2005年度下期IPA「天才プログラマー」認定、第24回独創性を拓く先端技術大賞 学生部門文部科学大臣賞(部門最優秀賞)など華々しい経歴を持ち、三児の母でもある五十嵐悠紀の連載です
電気×コンピュータで食文化を変える!? 「電気味覚」研究の第一人者が目指す未来【五十嵐悠紀】
五十嵐 悠紀
計算機科学者、サイエンスライター。2004年度下期、2005年度下期とIPA未踏ソフトに採択された、『天才プログラマー/スーパークリエータ』。日本学術振興会特別研究員(筑波大学)を経て、明治大学総合数理学部の講師として、CG/UIの研究・開発に従事する。プライベートでは三児の母でもある
先月の連載でご紹介したドラえもんの秘密道具のような研究たち。今月は、そんな夢のある研究を行う一人、「電気味覚」研究者の中村裕美さん(明治大学大学院/未踏ユーススーパークリエータ/日本学術振興会特別研究員)にインタビューをしてみました。
「電気味覚」とは、舌に電気的刺激が与えられると、人間はそれを「味覚」として感じることができる、というものです。インタビューでは、中村さんが「電気味覚」の研究を始めたきっかけや、研究者としての今後の展望などに迫ってみたいと思います。
動機は「『口の中の手』をもっと活かしたい」
「もともと、舌を用いた入出力インターフェースに興味がありました。舌は『口の中の手』と言われるくらい自由に動かせるため、これまでにも手の代わりとして舌を動かして入力操作をするデバイスはいくつか作られていました。
しかし、どのように操作したかを使う側に伝える方法は視覚や聴覚を用いることが多く、味覚があまり活かされてなかったのです。そこで、『せっかく舌を使って入力するなら、“味”でフィードバックを返したい』と思って、電気味覚の研究に着目しました」
視覚・聴覚ではなく、味覚といった感覚に着目した中村さん。そこで、食べ物に電気を通すことで味を変化させる「電気味覚」の登場です。
変化を味でフィードバックを返すために、「表面(舌に触れる面)をどうしよう?」となり、たまたま選んだのが“かんてん”だったそうです。
「弾性があるため、押し込みもでき、食べ物だから舌に触れても大丈夫。とりあえずどのような味覚フィードバックが可能かを試すプロトタイプとして、かんてんでディスプレイの表面を作り、電気を加えてON/OFFを切り替えてみました。すると、確かにかんてんの味が変わったんです」
味が変わるとしてもなだらかだったり、そんなに大きな変化はないだろうと思っていたら、電気を加えた瞬間に味がはっきり変わるのが分かったという中村さん。大発見の瞬間です。
ここで、わたしは電気味覚のデモを試させていただくことに。今回は、魚肉ソーセージを使っての実験です。
フォークの側面を手でしっかり握って、舌の上に魚肉ソーセージを乗せる。そして、電気を流したり、切ったり。電気味覚というとビリビリした感じを想像していましたが、実際に体験した電気味覚では、「じわぁ~」とよりジューシーな味になったのを感じました。
「体験していただいたように、電気味覚を使えば塩分控えめの食べ物でも十分ジューシーに感じられるようになります。要するに、電気味覚、特に陰極側の刺激で塩分の加減を調節させることができるのです。実際には、陰極側の刺激が加わっている時には塩味が若干弱まり、切った後にもとより強く感じられます。
これはわたしの実体験なのですが、家族の一人が減塩をしなくてはいけない病気を持っていたため、一緒に減塩料理を食べているのです。一緒に減塩をがんばりたいという気持ちはもちろんあるんですが、それでもやはり味の濃いおいしいご飯が食べたいと思う一面もありました。でも、減塩を頑張っている人の前で、塩を足すのも気が引けるんですね……。減塩している人と、その周りの人、双方が感じる辛さみたいなものを解決できないだろうかと思っていました。
電気味覚を活かすことができてわたし自身もうれしい上に、国内外で行ったデモンストレーション中で同じ悩みを抱えていることを話してくれた人たちがいることが、励みになっています。将来そういう人たちの助けになるように、今も改良を進めています」
電気味覚の第一人者として未開の地を開拓する難しさ
「電気味覚自体の歴史は長いんです。古くはボルタが電池を発明した18世紀、sulzerという人が電気という存在に気付く初期段階として、舌に2種類の金属板を載せて味覚を感じたというのが始まりですから」と話す中村さん。
しかしながら、「これまで食材の味の変化には活用してこなかった」そう。
「生理学の分野や他の分野では電気味覚によってどういう味が引き起こされるかが調査されています。むしろ、HCI(Human Computer Interaction)の分野でやることに意義があると思っています。味が変わることだけではなく、コンピュータをいかに介在させて食べる行為にアプローチできるか、味を変えられることによってどう食文化が変わるかを考えていきたいですね」
その志の裏には、指導教官の宮下芳明先生や、IPA未踏のプロジェクトマネージャであった後藤真孝先生から「せっかく最初に見つけたんだから、ほかの人が追い付けないくらい速く突っ走れ!」と背中を押してもらえたことも大きな糧になっているそうです。
「料理することに関しては、すでに画像認識の技術や、行動の認識、一緒に食べることに対する研究、食べたものなどのライフログなどが取り入れられ、さまざまなシステムが作られています。しかし、食べる瞬間に対するアプローチは、視聴覚や嗅覚を使った研究はあるものの、味覚を直接操作するとなるとさらに限られています。
その上、通常の味覚提示手法では,即時性(すぐ提示すること)と可逆性(提示をリバーシブルに切り替えること)がすごく難しいため、情報技術の味覚へのアプローチはなかなか発展してこなかったのです。電気味覚は即時性と可逆性を備えているからこそ、HCIの分野でも幅広く活用できる余地があるんです。」
味覚は発展する可能性を秘めた、未踏の分野であることも、中村さんにとって大きなモチベーションになっているようです。
電気味覚の研究が、食のわがままを叶える!?
中村さんは、電気味覚をインタラクション的な分野で扱うことに興味を持っているだけではありません。人は食べないと生きていけない。けれども何も考えずに食べているわけではない。よって、食べなければいけないものを開拓するだけでなく、“より楽しく食べる”“幸せに食べる”といった食文化の発展を考えているそう。
「ダイエットしたいから甘いもの食べるのをやめておこうとか、減塩しないといけないから、食べたいもののかわりにこちらを食べようとか。逆に、今日は食べたいからダイエットやめておこう! とか。“健康”と“食べる楽しみ”って、どちらかを犠牲にしがちなんですよね。けれど、もしかしたら、どちらかを犠牲にしなければならない、と思い込んでしまっているのでは? と思ったんです。
わたしはHCI的なインターフェースで、どちらも犠牲にすることなく食べられるようにしたいと思っています。“美味しく健康的に食べる”という、一瞬贅沢に思える願いを叶えていきたい、そしてそれがいつか普通になっていくような、そんな技術を作っていきたいと思っています」
何かを犠牲にすることなく、贅沢にも2つの欲求を両立させたい。それは、難しいからこそやりがいがあるという。そんな“どちらも欲しい!”という欲張りな発想は「女性らしい発想」とも感じました。
「電気味覚に限らず、食に関する研究はわたしのライフワークになる」と話す中村さんは、興味を持ったことを深く突き詰めたりしながらも、何か新しいことにトライしたりするなど、昔から好奇心旺盛な子だったそう。
そんな中村さん、じつは日本大学芸術学部音楽学科の出身なのです。
「一つのことを何年もずっと掘り下げている人にあこがれてしまうことや、前からこの分野にいたらもっといろいろできたのではないか、と思うことも、もちろんあります。でも、今までの興味や知識が今の研究に活きることも多いと感じています。発想の種や、いろんな立場から物事を考える時には役立っている実感もありますね。
研究を進めていく中で、それを強みと言えるようになるかもしれません。そして今後、同じように他分野からこの分野に興味を持ってトライした人にアドバイスしたり、背中を押してあげられるような人になっていきたいとも思っています」
「電気味覚」にご興味のある方は、こちらにアクセスしてみてくださいね。
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