「客の顔も知らずにUXが語れるか」自らCTOの座を譲った50歳ベテランプログラマーの生き様
弊誌では先月、「New Order—現代のゲームチェンジャーたち—」と題した大型特集を組み、テクノロジーを駆使して新しいスタンダードを生み出そうとする各界の「ゲームチェンジャー」の仕事術や思考法を紹介した。
しかし、そういった学びを得たからといって、現実には全ての人や企業が、ゲームのルールを決める側に立てるわけではない。むしろゲームの一プレイヤーとして、めまぐるしく変わるルールに翻弄されながらも、自分たちにしか生み出せない価値を追求し続けるのが大半の立場だろう。
先ごろエンタープライズ向けクラウドサービス『知話輪(chiwawa)』をリリースしたシステム開発ベンチャーのドリーム・アーツもまた、時代の変化に直面し、このほど一つの大きな決断を下した。1996年の創業からCTOを務めてきた前川賢治氏が退任し、ひと世代下の石田健亮氏へと世代交代したのだ。
人の出入りの激しいベンチャーにあっては、CTOの交代自体はそこまで珍しい話ではないかもしれない。
しかしドリーム・アーツの例で興味深いのは、この交代を提案したのが他ならぬ前川氏であること。そして、前川氏がCTOを退いた後も会社に残り、別の形で価値を生み出すという選択をしたことだ。
前川氏はなぜ、このタイミングでCTOを辞したのか。CTOという肩書きを外れることで、前川氏が体現しようとしている新たな価値とは何か。
新旧CTOへのインタビューから浮かび上がってきたのは、時代の変化と正面から向き合ったベンチャー企業の、「プログラマーを再定義する」試みだった。
UXとアーキテクチャが全ての時代になった
前川氏は今年で50歳。「ドリーム・アーツが創業した1996年当時は、インターネットは出始めたばかりで、携帯電話はみんなガラケー。企業のシステムはブラウザで動くもの自体が珍しい」(前川氏)ような時代だった。
「そんな時代の技術をベースにやっているのが僕らの世代。20年前に今のような世の中を想像できたやつはいなかったと思う。それくらい世の中は大きく変わった」
中でも、特に影響力の大きかった出来事が2つあると前川氏は言う。
一つはスマートフォンの登場、もう一つがクラウド技術の急速な進展だ。
「スマートフォンが登場したことで、企業のシステムに対する考え方は変わった。誰もが高性能のコンピュータを手の平に持つ時代になって、それまではシステムへの要望なんてしたことのなかったおばさん社員までもが『スマホと比べたらウチのシステムってどうなの?』と意見するようになった。圧倒的に裾野が広がり、個人のリテラシーが上がった。
そうなってくると、これまでのように裏のシステムがどうのという説明はいっさい通用しない。ユーザーの使い勝手がどうか、どう業務に影響を与えるのかが全て。UXが全てという時代がやってきたということです」
一方で、その「裏のシステム」はというと、クラウド技術の進展により、「アーキテクチャが全てになった」と前川氏は続ける。
「クラウドが前提となったことで、個別にシステムを組むより、その土台となるアーキテクチャを考える能力が求められる時代になった。そこで必要になる技術の進展のスピードは、ここ数年でさらに加速している。
同時に、開発と運用はものすごく密接になったし、旧来の大手SIerが務めていた『人・金・サーバの手配師』としての役割は不要になるなど、産業構造も大きく変わりつつある。
こうした技術動向の加速、産業構造の変化を前にした時に、新しいアーキテクチャを考える立場にあるCTOを務めるのは、古い産業構造の中にいる自分のような世代ではなく、若い人であるべきだと考えたわけです」
バトンを受け継いだ石田氏は現在40歳。最新の技術動向に敏感というだけでなく、「どの技術が“使える技術”か」を嗅ぎ分ける嗅覚を持つという点で、自他ともに認める存在だ。
「それは、僕らがコンピュータがワンチップだった時代から触り倒してきた世代だから、ということによるのかもしれません」(石田氏)
前川氏のように、社会人になってからビジネスの道具としてコンピュータに触れた世代でもない。今の若者のようにデジタルネイティブな世代でもない。インターネットが生まれ、新たなデバイスが生まれ……そういう技術の変遷を、驚きとともに体感してきた世代だからこそ、分かることがあると石田氏は言う。
前川氏が体現する古くて新しいプログラマー像
では、CTOの座を譲った前川氏は今後、どういった役割を担うのか。
「アーキテクチャを考えるのは若い世代に任せた。とは言っても、その上で動かすシステムを作り、そのためにお客さんとやり取りするのは得意なわけです。そういうことができるのは、今までの経験から来る僕らベテランの強み。そっちに特化していくということです」
技術面では譲っても、ある意味でそれ以上にプログラマーに必要なものを自分たちは持っている――。前川氏がこうした立ち位置を選んだ背景には、前川氏、そしてドリーム・アーツが考える理想の「プログラマー像」がある。
「抱えている課題をお客さんの方から提示してもらい、要求仕様書通りに作るなんて仕事の仕方はナンセンス。答えが始めから分かっているのなら、システムなんて必要ないでしょう。
現場へ行ってお客さんと話して、何が問題なのかを自分で考えて、それを実際に作って、お客さんに試してもらって……これを繰り返す。社内政治やニュアンス、表情まで含めてお客さんを知った上で、使えるシステムを作る。それが本来のプログラマーの仕事です。
iPadで使うシステムを完璧に作った、でもお客さんからは使えないと言われる。なぜかと思って現場に行ったら、軍手をはめて作業する仕事だった。端的に言えばそういうことです。
お客さんのことを知り尽くすこともなく、UXなんて考えられるわけがない。誰かが作った設計通りに作るのでは、世の中は変えられないんです」(前川氏)
クラウドの時代になり、技術的な前提条件が等しくなればなるほど、プログラマーは技術だけでは生き残れなくなると前川氏。その点で、“旧世代”には学ぶべきところが多いと石田氏が続ける。
「僕らの世代には、『ライブラリを使ってちょっと気の利いたWebページを作ってみました』といった、ちょっと浮ついたところがどこかにある。それに対して、上の世代の考え方は、まずお客さんがいて、それをどう解決するかという点で地に足が着いている。そこは本当に尊敬できるところです」(石田氏)
この「地に足の着いた部分」を会社の文化にするための取り組みとして、ドリーム・アーツには「現場100本ノック」という取り組みがある。実際の開発に入る前に、開発チームで半期計100回を目安にフィールドワークを行うというものだ。
顧客の営業に同行させてもらったり、客として顧客企業の店舗やショールームを訪問したりもする。
この取り組みを始めるきっかけとなったのは、他ならぬ石田氏が2003年、大手アパレル会社の社内システムをカスタムメイドで作った際に、店舗で1週間のアルバイト(無給)を行ったことだった。
「1週間程度アルバイトをしたからといって、何がどうということはないんです。しかし店長と仲良くなって、実際にこの人が使うシステムなんだという空気を肌で感じられるということが大きいんだと思います」(石田氏)
今のままで逃げ切れるとして、それでいいのか?
クライアントが抱える問題をゼロからあぶり出す作業には、物事をロジカルに考える能力が不可欠になる。ドリーム・アーツでは近年、新卒採用の時点からその点を重視して、候補者を選定しているという。
「論理的思考ができるか否かは適性で決まっており、ある年齢を超えて教えても身に付くものではないとする研究があります。それは我々が経験的に感じていたものとも一致するので、新卒採用にロジカルシンキングの適性検査を導入しました。
論理的な思考ができず、プログラマーに向いていない人が業界に入ると、どうしてもコードを書くだけの“IT土方”的な下仕事をするしかなくなってしまう。それは僕らが求めていることでもない。お互いにとって不幸なミスマッチはなるべく避けようということです」(前川氏)
入社後には技術的な研修に加えて、月4冊の読書感想文が課せられる。良い文章を書くことを通じて、引き続き論理的な思考を磨くというのが狙いの一つだ。
もちろん、矛先は新入社員にのみ向けられているわけではないし、技術を軽んじているわけでもない。真っ先に若手を鍛え上げるのには、上の世代を突き上げることで会社全体を変えていく意図が込められている。
最新の技術動向に精通した石田氏へのCTO交代は、社内エンジニアに向けた「今一度、技術を勉強しよう」というメッセージでもあると前川氏は言う。
「仕事で接するお客さんは、いまや情報システム部ではなく、経営企画部とか営業部とかのエンドユーザー。産業構造は、表立っては見えにくいところですでに変わってきています。今はまだ特需でエンジニアが必要とか言われていますが、この構造に立脚した特需はこれが最後であって、次はない。
それでも、おじさんプログラマーに関しては、これまでに積み上げたものだけでも定年まで何とか逃げ切れるかもしれません。でも、それでいいのか。それで本当に面白いのかということです」(前川氏)
ドリーム・アーツが掲げるスローガンは「挑戦と変革」だ。その背景には、会社は社会情勢や技術動向など、環境の上に成り立っているに過ぎないという認識がある。
「極端に言えば、今扱っている商品が売れているかどうかなんてどうでもいいんです。社会の変化に合わせて、変化することを常態とする組織でないと生きてはいけない。CTOが変わったというのは、それを内外に示す象徴です」(前川氏)
石田氏も、次のように続ける。
「今まで積み上げてきたものを時には捨て、新しいものを身につけようというのは、エンジニア個人で見れば知識欲の問題といえます。CTOとしては、この欲望に答えるような環境を作っていきたい。新しい知識に食いつくことが良しとされる文化があれば、結果として会社全体としても挑戦と変革を体現できるのではないかと思っています」(石田氏)
取材・文・撮影/鈴木陸夫(編集部)
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