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ギークが大臣になる国シンガポールの「街ごとデジタル化」政策がスゴい【連載:高須正和】

働き方

    無駄に元気な『チームラボMake部』の発起人による、アジアンMakerの注目人物紹介。チームラボ/ニコニコ学会β/ニコニコ技術部/DMM.Makeなどで活動をしています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があります

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    高須正和(@tks)

    無駄に元気な、チームラボMake部の発起人。チームラボ/ニコニコ学会β/ニコニコ技術部/DMM.Makeなどで活動中。MakerFaire深圳、台北、シンガポールのCommittee(実行委員)、日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』を行っています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があります。各種メディアでの連載まとめはコチラ

    こんにちは。チームラボMake部の高須です。この「アジアンハッカー列伝」では、主に僕が滞在・在住したアジアの国々のハッカーについて書いていきます。

    過去の連載ではエリック・パン、バイオレット・スーと深圳のハッカーを取り上げましたが、今回はシンガポールのハッカーを紹介します。

    ギーク大臣が引っ張る、IT先進国シンガポール

    シンガポールの政治家はおおむねテクノロジーに関心があるようですが、Vivian Balakrishnan大臣(ヴィヴィアン・バラクリシュナン、以下ヴィヴィアンと表記)は「ハッカー」と呼ばれるべき人です。

    中央のYシャツ姿の男性がヴィヴィアンです

    中央のYシャツ姿の男性がヴィヴィアンです

    2004年に閣僚に入り、さまざまななポストを経験していて、現在は水資源・環境大臣と、IT分野の副大臣を務めています。

    彼は大臣でありながら、スティーブ・ウォズニアックとApple IIのBasicについての会話を楽しむことができる本物のギークです。シンガポール中のMakerは彼と言葉を交わしたことがあり、彼を「俺たちのMinister(大臣)」と語ります。

    ギーク大臣が指揮するシンガポールのIT政策は、僕が見る限り世界でも優れたモノです。まずはシンガポールのIT政策をいくつか紹介します。

    シンガポールMakerFaireを訪れた時の大臣

    シンガポールMakerFaireを訪れた時の大臣

    シンガポールは国民の平均世帯月収が約85万円、6人に1人が1億円以上の資産がある、アジアで最も豊かな国です。わずか500万人あまりの人口、東京23区ぐらいの国土、資源もまったく産出せず、食料や水さえ外国から輸入しなければならない国ですが、東南アジアで一番外国人が投資しやすく、暮らしやすい合理的な国家運営をすることで急成長を続けてきました。

    使いやすい公衆無線LAN

    僕が見た中では、世界で最もIT活用が進んでいる国でもあります。

    例えば国のいろいろな箇所にwireless@SGという公営のWi-Fiが敷かれていて、誰でも無料で使えます。Webサイトで個人情報を登録すると、ブラウザ認証用のパスワードがSMSで送られてくる仕組みなので、携帯番号が必要ですが、SMSが受け取れればどこの国の携帯でも大丈夫です。

    1度登録したらずっと使えます。ただ1回の接続は4時間まで、速度は2Mbpsまで。4時間を超えるとまたブラウザ認証を通す必要があります。

    これは公共事業として実施されていて、シンガポールの大手キャリア3社が受注しています。アクセスポイントは3種類あるのですが、IDは共通で特に意識せずに使えます。

    各社ごとに有料プランを用意していて、有料プランだと無制限でもっと高速になります。

    シンガポールの多くのビルの中ではこれが使えます。スマホの代わりになるほどではありませんが、打ち合わせスペースやカフェでちょっと仕事するくらいなら十分。同じような仕組み(SMS認証)でチャンギ空港の無料Wi-Fiも提供されていますが、こちらは登録時にいろいろ書く必要はなく、電話番号を入れるだけ。電話のない人にはインフォメーションセンターでワンタイムパスワードがもらえます。

    これはとてもうまい仕組みです。便利だし、便利さを保ちつつセキュリティも確保されていて、公共性もあるし、1回登録したら同じ仕組みでいろいろなところでWi-Fiが使えるから利用者も便利だし、カフェなどもアクセスポイントを置きやすい。

    国が介入したことで、IDの囲い込みなどもなくなっていて、かつ有料サービスにつなげることで営業競争も起こりやすくなっています。

    日本でも公衆無線LANの提供が何カ所かで行われていますが、エリアが狭すぎていろいろなところで登録が必要だったり、一回の利用時間が短すぎたりして、「ちゃんと使える」ものは少ないです。

    例えばFukuoka City Wi-Fi、今は6カ月に変更されてかなり使いやすくなったようですが、最初は1回15分で再認証が必要だったようです。時間が短いのはセキュリティの問題だったようですが、登録はメアドだけ(しかもメール返信でなくて、入力するだけなのでウソがつける)なところや、単純に時間を延ばしたことで新しい問題が発生していないかなど、何を重視してるのかよく分からない。ちぐはぐな印象を受けます。

    (それでも、導入したことや、要望に応じて進化させていくことはいいことです。また、福岡市のWi-FiはWebサイトにきっちり使い方が書いてあるなど、日本国内では良い方のサービスだと思ってます。物事を市とか区単位でしか考えられないのは、福岡市の問題ではなくてもっと上位の問題です)

    渋滞の少ない道路課金システム

    また、シンガポールの車にはERP(Electronic Road Pricing)というシステムが搭載されていないと市街地が走れません。これはETCに似たシステムですが、20Km/h以下まで減速する必要はなく、全力で走っていてもゲート型のシステムで課金されます。

    ERPのゲート。減速する必要はありません(写真:wikipedia)

    ERPのゲート。減速する必要はありません(写真:wikipedia

    これにより、日本の料金所ベースの課金システムとはかなり違う運用がされていて、

    「混雑する時間帯は課金額が大きい」
    「混雑する時間帯は特に、右側の1車線だけ課金額が高い」(シンガポールの道路はやたらに広く、たいてい3車線以上はある)

    ような柔軟な運用がされています。このような、複雑な料金体系を人間が意識せずに運用できるやり方は、タクシーにも使われています。そもそもシンガポールのタクシーは生活水準に比べてかなり安いのですが、「お金持ちの多いエリアに行く時には課金される」、「夜になるほど課金額が上がる」ようになっていて、夜遊びやお金持ちの多いエリアはたくさんお金がかかるようになっています。お金を使いたい人と使いたくない人の間で、住み分けができているようになっています。

    結果として、市内で渋滞を見ることはあまりありません。シンガポール人には「そんなことないよ!」と言われるのですが、一緒に車に乗っていて「コレは渋滞だろ?」と言われるシンガポールの渋滞は、日本人の僕から見たら渋滞と言わないです(笑)。

    長くてせいぜい1~2kmで、時速20~30km/hぐらいは出てるものです。

    このERPシステムは現在、次世代システムの検討が進んでいて、ETCに似た現在のシステム(決められた場所でのみ課金)から、シンガポール内のあらゆるクルマが双方向に通信し合って位置をリアルタイムで交換し合い、カーナビなどにも応用され、バスの車内サイネージの情報もネットから落ちてくるような仕組みに向かっています。

    通信方法は3G, Wi-Fi, Bluetooth, GPSを搭載し、コネクティビティや転送量によって使い分ける、スマホと共通部分の多い技術を検討中のようで、AppleのiBeaconのように、「この場所に来たらこの広告」みたいなこともできるし、将来的には自動運転も視野に入れているようで、シンガポールの大学や研究機関が効果的な活用方法や「少ない情報量で効果的な情報提供をするサイネージ(例:アニメーションの表示にHTML5やSVGを使うとか)」などを研究しています。まちがいなく世界で最初の、一番インテリジェントな仕組みなので、うまく行けば大規模実験が終わった段階で、スマートシティを目指すほかの都市(東京とかサンフランシスコとか)に売り込めそうです。

    政治家のテクノロジーへの関心がいいシステムを生んでいる
    この手の社会を動かす大きいシステムを設計する時には、意思決定にかかわる人、仕様を作る人がテクノロジーに関心があること、それも細かい部分だけではなくて分野全体に関心があり、その中でバランスを取れることが大事です。

    また、「分かってる人」になるべく多くの権限を与えて全体を設計を見てもらうことも大事だと思います。他の分野でどれだけ優秀でも、テクノロジーに関心がなかったり、本人が使ったことがなくて良し悪しが判断できないような人がマネジメントするとうまく行きません。

    ヴィヴィアン大臣は、こうしたシンガポールのITを推進するにふさわしい人なのです。次回は、ヴィヴィアン大臣のハッカーとしての人となりを紹介します。来週をお楽しみに。

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