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【茂木健一郎氏インタビュー後編】「“我慢”している自分を自覚して。エンジニアには、もっともっと欲深くなってほしい」

スキル

    2018年4月に発刊された『結果を出せる人の脳の習慣』(廣済堂出版)で、茂木健一郎氏は「アウェーで戦える人こそが現代社会で最強」というメッセージを投げ掛け、「最強」になるための脳の習慣を説いている。そこで、「ではエンジニアが最強になるための習慣は?」という問い掛けをしてみたところ、茂木氏ならではの強力な提言を返してくれた。

    技術オリエンテッドで進行する変化の時代、エンジニアが志すべき成長とは? そして、「アウェーで戦う」ことの意義とは?

    >>前編はこちら

    茂木健一郎氏

    脳科学者 茂木 健一郎氏

    1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。その後、理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、現在はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学、大阪大学、日本女子大学等でも非常勤講師を務める。専門は脳科学および認知科学。2005年、『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。2006〜2010年にはNHK『プロフェショナル 仕事の流儀』でキャスターを務めた。近著に『結果を出せる人の脳の習慣』(廣済堂新書)がある

    【提言④】ジョブズ、マスクに学ぶ、テクノマエストロの習慣

    前編で、「職人気質で特定領域を深掘りするだけのエンジニア」では変化の時代を生き抜くのは難しい、という話をしました。エンジニアに限った話ではなく、人材採用の領域では今また「T型人材」が重視されています。Tの縦棒=専門性ばかりを伸ばしていくのではなく、横棒=知見の幅を広げてもいく人材に、多くの企業が期待を寄せている。振り返ってみれば、近年エンジニア出身で成功した世界的起業家の多くがこのT型人材であることに気付きます。

    例えばスティーブ・ジョブズは、iPhoneを開発する際に、米国の強化ガラスメーカーであるコーニング社の『ゴリラガラス』を採用しました。彼は別段ガラスの技術に詳しいわけではなかったけれども、「iPhoneを素晴らしい製品にするにはコーニングのゴリラガラスしかない」という判断を下せるくらいに、この異領域についても勉強をしていたわけです。毎日ポケットに入れて使っていても美しい光沢を失わず、傷もつかないゴリラガラスがあったからこそ、iPhoneは成功したといっても過言ではない……誰もがそう感じたから、この逸話もまた有名になりました。

    例えばイーロン・マスクは、テスラ、スペースX、HTT社(ハイパーループ・トランスポーテーション・テクノロジーズ)など、社会の未来を築いていくような企業を次々に設立しています。電気自動車、宇宙輸送、大都市交通網というように、それぞれ異なる専門性が問われる産業ですが、マスク自身がそのすべてを完全にマスターしているわけではありません。その代わり、「どういう領域にどんな技術があって、それらを有効活用できた時に何を実現できるのか」を見通すセンスと、必要十分な情報や知識だけは備えていた。だからこそ今、彼の動向に世界が注目をしているのです。

    ジョブズやマスクのような人物を世の中ではテクノマエストロと呼んだりします。マエストロ、すなわち多様なテクノロジーによるオーケストラを指揮して、新しい何かを生み出す人たちが、変化の時代にリーダーシップを執り、イノベーションを達成するのです。

    彼らがマエストロになれた理由は「天才だから」だけではないはず。やっぱり異なる領域、アウェーに飛び込んでいく勇気と好奇心を持っていたからだと思います。すべての技術をマスターできなくても、触れようとする気持ちと実際に飛び込んでみる行動力とを併せ持てば、その人の可能性は格段に広がっていきます。

    プログラミング言語を次々に体得してきたエンジニアならば共感してもらえると思うのですが、人間の脳は一つ新しいものを学ぶと、次にまた新しいものを学ぶ際、学習効率が飛躍的に高くなる特性を持っています。第2言語としての英語をマスターした人が、第3言語としてフランス語や中国語を学ぶと、他の初心者よりもずっと早く習得できたりするんです。

    私は以前から「偶有性の海に飛び込め」というメッセージを、著書などを通じて発信してきました。要するに、世の中には確かなものなんてないのだから、とにかく恐れずに海に飛び込んでみる。失敗もするだろうけれど、必ず何かを得ることができる。脳はそうして偶有性に飛び込むことで成長するのです。

    1度飛び込んで、それなりの成果を得た者は、2度目からは飛び込むことをさして恐れなくなります。そういう観点からも「動く」こと、自分を動かすこと、がエンジニアを成長させるのだと考えています。

    茂木健一郎氏

    【提言⑤】SHOWROOM・前田裕二氏に学ぶ、モテるエンジニアこそが成功する法則

    最後はちょっと蛇足のようでもあるんですが、モテについてのお話です。最近、日本でもITサービスで成功した起業家が美しい女性との交際を報道されることが増えていますね。SHOWROOMの前田裕二さんにはお会いしたことがないので、ここでお名前を出すのははばかられるのですが、私としては素晴らしいこととして受け止めています。

    やっかみ半分に「IT長者は金を持っているからモテるんだ」なんて言う人もいますが、そうではない、と私は思っています。かつてのジョブズもそうでしたし、イーロン・マスクも著名な美女との交際が報道されていますが、そのモテの源は彼らの人間性の豊かさにある。彼らは技術やビジネスだけでなく、文化・教養面の造詣も深く、それが大きな人間的魅力となって人を惹き付けるのだと考えています。

    背景にあるのは、テクノクラートとクリエイティブ・クラスとがイコールで結ばれようとしている世界的傾向です。AIやIoTやVR、あるいは仮想通貨を支える技術群などが注目を集めながら社会全体に影響を及ぼすようになってきました。こうなると、技術の担い手であるエンジニアには、クリエイティブなセンスまでが問われるようになります。ピュアな技術の殻の中に閉じこもっていても、人々を満足させ、感動させるようなモノは生み出せません。

    だからこそ、ジョブズもマスクも幅広い文化の世界に触れてきた。結果としてそれが人間性の豊かさや、エネルギー溢れる元気な人柄へとつながり、カリスマとして崇拝されたり、女性にモテたりしていると思うのです。前田さんについても、私のもとにさえその人間的な魅力の素晴らしさや、独創性についての評判が聞こえてきていましたから、件のニュースを知った時も「そりゃあ、モテるでしょ」と納得したんです(笑)。

    なぜ最後にこの話題を持ってきたのかといえば、私としては日本のエンジニアの皆さんにもっともっと欲深くなってほしいのです。

    もちろん「私は技術が好きだからエンジニアをしています」でも構わないのですが、できれば「何のために、自分はエンジニアをしているんだろう?」「エンジニアとして成功したら何がしたいんだろう?」と、もっと深く、自分の欲求を自問自答してみてください。

    「稼いで、おいしいものが食べたい!」でもいいです。「成長して成功できたら思う存分、好きなガンプラ作りがしたい」とか、「モテたい」でもいい。日本人の多くが、自分が本当はいろんな“我慢”をしていることに気付いていないと私は思っています。

    一心不乱に、ただ与えられた仕事をこなすエンジニアではなく、人としての願望や欲望を自覚し、良い意味で欲深い人間として生きていけたなら、もっとさまざまなことに好奇心を持てるようになるはず。アウェーな世界に挑戦したい衝動も自然と湧いてくるはずです。

    これからのビジネスは、誰も飛び込んだことのないブルーオーシャンに最初に飛び込んで、成果を得た者が勝つ時代だと言われています。氷の上で海を前にして戸惑っているペンギンたちの映像を見たことがあると思いますが、最初に海に飛び込むペンギンが登場すると、その後いっせいに飛び込みますよね? 皆さんには偶有性の海に飛び込むファースト・ペンギンになってほしい。そう期待しています。

    茂木健一郎氏

    >>前編はこちら

    取材・文/森川直樹 撮影/赤松洋太 


    結果を出せる人の脳の習慣 ―「初めて」を増やすと脳は急成長する―』
    茂木健一郎・著(廣済堂出版)

    結果を出せる人の脳の習慣

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