自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
スカイアクティブでマツダを変えた技術屋の反骨魂~「持たざる者」が革新を生む方法
2015年3月に予約受付を開始したロードスターをもって、マツダの新世代商品群が出そろったことになる。
火付け役は2012年のCX-5。その後、アテンザ、アクセラ、デミオ、CX-3と続いてロードスターである。ご存じのように、どれもヒットを飛ばしている。
これらマツダの新世代商品に共通しているのは、『SKYACTIV(スカイアクティブ)』と呼ばれる次世代技術を搭載していることだ。エンジン、トランスミッション、ボディ、シャシー技術の総称で、商品群をひと括りにして共通の技術を開発し、車種ごとに最適化して適用している。
SKYACTIVの狙いは「走る歓び」と「環境安全性能」を高めること。これらを実現するために、マツダは研究開発から製造にいたるまで、クルマづくりすべてのプロセスを革新する「モノづくり革新」を実行した。
だが、マツダがクルマづくりをゼロから見直した理由はほかにもあった。根本的な刷新が必要なほど、会社が危機的な状況に陥っていたからだ。バブル崩壊後の1990年代から2000年代の間にあった、2度の経営危機。この逆境から這い上がるべく、技術的な飛躍を必要としていたのだ。
その核となったのが、世界一の高圧縮比を実現した高効率直噴ガソリンエンジンの『SKYACTIV-G』と、世界一の低圧縮比を実現したクリーンディーゼルエンジンの『SKYACTIV-D』。どちらも、マツダの新世代商品群の大きな魅力の一つとなっている。
これらエンジンの生みの親と言っていいのが、常務執行役員の人見光夫氏なのである。
1979年に入社して以来、同社の技術研究所でパワートレインの先行開発を行ってきた人見氏は、内燃機関を磨くことで技術の飛躍が生まれると確信していた。ただし、会社が経営の危機に瀕し、満を持して表舞台に立ったのではない。
「私は前に出たいと思うタイプじゃない。偶然お鉢が回ってきただけですよ」
いわば「受け身のリーダー昇進」だったという変革者の仕事論に迫る。
内燃機関にこだわったのは、「近未来のあるべき姿」を探った結果
―― 内燃機関の先行開発を本格的に始めた2000年代初頭、大手メーカーが次世代エンジン開発に1000人規模で取り組む中、人見さんのチームは約30名しかいなかったそうですね。そこから全社を挙げての“SKYACTIVシフト”をリードすることになった転機は何だったのですか?
会社が存続できるかどうかという瀬戸際になった時、「何か良いアイデアはないか」と聞かれたので、「じゃあ世界一の高圧縮エンジンを作ればいいんじゃないか」と。そうしたら、他に選択肢がなかったので私が選ばれた。
まぁ、内心「他の奴に任せたって絶対にうまくいかない」という思いはありましたが(笑)。
―― SKYACTIVは、結果的に会社を救う象徴的な技術となりました。最初から、内燃機関のイノベーションがカギを握ると考えていた?
いえいえ。当時、内燃機関に着目したのは、マツダはハイブリッド車と違うところでゲームしないと生きていけなかったからです。
ハイブリッドが合理的で絶対に主流になると思ったら、嫌でもやるしかない。でも、会社のため、社会のためを考えて細かくチェックポイントを設定し、一つ一つ×を付けていった結果、内燃機関を磨く方がベターだという結論に至りました。
私の本(『答えは必ずある―逆境をはね返したマツダの発想力』)にも書いたように、年に1万キロしか乗らないような人は、今のハイブリッド車だと燃費の良さでガソリン車やディーゼル車との価格差分を取り戻すことはできません。
そういうお客さんにとって、既存のエンジンを低燃費にしていく取り組みはまだまだ価値のあることなんです。
それに、我々がハイブリッド競争に乗り出さなかったのは、そこで戦っても負けるのが明白だったからという事情もあります。ハイブリッドの研究開発にはとにかくお金が掛かる。我々には購買力もないし開発力もないから、とても手が出せなかった。
ただね。そこで「お手上げだ」と泣き寝入りするようじゃあ、情けないじゃないですか。我々のできることで、本当にお客さんのためにメリットとなる開発とは何なんだ? と細かくチェックしていったわけです。
―― 会社の窮状に、ゲームチェンジを余儀なくされたと?
そう。だから極めて受動的(笑)。
欧州でのCO2排出量規制の強化が目前に迫っていたこともあって、じっくり検討している時間すらありませんでした。内燃機関の技術的な飛躍にメドは立っていなくても、賭けるしかなかったんですよ。直感的に、「できるだろう」という自信はありましたけど。
―― 今、世間では電気自動車への期待も高まっていますが?
何の制約もなければ、燃料電池車だろうが電気自動車だろうが、好きに選べます。でも、そういうケースは稀です。マツダも電気自動車開発をやればできるかもしれませんが、少なくとも今は絶対に儲からないし、大赤字になって会社は死んでしまう。だから内燃機関を磨くしかなかった。
どうせ死ぬなら、改善の余地がある方を選ぶべきで。技術屋だったら、信じてやるしかないじゃないですか。
―― その甲斐があって、マツダの新世代商品はどれも、燃費が良いだけでなく走りも楽しいクルマになりました。
今でも「なぜ今さら内燃機関に力を入れるんですか?」という質問を受けることがありますが、世の中が電気自動車だ燃料電池車だと騒いでいる間にも、内燃機関を積んだクルマが新興国を中心に何億台も普及しているんです。
その内燃機関が排出するCO2を抑えておかないと、地球環境はどうなるんですか?
電気自動車が普及するために必要な充電環境も、各メーカーが喧伝するほど整ってはいない。だから、再生可能なエネルギーで安価にクルマが動くようになるまでは、内燃機関を磨いてつながなければなりません。
「ビールがまずい夜」を迎えないために、マネジメントを学ぶ
―― 20代30代のころから、そこまで考えて仕事をしていたのでしょうか?
そんなことを20 代で考えていたら、同僚たちに嫌われますよ(笑)。若いころは、どうやってすごい技術を提案してやろうかと、そればかり考えていました。
―― じゃあ視点が上がるきっかけは何だったのでしょう?
特に転機があったわけではなくてですね。何か作るなら、絶対に世界一でなければ面白くないとは思い続けてきました。で、年を取ると、そんなことを強く意識するようになるわけです。そうこうしていたら、「今までと違うモノ」が出てきた。
―― 「違うモノ」とはハイブリッド車や電気自動車ですか?
ええ。レコードからCDへと時代が変わろうとしている時に、「オレはまだまだレコードプレーヤーを作るんだ」とか言っていたら、絶対に死にますよね。
―― でも、さっきもおっしゃっていたように、ハイブリッドも電気自動車も“CD”になることは当面ないと判断した。
すごい先の未来は分かりません。でも、どうチェックしても、自分が会社におる間は絶対にそうならないなと考えました。
もう少し広い視野を持たなければいけないなと思ったのは、パワートレイン先行開発部長を務めていた2003年ごろでしょうか。「ウチは内燃機関を磨くべきだ」と1人で叫んでいたって何も変わらない。上司や同僚、後輩たちをまとめて、みんなで頑張らなければいけなかった。
誰かがしっかりリーダーシップを発揮しないと、みんなが腐ってしまうという危機感を持ったんです。
―― 開発だけに打ち込んでいた方が楽だとは思わなかったのですか? 「マネジメント側にまわるのは面倒だ」と考えるエンジニアは多いですが。
私も思いました(笑)。「自分がやる」と言ったら、いろんなことに責任を感じないといけない。そうすると、うまくいかなかったらビールがまずくなる。ビールがまずい夜を過ごすなんて、ねぇ……。
―― (笑)。
まぁでも、ビールをおいしく飲むためにも、頑張ってマネジメントするしかないだろうと。
いざやってみると、最初は「あっち(マネジメント)の世界って大変なんだろうな」と思っていたのが、だんだん大したことではないように思えてくるものです。そういう地位に立たないと、自分のできる範囲のことしかできないですし。
人さまの上に立って采配すれば、1人でやるより大きな仕事ができる。そのことに気付くわけです。
世紀の大発見にしたって、1人でモノにするのは絶対に無理じゃないですか。何か成し遂げたいなら、それなりの地位にはなっておくべきですよ。
不可能を可能にする「ヘッドピン」を探せ
―― ところで、人見さんのお話の中にはたびたび「チェックポイントに×を付ける」、「チェックする」という言葉が出てきます。あればどういうことなのでしょうか?
自分が提案した意見が採用されないのが、技術屋としては一番面白くない。それこそ、飲み屋でくだを巻くしかないわけですよ。「会社は分かってない」と。
その気持ちは分かる。でも、そうならないためには、世の中のために本当に役に立つ技術か、会社にとって一番良い方法かをチェックする必要があります。
チェックする際、一つでも×が付いてはダメです。正義がなければ、つまらんエゴを通しただけにすぎませんからね。データを見て、シミュレーションもする。
そうしたら、ガソリンエンジンの燃費をあと25%~26%改善したら、電気自動車とも伍して戦えるということが証明できた。
この25、6%を技術の力で改善できるか、そしてその改善作業が終わるまでに、世界は電気自動車の充電環境をそろえることができるのか。こういったチェックポイントを一つ一つ消していった結果、やはり今は内燃機関を磨くのがベターだろうと。
だからSKYACTIVの開発では、技術革新の先導役として、内燃機関を磨いていくロードマップを描きました。
マツダのような小さな会社の場合、本当にすごい技術でないと世間は認めてくれません。社内でも、半分くらいが反対するようなアイデアでなければダメです。
しかし、いかんせん(先行開発から実用化までに必要な)技術者の絶対数が足りない。そういう状況で重要なのは順番です。
ロードマップの最後に置いている要素を前に持って来てもいいことはない。無理に先のことをやろうとしたって、悪い現象しか出ないですから。少ない人数でも、効率的に的を射た開発を行えば、何もできない状況は払拭できます。
順番が正しければ、必ずやれる。技術屋は、軽々しく「できない」と言ってはいけないんですよ。
―― とはいえ、お金も人も足りない状況で事を成すのは難しい。そんな状況で、どう技術革新を進めていけばいいのでしょう?
本でも触れていますが、ボウリングのように、後ろのピンがすべて倒れるようなヘッドピンを探すことが重要です。
1つの目的を果たすために仕事をしているつもりが、ちょっと視点をずらしただけで3つも4つも目的を果たせるようになる。そういうヘッドピンが見つかりさえすれば、同じ8時間考えても、出てくる成果が違います。
だから今、無理難題に挑戦している技術者には、「もっと必死に考えなさい」と言いたい。
一見無関係に転がっている問題が実はつながっていて、一つ突っつけば全部に効く共通の打ち手が見つけられる。そういう発想を続けて経験を積むうちに、だんだん固まってきて、自分流になるんだと思います。
―― 多くの人は、目の前の問題を解決することに流されがちです。
出血しているならそれを止めなければなりませんが、問題の表面しか見ていなかったら絶対にモグラ叩きになります。次から次に問題が出てきて、いくら時間があっても足りなくなる。
だから、表面だけではなく、本質を見る習慣を身に付けることが大切です。これもね、私が根っから怠惰だからそういう発想が出てくるんだと思うんです。
たくさん働かないで済ませたいじゃないですか。怠惰も捨てたもんではないですよ。
―― 怠惰は技術者にとって美徳だと。興味深いお話をありがとうございました。
取材・文/世良耕太 撮影/小林 正
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