世間を驚かせる数々の先進技術は、ビジネスでいかに有効活用できるのか。業界のトップランナーたちの考えを聞いてみたい。
2018年6月に開催された、クライス&カンパニーが定期的に主催するセミナーイベント「クライス汐留アカデミー」。同イベントのテーマは「企業は最新技術を、ビジネスでいかに活用するか」だ。この大命題を紐解くべく、壇上に豪華な顔ぶれが揃った。
3部構成のイベント第1部では、今年5月に行われた「Google I/O」(Googleの開発者向け発表会)に参加した及川卓也氏が、直近のGoogleの開発動向について解説。AIファーストを強化するGoogleでは、AIの発展に伴うGoogleHomeの進化やGoogleDuplex、Waymo、FireBase、MLKitなど、次世代を担うシステムに関するキーワードが続出した。
そして第2部では、同じく今年5月に開催されたMicrosoftのカンファレンス「Microsoft Build 2018」の模様が伝えられた。Microsoft AzureとMicrosoft 365の最新動向を軸に、Azure Kubernetes Service (AKS)やAzure Sphere、AIへの取り組みなどなどが語られていた。
これらの最新技術動向を踏まえた上で、イベントは第3部に突入。及川氏、日本マイクロソフトの澤円氏、KDDIの藤井彰人氏によるパネルディスカッションで、最新のテクノロジーをビジネスに活用していくためのポイントを語り合う形となった。
Tably株式会社 代表取締役
及川卓也さん(@takoratta)
早稲田大学理工学部を卒業後、日本DECに就職。営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事し、1997年からはMicrosoftでWindows製品の開発に携わる。2006年以降は、GoogleにてWeb検索のプロダクトマネジメントやChromeのエンジニアリングマネジメントなどを行う。2015年11月、技術情報共有サービス『Qiita』などを運営するIncrementsに転職。17年6月より独立し、プロダクト戦略やエンジニアリングマネジメントなどの領域で企業の支援を行う。19年1月Tably株式会社を創業
株式会社圓窓 代表取締役
澤 円(@madoka510)
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、外資系大手テクノロジー企業に転職、現在に至る。プレゼンテーションに関する講演多数。琉球大学客員教授。数多くのベンチャー企業の顧問を務める。
著書:『外資系エリートのシンプルな伝え方』(中経出版)/『伝説マネジャーの 世界№1プレゼン術』(ダイヤモンド社)/『あたりまえを疑え。―自己実現できる働き方のヒントー』(セブン&アイ出版)※11月末発売予定
Voicyアカウント:澤円の深夜の福音ラジオ メルマガ:澤円の「自分バージョンアップ術」 オンラインサロン:自分コンテンツ化 プロジェクトルーム
KDDI 理事 ソリューション事業企画本部長
藤井彰人氏
大学卒業後、富士通、Sun Microsystems、Googleを経て、2013年4月より現職。Sun Microsystemsでは、Solaris/Java関連ソフトウェアを担当し、プロダクトマーケティング本部長や新規ビジネス開発を担った。Googleでは、企業向け製品サービスのプロダクトマーケティングを統括。2009年より情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業のプロジェクトマネージャーも勤め、若者の新たなチャレンジを支援している
「クラウド」前提で進む最新技術。意思決定のための知識確保が急務だ
澤 GoogleとMicrosoftの話を聞いて、「いよいよ、AIに本格参入してきたな」と感じました。それと同時に、つい最近まで「クラウド」が業界のキーワードだったのに、もうわざわざ「クラウドを使っています」とは誰も言わなくなってきたなと。いちいち「コンピュータの時代です」なんて誰も言わなくなったのと同じくらい、クラウドは当たり前のものになったということですよね。
及川 クラウド化が進んだことで、技術者たちの「ちょっとコレ試してみようよ」という作業が、お金をかけずにできるようになりましたね。実際に企業のシステムは、今どのくらいオンプレからクラウドに移行しているんでしょう。
澤 クラウドが半分以上を占めている企業って、実は未だそんなにないと感じていますが、Microsoftでは既にシステムの97%がクラウドです。ただ、私は「どんな企業も全てをクラウドにしてしまえば良い」とは思っていません。私が普段お会いする経営者の皆さんは「コストがかからなくていいね」と言うんですが、わざわざクラウドにしなくてもいいものまで、クラウド化してしまおうとする傾向もあります。それには疑問を感じますね。オンプレのままで、メンテナンスの手間をかけていくからこそ価値のあるシステムもある思います。
藤井 そもそも、何をもってクラウドと呼ぶか、という定義も企業内では曖昧な状況なんでしょうね。厳格な定義を用いたら、ほとんどがクラウドじゃなかったというケースも多いと思いますよ。
KDDIの場合は、社内では本当にいろいろなものが使われています。AzureもAWSもあるし、オンプレもまだまだたくさんあります。
及川 オンプレでいいのかクラウドにすべきか。そして、クラウドにするなら何を用いるのか。AWS、Azure、GCP……使い方によっては、機能を比較してもそんなに差が出ない場合もあるはずです。導入の意志決定をする側は、何を基準に技術選定をしていくべきなんでしょう?
藤井 それぞれの企業、それぞれの部署によって相応しい選択基準が存在するはずなので、一概に「こうだ」とは言えません。ただ、何が適しているかどうかの判断は、使う側が技術のことを分かっているならば、例えばSLAを見ていけばある程度見えてきます。問題は、そこまで出来る人が社内にいるかどうか、ということですけどね。
及川 難しいですよね。特に日本企業だとお抱えのSI会社に丸投げというところも多いから、自社内で判断するノウハウもなければ、人もいない。
澤 確実に言えるのは、「クラウドを使う」ことを目的にしてはダメだということですね。そんなことしたら、ベンダーの餌食になるだけ。「クラウドを使うかどうか」はさておき、「企業や部署が何をしたいのか」が第一です。技術に精通していなくても、自分たちがやりたいことを整理して、描いたロードマップを基準にベンダーを決めるといいと思います。
「業界が違うから、ベンダーに丸投げ」は通用しない時代。技術人材の働き方が変化していく
藤井 社内に適任者を見つけたり、改めて人を雇うこと自体が、今の日本では難しい気はしますね。
及川 それがこれからの企業の課題だと言えるでしょうね。今は、全ての事業会社がIT企業になっていく時代です。小売業であり物流業であるAmazonがAWSをやっているように、ZOZOTOWNでアパレル事業をしているスタートトゥデイだって、システム開発やWeb事業の会社でもある。「ウチは●●業の会社だから、ITはベンダーに丸投げ」では通用しません。
澤 もしそんな世の中で変化が起きるとしたら、働く人の契約形態ですかね。今まで社内にいなかった技術人材をそう簡単に雇えないなら、シリコンバレーのように、最適な人材にパートタイムで数時間ずつコミットしてもらうとか。
日本には馴染みのない契約形態だとしても、受け入れないといけない時代がくるのではないかと思います。働く人とその能力をどう発掘して、自社の事業に当てはめていく。そういったアプローチを迫られていると思います。
藤井 私はシリコンバレーのやり方をそのまま受け入れるというよりも、日本企業ならではのカタチにちゃんと変えていけたらと思います。そもそもアメリカは学校教育の段階から、ディスカッションをしながら合意形成をして「互いを刺激し合うことで良くしていきましょう」のスタイルで人が育ちます。でも日本は昔から「先生」に教えられて「勉強になります」というスタイル。こういう文化の違いはすぐには変わらないと思っています。
もちろん、澤さんの仰るような形態にすぐに馴染めるエンジニアは日本にもいるとは思いますが、全員が対応できるわけではありません。
及川 いずれにせよ、お二人ともタレントの活用が重要課題ということで共通していますよね。人にはさまざまな才能がありますから、ゼロイチが得意な人を、「1を10にする段階」になっても1つの会社に留めておくよりも、他のゼロイチ局面で活躍した方が企業にとっても個人にとっても望ましい。藤井さんが指摘された日本的なモデルの追求もしながら、人材流動をもっと活性化させていかないといけませんね。
技術を進化させるのは、AIではなく人間である
及川 さて、最新のカンファレンスで明らかになったように、GoogleもMicrosoftもAIへの注力を深めています。人の仕事がAIによってどんどんオートメーション化されていくことも、現実味を帯びてきましたね。では企業はこうした技術動向にどう対峙していくべきなのか? その点を聞かせてください。
澤 AIの話題になるとテキストや画像認識の可能性について考えてしまいがちですが、私はもっとシンプルに「社員がどのように働いているのか」を棚卸しすることから始めるべきだと思っています。
もう10年以上前の話ですが、ある飲料メーカーのコールセンターで、最も多い問い合わせは「飲料の成分に関する質問」だと分かったんです。当時、それに答えるために社員たちは、わざわざ製品を棚から取り出し、ラベルに貼られた成分表を見ながら説明をしていました。こういった作業は、今であればまさにAIの出番ですよね。ラベルの画像さえあればBotで瞬時に対応できてしまう仕事です。でも、こういうシンプルな構図においても、技術側が業務側の人たちの働き方を理解していなかったら、どんなに良い技術が生まれても活用できません。まずは使う人の仕事を理解するところから始めた方が良いと思います。
藤井 私が着目しているのはインターフェースとしてのAIです。要は人間の目と耳で行われていることを、コンピュータで代替した時にどうなるかという。コールセンター業務や、監視カメラでの目視作業など、目や耳を使う場面にコグニティブや最新の技術を活用していったら面白いんじゃないかと思います。
及川 以前参加したイベントで、GoogleBrain担当の方が「GoogleもMicrosoftも、AIの民主化を進めています」と話していました。これは、AIを特定の識者にしか分からないものではなく、誰にでも利用できるものにしようとしているということ。そうなるとAIによる差別化は技術力ではなく、「AIを使って、何を解決したいのか」で決まってくるというんです。課題抽出に鍵があるんですね。そして、その後ポイントとなってくるのは「何を学習させるか」。人間と同じで、AIを成長させていく仕組みを持っていかないと、ビジネスも進化しないというわけです。
藤井 ある程度の技術知識を持っている人は、「AIのスイートスポットってこの辺だよね」というコンセンサスを持っているけれど、世間では「何でもAI、夢の技術!」なんて思われている。そうではなくて、使う人間側の問題なんですよね。
及川 結局は人が大事ということ。進化させていくところは、人間が頑張らなければいけないんですよね。
パネルディスカッションはこの後も加熱したが、「技術をビジネスに活用する」というメインテーマについての三者共通の見解は、ブレることがなかった。重要なのは技術を扱う“人”がどう変わるのか。技術革新に伴うビジネスの進歩には、エンジニアたちの力が鍵を握るのだ。
文/森川直樹 撮影/赤松洋太