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新しいスマホ広告『Kiip』を生み、世界のイノベーター50に選ばれたBrain Wong氏「突然の解雇で人生が変わった」

働き方

    ピンチはチャンスの入り口である。真のアイデアは逆境の中から生まれる。周囲が「ゴミだ」と言うプランこそ、大化けの可能性を秘めている。

    成功したIT起業家やVCが半生を語る時、必ず出てくるこれらの知見を、すべて19歳という若さで体得していたシリコンバレーの起業家がいる。

    スマホ広告の新しい形である「アチーブメント広告」を開発し、起業から3年後の22歳で米Fast Company誌「The World’s 50 Most Innovative Companies 2013」に選ばれた、Kiip創業者のBrain Wong氏だ。

    kiipの公式日本語サイト

    kiipの公式日本語サイト

    Wong氏の生み出したアチーブメント広告とは、スマホアプリ内に専用のSDKを組込むことで、「何かを達成した瞬間」に広告を配信する仕組みだ。

    例えば、ゲームのボスキャラを倒して面をクリアした瞬間や、フィットネスアプリを使って継続的にランニングを続けていると、ミネラルウォーターの無料交換チケットが配信される、といった感じだ。

    ユーザーは、ゲームクリアなどの「アチーブメントモーメント」に広告主からクーポンやサービス特典が配信されるため、思わぬ“ご褒美”を受け取ることになる。一般的な広告配信システムよりも効果が高いのは、想像に難くない。

    実際、アメリカではP&Gやペプシといった有名ブランドをはじめ、大小さまざまな企業がKiipを利用しており、KiipのSDKを導入して広告を配信するアプリは全世界で1100を超えている。日本でも、ローソンやYahoo! JAPANなどが採用し始めている。

    中でも、国内最大手のネット企業であるYahoo! JAPANが今年7月末からKiipの広告配信技術を自社プロモーションに活用する取り組みを行うなど、急速に普及の足がかりを築いているのだ。

    新しいスマホ広告『Kiip』を生み、世界のイノベーター50に選ばれたBrain Wong氏「突然の解雇で人生が変わった」

    新しいスマホ広告『Kiip』を生み、世界のイノベーター50に選ばれたBrain Wong氏「突然の解雇で人生が変わった」

    革新的なビジネスモデルは「傷心旅行」から生まれた

    このYahoo! JAPANとの提携交渉で来日していたWong氏が、起業家育成プログラムを運営する『Open Network Lab』で行ったミートアップイベント「スマートフォン広告の革命児、Brian Wong成功の秘密」で語った半生は、実に興味深い内容だった。

    『Open Network Lab』のミートアップで話すWong氏

    『Open Network Lab』のミートアップで話すWong氏

    タイトルにもあるように、エリートだけが持ち得る成功の秘密を語るかと思いきや、「起業のきっかけは前職をレイオフ(解雇)されたこと」、「Kiipのアイデアをプレゼンしても、最初はどのインキュベーターも入居させてくれなかった」など苦しんだ日々について話し続ける。

    しかも、14歳で米コロンビア大学に入学し、18歳で卒業という秀才ながら、「最初のキャリアは11歳のころに始めたWebデザインの仕事。アントレプレナーになろうなんて考えていなかった」と笑いながら明かす。

    そんなWong氏がどうしてKiipのような画期的なビジネスアイデアを思い付いたのか。そして、デザイナーから起業家としてどう成長していったのか。別日に行った単独インタビューを紹介しよう。

    ―― まず、「アチーブメント広告」の構想はどうやって生まれたのか、起業のいきさつを教えてください。

    きっかけは、起業する前に働いていた『Digg(米で一世を風靡したソーシャルニュースサイト。2012年にBetaworksが買収)』をレイオフされたことだったんだ。

    僕は大学を卒業後、「シリコンバレーで働きたい」とVCなどに売り込みをかけて、Diggでビジネスディベロップメントの仕事をさせてもらえることになっていた。でも、入社から約半年後の2010年6月、DiggがYahoo!に買収されるという話が持ち上がり、所属していたチームごと解雇されてしまったんだ。

    僕はカナダ人で、就労ビザもままならない状態だったから、その後東南アジアに旅に出ることにした。そこで、多くの若者がiPhoneのゲームにハマッている様子を見て、アチーブメント広告のプランを閃いたんだよ。

    ―― もう少し詳しく、アイデアを閃いた時の話を聞かせてください。

    なぜ彼らがこんなにハマっているのかを知りたくて、彼らの手元をずっと観察していたんだ。その時に気付いたのは、皆がゲームをクリアするのに必死で、画面の端にある広告は無視されていること。

    そんな様子を見ながら、僕は「もしもゲームクリアの“ご褒美”として無料のクーポンなんかが表示されたらどうなるんだろう?」と考えるようになっていた。Diggにいたころ、広告の仕事もやっていたからだろうね。

    このアイデアをずっと考え続けていたら、「アチーブメント広告」のプランを閃いて、すぐにシリコンバレーへ戻ったんだよ。

    ―― WongさんはもともとWebデザイナーだったということですが、Kiipの開発はどのように?

    Diggにいた時一緒に働いていたエンジニアのCourtney Guertinに、「すごい広告配信システムを思い付いたから一緒に作らないか?」と声を掛けたんだ。だから開発したのは彼。今はKiipのCTOをやっているよ。

    ただ、僕もHTML+CSSでモックアップを作ることはできたから、起業しようと決めてからすぐにデモを作って、ひたすら投資家に売り込んだよ。

    今思えば、デザイナーのスキルは投資家へのプレゼン資料を作る時にもすごく役に立った。友だちに頼まれてWebサイトのデザインをやっていた10代前半のころは、起業なんて考えていなかったから、本当に偶然だね。

    ―― その後、現在のように多くの広告主やアプリ開発者がKiipを利用するようになるまでは順調でしたか?

    いや、全然(苦笑)。

    起業したてのころに立てた戦略は、まずディベロッパーが導入しやすいSDKを開発し、その後に有名ブランドに広告出稿をお願いし、いろんなアプリに採用してもらう、というものだった。

    でも、はじめは誰も興味を持ってくれなかった。当時はオフィスもなかったから、シリコンバレーで名のあるインキュベーターに売り込んで入居させてもらおうと掛け合ったけど、どこも入れてくれなかったよ。

    新しいスマホ広告『Kiip』を生み、世界のイノベーター50に選ばれたBrain Wong氏

    「ゲームをクリアしたらスターバックスの無料クーポンがもらえるような仕組みだ」とプレゼンしても、返ってくるのは「それは何の問題を解決するんだ?」というような反応ばかりで。

    それでも粘り強く、僕らの若さと革新性を売り込んでいくうち、最初の資金調達(米True Venturesから20万ドル=約1600万円を調達)をすることができたんだ。

    うまく回り出したのは、この時期からだったね。その後、いくつか大型投資を受けることができたから。

    今、世の中で「当たり前」のことを変えるのが成長の秘けつ

    ―― 最初の資金調達がうまくいった理由は何だと思いますか?

    これは僕の人生のキーワードでもあるんだけど、セレンディピディ(幸せな偶然性)ってとても大事だと思うんだ。Kiipも、アプリユーザーにセレンディピディを提供するのがコンセプトなんだよ。

    もちろん、偶然性やラッキーを呼び込むために、本当に愚直な売り込みをやったけどね。

    ―― 事業プランが不評だった時期は、自信をなくしたりしなかったんですか?

    多くのインキュベーターに入居を断られ続け、その後に気付いたのは、「彼らの判断がすべてじゃない」ということ。さっきのデザインスキルの話じゃないけれど、何か一つのことを本気で深掘りしていれば、いずれ道は思わぬ方向に開いていくものだと思っている。偶然の幸せが重なってね。

    ―― ただ、ビジネスは偶然だけでは継続できません。事業プランやモノそのものがよくなければ、大きく育たないのも事実です。Kiipはなぜ、一度チャンスをつかんだ後、堅調に成長できたのでしょうか?

    世の中で「当たり前」だと思われていたことを変えようとしていたからじゃないかな。

    Twitterを例に考えると、あれは技術的には決してイノベーティブなものじゃないよね。でも、「人がふとしたことを手軽につぶやける」ようにしたという意味で、とても画期的だった。

    それまでは、何かをWebで表現しようと思ったら、専用のCMSにアクセスしてブログをアップして……というステップを踏むのが「当たり前」だったからね。

    つまりTwitterは、それまで多くの人が「当たり前」だと思っていた行動を変えたんだ。

    広告も、これまでは広告主や広告配信会社がPRしたいことをユーザーに押し付けるものが多かったけれど、Kiipはいろんな「アチーブメントモーメント」に合わせて配信することで、広告をユーザーへの“ご褒美”に変えた。

    Twitter同様、僕らは人の(広告閲覧の)行動を変えることができたんだ。

    ちなみにこの「アチーブメントモーメント」は、ゲーム以外にもいろんなアプリに存在しているから、今後もっとKiipは成長できると思っているよ。音楽や料理、ヘルスケア、ツール関連と、適用できそうなジャンルのアプリはたくさんあるからね。

    アイスモナカに学ぶ「世界で通用する事業アイデア」の見つけ方

    アイスモナカに学ぶ「世界で通用する事業アイデア」の見つけ方
    ―― Wongさんのお話を聞いていると、生粋のアントレプレナー気質を感じます。日本のベンチャーだと、「わたしは起業家でビジネスを考える人」、「わたしはエンジニアやデザイナーだからモノを作る人」と役割分担をしながら物事を進めるシーンが少なからずあるのですが、なぜ「元・Webデザイナー」のWongさんはアントレプレナーとして成功を収められたのでしょう?

    質問に答える前にシリコンバレーの話をすると、あちらでも「ビジネスタイプ」と「クリエイタータイプ」は明確に分かれているよ。決して日本だけの話ではないと思う。

    そしてあちらでは、ビジネスとエンジニアリングの両方ができる人だけがGoogleに雇われる(笑)。

    冗談はさておき僕自身の話をすると、僕はいつも「生活の当たり前」に目を配りながら、それを変えるアイデアやテクノロジーについて考えるようにしてきた。だから、起業家としてやれるようになったんだと思う。

    この経験則から言わせてもらえば、日本には世界的起業家を生み出す土壌があると思うんだ。

    ―― なぜですか?

    だって、日本はそれこそ世界中で通用しそうな「当たり前を変える素晴らしいアイデアとテクノロジー」を、すでにたくさん実現している国だから。

    例えば日本のおさいふケータイは、アメリカじゃ考えられない。ケータイをかざすスキャナの精度が、日本のモノほど優れていないからね。東京の地下鉄だってそう。地下なのにケータイの電波が入るなんて、ニューヨークですらあり得ないことだ。

    それにこの前、箱に入ったアイスモナカを買った時には、「アイスが溶けても手を汚さず食べられるなんて、何てすごい発明だ!」と驚いたんだ。

    これらのように、日本はほかの国ではまだまだ「当たり前じゃないこと」を、一足先に「当たり前」にしている。これはすごいことだよ。

    日本のエンジニアやデザイナーは、「日本の当たり前は世界の非常識だ」と思って日々の生活を見つめることで、世界に通用するような優れたビジネスのアイデアをつかむことができるんだよ。

    ―― では、そんな日本にいるエンジニアやクリエイターが、起業やビジネスディベロップをしていく際に押さえておくべきポイントを教えてください。
    もとは「クリエイター」だったWong氏の考える、ビジネス面でのキャリア形成のカギとは?

    もとは「クリエイター」だったWong氏の考える、ビジネス面でのキャリア形成のカギとは?

    僕はまだ起業から3年、従業員50人ほどの“オールド・スタートアップ”のCEOだから偉そうなことはいえないけど、クリエイターがキャリアを広げていくには3つの視点で能力を高めていく必要があると思う。

    1つは、手掛けるサービスでレベニューストーリーをどう生み出すか。ただ「技術的に面白い」というだけでは、商売は成り立たないからね。

    2つ目は、仲間をどうやって惹き付けるか。スタートアップに投資する人たちが重視することの一つは、「チーム編成力があるかどうか」なんだ。

    3つ目はちょっと抽象的だけど、手掛けるサービスをどう拡大させていくかを、フレキシビリティも考えながらデザインすること。僕は「コンポーネント・デザイン」と言っているんだけど、将来拡大していくことを想定しながら機能をデザインしていくのがとても大事。これは、エンジニアやデザイナーだからこそできることでもあると思う。

    ―― 2番目のチーム編成力を具体的に言うと? 「採用」はスタートアップにとって難しい課題だと思いますが、どうやって良いチームメンバーを口説き、目利きし、採用するんですか?

    ことエンジニアに関して言うと、僕らは(日本で言う新卒の)大卒エンジニアを採用するようにしてきたね。中途は採用競合も多いので、CTOのCourtneyをはじめ「すでにいる良いエンジニア」を輩出した大学・学部を狙い撃ちしてリクルーティングをしていた。

    その中から良いメンバーになりそうな人を見極めるのは、周囲のエンジニアにとって「良い先生」になりそうかどうかで判断している。説明上手で、共有上手なタイプの方が、少人数でフレキシブルに開発を進めるのに向いているからね。

    ―― なるほど。細かい点まで経験則を教えてくれてありがとうございました。

    取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/竹井俊晴
    通訳/デジタルガレージUS 琴 章憲

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