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データサイエンティストもプログラマーも人材不足!今、宇宙ビジネスに異業種エンジニアが求められている

働き方

    宇宙ビジネスといえば、国の予算と政府管轄の組織を総動員する壮大なプロジェクトというイメージがある。そのため、他分野の一企業で働いたり、個人で仕事をするエンジニアには、まったく関係のない話と思われる読者もいるかもしれない。

    「膨大な資金と高度な技術力が必要」と思われがちな宇宙関連ビジネスだが、昨今はベンチャー企業の参入が目立つようになった

    From jurvetson
    「膨大な資金と高度な技術力が必要」と思われがちな宇宙関連ビジネスだが、昨今はベンチャー企業の参入が目立つようになった

    「膨大な資金と高度な技術力が必要」と思われがちな宇宙関連ビジネスだが、昨今はベンチャー企業の参入が目立つようになった

    しかし今、国内外問わず宇宙ビジネスで活躍しているのは、ベンチャースピリッツを持つ民間企業だ。今回、宇宙関連事業の専門家、そして宇宙産業で活躍する日本発のベンチャー企業に取材する機会を得た。

    彼らの話によると、宇宙資源を利用した新しいサービスの創出から、その謎を解き明かす宇宙開発まで、宇宙ビジネスの多岐に渡るシーンでエンジニアが求められているという。

    今なぜ宇宙ビジネスにエンジニアが求められるのか? 国内宇宙ビジネスの現状と展望の解読を交えながら、その理由を探る。

    イーロン・マスクのスペースXが導いた、民間宇宙旅行“新時代”の幕開け

    米国の航空宇宙局、NASAが国際宇宙ステーションへの物資輸送を目的とし、3月1日に無人宇宙船を打ち上げた。打ち上げられる宇宙船の名は『ドラゴン』。国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げられるのは、昨年5月、10月に続き3回目となる。

    このドラゴン、開発しているのはNASAではなく米国の民間企業、それもベンチャーだ。

    ドラゴンを開発する米国のベンチャー企業・スペースXは、PayPalとテスラモーターズの創設者でもあるイーロン・マスク氏によって2002年に設立された。昨年5月にドラゴンが民間機として初めてISSにドッキングした出来事は、旧来の宇宙産業のプロフェッショナルたちを驚かせ、“民間宇宙旅行の新時代の幕開け”と評されている。

    創業から10年というとてつもないスピードで宇宙に物資を送り届けた同社の躍進は、技術者に「宇宙は思っていたよりも身近なものなのかもしれない」と思わせてくれた。

    では、現代の宇宙産業のトレンドとは一体どんなものなのか。そして、開発の現場で活躍するのはどんなエンジニアなのか。こうした疑問を、専門家、そして日本発の宇宙ベンチャー企業への取材を通して明らかにしていこう。

    プロフィール画像

    宇宙ライター
    林 公代さん

    サンケイリビング新聞社、日本宇宙少年団の情報誌編集長を経て、2000年からフリーライターに転向。これまで、宇宙飛行士・古川聡氏の取材、若田光一氏や野口聡一氏による著書の編集などを手掛け、宇宙関係の著書多数。日本では数少ない宇宙ライターとして活躍している

    ロケット産業はわずか3%。国内市場の97%を占める宇宙“利用”産業

    経済産業省によると、宇宙産業は国家の安全、経済、科学を担う戦略的分野と位置付けられている。その意義は、人工衛星を活用した情報収集などによる安全保障、高度な科学技術の結集としての技術立国確立、環境保全、外交など裾野は広い。

    国内の市場規模は約7兆円。経済産業省が出した資料『宇宙産業の発展に向けて-我が国宇宙産業の国際競争力強化を目指して-』でその内訳を見ていくと、宇宙“開発”と聞いて想起しやすい衛星やロケット、地上設備などの宇宙機器産業はわずか2591億円、全体の約3%に留まっている。

    では、残りの大部分はどうか。衛星通信・放送などの宇宙システムを利用したサービス産業が7461億円、BS / CSチューナー・カーナビなどの宇宙利用サービス用機器産業が約2兆1935億円。そして最も多くを占めるのが、宇宙利用サービスを利用した資源開発、農林漁業、国土開発、気象・環境観測などのユーザー産業(3兆9600億円)だ。

    「宇宙を“開発する”産業よりも、“利用する”産業の方が圧倒的に多くを占めている。産業を発展させるためには、宇宙を開発する産業の技術を継続・進化させるとともに、利用方法の裾野を広げていかなければなりません」(林さん)

    林さんはいくつか先進的な取り組みを行っている企業・団体を紹介してくれた。

    ■ スカパーJSAT

    日本で唯一かつ、アジア最大、そして世界第4位の衛星通信事業者。自社開発の通信衛星により、アジア全域、オセアニア、北米のネットワークに対する、有料多チャンネル事業を手掛ける『スカパー!』の番組伝送や、地上波テレビ局への中継回線の提供などを行っている。

    地上回線を経由しない衛星通信ネットワークの強みは、災害時にも寸断されないこと。全国の自治体や、電気・ガス・石油などライフラインを支える企業の多くに、防災・危機管理の通信インフラとして導入されている。さらに、山間部や離島、移動体など、地上回線での対応が難しい領域への通信も重要な役割だ。

    ■ NEC東芝スペースシステム

    NEC子会社である同社では、農業のIT化に取り組む。同社は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人工衛星に載せる新型のハイパースペクトルセンサーの製造を行っており、このセンサーは光を185にも分けて地上の画像を解析する。小麦や稲などの生育状態を衛星画像で詳しく調べることで、収穫の時期を特定し、増産や作物の品質向上につなげる狙いだ。

    センサーは13年度中に完成予定、衛星は2015年にも打ち上げられる予定。

    ■ リモート・センシング技術センター(RESTEC)

    地球観測衛星『だいち』が取得した地上の画像を民間企業に販売している。その情報は、日本航空(JAL)マップやヤフージャパンのYahoo!地図、NTTレゾナントのgoo地図、また東京マラソンのテレビ放映でも利用されているという。

    ■ ウェザーニューズ

    気象情報事業を展開するウェザーニューズは、ベンチャー企業アクセルスペース社が作る超小型衛星を用いて、海氷の観測に取り組もうとしている。北極海ではこれまで氷河に覆われていたが、昨今の地球温暖化により、多くの海氷が溶け出しているという。

    北極海は貨物船などの新たな航路として燃料や時間を節約できると期待されるが、海氷はそれらの航路に立ちはだかり、航海を危険にさらす可能性がある。そこでウェザーニューズでは、小型衛星を活用して流氷の位置情報をリアルタイムにとらえ、漁船に提供しようと試みているそうだ。

    ※番外編

    もっと身近なところでは、ピザの宅配にも宇宙関連技術が利用されている。ドミノピザは、iPhoneに搭載されているGPS機能からユーザーの現在地を特定し、注文したピザをその場まで届けてくれるサービスを展開している。お花見などのレジャーで重宝されそうなこのサービスも、宇宙空間にある衛星がキャッチした位置情報を利用している。

    国を挙げて注力する「準天頂衛星」を活用せよ

    林さんが宇宙“利用”分野で注目するのは、「準天頂衛星」の開発だ。準天頂衛星とは、日本のほぼ真上を通過する軌道を描く人工衛星のことで、別名“日本版GPS”とも言われている。

    日本は山やビルの谷間が多いため、GPSを見上げる角度が低い衛星は精密に位置計測できない範囲もある。準天頂衛星はそれを補うことができるため、測位できるエリアや時間を広げ、測位の精度を上げる。また精密な時刻情報も得られる。

    測位衛星は例えれば『道路』。国民生活に密着したインフラだ。精密な時刻と位置が分かれば、正確な電子地図が整備される。県をまたがった防災やお年寄りや子どもの見守り、遭難救助、防災にも役立つ。安全保障面や社会インフラとしての役割はもちろんのこと、民間の観光や交通分野等での位置情報サービスの使い道は広がる。

    経済産業省の「準天頂衛星を利用した新産業創出研究会報告書(概要)によると、以下のようなコンセプトのビジネスが構想されている。

    ・自動車分野……リアルタイムかつ正確な渋滞情報等の取得などによるカーナビゲーションシステムの高度化や、クルマの自動運転実現

    ・防災・救難分野……津波情報取得・発信の質向上

    ・情報提供サービス分野……位置情報に基づく広告配信の多様化や、観光案内情報の提供サービス進化

    宇宙を通じて得られた情報データが、意外にも身近なところで利用されている。宇宙産業に興味はあっても、その敷居の高さからあきらめていた技術者にとっても、宇宙開拓ではなく宇宙を“利用”する分野なら、データ分析・解析技術や設計技術など、実は自身の技術力を存分に活かせる可能性が高いのだ。

    2015年、無人ローバー月面探査!奮闘する日本の宇宙ベンチャー

    一方で、宇宙を“開拓”する分野に果敢にも挑戦している日本発のベンチャー企業がいる。ホワイトレーベルスペース・ジャパン(WLSJ)だ。

    同社は、2015年末までに民間資金のみで無人探査ローバーを月面に送り込むことができた企業に、2000万米ドルの優勝賞金が与えられる「Google Lunar X PRIZE」にエントリーするために編成されたチームだ。同コンテストはXPRIZE財団が運営し、Googleが冠スポンサーとなるなど高い注目を集めている。昨年12月には、マイクロパトロンプラットフォーム『CAMPFIRE』で230万円を超える資金調達に成功し、話題になった。

    今回は、同社の取り組みの意義や開発の現場で活躍する『宇宙エンジニア』の働きぶり、技術者の宇宙産業とのかかわりについて、同社代表の袴田武史氏に話を聞いた。

    プロフィール画像

    ホワイトレーベルスペース・ジャパン代表
    袴田武史氏

    Georgia Institute of Technologyにて航空宇宙工学修士過程を修了。その後、経営コンサルティングファームを経て、2010年9月からホワイトレーベルスペース・ジャパンに参画。XPRIZE財団主催「Google Lunar X PRIZE」で、2015年末までに民間資金のみで無人探査ローバーを月面に送り込むために活動中

    同氏によると、今年1月に内閣府がまとめた「宇宙基本計画」で、2020年頃に行う予定だったロボットによる月面探査計画を取り下げることが決定した。日本に限っていうと、月面への飛行や、そこでの探査に挑戦する機会はこの「Google Lunar X PRIZE」しかないという。

    「わたしたちの取り組みは象徴的なプロジェクトなんです。実質的に市場を切り拓くアイデアはまだ大きなものはありませんが、“宇宙開発は民間でできてしまう”ということを伝え、わたしたち以外の技術者に希望の光を見せるきっかけになります。今宇宙に興味があるのは、宇宙産業に携わるエンジニアしかいない。その狭い視野の中では、新しいアイデアは出てきません。だから、もっと普通の方たちに、宇宙について考えてもらえるきっかけになれればうれしいです」(袴田氏)

    同氏によると、中国が来年もしくは再来年にロケットの月面着陸を果たすことになる。そうなれば、月に眠る資源の採掘や、土地の所有について主張してくると予測されるなど、月面探査の先には大きなビジネスの機会や外交、防衛の必要が生じてくる。そうした危機に先手を打つ同社の取り組みは、大きな市場を切り拓く礎となるのだ。

    現在は、2種類の自律走行型ローバー(右下画像)のコンセプトを開発している。1つは、重量目標10kgの4輪オリジナルモデル、もう一つは、重量目標1〜2kgの2輪最軽量化モデルだ。

    重量が大きくなるとその分打ち上げに必要なコストも大きくなるため、現在フライトモデルとして有力視しているのは2輪最軽量モデルだ。

    2輪最軽量化モデルのコンセプトモデル

    2輪最軽量化モデルのコンセプトモデル

    ローバーを月面に飛ばし、探査させるために必要なモノは3つある。月までローバーを連れて行くロケット、月面に着陸するためのランダー、そしてローバーだ。

    現在はローバーに注力しているというが、その中で同社の技術者が主に取り組んでいるのは、次の3つの開発だ。

    1つは、構造の設計。例えば、ローバーのホイールは軽量化を図るために、普通のソリッドな材料ではなく、中を空洞にしている。

    また、月面は昼が気温100度、夜がマイナス200度と寒暖の差が激しいため、その影響を受けにくくするために、熱を逃げやすく、また吸収されにくい構造にする必要がある。

    もう1つは、電子回路。ローバーの中は電子回路でいっぱいになっており、内蔵しているカメラなどのデバイスや通信機器をつなぐ役割を果たしている。電子機器類や電子回路は、現在民生品でも宇宙で使えるものも多くあり、 “秋葉原で買えるもので作る”をポリシーとし、可能な限り民生品の活用を目指している。

    最後はプログラミング。月面でローバーが自立走行するために、タイヤを回し、障害物を察知し、回避する動きなどを実装するという。

    自動車、電子機器、ソフト開発…宇宙産業は異業種人材競演の舞台

    ローバーの開発風景

    ローバーの開発風景

    WLSJに携わる技術者は、ほとんどが宇宙工学畑で経験を積んだ専門家というわけではない。基本的には、もともといるメンバーの知り合いづてや、公式Facebookページ経由で申し込み参加した技術者ばかりだ。

    構造の設計を担当しているのは、機械工学科出身で、以前は自動車のギア設計にかかわっていた技術者。電子回路を担当しているのは、電子工学科出身でコンシューマ向けの電子機器開発に携わっていた技術者。プログラミングは、元SEでソフトウエア開発に携わっていた技術者が担当している。

    いずれも、宇宙工学ではなく、それぞれの業界のスペシャリストが集められている。「大学の宇宙工学科では、広い概念を学べても、一つ一つの機器を実際に開発するスキルを身に付けるのは必ずしも簡単ではない」と袴田氏は言う。

    そういう袴田氏も、大学・大学院でこそ宇宙工学を学んでいたが、経営コンサルティングファーム出身というキャリアの持ち主。チームでは資金調達のプロフェッショナルとしての責任を負っている。

    「宇宙は技術者にとって、今考えられる、残される最後のフロンティアです。そのためリスクはあるが、そこに果敢にも挑戦したいというエンジニアはぜひ参加してほしい。今の宇宙産業は保守的。だから、新しい人を入れて進めていくべきなんです」と、他分野でスキルと経験を培った技術者に呼びかける。

    1927年に、大西洋単独無着陸飛行による横断に成功したチャールズ・リンドバーグも、その挑戦のきっかけは賞金レースだった。彼の成功は、その後の航空産業の大きな発展につながり、わたしたちの今日の生活やビジネスがある。

    「Google Lunar X PRIZE」でのWLSJの奮闘を見た他分野の技術者が奮起し、『宇宙エンジニア』として日本や世界の宇宙産業の一翼を担ってくれる未来は、想像するだけで心躍るものがある。そして、その技術者は、この記事を読んでいるあなたかもしれない。

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    取材・文/岡 徳之(Noriyuki Oka Tokyo)

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