株式会社DMM.com 代表取締役
片桐孝憲氏
2005年にWeb制作会社(現ピクシブ株式会社)を創業、07年にpixivを開始。17年からDMMに。株式会社 DMM.com 代表取締役を務める
テクノロジーの進歩に伴い、次から次へと新たなサービスが生まれると共に、スタートアップと称される企業の数も増えている。キャリアの多様化が加速する近年、「スタートアップに転職して働く」という選択肢に可能性を感じる方も、不安を抱く方も、あるいは決断の手前で迷っている方もいるのではなかろうか。そこで、2018年3月に行われたトークセッションイベント『Startup JOIN STORIES』の模様を通じて、スタートアップのリアルな姿を捉えていきたい。
株式会社DMM.com 代表取締役
片桐孝憲氏
2005年にWeb制作会社(現ピクシブ株式会社)を創業、07年にpixivを開始。17年からDMMに。株式会社 DMM.com 代表取締役を務める
Lovegraph Inc. CPO
吉村創一朗氏
1994年生まれ。大学在学中、配送事業を行うスタートアップ起業を経て、カンボジアに現地滞在し、外車の輸入業者立ち上げを行う。その後、LINE株式会社に入社。LINE iOSメッセンジャーのプロジェクトマネージャーとして新規プロダクト開発や機能開発を担当。2017年10月にLovegraphにジョイン
Graffity Inc. 取締役COO
大野将希氏
1993年生まれ。日本マイクロソフトマーケティング部門インターンを経て、機械学習を使ったコミュニケーションチャットボット開発を行う会社を起業。大学卒業後、グーグル日本法人入社。広告製品を担当。2018年1月より現職
Flamingo Inc. 取締役COO
牟田吉昌氏
1993年生まれ。小学生時代、中国で長期滞在を行う。大学在学中、フラミンゴの立ち上げに参画。大学卒業後、リクルートホールディングス入社。新規決済事業「Air PAY」に携わり、開発ディレクション、事業推進を担当。2017年12月にフラミンゴに正式ジョイン
イベントには、かつてイラストコミュニケーションサービス『pixiv(ピクシブ)』を立ち上げてスタートアップ時代の先頭を走った片桐孝憲氏を筆頭に、今話題のスタートアップのボードメンバーを務める面々が集結。片桐氏以外の3名は、全員25歳以下、大手IT企業からの転職を経て今のキャリアがあるという共通点を持つ。
参加者から事前に寄せられた質問の中で目立ったのは、「そもそも、大企業とスタートアップのどちらで働くのが良い?」という根本の疑問。これに対し、吉村創一朗氏は「自身の成長を考えれば、スタートアップだと思う」と答えた。
「大企業の仕事は分業型、スタートアップの仕事は0から100まですべて、といったイメージです。僕は以前LINEで働いていたのですが、当時の社員数は約1000名。その中の一人が持つ影響力と、社員数10人の組織の中の一人が持つ影響力って大きく違いますよね。
社長の姿を見ることなんて滅多にない会社や、経営戦略が一握りのボードメンバーによって決められるような会社が、大企業にはたくさんあります。一方で、スタートアップの場合は、CEOがすくそばにいるケースが大半です。CEOが『左に進もう』と言っても、『本当に左でいいんですか?』という問いを投げかけられる。会社がどうなるか、という戦略に自分の意見が反映されると考えると、スタートアップは魅力的だと思います」(吉村氏)
続けて、牟田吉昌氏は「自分自身がどのような問いに向き合いたいかが重要」と語った。
「例えば、『何千人ものキャリアを変えていきたい』という課題感を持っているのであれば、かつて僕が務めていたリクルートで働くのもありだと思います。ただ、大企業の場合は『リクナビNEXTの管理画面の改善』といった一部分しかできない可能性があるのも事実です。スタートアップならば、自分たちが解決したいと思っている課題に全力で取り組むことができるんですよね。今僕らがやっているフラミンゴだったら、外国人のための事業を作りたい、という思いを実現するために、毎日課題にぶつかっていく。それこそ、会社経営からオペレーション部分まですべて自分たちで。
自分の担当領域を持ち、大きな課題を解決するために働くのか。自分たちで見出した課題に向かって全力でぶつかっていくのか。僕の場合は後者の方がわくわくしたので、スタートアップを選びました」(牟田氏)
自らがやりたいと思える事業に、全力で挑めることがスタートアップの魅力であることが見えてきた。とはいえ、多様なプラットフォームと潤沢な予算を持つ大企業であれば、自身が熱中できる新事業を立ち上げるチャンスが巡ってくる可能性もあるだろう。その場合、基盤の安定した大企業の方が有利なのではないかとも思える。この疑問に対し、経営者としてスタートアップと大企業の両方を見てきた片桐氏は次のように語った。
「新事業に関して言うのであれば、スタートアップが持つ思いには敵わないものがあるように思います。社会に対して持っている課題感、課題との向き合い方、事業を押し進めていく根性などが、スタートアップは強い。『この事業で世界をこう変えたい』という思いの強さがあるからこそ、ユーザーがついてくるんだろうな、と」(片桐氏)
さらに片桐氏は、リーダーシップ的な観点での大企業とスタートアップの違いについて説明した。
「同じ職種の社員が100人いる環境の中で競い合って成果を出すことにやりがいを感じるのであれば大企業が良いですが、全員が違う能力を持ったチームで連携して成果を出していくことに可能性を見出せるならばスタートアップが向いていますね。
大企業とスタートアップでは、リーダーシップのとり方も変わってくると思います。スタートアップの場合、異なる個性や能力を認め合った上で、全員で同じ目標を見据えて進んでいかなければならない。これからの時代は、よりスタートアップ的なリーダーシップが求められていくのではないかと思います」(片桐氏)
続く疑問は「自分らしく働けるスタートアップの見極め方」だろう。片桐氏は、数あるスタートアップの中から探し出すことの難しさに同意した上で言った。
「人との相性で見極める以外にないと思います。仕事で大切になってくるのは、結局のところ上司や同僚との相性ですよね。なので、経営者と直接会う機会を作って、話が合うな、と思えたらそれでいいのではないでしょうか」(片桐氏)
片桐氏の言葉通り、吉村氏や牟田氏は経営者の人柄やビジョンに惹かれてジョインを決めた過去を持つ。それぞれ、自身の経験を振り返った。
「僕はサイエンスやビジネスについて考えるのが得意なタイプなのですが、Lovegraphの代表取締役の駒下はとてもアーティスティックな人間でして。ビジョンを描くのが上手くて、僕がどんなに頑張ったとしても、彼のような起業家にはなれないと感じました。彼が持つアーティスティックでビジョナリーな部分と、僕が持つビジネス的な視点を組み合わせたら、もっと新しい化学反応が起こると思ったのです」(吉村氏)
「僕がフラミンゴ創業者の金村と出会ったのは大学時代なのですが、当時から『日本に住む外国人の暮らしを変えたい』と言っていたんです。とてもロジカルに考えていて、でも、パッションもめちゃくちゃ持っていて。自分なら世界を変えられる、と信じながらひたむきな努力を重ねている同世代の親しい友人の姿に、不覚にも惚れました。
もちろん、当時いたリクルートで働き続けていた方が成長できたかもしれない。でも、物事を捉える視点や実績を見ると、すでに彼から相当の遅れをとっているように思えたんです。サッカーに例えるならば、僕は海外サッカーリーグ一位のチームだけどユースチームに所属していて、彼がいるのはJリーグだけど、チームのエースストライカーとしてゴールを決めまくっている、みたいな。ゴールを決める快感も分からないままに名門チームにいる僕って何なのかな、と不安になりました。
こんなにも経営者に共感して、一緒に働きたいと思っているのに、いつまでもむずむずしているなんてもったいないですよね。なので、そう思ったタイミングで転職しました」(牟田氏)
今でこそ注目のスタートアップで活躍している彼らだが、それぞれ前職は名だたる大企業だ。働く環境はもちろん、場合によっては待遇すらも大きく変わる転身にリスクは感じなかったのだろうか?イベント中盤、トークテーマは「スタートアップで働くことで得られるリターン」についてに発展した。
「僕は、お金だけがリターンではないと思っています。そもそも、今僕が持っている資産は時間だけなので、その時間をどこに投資して、何をリターンとして得るか、と考えてみるとします。例えば、2年という時間を大企業に投資するのと、スタートアップに投資するのとでは得られるものが違いますよね。大企業ならば収入も安定しているし、世界にインパクトのある規模感のビジネスに携われる。その一方で、スタートアップだと規模感が大きくなるだろうビジネスを作り出し、自ら大きくしていく必要がある。そう考えると、自分がどちらの経験をリターンとして得たいのか、20代の前半という時間をどこに投資すれば、自分の人生がよりプラスになるのかが見えてくるかと思います」(大野氏)
同じく、牟田氏もお金ではない価値について語った。
「確かに、大企業であれば数十億円の規模感で社会にアプローチできるだけの予算があると思います。ですが、戦略を練るのはエリート特殊部隊だけかもしれない。現場のメンバーたちは、彼らの指示に従って銃を撃つことしかできなかったりすることもあります。なぜ今銃を撃つ必要があるのかもわからないまま。だったら、規模感は違えど、自分の手で生み出した事業が世の中に認められて、利益が上がっていく方がわくわくしますよね」(牟田氏)
「お金を持っているだけでは幸せにはなれない時代になったということですよね。ただの金持ちになるよりも、自分は何を考えてどんなことをやっているのかを語れるようになる方が価値が高いのだと思います」(片桐氏)
そう頷いた片桐氏は、スタートアップの魅力の一つとして「自らの実績を出しやすい」という特徴を挙げた。
「ピクシブにいた頃、学生向けの説明会などで『もっとこうした方が良いと思います』という意見をもらうことがよくありましたが、『じゃあ君がウチに来てやってよ』と言っていました。スタートアップには、会社に培われた経験やノウハウがないので、一人一人の気づきで事業が成長していくのです」(片桐氏)
イベントも終盤、参加者から「今後来るだろうと思うキーワードは?」と問われた登壇者たち。片桐氏は「一般論で言えばAI、スマートコントラクト、ブロックチェーンなど」と前置きし、「一方で、物事を効率化するだけでなく、世の中をより豊かにするようなサービスも重要になってくると思います」と言った。この言葉に大野氏も頷く。
「AIが進歩すれば単純な作業はどんどん人の手から離れていくと思うので、それによって生まれた時間をどう使うか、という考えに発展していくのではないでしょうか。いかに楽しい時間を過ごすか、という意味で言うと、エンタメの領域でできることがまだまだあると考えています」(大野氏)
「そうですね。今の時代、クオリティーの高いコンテンツがどんどん生まれていきますよね。すると、コンテンツ同士でユーザーの時間を奪い合うことになる。なので、ピクシブでは、閲覧時間やアクティブユーザー数だけでなく、ユーザーが絵を投稿するためにどれくらいの時間を費やしたか、という点も意識していました。データでは計測できない部分のことも、重視しながらサービスを作っていました」(片桐氏)
あらゆる技術が進歩していく今だからこそ、それによって人々に与えられた時間をいかに充実させるか。このテーマには、吉村氏も共感を示した。
「お金では得られないエモい幸せ、というのがあると思うんですよね。Lovegraphでやっているのは、まさにそれ。今後は、エモさで人の気持ちを動かすようなサービスが大切になってくるのではないでしょうか。そういったことに可能性を感じますね」(吉村氏)
最後は、登壇者たちがビジネスに対して抱いている心情や思いで締めくくりたい。
「昔から、生きているうちに一つは大きなことをしたいという思いがありました。さらに言うと、誰かと一緒にやるのであれば自分とは違う思考回路を持っている人とが良いと考えていたので、先に言った通り駒下と働いています。異なるタイプの人と協業することで新しいものが生まれていくと信じていますし、僕自身、常に挑戦していくというイズムは大切にしたいですね」(吉村氏)
「例えば、何かやりたい事があって、やるかやらないかで迷ったら、僕は必ずやる方を選ぶようにしています。迷う理由にもよりますが、後悔の価値でいうと、やらない後悔よりも、やった上での後悔のほうが価値が高いと思いますし、そこから学ぶことの方が重要だと思います。そして、難しい道と簡単な道があるのであれば、絶対に難しい道を挑戦します。結果がどうであれ、困難なことに挑戦したという結果を、僕の生きた証として残していきたいし、困難な道で結果を出していきたいです」(大野氏)
「俳優の伊勢谷友介さんという方が、『挫折禁止』という座右の銘を持っているのですが、とても共感します。自分が決めたミッションに対して、目的を果たすまでは挫折をしてはいけない。手段はいくらでも変えてもいいから、自分で決めた目的を疑わずにい続けるべきだ、と。僕もそうありたいと思っています。
もう一つ。フラミンゴの代表に、『お前は人を見て仕事してるよね』と言われるんです。どうやったら僕の周りの人たちがハッピーになれるか、新しい気づきを得てもらえるか、と考えながら働いています。もしも永遠に生きられるとしたら、ずっとその人たちと働き、暮らしていくことになるわけですよね。だからこそ、人を裏切らずに誠実に向き合うことを大事にしたいと思っています」(牟田氏)
それぞれの思いに耳を傾けていた片桐氏は、改めて「スタートアップの強さ」について語った。
「一般的な会社で働いていたら、彼らのように心情や思いを問われることなんてほとんどないですよね。それが、スタートアップだと違う。若いうちから思っていることを言語化する機会が多いんですよ。
例えば、優秀な人材に自分の会社で働いてもらいたいとして、『これくらいの年収を出すから』と誘っても、きっと選んでもらえない。自分たちが社会とどう向き合い、どんな課題を解決していこうとしているのか。そういった部分が重要になるのです。言葉で伝えられるだけの思いを持っていることこそが、スタートアップの強みだと思います」(片桐氏)
今、あなたは自身の仕事に満足しているだろうか?もし満足していないのだとしたら、何が足りないのだろうか。本イベントで語られた、自身が信じた道をひた走ることの充実感に、少しでも心が動いたのであれば、今こそキャリアと向き合う時なのかもしれない。ぜひ彼らの言葉を、自分らしいキャリアを築くためのヒントにしていただきたい。
文/秋元祐香里(編集部)
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