Chairman, Evernote Japan
外村 仁氏
1963年生まれ。東京大学工学部を卒業後、米大手コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーを経て、アップルの日本法人に入社。マーケティング本部長として同社の日本市場開拓に尽力した後、シリコンバレーで複数社の起業を経験し、2010年6月より現職。近年は日本のエンジニアに対する支援や啓蒙活動に注力する。スイス国際経営開発大学院(IMD)MBA
テーマは、「クルマがある日常生活を充実させるためのアプリケーション/サービス」の開発。協賛は、トヨタ IT 開発センターとぐるなび、そして『じゃらん』などを運営するリクルートのMashup Awards運営事務局など。
これらの開催要項を見ても分かるように、今年1月25日~27日に日本で初めて行われた『Evernote Hackathon in Japan』は、一般的なハッカソンとは趣の異なるものだった。
東京・銀座の会場に集まったのは、プログラマーだけでなく、事業企画をやっている人、マーケティング担当者、経営者などさまざまな属性の人たち。
ほかにも、参加者の中には中高生向けIT教育プログラム『Life is Tech!』がサポートする中高生プログラマーたちや、高専出身のスタートアップFULLARの面々、スマホアプリ『全国タクシー配車』が好評の日本交通チームなど、55名の多彩な顔ぶれがそろっていた。
そんな“異業種格闘ハッカソン”となった理由は、主催のEvernoteで日本法人会長を務めている外村仁氏の、ある狙いがあったからだ。
シリコンバレーに居を構えながら、日米でさまざまなビジネスの栄枯盛衰を見てきた同氏には、今回のハッカソンを通じて日本のエンジニア、そして産業界全体に伝えたいメッセージがあった。
「日本はもう、同業や同世代の人たちだけで“仲良し交流会”をやっている場合ではない」
そう話す真意を、後日尋ねた。 Chairman, Evernote Japan 1963年生まれ。東京大学工学部を卒業後、米大手コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーを経て、アップルの日本法人に入社。マーケティング本部長として同社の日本市場開拓に尽力した後、シリコンバレーで複数社の起業を経験し、2010年6月より現職。近年は日本のエンジニアに対する支援や啓蒙活動に注力する。スイス国際経営開発大学院(IMD)MBA
外村 仁氏
―― 『Evernote Hackathon in Japan』は、自動車や飲食、旅行業界とのマッシュアップを前提とした非常に珍しい試みでした。IT業界と異分野を掛け合わせることで目指したものは何だったのでしょう?
今の日本って、セグメント化され過ぎだと思うんですね。年代や性別もそうですし、理系と文系とか、業種や職種ごとに固まり過ぎる傾向があると思います。これまでのハッカソンでもそう。同じプログラミング言語を使う人たちや、同業種のエンジニアだけで集まりがちでしたよね。
そこで今回の『Evernote Hackathon in Japan』では、こうした「見えないゾーニング」を取り払うのを裏テーマにしていました。異なる世代、異なる業種、異なる興味を持つ人たちが一緒になってモノづくりを経験することで、生き残るために必要なイノベーションとは何なのかを肌で感じてほしいとの思いでした。
―― 「生き残る」とは、誰に対してのメッセージですか?
まだITの進歩の恩恵を十分に受けていない産業に従事する方々です。日本の産業界に、もっとハッカー文化とエンジニアの知恵を流通させなければ、斜陽化が進む多くの産業はますます弱体化してしまうのではないかという危機感です。
―― 日本でも、製造業、外食サービス、流通など、さまざまな「非IT産業」が積極的にテクノロジーを活用しているように思いますが。
それは一部の優れた企業だけで、欧米に比べればまだまだと言わざるを得ません。例えばAppleのディベロッパー向けイベント『WWDC』に来ている人たちの職種を見ても、その差は歴然です。
日本からWWDCに来ているのは、通信会社やゲーム会社といった「ITが本業の人」が主なのですが、アメリカや他国からは4~5年も前から非IT産業の人たちがたくさん参加するようになっています。
そのころわたしがWWDCでお会いした人の中には、造船会社で働く人もいました。造船ですよ。「なぜWWDCに来たの?」と聞くと、「船の建造や検査を効率化するために、iOSでアプリを作れとマネジメントから指示された」と。
重厚長大産業のトップが、ITに対してそういう戦略的な見方をしていることに驚きました。
―― 『Evernote Hackathon in Japan』のような異業種格闘ハッカソンも、シリコンバレーではよくある光景なのですか?
いえ、まだ多くはありません。特定の技術習得をテーマにしたハッカソンや、競技型のハッカソンだと、プログラマーだけのケースがメインではあります。
ただ、今回わたしたちが企画したような「ソリューション開発」を目的にしたハッカソンの場合、非IT業種のエンジニアやプランナー、デザイナーの参加も少なくありません。良いコードを書くことだけでなく、良いアイデアを出すこととのバランスがいいんですね。
後援企業にも、GoogleやMicrosoftといったIT大手と並んで、GMやフォードのような大手製造業の名前を見かけることが増えてきました。
―― GMがハッカソンの後援を!? 面白いですね。なぜ、そのようなマッシュアップが起こるようになったのでしょうか?
やはり、既存の産業側に強烈な危機感があるからでしょう。
構造不況に陥っている産業の人たちは、これまでと同じやり方をしていては会社が弱る一方です。だから、イノベーションを起こすトリガーとして、畑違いのITイベントに参加し、モバイルやクラウドの最新テクノロジーを自社製品に取り入れよう、自社では出てこないアイデアを学ぼうとしているんです。
――では、 どうすれば日本の産業界にも「IT革命」が浸透するのでしょう?
経営トップの変化とエンジニアのアクション、両方が必要不可欠です。経営陣は自らがもっと最新のITを体験するべきだし、エンジニアは技術を磨いた上で「外の情報」にもっと敏感になってほしい。
まず経営者について、わたしはコンサルティングや講演を依頼されて日本の大企業の経営陣にお会いする機会も多いのですが、彼らは総じて勉強熱心で、いろんなことを知っているんですね。
IT活用に関しても、「どこそこの会社はこんな取り組みを始めている」みたいな情報にはものすごく詳しい。知識レベルは総じて高いのです。
にもかかわらず、いざ自社の話になると、あれこれ理由を付けてドラスティックなIT化をやりたがらない。こうなってしまう理由は、彼らが昔の成功体験を捨てられず、自らが最新テクノロジーとそのメリットを実感していないからではないでしょうか。
スマートフォンが普及していると知りながら、自分は「機械が苦手だ」とか言ってガラケーを使い続けている。そんな経営者が、スマホやクラウドの持つ潜在パワーを理解できるはずがないじゃないですか。
業界や社内の常識に縛られずに発想し、イノベーティブなアイデアを実行に移すためにも、まずトップマネジメントが「外で起きている変化」を肌身で体感し、その上でリーダーシップを発揮すべきだと思います。
―― 一方のエンジニアも、業界や会社の常識に縛られるのはありがちな話です。
その通りです。今までにない新しいソリューションを作るには、異なるバックボーンを持つ人たちが交わって、違った価値観をぶつけ合わなければなりません。
エンジニアも、いろんな産業の人たちとオーバーラップできる環境に進んで身を投じる方が、よりクリエイティブになれると思います。
日本はエンジニアの技術力も高いですし、やればできるんですよ。高専のような専門学校がある国も珍しい。今回『Evernote Hackathon in Japan』をやってみて、改めて「日本のエンジニアやるじゃん」と心の底から思い、同時に大変うれしくなりました。
異業種格闘が繰り広げられる舞台を用意するだけで、アイデア、インプリメンテーション、プレゼンすべての面でハイレベルなアウトプットが生み出せる。これは、シリコンバレーで行われるハッカソンと比べても遜色ありませんでした。
たいていは、作ったアプリは良くてもデモがダメだったり、プレゼンは見栄えがするけど作ったものはどこかで見たようなアプリだったりしますから。
審査員や参加者からも、「こんなにレベルの高いハッカソンは今まで経験したことがない」という声が上がっていました。
―― となると、カギを握るのは「異業種格闘」ができる舞台を増やすことですね。
ええ。でも、これはこれで非常に難しい。
―― 何が難しいのでしょうか?
舞台装置というか、「共通言語」がない人同士をつなげる仕掛けが必要だからです。エンジニア同士で盛り上がるようなギークな話題って、ほかの業界の人たちや経営者にはほとんど伝わらないでしょう? その逆も然り。
―― 確かに、ITリテラシーの高い人たちは、そうでない人たちやネットに触れない世代を揶揄することも非常に多い。
さらに言えば、エンジニア同士でも、IT系とモノづくり系の人たちはサービスの作り方が違うので交わりにくい。この違いを乗り越えるには、主催者としていくつかの工夫が必要になります。
一つは、意図的にゾーニングを取り払う仕掛けづくりが大切だと思います。
今回のハッカソンで、自動車、飲食、旅行という非IT産業の方々と一緒に開催したことや、普段の開発業務では接しないようなさまざまなバックグラウンド&年齢層の方々に参加してもらったのも、そのためです。そして、この意図をハッカソンの最初にかなり丁寧に説明したんです。こうしたわたしたちの説明を聞いて「そうか!」と思い、いつもと違うスタンスで開発に当たった人は多かったと思いますよ。
もう一つは、良いAPIの存在です。言い方を変えれば、互いに違う経験や特徴を持つ人同士がやりとりをしやすくするインターフェースといってもいいでしょうか。
Evernoteの「簡単にメモを取る、記録を残す」という特徴は、あらゆる行動に必要なことですので、インフラ的で、何かと何かをくっつけるのが得意な「糊(のり)」のようなAPIですね。
また現場でも、その場をファシリテートできる優秀なオーガナイザーやアドバイザーを立てて、グループ内の通訳をしたり、議論を活性化をしてもらう工夫も重要です。
これらすべてがそろって、初めてオーバーラップ効果が生まれるのだと思います。
―― 最後に、日本のあらゆる産業のIT化を担うことになるエンジニアたちに伝えたいメッセージがあれば。
これは、学生さんなんかにもよく話すことなんですが……。わたしは今、シリコンバレーに住んでEvernoteという世界的なサービスの経営にかかわっているので、「すごいですね」とか「自分にはできません」的な言い方をされることが多いんですね。
でも、わたし自身にはそんな意識が全然なくって。「外国人」と言えばモルモン教の宣教師さんくらいしか見たことがなかった九州の田舎者なんですよ。アメリカに来て起業するだのという大それた野望を抱いていたわけでも、若い時から強い意思で計画的にキャリアを開拓してきたわけでもありません。
いくつかの偶然と、何かへの熱中、そして人からの助けが重なって、たまたまシリコンバレーで働くようになり、今があるだけのこと。
こちらで活躍する日本人には、「俺がやれているんだから、気負わずに実行すれば誰でもできるよ」と実感を込めて言う方が本当に多くいます。ですから、今は普通の若いエンジニアにだって、大きなことを成し遂げるチャンスがたくさんあるんです。
そもそもエンジニアという仕事は、世界に出て行く上で、ほかの職業の人たちよりも有利なんですよ。もし2人の人がいて、同じ程度の英語力があるとすると、非エンジニア系の仕事をしている人よりエンジニア系の仕事をしているあなたの方がずっと世界で通用しやすい。
プログラム言語や英語での用語をよく知っているし、さらには、自分でコーディングした作品という「言語を超えて相手を説得する武器」を使えるわけですから。
あえて障害を挙げるなら、あなた自身の中にある「自分にはきっとできないだろう」という固定概念でしょうか。何かをやりたいと思ったら、今日からアクションしましょうよ。
日本はエンジニアの力でもっとよくなるし、グローバルにも有利な位置にいるんです。自信を持って前進してほしいと思います。
―― その「アクション」について、どんなことをすれば道が拓けるのか、具体的なアドバイスをください。
シリコンバレーで活躍しているトップエンジニアを見ていて思うのは、彼らは常に2つのことに熱心なんですね。
一つはプログラミングの腕前そのもの。日本風に言うと、本当に「包丁一本さらしに巻いて」の心意気でやっている。自分の存在意義は素晴らしいコードを書いて世界を変えることなんだと。日本のエンジニアも、そういう気構えでプログラミングに励んでほしいですね。
もう一つは、自分の外、会社の外に対する情報感度が異常に高いという点。これは、会社の業績や個人のパフォーマンスが落ちるとすぐにクビになるシリコンバレーの風土が影響しているのかもしれませんが、自分の身を守る意味でも「より良い仕事」、「面白いプロジェクト」への情報感度がとても高いんです。
そして外の情報というのは、自分でアンテナを伸ばしていなければなかなかキャッチできないですし、本当の「良い情報」は人経由でしか来ません。社外のいろいろな人と交流できる場に積極的に足を運ぶのは大事なことです。
ただし、闇雲に参加すればいいというわけではありません。最初に話したように、同類同士で仲良く楽しくやっていても、あまり意味がないと思います。例えば、今回わたしたちがやった異業種格闘ハッカソンのように、まずは刺激的なプログラムと良いAPIを用意している場所を選んで、そこで腕試しと仲間づくりを行ってみてはどうでしょうか。
そこで得たつながりは、きっとあなたをバージョンアップしてくれます。
取材/伊藤健吾(編集部) 文/武田敏則(グレタケ) 撮影/竹井俊晴
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