キャリアVol.7

[コラム] 世界的プログラマー・中島聡のワガママな生き方に”長寿な技術屋”の秘密を見た!

「気分がノッてる時、つまりやることがはっきりしている時は、朝4時くらいに起きてコードを書きますね。メールもチェックせずに。それで、気付いたら7時くらい。奥さんが起きてくる前にプログラミングがひと段落していると、『あ、今日は良い日だな』となるわけ(笑)」

これが、『Windows95/98』、そして『Internet Explore3.0/4.0』のチーフアーキテクトなどを務めた大物プログラマー・中島聡氏の日常である。

「エンジニア35歳定年説」なんて言葉が流布したこともあるほど、開発者としての「旬」は短いとされるエンジニアリングの世界。その中で中島氏は、50歳を越えてなお、グローバルレベルで第一線のプログラマーであり続ける。

自著『エンジニアとしての生き方 IT技術者たちよ、世界に出よう』(インプレスジャパン/税込1680円)の出版記念として4月24日に行われた講演では、そんな氏が、長年一流プログラマーとして活躍し続けられる理由を垣間見ることができた。

日本初の個人ユーザー向けマイクロコンピュータ『TK-80』を購入してから、科学少年のハートに火が付きプログラミングに没頭した高校時代。自作のCADソフト『CANDY』が受け、世に名前を知られる存在になった大学生時代。にもかかわらず、「何となく会社の看板に惹かれて」NTTの通信研究所に就職し、数年後、年功序列の壁に突き当たって退職した若手時代。その後、マイクロソフト日本法人(現・日本マイクロソフト)に転職し、『Windows』シリーズの設計・開発に携わるチャンスを得たこと。

中島聡

その後の活躍は先述の通りだが、こうした経験の中から得た教訓や、マイクロソフト本社へ移ってから仕事の拠点としているアメリカのエンジニアたちを見て感じた「日米でのキャリア感の違い」などが、本著には記されている。

詳しい内容は実際に読んでもらうとして、講演会で語られた”中島節”の数々は、日本の若手エンジニアにとって非常に示唆に富むものだった。

技術屋人生の進路を決めた、ビル・ゲイツとのミーティング

マイクロソフトを退社後、自ら立ち上げたUIEvolutionでは、経営者兼開発者としてiPhone/iPadアプリ『CloudReaders』や『neu.Notes』シリーズを開発。今年に入ってからも、米トヨタモーターセールスと車載マルチメディアシステム『Entune』の開発で協業を発表するなど、次々に新分野のヒットプロダクトを生み出してきた。

このプログラマー魂を支えてきたのは、「小さくてもいいから、いつも新しいものを世の中に出していきたい」という思いだ。

マイクロソフトを退社するきっかけになったというビル・ゲイツ氏とのやりとりは、このポリシーが凝縮されたものと呼べるだろう。それは、『Windows』シリーズの成功で世界的大企業となったマイクロソフトが、「次の5年を見据えてどんなプロダクトを作っていけばいいのか」を議論するため、ゲイツ氏が中堅アーキテクトたちを集めて行ったミーティングでの出来事だった。

「2000年当時の僕は、『これからはWebベースのOfficeを作っていくべきだ』と考えていて、ビルに『まずは小さくスタートして、半年タームとかで新しいOfficeを開発させてほしい』と提案したんです。そしたらビルが、『サトシ、何を言ってるんだ』と。当時の彼が考えていた『マイクロソフトにしかできないこと』とは、莫大な資金と大勢のエンジニアを投入し、よりデカい開発をやるというもの。僕の考えていたようなチャレンジは、ビルにしてみれば『小さなベンチャーがやること』だったわけです」

しかし、Webの世界が加速度的に進化していたIT業界で、「5年先のプロダクトをデザインする」という発想のモノづくりはいずれ通用しなくなると感じていた中島氏は、会社の流れが変わったと感じて退社。「今でもWindowsとOfficeの売り上げ額は絶大なわけで、大企業のやり方としてはビルの判断が正しかったんだと思う」と前置きしつつ、自身はそれを是とせず起業の道を選んだ。

今では中島氏の予見が現実のものとなり、「小さく立ち上げた」アプリやプラットフォームは世界中のユーザーに使われるプロダクトになっている。

「誰かの役に立ちたいって思いは、正直後付けでしかない」

「会社や奥さんからしたらワガママな生き方なんだろうけど、それが僕にとっての自然体だから」。そうはにかむ中島氏が、身の安定や大企業の看板を捨てて、手にしたものは何なのか。それは、「プログラムを書く」という意思決定を自由に行える人生だ。

「コードを書く作業って、企業経営と一緒で常に『判断』の連続なんです。僕がずっとプログラマーを続けている理由は、その判断を自分の意思で行いながら、難しい問題が解けた時の快感をずっと感じていたいからかもしれない。小さなころから、単純計算は嫌い、でも応用問題は好きっていうひねくれた子どもだったから」

仕事を続けるモチベーションとして、「自分が作ったものをたくさんの人に使ってもらいたい」という思いはもちろんあるという。ただ、それが至上の喜びではない、と打ち明ける。

「誰かの役に立つソフトを作りたいって思いは、正直言うと後付けの理由でしかないんだよ(笑)。そもそもコードを書くのってとても楽しいし、今回書いた本でも、結局は『もっとプログラマー人生って楽しいものだよ』って伝えたかったんだと思います」

他人や会社に与えられた公式ではなく、自分で頭をひねりながら新しいやり方を考え、解を出していく。こじ付けかもしれないが、それこそが人生とは言えないだろうか。

「今朝もね、タッチパネル上で人の指が描く曲線をどうすればプログラムでキャッチできるのかをあれこれ考えていて。今ではそうやって自分で応用問題を作りながら、仕事を楽しくしています」

どんな理屈や世の定理よりも、中島氏の「自分で応用問題を作り続ける生き方」こそが、より良いシゴト人生を送るためのヒントになるのかもしれない。

取材・文/伊藤健吾(編集部)

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