ワークスアプリケーションズの新ERP『HUE』が示す、業務系開発×クラウドの未来【連載:エンタープライズSEのNextStep】
日本型のSIビジネスが曲がり角に来ていると言われて久しい。近年この流れに拍車を掛けているのがクラウドサービスの普及だ。高度なビジネスアプリケーションやITインフラが、ネットを通して安く手軽に調達できるようになった今、あえて外部の手を借りなければならない領域はかつてほど広くなくなっている。
当連載では、その当事者であるSIerやITベンダーを直撃し、エンタープライズ向けのシステムに従事するエンジニアが今後進むべき道を探っていく。今回はクラウドネイティブなERP『HUE(ヒュー)』を開発したワークスアプリケーションズの取り組みから、この問題を紐解いていきたい。
■エンタープライズにもコンシューマーサービス並みの使い勝手が求められる時代に
■エンジニアは開発対象のクラウド化を前提に今後のキャリアを考えるべき
■アプリ開発者もクラウドの知識を蓄えておいて損はない
2008年から始まっていた、クラウド化への布石
業務システムのクラウド化が進んでいる。企業の基幹業務を担うERPも例外ではない。中でもワークスアプリケーションズ(以下、ワークス)が2014年10月にお披露目した『HUE』は、約300億円もの巨費を投じて開発されたクラウドネイティブなERP(Enterprise Resource Planning)として注目を集めている。
この『HUE』の開発が本格化する前から、クラウド技術の先行研究に携わっていたアドバンスト・テクノロジー&エンジニアリング本部(以下ATE)の遠藤博樹氏は、ワークスがクラウドへ注力し始めた当時の状況を次のように話す。
「我々がクラウドの研究を開始したのは、AmazonやGoogleらがクラウド環境を提供し始め、日本でもクラウドという言葉が聞かれるようになった2008年前後のことです。当時はまだ日本語の情報も乏しく、ビジネスで本当に使えるか懐疑的な部分もあったため、まずは社内の開発とテスト環境の一部として導入することろから始めました」
多岐にわたる技術検証を経て、遠藤氏らが選択したのが、クライアントのROIを最も向上できるAWS(Amazon Web Services)だった。2010年にはクラウド対応した『COMPANY』の出荷にこぎ着けることができた。
「当初、クラウド移行に伴う応答速度などの問題がありましたが、すべて解決し、AWSの運用支援サービス(COMPANY on Cloud Managed Service)を提供し始めたこともあって、クラウドに関する技術の蓄積を進めてきました」
こうして、クラウドネイティブ化したERPを作る素地が社内にできていったと遠藤氏は振り返る。『HUE』の構想が具体化し始めたのも、ちょうどそのころのことだった。
RDBを捨てクラウドネイティブに舵を切った『HUE』
ただ、クラウドネイティブ化にあたっては障害もあった。
「もともとノーカスタマイズで導入できるのが『COMPANY』の強みです。コンセプト的にはクラウドとの相性はとても良いのですが、RDB(Relational Database)を前提にしていたアプリケーションであるため、最大限にクラウドのメリットを享受するのが難しいことも分かってきました」
そこで彼らはこれまでの研究成果を持って、イチからエンタープライズアプリケーションを作り上げるという道を選ぶ。それが冒頭に紹介した『HUE』誕生につながった。
「アプリケーションをクラウドに最適化し、大規模データの高速処理を行う機能を実現しようとすると、どうしてもRDBの存在が障害になってしまいます。なぜなら、RDBには処理の確実性はあっても、大量のデータを数千台のサーバで分散して処理するような作業には向かないからです。そのため『HUE』の開発にあたっては長年使い慣れたRDBではなく、NoSQL型のKVS(Key-Value Store)を採用するなど、大胆な選択を重ねていきました」
『HUE』には、検索時のサジェスト機能やユーザー間のコラボレーション機能、BI(Business Intelligence)機能も実装するなど、数々の機能が実装されることになっている。しかも、これらの機能は100ミリ秒という高速な応答反応で提供される計画だ。
つまり、ワークスは『HUE』にコンシューマーサービスライクな機能と操作性を取り入れる代わりに、業界では常識だった技術のいくつかを捨て去ることを決断したわけだ。
開発チームはもとよりトップ以下、全社を挙げて取り組まなければ実現できなかったことだろう。
「コンシューマーサービスが進化しているのに、エンタープライズサービスがそのままでいいわけはありません。『HUE』はエンタープライズサービスをGoogleやFacebookレベルの使い勝手とスピードまで引き上げます。そのための新技術の採用であり、我々が新たな製品を作り上げた理由なのです」
コンシューマーとエンタープライズの垣根はなくなっていく
今後ワークスは『HUE』だけに留まらず、あらゆるプロダクトやツール類のクラウドネイティブ化を進めていく。やがて多くのアプリケーションベンダーがプロダクトのクラウドネイティブ化を進めていくだろうと遠藤氏は考えている。
「クラウド上に用意されたインフラやテクノロジーを活用することで、スマートフォンアプリのような小さなサービスはもちろん、ERPのような大きなサービスも効率よく作ることが可能になりました。すべてのアプリケーションがクラウド化するわけではないでしょうが、コストや利便性を考えれば、エンタープライズ分野の多くのアプリケーションがクラウドを前提としたものとなっていくはずです」
では今後、この分野で働くエンジニアには何が求められるようになるのだろうか?
「エンタープライズアプリに限らず、あらゆるサービスがWeb化、クラウド化することで、上層のアプリを開発に携わるエンジニアにも、クラウドを構成するインフラや開発の効率を上げるPaaSなどのノウハウは必要不可欠になると思います。クラウドを前提にした場合、単にサーバを使うわけではなく、適切にクラウドのサービスを選択してアプリを作る姿勢が必要になる。そうでないやり方と比べれば、結果に大きな差が出ると思います。
エンジニアが必ずしも『フルスタック』である必要はありませんが、原理原則やトレンドを理解していなければ、開発の輪から外されてしまうこともあるのではないでしょうか」
ATEのメンバーは『HUE』の開発はもちろん、その他の技術研究に取り組んでいる。ビッグデータ解析技術や機械学習などを取り入れたりしながら、“入力レス”なプラットフォーム環境などに注力していく。
ATEの使命の一つである先端技術の研究分野にも、ユーザビリティやレスポンシビリティで先行するコンシューマーサービス経験者の知見が活きる場面もあるはずだ。
「ソーシャルゲーム業界のエンジニアなど、100ミリ秒単位でサーバのレスポンスを改善しているような経験をお持ちの方なら、エンタープライズ領域が未経験であっても十分活躍できると思います。そして何よりも、エンジニアの技術は、日本のソフト技術全体の発展に貢献できる可能性があります。社会に貢献する技術革新・運用化に取り組めることが、エンジニアとしての醍醐味だと思います」
クラウドの進化に代表される技術革新の波は、コンシューマーとエンタープライズの垣根を取り払いつつある。アプリケーション開発者であっても、クラウドネイティブなテクノロジーを理解することは今後のキャリアを考える上で重要になっていく。機会を見つけて学んでおいて損はないだろう。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹
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