「震災で生まれた“ソーシャルグッドなIT”の灯を消さない」CSVを開発に活かして事業化する、あるベンチャーの挑戦
3.11の東日本大震災を契機に、社会全体で被災地を支援しようという気運が高まったのは記憶に新しい。IT業界からも、安否情報確認サービス『Google パーソンファインダー』や興支援情報サイト『助けあいジャパン』などといった“ソーシャルグッド”なWebサイトが数多く生まれ、その活動が広く一般に知られるまでになった。
しかし、あの災禍から2年。 多くの日本人の意識が非常時から平時へと移るにつれ、復興支援に携わるITプロジェクトやプロボノエンジニアの数は減り続けている。そこで浮かび上がるのが次の問いだ。
「社会貢献プロジェクトは、なぜ継続が難しいのか?」
2013年、この命題に真っ向から立ち向かうシステム開発会社が現われた。CSV(Creating Shared Value:共通価値創造)を経営理念の中核に据える、キャスレーコンサルティングだ。
CSVとは「バリュー・チェーン」や「ファイブフォース分析」の提唱者として知られる米ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・E・ポーター教授が、2011年に発表した新しい経営戦略の概念。CSR(Corprate Social Responsibility/企業の社会的責任)をさらに推し進め、経済活動と社会貢献を両立する概念として提唱したものだ。
キャスレーコンサルティングの創業者で代表取締役を務める砂川和雅氏は、あるシステムコンサルティング会社の経営に7年間かかわった後、同社を設立。代表に就任した。
同氏は3.11以前からポーター教授の著書や社会科学に興味を持ち、システム開発にCSVの概念を取り入れることを模索していた。が、今回の起業では、やはり復興支援での経験が大きかったと語る。
自身が災害ボランティアとして、気仙沼や釜石周辺の被災地に足を運んで被害の状況を見る中で、地元の商工事業者や漁業関係者と知り合い、公益性の高いITシステムが「非常時」以外でも必要とされると確信したからだ。
「あの震災後、わたしはNPOやボランティア仲間とともに『都道府県災害ボランティアセンター』(編集部注:ボランティアと支援物資のマッチングサイト)を立ち上げたのですが、こういったプラットフォームは被災地の方々が経済的に自立していく過程でもお役に立てる。キャスレーコンサルティングを設立しようと思ったのは、あのサイトの運営を通して感じた思いを、平時も持続可能なものとして広めたかったからです」
「ネスレのGoodケース」はシステム開発のプロセスにも応用できる
砂川氏の言う「公益性が高く持続可能なプロジェクト」に必要なのは、端的に言えば「人的リソース」とそのリソースを保つための「金銭的な利益」、そして「かかわる人全員が利を得る仕組み」づくり。これはすなわち、ビジネスを興し、拡大していく上で必要なものと同じだ。
いくら社会的意義があるプロジェクトでも、篤志家による寄付や献身だけをアテにしていては活動が行き詰まり、有志で協力していた人々の関心も徐々に薄れる。この課題をどう克服すべきか? その一つの答えがCSVなのだと砂川氏は言う。
「儲かったから社会貢献をする、というのがCSRだとしたら、企業の営利行為そのものが社会貢献につながるよう目標を定め、継続的に社会へ好影響を与えようというのがCSV。わたしたちはこうした考えに基づき、会社が得た利益を顧客や従業員、そして社会へと還元するすることを前提にビジネスを展開していくつもりです」
具体的には、
【1】システム開発のプロセスにCSVの要素を取り込むためのコンサルティング
【2】自社または他社との共同でCSVを体現するサービスを開発・運営
していくことを計画している。
【1】では、SIプロジェクトの生産性向上や業務プロセス改善の手法を提案することで顧客貢献をするほか、開発時にOSSを積極的に用いることで技術的な発展にも寄与していく。
また、労働集約スタイルになりがちでエンジニアが疲弊するケースも多かった開発現場の改善にも注力。進ちょく管理やコードレビューのやり方を整備する、評価・フィードバックのプロセスを見直すなどの取り組みによって、モチベーション向上や業務中のスキルアップ支援もサポートしていく。
「CSVの好例として、食品・飲料会社のネスレの取り組みがあります。彼らはコーヒー豆を世界の貧困地域の農家とともに栽培する仕組みに多額の投資を行い、豆の安定調達を実現したのですが、『世界をよくする仕事をしている』という事実が従業員のモチベーションと生産性を上げ、さらにブランドイメージも高まった結果利益も向上したのです。キャスレーコンサルティングも、こういった考え方や実践の施策をシステム開発に持ち込むご提案をしていきます」
既存のボランティアサービスも、やり方次第でマネタイズの場に
さらに【2】の開発によって、ソーシャルグッドなWebサービスの先行事例を作っていきたいと砂川氏。まだ起業から間もないため、実績を列挙するのは難しいが、現在も運営に携わる『都道府県災害ボランティアセンター』を例に、今後の活動の方向性を明らかにしてくれた。
「例えば『都道府県災害ボランティアセンター』で、牡蠣の種付けボランティアを募集するとします。今まで、応募者はボランティア登録を終えたら別サイトに行くなどして個別に宿泊先を探さなければなりませんでしたが、もし、同じサイトで宿も予約できれば便利なはずです。
ボランティアが被災地に行って活動すること自体、社会貢献になるのは当然です。でも、システムにこうした仕組みを持たせるだけで、地元の旅館業者にとっては宿泊費を、システム運営業者とってには仲介手数という形で収益を生み出すことができる。さらにここから広告掲載や割引クーポンの提供という副次的な収益源が生まれる可能性までを含めれば、その効果は決して少なくないでしょう」
限定的にではあるが、砂川氏はこのような構想をすでに実践しており、宮城県気仙沼市の大島から感謝状を贈られてもいる。
これら“実践のカケラ”をさらに強固なフレームワークとして洗練していき、そのビジネススキームとシステム化のノウハウを提供していくことで、売り手(作り手)、買い手、世間の「三方良し」を具現化するのが狙いだ。
「まだ構想段階ですが、年内に教育関連のサービスプラットフォームをローンチするべく開発を進めています。クライアントにコンサルティングを行うだけでなく、自分たちの手で『ビジネスとしての社会貢献』が成立するのだと証明していきたいですね」
キャスレーコンサルティングの試みが成功すれば、ソーシャルグッドなITが日本に根付くきっかけができ、これまで企業が行ってきた社会貢献のあり方にも一石を投じることになるはずだ。
取り組みが実を結ぶまでには、しばらく時間が必要かもしれない。それでも、「待つ価値」はあるはずだ。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/伊藤健吾(編集部)
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