Vol.237

日本発、世界へ。視線追跡HMD『FOVE』が手にしたハードウエア起業のための「天・地・人」の利【連載:NEOジェネ!】

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世間をアッと言わせるユニークなアイデアと技術力で勝負しているニュージェネレーションを応援するこの連載。今回紹介するのは、世界で初めて視線追跡機能を備えたヘッドマウントディスプレイ『FOVE』の開発チームだ。Microsoft Ventures Londonのアクセラレータプログラムに、日本企業として初めて採択された。一般的にハードウエアでの起業はハードルが高いとされる中、「ハードウエアで起業するなら、むしろ今の日本は有利」と言い切る開発陣。その真意とは?

FOVE
CTO ロックラン・ウィルソン氏(右)
CEO 小島由香さん(左)

FOVEとは?

サンフランシスコで9月10日までの日程で開催中の「TechCrunch SF Disrupt」は、古くはDropboxやYammer、Fitbitといった有名サービスが羽ばたいていった権威あるイベント。2014年のStartup Battlefieldに、日本発のスタートアップが世界約700の企業の中から選出され、セミファイナリストとして登壇する。

家庭用として世界で初めて視線追跡機能を備えたヘッドマウントディスプレイ(HMD)、『FOVE』がそれだ。

(編集部注:「TechCrunchSF Disrupt」の模様はこちらから視聴可能。『FOVE』は日本時間9月10日午前9時のSession6に登壇予定。ファイナルは最終日)

『FOVE』の視線追跡機能を使えば、3次元の仮想空間の中でキャラクターと目を合わせたり、目の動きでカーソルを自由に動かしてターゲットをポイントしたりすることが可能になる。これまでになかったゲームの概念を表現できるという。

ゲームプロデューサーの小島由香さんとオーストラリア出身のエンジニア、ロックラン・ウィルソン氏が今年5月に創業。東京大学のインキュベーションラボ「Intellectual Backyard」を拠点に、プロトタイプの開発を進めている。7月には、Microsoft Ventures Londonのアクセラレータプログラムに日本のスタートアップとして初めて採択された。

「スマホの次はIoT」などと言われる一方で、日本では一般的にハードウエアでの起業は成功するのが難しいとされている。そんな中、両氏がハードウエアでの起業を選択したのはなぜなのか。

小島さんは「日本のソフトウエアのスタートアップで、世界で知られている会社はそれほどないのでは? ハードウエアが難しいのは承知の上ですが、起業するなら今の日本はむしろ有利だと思います」と話す。

アイデアの出発点:仮想キャラクターと繊細なコミュニケーションを

ゲームプロデューサーだった小島さんは、前職で実現できなかった「繊細なコミュニケーション」を表現しようとしている

新卒でソニー・コンピュータエンターテインメントに入社した小島さんは、4年ほどゲームプロデューサーとして活動。『サルゲッチュ』や『俺の屍を越えてゆけ』などの有名タイトルに携わった。

しかし、自分の中で温めていたある企画が社内の事情で頓挫。どうしても形にしたいという思いが、退社して新たな道を進むという選択を迫った。その企画こそが、後の『FOVE』につながる「バーチャルキャラクターとの繊細なコミュニケーション」というアイデアだった。

「これまでのバーチャルキャラクターとのコミュニケーションは、テキストウインドウが出てきてイエス・ノーを選ぶというものに留まっていました。私たちのコミュニケーションの7割以上はノンバーバルだと言われています。ゲームの中でもキャラクターがどこを見ているかが分かれば、こちらの嘘を見抜く、感情を読み取るといった複雑な心理戦も可能になるはずです」

当初はPSVita用のゲームとして製作しようとしていたが、友人だったウィルソン氏と会話を重ねる中で、没入感がカギになることが分かってきた。ただ、視線追跡機能を備えたHMDは従来の市場には存在しない。であれば、ハードウエアから作るしかない――。

小島さんは日本で、家庭の事情で帰国したウィルソン氏はオーストラリアで、それぞれ会社勤めの傍らプロジェクトを進めていった。

「最初はビジネスにするつもりはまったくなく、賞を狙うためのものでした。それが、コンセプトを話したら思ったよりも良い反応があった。それならばと資金調達に乗り出したら幸運にも投資の話が決まったので、お互いに会社を辞め、相棒を日本に呼び寄せました」(小島さん)

開発のポイント:技術の集積地で独学で身につけたハードウエア技術

ソフトウエアとハードウエアの開発を一手に請け負うCTOのウィルソン氏

同じHMDの『Oculus Rift』しかり、これまでの3次元ゲームはマウスを使ってカーソルを動かしていたが、2次元での操作に最適化されたマウスでは、3次元上で高い精度を実現するのが難しい。

対して『FOVE』の視線追跡アルゴリズムは、3次元空間の特定の座標を1㎝角ほどの精度でポイントできる。例えば仮想空間を飛び交う敵の飛行機を目線だけでロックオンし、撃ち落すことも可能だ。

「人間の視野角ギリギリまでの角度を実現し、本当にそこにいるような感覚を表現したのがOculusのすごいところ。私たちはそこにアイトラッキングを入れることで操作性を上げました。仮想空間に『いる』という体験を与えたのがOculusだとしたら、その空間を『自由に操る』体験を与えるのがFOVEだと思っています」(小島さん)

オーストラリアへ帰国したウィルソン氏は、大学で数学を専攻していた経歴を活かし、現地で画像処理の会社に入社。世界一とされる同社の顔認識アルゴリズムを使い、空港の監視カメラへの実装などを行った。視線追跡アルゴリズムの構築には、こうしたバックボーンが活かされている。

「良いアルゴリズムを作るのに必要なのは、トライ・アンド・エラーと数学的モデリングと運。どれだけ広くアンテナを張って、世界のどこかにある利用できる研究を探せるかもポイントです。ランキングだけ見ていてもベストの研究は見つからない。優秀な人は世界中のどこにでもいるからです」(ウィルソン氏)

ウィルソン氏はオーストラリア時代に1年間、地元のギークが集うハッカースペースの所長を務めてもいた。

「溶接の専門家が、Wikipediaを見ながら一晩でパルスジェットエンジン(第二次大戦時にドイツ空軍が採用したジェットエンジン)を作ってしまうような場所。基盤設計、画像処理、修理造型などの技術が集まっているところでいろいろ学び、ほとんどすべての道具を使いこなせるようになったことで、ハードウエアも扱えるようになりました」(ウィルソン氏)

もともと持っていた数学的知識に、独学で身につけたハードウエアの技術が加わり、『FOVE』の構想を形にできるスーパーエンジニアが誕生した。

ハードウエアで起業するための「天・地・人」がそろう日本

『FOVE』のモックアップ。「ハードウエアで起業するための条件が今の日本にはそろっている」(小島さん)

「ゲームプロデューサーとしてやってきた自分が、まさかハードウエアで起業するとは思っていなかった。でも、今の日本にはチャレンジするための条件がそろっていると思います」と小島さん。そう考える理由は3つある。

一つは、有益なアドバイスをもらえる「人」に恵まれていることだ。

「ソニー、ホンダ、東芝、シャープ…ハードウエアの分野ではちょっと前まで日本が世界を引っ張る存在でした。そうした黄金期を知っているシニア世代の方々がまだ現役で、私たち若い世代を応援するかのようにアドバイスをいただける。相談すれば、スタートアップだからといった垣根なく、大企業の方からサポートしてもらえるんです」

それに付随して、部品を調達しやすいという「地」の利もある。

「ディスプレイだったり基盤だったり、部品としては世界最高峰のものが日本に集まっています。一スタートアップにとって、部品調達はアルゴリズム構築と同じくらい難しい問題。そこでもやはり大企業の方がサポーティブに接してくれます。これができるのは世界でもサンフランシスコか深圳くらいではないでしょうか」

そして、タイミングとしては今がベストと小島さんは言う。

「3Dプリンタも流行ってきて、ハードウエアに対する投資のハードルは下がってきています。なおかつ、まだあまりプレイヤーが多くないので目立つ動きができる。ギリギリのタイミングが今だと思っています」

リハビリへの応用、体の不自由な人のための新しいUIにも

ゲームとしての利用にとどまらず、障害者の療育など、さまざまな応用の可能性を秘めている

「アイトラッキングには頬骨や鼻の高さ、眼球の反射の仕方などのすべてがアルゴリズムに作用します。現在のプロトタイプは欧米人に最適なものになっていますが、次のものからはあらゆる人種に適用できるロバスト性を実現しなければならないというのが、当面の技術的課題です」(ウィルソン氏)

今後は10月末に次のプロトタイプを完成させ、ゲームメーカー各社と提携を進めてコンテンツ制作を急ぐ。年明けをメドにKickstarterでの資金調達を行い、来夏の発売を実現したい考えだ。

また、『FOVE』の持つ可能性はゲームに留まらない。例えば医療面での活用。バーチャルキャラクターと目が合う体験は自閉症患者の療育用アプリケーションとして使えるし、体の不自由な人のための目を使った新しいUIを提供することも考えられる。実際に、筑波大学附属の特別支援学校の協力を得て、目でキーボードをタイプするといった試みもすでに行われている。

小島さんは「視線追跡機能はハードウエアの一つの追加機能ですが、ソフトウエアになった時には工夫次第でいろいろな展開があると思っています。楽器を弾いたり絵を描いたりといったことを、そもそもあきらめていた人たちが挑戦できるきっかけになれればいいですね」と話している。

取材・文/鈴木陸夫(編集部) 撮影/竹井俊晴

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