技術者の多くが「作り手側」にいたままではつまらない~インターネットの父・村井純教授が送る未来へのメッセージ
「インターネットはもはや前提。ストレージの容量やネットワークの速度なんて気にするな。それぞれの好きな分野で、伸び伸びと問題解決にあたってほしい」
Life is Tech!が主催する教育とテクノロジーの祭典『EDU×TECH Fes 2015』。慶應義塾大学環境情報学部の村井純教授は、会場に詰めかけた中高生に向けてそう語りかけた。
『EDU×TECH Fes』は、アート、ゲーム、編集などの最前線で活躍する第一人者たちを講師に招き、さまざまな視点から「教育×テクノロジー」の未来について考えるためのイベント。そうそうたる顔ぶれの中でトップバッターを務めたのが、「インターネットの父」こと村井教授だ。
その講演は、ようやくリアルな人々の生活に影響を与えられるまでになったインターネットの現状を分かりやすく解説し、「未来」の技術者である中高生を、インターネット/コンピュータを「作る」側から「使う」側へと誘うものだった。
そのメッセージは視点を変えれば、いまだにインターネットを十分にイノベーションへと活用できていない現在の日本企業と技術者に対するアンチテーゼととらえることもできるだろう。
インターネットはもはや無限。心の制限を解き放て
Intelが昨年発表した『Edison』は、SDカード程度のサイズでありながら、ネットワークデバイスもメモリもCPUも備えたフルコンピュータ。今年発表された『Curie』は、それよりさらに小さいボタンサイズです。
フルコンピュータがここまで小さくなったということは、あらゆるヒト、モノがインターネットにつながり、その上でビッグデータが活用される未来というのが、ハッキリと見えているということです。
ネットワークのスピードに関しても、これまでであれば、より速い通信を実現するためには世界中の海底に張り巡らされた光ファイバーを引き直す必要がありましたが、DWDM(高密度波長分割多重方式)という技術によって、両端の機械を替えるだけで済むようになりました。
つまり、必要に応じてどんどん速度を上げる準備が整ったことになります。今年夏には、日米の大学のドメインで100ギガの速さを使える体制が整う予定です。
計算量についても限界はなくなります。SETI@homeやPlay Stationが実現してきた世界中のコンピュータの空き時間を活用した分散計算は、あらゆるデバイスに入っているブラウザによって担われるようになりました。自動車、テレビなども同じソフトで動くようになれば、計算量はまさに無限大といえるでしょう。
つまり、もはやストレージの容量やネットワークの速度なんて気にする必要がないのです。ですから、皆さんには心の中に制限を持たないでもらいたいと思います。
日本企業がイノベーションを起こせないワケ
GEが2013年に世界主要国の経営者を対象に行った調査によると、「イノベーションにデータを活用している」と答えた企業が、日本は各国と比べて著しく少ない。日本の経営者は、新しいことをやらないと言っているということです。
なぜでしょうか?
その理由の一つは、IT専門家の分布状況にあると見ることができます。経済産業省が公開している統計調査に基づく資料によると、アメリカではIT技術者の7割がユーザー企業、つまり「使う側」に在籍している一方で、日本ではITサービス企業、すなわち「作る側」に集中しています。
さきほど申し上げたように、これからは「インターネット前提時代」です。もちろん、コンピュータ/インターネットを「作る」こともこれまで通り続けていかなければなりませんが、本当に面白いのは「その先」です。
皆さん、好きなことをやりたいでしょう? 私も、皆さんに好きなことをやってもらいたい。そのためには、技術を「使う側」の人が、前提としての先端テクノロジーを理解し、使いこなさなければならない。その上で、好きな分野で伸び伸びと問題解決にあたってもらいたいと思っています。
世の中の人に安心して使ってもらうための「Q・I・P」
利用できるインターネットが無限といえるくらいの規模になると、その影響は、社会がひっくり返るくらいのインパクトになります。
その時、考えなければならないことに、「Q・I・P」というものがあります。
「Q」は、Ouality Control。3Dプリンタなどで、ダウンロードしたデータを基にして誰もがモノを作れるようになった時、出来上がったモノの品質管理は誰がやるのか、という問題。
「I」は、Intellectual Property。まったく同じものが制限なく世の中にあふれかえるとすると、知的財産権はどう保障すればいいのか、という問題。
「P」は、Product Liability。仮に、3Dプリンタなどで作られたモノが人を傷つけた時、誰が責任を取るのか、という問題です。
技術の使い道とともに考えなくてはならないのは、それをどうやって世の中の人に安心してもらって使うかということです。
その昔、ロボットアニメ『鉄人28号』の主題歌に「いいも わるいも リモコンしだい」、「敵に渡すな 大事なリモコン」というものがありました。どれだけ高度な技術が進展していっても、最終的に責任を取るのは、私たち人間なのです。
大事なのは、自分でモノが作れるか
モノと人がつながって、その上にサービスを作るのが今のインターネットですが、それに対して新たなものが出てきました。それが、インターネット上に生きるインテリジェンス=AIです。
それがこのまま進展していくと、2045年に人間を置き換えると言われています。シンギュラリティー、特異点と呼ばれるものです。
そうするとどうなるか。一番のインパクトは、知能労働が自動化できる、職場がなくなるかもしれないということです。
ですから、皆さんには「自分でモノが作れるか」ということについても真剣に考えていただきたい。アメリカにはすでに、飛行機ですら民間人が自分で作るアマチュアビルドという考え方があり、そのための法律もあります。
自分で作る。そこが大事です。
デジタルネイティブな「使い手」がもたらす変化
村井教授の講演がインターネットの今と未来を俯瞰するような話なら、続いて登壇した品川女子学院教諭・酒井春名さんの講演は、学校現場のリアルを伝えるものだった。
同学院は、いち早くICT教育に取り組んでおり、全生徒にiPadを支給して学習に活用していることで知られている。その活用法は、教師側から一方的に押し付けるものではなく、生徒が自主的に見つけてくるものだそうだ。
また、別の学校では、生徒が学習へのIT活用をプレゼンテーションしたことで、IT化を渋っていたベテラン教員の間でも活用が広がった例もあるという。
教員が教え、生徒が教わるという従来の画一的な関係は、すでに変わり始めているようだ。酒井さんはそれに伴い、「今後は教師にファシリテーターとしての能力が多く求められるようになるだろう」とも言っていた。
デジタルネイティブな若い世代は、ITの「使い手」として、ある部分ではすでに大人より1枚も2枚も上手である。労働の価値やあり方の変化は2045年を待たずとも、彼らの手によりリアルな現場で進行しつつあるようだ。
取材・文・撮影/鈴木陸夫(編集部)
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