自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
トヨタがほしかったのは、マツダの「目の付けどころ」
トヨタとマツダは2015年5月13日、「クルマが持つ魅力をさらに高めていく」ことを念頭に、「経営資源の活用や、商品・技術の補完など、相互にシナジー効果を発揮しうる、継続性のある協力関係の構築に向けた覚え書きに調印した」と発表した。
特定の業務に関する提携ではなく、資本提携でもない。「互いの強みを活かせる具体的な業務提携の内容」の合意に向けて、検討委員会を立ち上げて議論していくという。
ハイブリッドという「転ばぬ先の杖」
トヨタとマツダの直近の協業としては、トヨタからマツダへの「ハイブリッドシステムの技術ライセンス供与」が挙げられる。2010年3月に合意に達し、2013年11月に発売されたアクセラ・ハイブリッドで商品として実を結んだ。
SKYAKTIVテクノロジーの生みの親の1人である人見光夫・常務執行役員が本サイトの記事(SKYAKTIVでマツダを変えた技術屋の反骨魂〜「持たざる者」が革新を生む方法)で触れているとおり、「ハイブリッドが合理的で絶対に主流になると思ったら、嫌でもやるしかない」のである。
ところが、会社のため、社会のために検討した結果、マツダはハイブリッドではなく「内燃機関を磨く方がベターだ」という結論に至った。
そんな議論をしている間にも、マツダの販売店にやってくる客からは「ハイブリッドはないのか?」という要求が突きつけられていた。「ありません」と答えれば、客は去ってゆく。販売の現場としては、みすみすチャンスを逃している気分だったろう。
トヨタとマツダが合意に達したタイミングにも注目したい。
現在なら、SKYAKTIVテクノロジーでユーザーの気持ちをがっちりつかもうと意気込むところだが、革新的なこの技術が発表されたのは2010年10月のことだった。実車への本格投入は2012年のCX-5まで待つ必要があった。SKYAKTIVが支持されるかどうか保証されたわけではなく、企業としては「転ばぬ先の杖」を用意しておく必要があった。
それが、ハイブリッドシステムの技術ライセンス供与である。人見・常務執行役員が語っているように、「ハイブリッドの研究開発にはお金が掛かる。購買力もないし開発力もないから、とても手が出なかった」ので、トヨタに頼ったというわけだ。
一方、マツダからトヨタへの流れもある。
2012年11月、マツダはメキシコに新設した工場で、トヨタ向けの車両を生産することについて合意した。メキシコの新工場は2014年に稼働を始め、マツダ3(日本名アクセラ)とマツダ2(日本名デミオ)を生産している。このうち新型マツダ2を、若年層をターゲットにしたトヨタの北米専用ブランド「サイオン(Scion)」の新規モデルに仕立てて供給する。
マツダにとれば、生産台数の増加によって生産効率向上のメリットが得られるし、トヨタは北米における商品ラインアップの強化を図ることができる。5月の覚え書き調印前にも、トヨタとマツダは相互に補完し合う、良い関係にあった。
強い意思を感じさせる「選択と集中」
マツダにトヨタほどのリソースがあれば、ガソリンやディーゼルなどのエンジンだけでなく、ハイブリッドだろうが電気自動車だろうが燃料電池自動車だろうが、短期から長期まで、需要が予想される技術には片っ端から手を出していただろう。
ところが、とてもそんな余裕はないので、「選択と集中」をしたわけだ。
内燃機関、すなわちガソリンエンジンとディーゼルエンジンはとことん磨くが、それ以外には手を出さない。必要であれば他社の協力を仰ぐ。その一例がトヨタから技術供与を受けたハイブリッドである。燃料電池車の技術が必要だと感じたら、業務提携のリストに載せることになるだろう。それがマツダのスタンスだ。
マツダより会社の規模は大きいが、トヨタよりは圧倒的に小さいホンダの技術系上層部は、「うちは選択と集中はやらない。全方位技術戦略でやる」と言い放った。ディーゼルはやっているとは言いがたい状況だが、ホンダはガソリンをやり、ハイブリッドをやり、電気自動車も燃料電池車もやっている。
もっと細かく見ていくと、トランスミッションはCVT(無段変速機)を中心に、新興勢力のDCT(デュアルクラッチ式)もやっている。どちらもメカはサプライヤーから調達するのではなく、内製が基本だ。
ハイブリッドは一つの方式に集中することなく3種類を手掛けるし、過給ダウンサイジングが流行すると見るや、一気に3機種を同時並行で開発することにした。
何でもやっていて頼もしい限りだが、「絶対に当てるんだ」というSKYAKTIVのような強い意思が感じられなければ技術の核も見あたらず、「数打ちゃあたる」に見えなくもない。時に「何でもやる」ことに必死で、ケアが不十分ではないかと感じることもある。
「ライトサイジング」で欧州に先んじていた
トヨタの場合、商品化されていなくても研究や開発の現場でやっていないことはない。全方位なのは技術戦略ではなく、当然のこととしてカバーしているだけである。
ならばマツダと協業する必要はなさそうなものだが、トヨタの視点でマツダを見ると、喉から手が出るほどほしい技術があるようだ。その代表例はSKYAKTIVテクノロジーの一つ、革新的なディーゼルの技術だろう。
高圧縮比を実現した高効率のガソリン自然吸気エンジンに関しては、「先に気付いて取り組んだか、そうでないかの違い」という声も聞こえてくるが、自分たちの手でイチから技術を検証するより、知っている人に教えを請う方が効率的だ。
5月上旬のウイーン・モーター・シンポジウムでアウディは、新開発したガソリンターボエンジンを「ライトサイジング」だとして発表した。ライトとは、「正しい」を意味するRightだ。排気量は2Lである。何に対して2Lの排気量が正しいのかといえば、「ダウンサイジング」だ。
ダウンサイジングが正しいと信じるなら、1.5Lなり1.2Lなりのエンジンを開発して、自慢したことだろう。だが、アウディは2Lが正しいと主張する(中核クラスのA4が搭載するエンジンとして)。この件については人見・常務執行役員が3月に話をしていた。
「ダウンサイジングは排気量を落として出力を上げるのと引き換えに、実用燃費を悪くしてコストを上げているんです。実際は排気量が大きい方が実用燃費ははるかにいい。ヨーロッパの巨大メーカーはそこに気づき始めた。これからは排気量を上げる方向に行きますよ」
マツダは従前から、そのことに気付いていたということだ。
マツダは規模の都合で手を出せない技術や資源の活用に関し、トヨタに協業によるシナジー効果を求めていくのだろう。一方、トヨタが買っているのは、マツダの「目の付けどころ」に見える。こればかりは企業風土がモノを言うから、自前のリソースで解決できる問題ではない。トヨタとマツダのパートナーシップは、お互いが必要とするものを補完する、対等かつ良好な関係に見える。
写真/トヨタ、マツダ提供
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
ブログ:『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
Twitter:@serakota
著書:『F1 テクノロジー考』(三栄書房)、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』(三栄書房)など
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