するまで、もっと言うとエンジニアとして働き始めるまで「これぞ!」という没頭できることをほとんど見いだせずにいた。
京都大学・経済学部卒という経歴だが、「特に経済に興味もないまま」入学。大学3年次には特に就活をする必然性も見いだせず、イギリス短期留学をしたり、世界を点々と旅していた。
そうして26歳で帰国した際、「あんたフラフラしてないでそろそろ働いた方がいいよ」と中高時代の先輩に言われ、紹介されたのがウォンテッドリーだった。
そのまま同社で働くことになり、外国人旅行客が集まることで有名なカオサンワールドで宿直をしながらインターンをする日々を送ることに。
それが、プログラミングに触れるきっかけとなったという。
「ウォンテッドリーがまだ創業間もないころで、企業への取材同行などのお手伝いをしている時、代表の仲暁子さんから『プログラマーに向いてるんじゃない?』と言われたんです」
その時、渡されたのはRuby on Railsのプログラミング入門書。世界を旅していた時に、きめ細かくノートに記していた「旅程表」を目にした仲さんが、コードを書く仕事に向いているかもしれないと勧めてきたのだ。
「一応ページを開いてみたものの、何がなんだかさっぱり理解できなくて。瞬間的に『私にはムリ!』と思いました(笑)」
ウォンテッドリーには学生時代からプログラミングに勤しんできたような腕の立つプログラマーが在籍しており、彼らに比べると上達スピードも遅く、当時は自他ともに「プログラマーには向いてない」と実感する日々だったと話す。
「仕事を通して、HTMLとCSSを使ってWebページの更新やコンテンツ追加ができるまでにはなりましたけど、自分でプログラムを書いたりするようなサービス開発までは経験できていませんでした」
そうしてインターン期間が終わり、別の会社でのマークアップ業務を経て、カヤックに入社したのは2014年7月末のことだ。
「世の中にないサービス」を作ることには夢中になれた
今年4月からは独学していたサーバサイドできちんと仕事をしたいと、前述のようにバックエンド担当のエンジニアに転身した。
エンジニアとしてはまだまだ自信がないと話す後藤さんが、早朝や週末の時間を使って『meal』の開発に取り組み続けたのは、「プログラミングという手段があれば世の中にないサービスを生み出していける」という点に魅力を感じ始め、プログラミングにのめり込んでいったからだ。
思い返せば、学生時代はサッカーに没頭し、なでしこリーグの2部チームに所属していた。その時以来の「ゾーンに入っている感じ」を、アプリ開発でも味わうことができたという。
「最初は自習用に開発していたのに、次第に『もっとキチンとしたアプリにしたい』という思いが強くなっていったんですね」
実は『meal』がリリースに至るまでも順風満帆ではなかった。Appleへ審査に出した後、調整や修正の要請があって計4回、1カ月もの間対応に追われたという。
「開発している時は夢中になって取り組んでいるので楽しかったのですが、何度もAppleにリジェクトされた時はモチベーションが下がってしまいました(笑)」
それでしばらく放置し、まったく手をつけなかったという期間もあったが、「とにかく自分が楽しいと思えるように工夫しながら」開発を続けた。
プログラミングに出会って約3年。在籍しているカヤックには、ウォンテッドリーの時同様に豊富なキャリアを持つエンジニアが周囲に何人もいる。まだまだ成長途中だと実感している後藤さんだが、以前との違いは「自身が手掛けたアプリを利用するユーザーからの反応が大きな励みになっている」ということ。
「あえてすべて簡単な英語にして、自分の両親でもすぐに使えそうな分かりやすいUIにこだわったので、いろんな国の人たちから使ってもらうことができました。自分なりにものすごく手が掛かったので、いろいろ課題があっても、『大事なわが子』っていう感じでいとおしいです(笑)」
自作アプリを通じて知った可能性
『meal』を世界の人々に使ってもらえた経験を、今後は新しいアプリづくり、サービスづくりにも活かしていきたいと話す後藤さん。起業などは考えていないと話すが、さらに使いやすいアプリを作ってみたいという思いは強い。
「今は『meal』を通して世界中のユーザーから寄せられる意見や要望にできるだけ応えていきたいですね」
現在はSNSを通じてユーザー同士でシェアし合える機能の追加や、Android版のリリースへ向けて今も着実な開発を続けているという。
かつて「向いてない」と思っていたプログラミングスキルを地道に高めていく努力を続け、世界で使われるアプリを生み出した後藤さん。高度なスキルありきではなく、使いやすく便利なサービスを創りたいという柔軟な姿勢から、今後も多くのユーザーに支持されるアプリが生み出されていくことだろう。
取材・文/浦野孝嗣 撮影/竹井俊晴
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